マレビトの会『長崎を上演する』愛知公演が、まもなく

インタビュー
舞台
2016.3.25
 マレビトの会『長崎を上演する』チラシ

マレビトの会『長崎を上演する』チラシ

待望の愛知公演に向け、代表の松田正隆に書面インタビューを敢行

舞台芸術の可能性を模索する集団として2003年に設立された「マレビトの会」。2009~2010年には被爆都市である広島・長崎をテーマとした「ヒロシマーナガサキ」シリーズを、また2012年には、東日本大震災と原発事故以後のメディアと社会の関係性に焦点を当てた『アンティゴネーへの旅の記録とその上演』を発表。こうした近年の一連の作品を経て、2013年からは複数の作家がひとつの都市をテーマに戯曲(ドラマ)を書き、その上演を行う長期的な演劇プロジェクトに取り組んでいる。

この長期プロジェクトは、<長崎、広島、福島>をテーマに、現地取材、戯曲執筆、舞台上演を複数年にわたり継続して行うことで、「被爆都市として語られる大文字の歴史ではなく、それぞれの都市の日常に流れる時間や内在するドラマを戯曲として抽出し、舞台空間に立ち上げようとする試み」であるという。その第一弾として、2013年度から<長崎>をテーマに取材、執筆を行い、計4回の上演会を経て、2015年8月には国内各所に住む7名の作家が執筆してきた戯曲20本(上演時間約7時間)を、“総集編”として3日間にわたり上演。今後は<広島><福島>と対象を移し、プロジェクトを継続していく予定だという。

さて、いよいよ今週末に開幕する『長崎を上演する』愛知公演は、上記の“総集編”から選んだ戯曲に、ドイツ・ライプツィヒから新たに参加した作者が長崎取材を経て書き下ろした戯曲を加え、2日間にわけて上演するものだ。名古屋での公演は2009年10月の『クリプトグラフ』以来、6年半ぶりということもあり期待もいっそう高まる中、代表の松田正隆に書面取材を敢行。本作に対する思いや、愛知公演はどのようなものになるのかを聞いた。

マレビトの会 代表の松田正隆

マレビトの会 代表の松田正隆

── まず最初に、「マレビトの会」を発足したきっかけを教えてください。

発足したのは2003年ですが、そのときの動機は、戯曲中心の演劇(一人の劇作家の書いた戯曲の世界を上演の現場に反映させることを重視する)とは違うものを創作したいという思いと、京都にある「アトリエ劇研」という劇場を集団の拠点にできるという状況を当時の劇研のディレクターだった杉山準さんが設定してくれて、演劇を実践的に創作できる環境が生まれ、その二つがうまくマッチしました。会の発足は、それがきっかけになりました。

── 被爆都市をテーマに戯曲を書く、と決められた経緯や思いを教えてください。

この世界のことを思考する上でも、広島・長崎という二つの都市への原爆投下という歴史的事実に向き合うことは重要なことです。現在の世界は核保有(原子力からの支配)という潜在的な暴力の上に不確かな緊張関係として成立しているとも言えます。この大きな流れの中にあって、私たち人間はいったいなにをどうすればいいのか、という問いをつきつけられている。そのような意味では、テーマは創作者が主体的に決めるのではなく、解決のしようのないと同時に逃れようのない問題として受容せねばならないのです。

── 2013年から、ひとつの都市をテーマに複数の作者で創作するプロジェクトに取り組まれていますが、長期的視野で取材・戯曲執筆・上演を繰り返す意義、また複数の作者で取り組む理由を教えてください。

本プロジェクトでは、広島、長崎、福島という都市を取り上げます。それらの都市は、「原爆」や「原発」として切り取ったとき、悲劇の物語として一面的に解釈されてしまいがちです。しかし、当然ながら、その土地には市民による普段の生活があり、悲劇だけが充満しているわけではないのです。この、演劇としてパッケージ化してしまうことからいかに逃れるかという難題に対し、「複数の作者(主体の複数性)」「長期的な取り組み(時間の経過)」という枠組みのなかで臨んでいます。

── プロジェクト・メンバーは、どのような基準で構成されているのでしょうか。

特に基準や選考などはありません。基本的には来るもの拒まず、です。演出部・俳優部・制作部と大まかに役割が分かれていますが、俳優が自主的にワークショップや言論の場を企画したり、その回の公演に参加しないメンバーとも情報を共有し、創作中に浮上した問題について一緒に議論するなど、固定の役職にとらわれない体制となっています。プロジェクト・メンバー制をとることで、ゆるやかな領域横断が可能な集団創作の場であることを目指しています。

── 展覧会形式や街中での上演など、さまざまな上演形態に挑まれていますが、劇場以外の場所で上演された際の手応えや観客の反応など、劇場とは異なる点や魅力について教えてください。

これらの演劇の表現の形態は、私たちの創造行為の流れのなかから生まれてきたことだったように思います。上で示した大きな問題への回答として、演劇表現が新たなそして微細な問題提起となること。そのことと上演形態は切り離せませんでした。それゆえ、上演する側の手応え、観客の反応ということで、簡単にまとめることができないのです。形態は挑むものではない。ましてや、その魅力を語ることはできません。形態は内容と連続しており、劇場以外を選択することが魅力的だと思ったことは一切ありません。

『長崎を上演する』過去の上演より

『長崎を上演する』過去の上演より

── 2015年8月に『長崎を上演する』の総集編を上演されましたが、愛知公演はその締めくくりということになるのでしょうか。

今回の愛知公演は、これまで上演してきたことを再演する機会ととらえています。再演は同じ上演の繰り返しではありません。新たな上演の機会です。私たちの演劇創作は日々流動し変容するものなので、締めくくることはできません。「長崎を上演する」というプロジェクトはこれからまた、次の都市へと引き継がれてゆくことでしょう。

── 複数の作者が書かれた「長崎」の戯曲について、松田さんご自身が感じられたことを教えてください。

複数の視点で創作された戯曲の集合体であることが、代表である松田のひとつの観点に収斂しないことにつながると思っています。複数の戯曲の書き手がいることと演出が複数で行われていることも同じ理由からです。なによりも、多様体であることが私たちの創作集団の最大の力能です。

── 愛知公演は久々の劇場公演ということですが、改めて劇場で上演するということに対して演出上の新しい試みや、愛知公演ならではの仕掛けなどありましたらお知らせください。

『長崎を上演する』シリーズでは、劇場空間を上演によって問い直すことをひとつの目的としています。劇場空間とはつまり、不特定多数の観客が客席にいて、俳優が舞台上で演じている空間です。そこでは観客は見られることなしに見ます。俳優は見ることなしに見られます。この、いってしまえば演劇を下支えする権力関係に、いかに意識的になりつつ、それと同時に上演をこの日この時の新たな出来事として劇場内で成立させられるか、を今回も試みます。従って、愛知公演は私たちにとっては久々の劇場公演ではなく、いままでと同じ劇場公演だ、ということになります。
しかし、上演というものが、戯曲を生きた俳優の身体のうえに毎度新しく立ち上げることだとすれば、サイトスペシフィックな要素は非常に重要です。上手から下手までどれほどの距離があるのか、歩いた時に床の音はどのように響くのか、劇場の扉を開け放った時に外の空気がどのように流れ込むのか、果ては愛知の劇場の立地や観客の方の面々や身動きにも、舞台上の俳優の身体は呼応します。また、それが上演に醸成されるような道筋を目下東京で探っています。愛知公演では特に、劇場入りしてからの時間を大切に、劇場と向き合って過ごしたいと考えています。

──「マレビトの会」を初めてご覧になる観客に、メッセージをお願いします。

「演劇とは何か」「現実とは何か」「見ることと見られることの関係」ということに対し真摯に向き合っています。それらは、私たちが生きていることや「私」という存在、人と人との関係、社会、世界と無関係な問いだとは思いません。見ることを通じ、そうした問いに少しでも触れることができたらと考えています。


今回の愛知公演では、8名の作家による計17本の戯曲が上演される(上演内容は下記を参照)。『長崎を上演する』シリーズの、ひとつの集大成ともいえるこの機会をぜひお見逃しなく。また、26日(土)終演後には作家の諏訪哲史を迎えてアフタートークも開催されるので、こちらもお楽しみに。
 

【上演戯曲(予定)】 ※公式サイトより閲覧可能
 ◆3月26日(土)
 『鷲尾がみた長崎①』(三宅一平)
 『坂の上の兄妹』(松田正隆)
 『ノニちゃん』(アイダミツル)
 『富岡と松田』(谷岡紗智)
 『交通難民①』(アイダミツル)
 『交通難民②』(アイダミツル)
 『信平とみ緒』(松田正隆)
 『鷲尾がみた長崎②』(三宅一平)
 『生徒たち』(遠藤幹太)
   新作①(Helena Wölfl/翻訳:石見舟)
 ◆3月27日(日)
 『稲佐山を下る』(稲田真理)
 『原爆落下中心地』(稲田真理)
 『浜町アーケードのサンマルクカフェ』(島田佳代)
 『ビワと魔法』(谷岡紗智)
 『あるバーにて』(三宅一平)
 『風頭公園を下る』(稲田真理)
   新作②(Helena Wölfl/翻訳:石見舟)
 『フレンチレストランにて』(松田正隆)
 『追悼施設にて』(松田正隆)
 
イベント情報
マレビトの会『長崎を上演する』

■作:アイダミツル、稲田真理、遠藤幹太、島田佳代、谷岡紗智、松田正隆、三宅一平、Helena Wölfl(ドイツ・ライプツィヒ大学演劇学研究所、friendly fire)
■演出:松田正隆、三宅一平、山田咲
■出演:アイダミツル、生実慧、上村梓、佐藤小実季、島崇、西山真来、弓井茉那、山科圭太、吉澤慎吾

■日時:2016年3月26日(土)15:00、27日(日)15:00
■会場:愛知県芸術劇場 小ホール(名古屋市東区東桜1-13-2 愛知芸術文化センターB1)
■料金:一般前売3,000円、当日3,500円、2日通し券4,000円/学生前売2,000円、当日2,500円、2日通し券3,000円
■アクセス:名古屋駅から地下鉄東山線で「栄」駅下車、東改札口からオアシス21地下連絡通路経由、徒歩5分)
■問い合わせ:マレビトの会 090-4496-3512(ナカヤマ) info@marebito.org
■公式サイト:http://www.marebito.org
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