魚返明未×井上銘が語る現代ジャズの魅力、「“何が起こるかわからない”を楽しめる、その瞬間を熱烈に待っている」

2025.10.15
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写真左から:魚返明未、井上銘

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晩秋の盛岡で、一夜限りのジャズの祭典が花開く。11月1日、キャラホール(盛岡市都南文化会館)で開催される『古野光昭プロデュース 「フルノーツ・プロジェクト with 小沼ようすけ・井上銘・馬場智章 SPECIAL JAZZ CONCERT』は、大ベテランの古野光昭(プロデュース/ベース)を筆頭に、今をときめくジャズミュージシャンが大集合。大都市のフェスでもめったに見られないような、豪華メンバーを揃えたスペシャルコンサートだ。
SPICEではこのコンサートを盛り上げるべく対談を実施。「フルノーツ・プロジェクト」のメンバーとしてステージに立つ魚返明未(ピアノ)、ゲストの井上銘(ギター)という同い年コンビを招いて、コンサートの見どころと、現代ジャズの魅力をたっぷりと語ってもらった。

――まず、お二人のこれまでの「フルノーツ・プロジェクト」との関りを教えてもらえますか?

魚返明未:古野さんとは、7、8年前ぐらいからジャズの現場で共演させていただいていて、最初はライブハウスでの共演が中心だったんですけど、4、5年ぐらい前から、古野さんがライフワークにされている小学校や中学校での公演のお仕事と、それに伴っての地方でのホール公演にも参加させていただくようになって、その頃からフルノーツのメンバーとして参加させていただいています。昨年の盛岡でのホール公演には参加していないんですが、学校公演のほうには参加したので、その流れもあって、今回参加させていただくことになりました。

井上銘:古野さんと最初に出会って共演させてもらったのは、都内のジャズクラブでそのお店のマスターがブッキングしたライブでした。その後そんなに頻繁ではなく、2 年に 1 回とか 3 年に 1 回ぐらい会う感じだったんですけど、この 2、3 年ぐらいで一緒にやる機会がやや増えて、結局実現しなかったんですけど、一緒にツアーに行く話もあったりしました。古野さんは、会うたびにいつも刺激をもらう存在です。僕はフルノーツのメンバーではないですけど、気持ちは常にフルノーツです(笑)。 

古野光昭

――ジャズの魅力の一つとして、古野さんのような大ベテランから若手まで、常に入り乱れて腕を磨き合う場がある、ということがあると思います。

井上:僕も10代、20代の時は先輩にいっぱい可愛がってもらって、それで成長できた部分がたくさんあって。本当に感謝しているんですけど、最近は自分より年下のいいミュージシャンがたくさん出てきたので、若い人とか同世代とやることが増えてきたんです。なので、先輩と一緒にやれる時は、久しぶりに胸を借りる気持ちで演奏できるというか、すごく貴重な機会なので、最近はそういう時間を楽しんでいますね。

魚返:ジャズは面白い音楽で、バンドとして活動している以外に、その日しか集まらないメンバーで演奏することがたくさんあるんです。古野さんも、横浜のドルフィーというお店とか、柏のナーディスというお店とかで、いろんなメンバーとその日限りのセッションを楽しむライブをやられていて、そういった機会はジャズならではなのかな?と思います。特に古野さん世代のミュージシャンは、スリルのあるアンサンブルを好まれる人が多くて、古野さんはその最先端というか、一番スリルを大事にしているミュージシャンだと思っていて、そういう方とのセッションはすごく刺激的だなといつも思っています。ジャズをやっていて良かった、と思う瞬間ですね。

――しかも、ジャズの場合、ソロ、デュオ、トリオ、バンドとか、演奏の形態も実にフレキシブルで。それぞれ、スリルを感じるポイントや、楽しみ方が違うわけですよね。

魚返:全然違いますね。単純に、全体の中で自分の占める言葉の割合が、デュオだったら半分で、トリオだったら3分の1になるというところで、すでに違うんですけど、人数が増えていくごとに、だんだん社会みたいな感じになっていくんです。僕と銘くんとのデュオだと、一人同士の会話という感じになりますけど、3人、4人となっていくと、特に3人の時に一番感じるのが、自分も言いたいことを言えるスペースがたくさんあるけど、どうなるかわからない側面が強い気がします。そういう、人数の違いによって面白さの違いはあるかなと思いますね。

――“バンドは社会”というのは面白い表現ですね。

井上:僕もまったく同じように思うんですけど、たとえばその日に1枚の絵を描く、みたいな感じで考えてもらったらわかりやすいと思います。ソロの時は全部自分で描いて、デュオの時は2人で描いていく。3人の時は3人で、人数が増えていけば増えていくほど、分け合う感じが増えていく。いいミュージシャンは1人でもいい絵が描けるし、たくさんになってもうまく共有できるし、そのへんは音楽と人間性が結びついているかな?と思うところは結構ありますね。人数が増えたら、決め事も増えてくるので、そこは社会の成り立ちにも似ていると思います。

魚返明未

――お二人が2022年にリリースしたデュオアルバム『魚返明未と井上銘』は、まさにそんな作品でしたね。しっかり作られた曲のようでもあり、即興のようでもあり、そのニュアンスが絶妙で、素晴らしい音の会話が聴けました。

井上:あのアルバムは、1曲を除いて魚返くんが全部曲を書いてくれたんですけど、今言っていただいたことが結構鋭いポイントで。書かれた曲なんだけど、書かれてないように聴こえたり、自由に演奏するように聴こえる部分と、その逆みたいなところもたくさんあって。自分は譜面があって、ここにこういうメロディがあるということを理解して演奏しているけど、そういうものを取っ払って聴いたら、どこまでが即興で、どこまでがメロディかわからないような、すごくいいポイントに音楽が置かれているように思います。

魚返:あのアルバムに入っている曲は、だいたい3、4年ぐらいかけて書いていった曲で、銘くんと2人で演奏するために曲を作りたいなと思っていて、それが自然に結実したので、自分の中ではすごく大切なアルバムです。その間にコロナもあって、長い間に家にいたので、ちょっと内省的な落ち着いたイメージの曲もあったりして。意図したわけではないですけど、時代の空気感みたいなものも入っているアルバムなのかな?と思ったりしています。

――未聴の方はみなさん、ぜひチェックしてください。そもそもお二人が知り合ったのは、高校時代なんですよね。1991年生まれの同学年には石若駿さん、一つ下に馬場智章さんとか、今をときめく方々がすらりと並んでいて、この世代は一体何だろう?と思うんですが(笑)。何かあったんですか。

魚返:何かあったのかな(笑)。

井上銘

井上:僕が思うのは、渡辺貞夫さん、日野皓正さんとかがすごい金字塔を作ってくれて、ジャズの業界は何十年もすごくいい影響をもらってきたと思うんです。だから僕たちの世代は、また自分たちで作らなきゃいけない世代だなというのは、(同世代の)みんなでよく話していたポイントかもしれないです。例えば、新宿のPIT INNは今年60周年で、初代の次の代のオーナーが今は頑張ってくれていて、これからも続いていきますけど、どこのお店もそういうわけじゃないと思うんですね。そういう、第一世代と言うのかな、その影響を受け継ぎながら、これから自分たちがジャズを続けていくためにはどうしたらいいかということは、たぶんみんな考えているんじゃないかな?と思います。

魚返:僕らが今、ベテランのミュージシャンの方とたくさん共演できているのは、そういう場所があったおかげなんですよね。10年とか15年とかやってきている中で、もう亡くなられてしまった方もいらっしゃるんですけど、そういう方とも最後に出会う機会があったのは、光栄なことだと思っていますし、すごくラッキーな世代だと思っています。もうなくなってしまったお店もありますけど、昭和のジャズが持っていた熱さみたいなものも感じることができましたし、すごく貴重な経験をさせてもらったと思いますね。

 

――ここであらためて、今回の盛岡でのコンサートの出演者を紹介していこうと思います。まず古野さんについて、たぶんご本人もあとでこの記事を読まれると思うんですが。ずばり、古野さんってどんな人ですか。

井上:古野さんは、すごくポジティブなところが大好きですね。演奏していて、新鮮なアイデアを思いつかれたことを弾く時の、純粋なポジティブさというのが、すごくフレッシュで前向きなエネルギーに溢れているというか。一緒に演奏していて自分もそういうポジティブな気持ちにさせてもらえるのは、古野さんの人柄だと思うし、そこに影響される部分はたくさんあります。あとは、何気ないメロディをパッと弾いた時とかにも、“こうやって何十年も生きてこられたんだな”という強さをすごく感じます。“節の強さ”というか、そういうものは同世代のミュージシャンにはなかなかないもので、何十年もやることで癖が強くなっていくと思うんですけど、自分もそういうふうになれたらいいなと思う人ですね。

――今の話を聞いて、素朴な質問ですけども、やはり音には人間性が出るものですか。音=人間ですか。

井上: それと同じ質問を、ある尊敬するギタリストがされていたことがあって、彼はその時に「関係ないと思う」と言っていたんですよ。「〇〇という人がいて、すごく優しくて丁寧な音を出す人だったけど、人柄はそうじゃなかった」みたいな話を例に挙げて言っていたんです(笑)。20~30 年前のインタビューなので、今は違う意見かもしれないですけど、それで言うと僕は、すごく関係あるなとやっぱり思っています。というのは、優しい音色を出す人だから優しい人に違いないというよりかは、細かい演奏中の判断とか、さっきの話で言うと、1 枚の絵をどういうふうに共有するか?とか、そういうところのバランス感には、人間性がめちゃくちゃ出ると思います。だから演奏と人柄は、ほぼ 100 パーセント一致するんじゃないか?というふうに、今の自分は思うんですけどね。言葉で会話するよりも、その人がよりわかるような気がします。

――いいお話です。魚返さん、それで言うと、井上さんの音と人間性とは一致していると思いますか。

魚返:今、古野さんの話が来るかと思って待っていたんですけど(笑)。そうですね、銘くんの人間性と音は……一緒にいる時間が長すぎて、そこらへんの区別すらついてないぐらいの感じですけどね。

井上:確かに。

魚返:銘くんがギターを弾いているのか、しゃべっているのかもよくわかんないみたいな(笑)。でもやっぱり、音に人間性は出ていると思います。銘くんは、ステージの上で広い視野を持って見ていて、“今はどういう状況なのか”が、彼の音を聴いているとよくわかるというか、そういう視野の広さがいつもすごいなと思います。一番俯瞰して音楽を捉えられている人なんですね。僕は結構熱中してしまうタイプで、ピアノ自体が自分の向いている位置を決められないという。現実的な問題もあるかもしれないですけど、ふと見渡すと周りにもう誰もいなかった、みたいなことがよくあるので(笑)。

――それもすごくかっこいいです。

魚返:銘くんは、演奏のいろんな状況に合わせて自分の形を変えられるんですね。僕も変えているつもりだけど、そういう部分が一番すごいなと思うのと、あと、古野さんの話の時も思ったんですけど、ミュージシャンのことを認識する時に、自分の場合は、半分かそれ以上はやっぱり音色で認識していると思っていて。それはつまり、その人が一番よく使う音色ですね。それがちゃんとあるのは、すごいことだと思うんですよ。古野さんだったら、すぐに古野さんのベースだとわかるシンボルみたいな音があって、銘くんにもそれがあるから。そこが素晴らしい演奏をするミュージシャンである一番の秘訣なのかな?と、勝手に分析しています。

――なるほど。納得です。

魚返:言葉にするのは難しいので、うまく言えていないと思うんですけど。

大坂昌彦

――いえ、とてもわかりやすいです。その、“音と人間”というテーマでいうと、今回のドラムスの大坂昌彦さんはどうでしょう。

魚返:大坂さんは、まず前提として、僕らが憧れるような王道の、アメリカのジャズの言葉をすごくストイックに追求しているミュージシャンの代表的な人物だと思います。大坂さんと共演する時はいつも、自分をジャズミュージシャンと思わされるというか、そういうサウンドを大坂さんがドラムで作ってくださるので、まさに“ジャズのドラマー”という方だと思います。でもその中で、決して誰かを縛っているわけではなくて、僕と銘くんの世代と、大坂さんの世代と、古野さんの世代とでは、また違う語彙を持っていると思うんですけど、大坂さんのサウンドとミスマッチというわけではなくて、そこがジャズの面白いところかな?と思います。出自も違う、持っている言葉も違うミュージシャンが集まっていても、がっちり噛み合うところがジャズの楽しさだと思います。

小沼ようすけ

――井上さん、今回ゲストでいらっしゃる小沼ようすけさんは、同じギタリストとしてどんな存在ですか。

井上:ようすけさんは、すごくお世話になっている先輩なんですけど、日本人のギタリストとしてとても珍しいタイプで。世界中の民俗音楽に興味を持って、いろんなところに足を運んで、その土地土地の持つ音楽を自分の中に取り入れるように努力してきた人というイメージがあって。世界的に見てもすごくユニークなサウンドを持っているギタリストで、すごく尊敬しています。そして、古野さんと同じように、どんな時でもポジティブなんです。今は1年に1回、1週間ぐらい一緒にツアーしているんですけど、半分ぐらいは即興演奏なんですね。即興って、楽しい時もあれば苦しい時も結構あるんですけど、絶対に諦めないでいてくれるというか、諦めると終わっちゃうので、自分が諦めそうになった時も、ようすけさんがすごいポくジティブに前に進む道を見つけてくれる、それが一貫してあの人の音楽に対する姿勢だなというふうに思います。

馬場智章

――やはり“音は人”ですね。そしてもう一人のゲスト、テナー・サックスの馬場智章さんについては?

魚返:馬場くんは結構前から知っていて、たぶん7年前ぐらいから、何度か共演の機会をいただいているんですけど、彼もやっぱりすごくポジティブなんですよね。ダイナミクスを有効に使って、空間をそれ以上に広く見せることができるプレイヤーだと思います。豪快なフレーズもすごく魅力的だし、繊細な部分もあって。そういうミュージシャンはほかにもいますけど、特に空間の広さをすごく大切にしているミュージシャンなのかな?というイメージを持っています。

――馬場さんは、年齢は一つ下。やっぱりすごい世代です。これからもぜひ、素晴らしい演奏を聴かせてください。そんなメンバーが揃う、盛岡での11月1日のコンサートについて、最後に、お客様へのお誘いの言葉をいただけますか。

井上:今日話していても思ったんですけど、みんなそれぞれ違う魅力を持ったミュージシャンが集まって、それが混ざり合うことで一つの場所が生まれるのが、ジャズのすごい魅力だなと思いました。そういう意味で言ったら、古野さんのもとに今回集まったメンバーは、かなり特殊というか、それぞれの共演はあっても、この6人という集まりは今までなかったので、それが盛岡でできることはすごく嬉しいし、自分たちにとってとても大切な日になるので、お客さんも一緒に、化学反応を楽しんでいただけたらと思っています。

魚返:銘くんに、言いたいことを先に言われました(笑)。ジャズはやっぱり即興性がすごく魅力な音楽だと思うのですが、その日に何が起こるかはその日にならないとわからないんです。“何が起こるかわからない”を楽しめる、その瞬間を熱烈に待っているミュージシャンばかりだと思うんですね、今回のメンバーは。音楽の公演の色合いとして、その日はずっと同じ色調で綺麗だったなという公演もいいと思うんですけど、そうではなくて、赤があったら次の瞬間に青になって、みたいな。次々にいろんな色が出て来て、でも全体はすごくきらびやかで綺麗だったなという、そういうコンサートになるんじゃないかな?と勝手に想像して、すごく楽しみにしているので、どんな色が当日出来上がるのか、目撃しに来ていただければ嬉しいです。


取材・文=宮本英夫

 

公演情報

古野光昭プロデュース 「フルノーツ・プロジェクト」 with 小沼ようすけ・井上銘・馬場智章 SPECIAL JAZZ CONCERT
2025年11月1日(土)

<会場>
キャラホール
盛岡市永井24地割10番地1

<時間>
15:00開演

前売料金:一般6,000円  U-253,000円
イープラス https://eplus.jp/fullnotes/
 
[出演]
古野 光昭(プロデュース、ベース)
大坂 昌彦(ドラムス)
魚返 明未(ピアノ)
ゲスト/小沼 ようすけ(ギター)
ゲスト/井上 銘(ギター)
ゲスト/馬場 智章(テナーサックス)

[曲目]
チュニジアの夜
Cジャムブルース
サイクリングロードほか
https://www.youtube.com/watch?v=CsjpxNHTVRM
  • イープラス
  • 魚返明未
  • 魚返明未×井上銘が語る現代ジャズの魅力、「“何が起こるかわからない”を楽しめる、その瞬間を熱烈に待っている」