GLIM SPANKY×FROGMAN インタビュー 共感しあう二組が“売れること”にこだわるワケ

インタビュー
音楽
アニメ/ゲーム
2016.4.6
左から GLIM SPANKY松尾レミ、FROGMAN、GLIM SPANKY亀本寛貴  Photo by Taiyo Kazama

左から GLIM SPANKY松尾レミ、FROGMAN、GLIM SPANKY亀本寛貴  Photo by Taiyo Kazama

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テレビ初回放送から10周年を迎えるアニメシリーズ『秘密結社 鷹の爪』 その最新作『鷹の爪GT』のエンディングテーマをGLIM SPANKYの「夜明けのフォーク」が飾る。同作の監督・脚本・声の出演を一手に担うクリエイター・FROGMANとGLIM SPANKYのコラボレーションは2度目。しかし、この二組の関係が単なるコラボを超えた深いつながりから始まっていることはあまり知られていない。創作活動の源泉となる生活環境や故郷について、そしてアーティストが語りたがらない“お金”についての考え方まで、共鳴しあう二組が語りつくす。
 

――まずは、GLIM SPANKYのお二人を『鷹の爪GT』のエンディングテーマで再起用された理由からお聞かせください。

FROGMAN:もう、他にまず無いというくらい……他に無いって言うと消極的になっちゃいますが(笑)。

亀本寛貴(G):消去法みたいな?(一同笑)

FROGMAN:去年GLIM SPANKYに出会って、本当にすっかりファンになっちゃいまして。やっぱり、作品に曲を乗っけるのってものすごく大事で、映像の半分は音だと思っているんです。特にテーマソングだったりエンディングテーマって、ぼくの小さい頃の経験だと、『ルパン三世』だったりとか、『天才バカボン』のアニメソングみたいに刷り込まれてるわけじゃないですか。映像を作る時にすごく気にすることは、読後感。観終わったあとにどんな気分になるのかなっていうところを、いつも目指してるんですよ。映画を作る時も、お客さんが帰る時にどういう気分で帰るといいかな?っていう部分と、そこからどういう物語にしようかっていうのを発想するんです。正直、昨今はタイアップだからということで、全然世界観が違うものだったり、ビジネス上必要でやることも多いんですけど。GLIM SPANKYは、自分とやりたいことや考えていることがものすごく近しい……と言うとおこがましいんですが、自分の納得できるクリエイターなので、一も二にもなく、「やらせてもらえるというなら、お願いします!」という気分でした。

Photo by Taiyo Kazama

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――GLIM SPANKYのお二人は、お話が来てどう思われました?

松尾レミ(Vo/G):この「夜明けのフォーク」っていう曲は、もうデビューする前から、大学生の時から演ってきた曲だったので、『鷹の爪』の映像に乗せて流れるっていうのは本当に嬉しかったし、大事な曲だったからこそ、このアニメとなら自分の納得いくコラボレーションができるというか、一緒にやれるな、という風に思える作品に使ってもらえることが、すごく光栄で。わたしも楽しみにしています。

GLIM SPANKY 松尾レミ Photo by Taiyo Kazama

GLIM SPANKY 松尾レミ Photo by Taiyo Kazama


FROGMAN:前作のエンディングテーマ「WONDER ALONE」もすごく評判がよかったんですよね。ニコニコ(動画)なんかで流すと、「この曲いいな」ってことをよく言われるので。そういう意味でもGLIM SPANKYを再起用することには抵抗はなかったですし。(ファンにも)喜んでもらえるんじゃないかと思います。

松尾:何よりFROGMANさんと初めてお会いした時に、もちろん映像のプロなんですけど、音楽的なものにおいてもかなり詳しくて。かなりロックへの愛を感じたし、色んな話をうかがっていくにつれて、「この人、ヤバいな!」と思っていて。

FROGMAN:そこまでヤバくない(笑)。

――FROGMANさんは60年代、70年代のロックサウンドがお好きと聞きました。

FROGMAN:そうですね。高校時代はまさにそういうバンドを組んでいましたから。

松尾:すごく面白いんですよ、純粋に音楽の話をともにできて、色々教えてくださるので。ほんとに‶仕事で出会った方″というよりも、もっと深いというか。私たちは長野県出身なんで、‶東京の良い親戚のおじさん″みたいな(笑)。

FROGMAN:ぼくもそういう風になれたらいいな、と思ってます。うちの奥さんも二人の大ファンだし。実はこの間、プライベートでウチでみんなで飲んだことがあったんですけど、ウチの奥さんは「レミちゃん、この映画観たほうがいいよ」とか言って、DVD貸したりして(笑)。

松尾:色々教えて下さって本当に嬉しいです。作品に対しての愛というか、カルチャーだったり、音楽の文化、映画もそうですし……FROGMANさんは、そういうものに対しての愛がすごく深くて。ご家族も含めてそういう方だったので、わたしも音楽家として、こういう方とコラボする、素晴らしいクリエイターと一緒にできるっていうことが一番光栄なところではあります。

――今回の曲「夜明けのフォーク」を聴かれた時の印象はいかがでした?

FROGMAN:キラキラしてましたよね。『鷹の爪』は10周年ということで、ぼくの中ではリスタートではないですけど、新しい10年のスタートというか、‶夜明け″という思いがあって。GLIM SPANKYのモチーフも‶夜明け″が非常に多いじゃないですか。

亀本:そうですね。

FROGMAN:その中でも「WONDER ALONE」はぼくの中では荒野のイメージなんです。今回の「夜明けのフォーク」は、どちらかというとキラキラしたような、希望にあふれる‶リスタートする″というイメージをものすごく感じられる曲で、今回の『鷹の爪』にピッタリだと思いました。

松尾:うれしいなあ。

――以前GLIM SPANKYのインタビューをさせていただいた時も、ガッツリ話の膨らんだ楽曲ですよね。思い入れがあるというお話がありました。

松尾:そうですね。「これからスタート」っていう想いが大きい曲で、悲しいことも、喜びも全部含めて、「明日へ進むぞ」っていう、自分や他の人、すべてに向けてのひと押しができるような、温かくもあり、寂しくもあり、だけど絶対に希望があるっていう、そういうことを伝えたかったので。これからのFROGMANさんの、「鷹の爪」の新しい10年という時にこの曲が使われるっていうことには、すごく運命的なものを感じます。

亀本:「WONDER ALONE」の時に思ったことは……あたり前ですけど、曲を作っている時はアニメで流れるなんてことは考えてないんですよ。だから、わりと不安なんです。「大丈夫かな」みたいな。だけど出来たものを観ると、意外と「あれ?なんかすごいイイ感じになってる。よかった!」みたいな気になって。FROGMANさんがおっしゃっていた「ルパン三世のテーマ」みたいに、自分が小さいころに聴いていて耳に残っているものってあるじゃないですか。ちょうど昨日あたりに、自分が小学生の時に聴いていたアニメの曲なんかをたくさん聴き返していたんですけど、「うわ、これ。これだよ!」とか思ってて。今聴くと「ちょっと恥ずかしいな」くらいの、だけどこれが好きでたまらない、みたいな感覚があるじゃないですか。だから、自分たちの曲が、今の子たちの10年、20年経った時にそうなる可能性もある、っていうのを感じていて。アニメで流れる曲を自分たちが担当する重みというか。
 

GLIM SPANKY亀本寛貴 Photo by Taiyo Kazama

GLIM SPANKY亀本寛貴 Photo by Taiyo Kazama


――作品にハマるかどうかという点で、チョイスするポイントはあるんですか?

FROGMAN:まず、発想としては「自分が好きかどうか」ですよね。今までも色んな映画だったりTVシリーズもやってきて、「さすがにこれは嫌だ」っていうのはお断りしてますし。どうしても、「これはビジネス上必要なのでもらわないと困る」っていう時は、無理やり好きになるよう頑張りますけどね(笑)。

松尾:あはは(笑)。

FROGMAN:でも、前回の「WONDER ALONE」もそうですし、今回の「夜明けのフォーク」もそうなんですけど、1回聴いただけでイメージがパーッと広がってきて。「こんな感じでいこう」というのは、すぐにわかりました。聴いただけで世界というか、『鷹の爪』とGLIM SPANKY、これを組み合わせたら、「きっと鷹の爪団はこんな感じの気分でいるんだろうな」とか、ポンと頭の中にビジョンとして見えてくるというのが大きなポイントですよね。だから、鷹の爪団もGLIM SPANKYの曲が好きなんだろうな、と思いますよ。

松尾:嬉しいなあ。

――つまりはハモってるということだと思うんですよ、お互いの作品同士が。そこで今日は「なぜこの両者はハモるのか?」を検証してみようと思いまして、いくつかテーマを考えてきました。まずは‶角度″です。何かを表現するにあたって、主題となるもの、人物や世の中の事象なんかを、どういう切り口で見て表現しているのか。

松尾:なるほど。どういう風に捉えるかということですね。

FROGMAN:ぼくの作品には必ず守るべきルールが一つあって。人間は基本的にダメなやつ。だからといって切り捨てちゃいけなくって、そのダメなやつらがお互いかばい合うからこそ社会になって。だからこそ、助け合いがあったり、愛があるという考え方なんですね。ぼくは、ジョン・スタインベックや井伏鱒二みたいな作品の世界が……田舎の無学な愚か者だけども何かユーモラスで、愛すべきろくでなしが集まって、そこに物語があったりするところが大好きなんです。出てくる人たちもほんとに情けないんですけど、「蟹工船」の世界のようにとことん打ちひしがれてダメなのかというと、そうじゃなくて。彼らには彼らなりの幸せがあって、喜びがあって、そこをみんな共有しあって、今日も生きていく。ぼくの作品でも、鷹の爪団は愛すべきロクデナシだけど、やつらは「いつかは世界征服」が目標なんです。みじめで不幸なのにも関わらず、やつらの持っているのは、「みんなを幸せにしたい」というモチベーションだったりする。そういうのがぼくは大好きで、逆に言うと、嫌いなのはそうじゃない人たち。自分だけ得すりゃいいとか、人を踏みつけても幸せになれりゃいいとか、エラそうに威張り散らしてる連中とか、そういうやつらに対する反骨心みたいなのが、ぼくの作品の一つのテーマになっていますね。

松尾:カッコいいな。愛とか希望があるというのは、GLIM SPANKYにも通じるものがあって。音楽で世間に何かを表現する時、GLIM SPANKYとしてのルールはいい意味の普遍性というか、‶人類に届くロック″というのをテーマにしていて。性別も国も時代も関係なく響くようなメロディや言葉やサウンドっていうものをテーマにしたうえで、ロックをどう表現できるかというのが勝負なんですけど。そのロックっていうものは、ただ批判したりとか、反骨心を持つことじゃなくて、愛や希望を実現したいからこそ生まれる悲しみや怒りを歌っているからこそ、それがロックになるので。やっぱり、一番の自分たちの根底にあるのは、どんなに反抗的で強気なサウンド・言葉を使ったとしても、最後はどこかで希望があるべき。ロックっていうものは、絶対に希望や愛がどこかにあるべきと思っているので、そういう部分を一番大事に考えて作ってます。

FROGMAN:だから、‶夜明け″なのかねぇ。

松尾:そうかもしれないですね。「ワイルド・サイドを行け」もそうですけど、仲間外れにされているけど、その仲間はずれにされている人たち同士が仲間になればいい、とか。だから、これから行こうとか、いつだってスタートであるっていうこととか、やっぱりそういうことを常に歌ってますし。あとは、笑われるくらいのデカい大口を叩きたいっていう(笑)。歌詞に関しては、「笑われてるけどそれもイイじゃん」っていうのを前提に作るので。批判するのでもなく、説教するのでもなく、「これが自分のやり方だ」っていうことを歌いたいというのがあって。だから、基本的にはどストレートな表現をしたい、でもその中でサウンドだったり、面白いギミックがあったり。ただどストレートなだけじゃなくて、何か味付けがあったりとか、そういうものでありたいな、っていう。アウトローでありメインストリームであるというのをテーマにしてます。

FROGMAN:映画でいうところの『荒野の用心棒』みたいな、そんな感じだよね。

松尾:そうですね。とある知り合いの方がいつも言う言葉が「ロックスターはみんなB級である」なんです。それは、ローリング・ストーンズでも、ビートルズでもいいんですけど、世界のスターと言われてる人も、みんなB級だったから、それに憧れて「わたしもこうなれるんじゃないか」とか、「近づけるんじゃないか」とか、「ぼくもスターになりたい」とか思える。「それにはB級であることが重要」みたいな話をよくされるんです。アウトローであり、メインストリームであるというのはそういうことかな、と。

亀本:それに関しても、すごい不思議だと思ってるんだよね。例えば、ローリング・ストーンズって、ぼくらは絶対に直接会えない。サインしてもらって、握手して下さい、なんてできる場所にいないじゃないですか。

――基本はそうですね。

亀本:なのに、みんなビールとか飲みながら、「キースがさぁ……」とか言って。「友達か!お前はキースの」みたいな(笑)。っていう、よくわからない距離感の人たちじゃないですか。

FROGMAN:確かに。

亀本:ロックミュージックとか、ぼくらの音楽ってそういうものでありたいな、とすごい思ってる。

松尾:そうやって私たちが「おれらのストーンズ」とか言えちゃう存在であることを、その人は‶B級″っていう言葉に例えられたのかな、と思ってるんです。実際には身の回りにいないけど、いる、みたいな。その真逆さのバランスっていうのがいいんじゃないかな、と。いないけれどいるし、アウトローでメインストリームだし、みたいな。そういうところをロックとして表現できたら面白いんじゃないかな、っていう風に考えてます。

FROGMAN:ほんとにまさしくそうで。この間も別の取材で、(GLIM SPANKYのお二人に)「子どもたちのロックのお兄さんとお姉さんになって欲しい」って言ったんですけど。今の小学生とか中学生って、音楽やってる人で真似したいと思う人ってあんまりいなくって、どうしてもアイドルが主流になる。ぼくらの子どもの頃はロックバンドとか流行ってたから、「ロッカーみたいになりたい」とかあったんですけど、今は音楽に興味のある子も少なくなってきちゃってる。この現状に、「音楽ってかっこいいんだよ」「真似するとモテるぜ」とか、そういうことがメッセージとして伝わるようなアイコンが欲しいな、と。そういう意味でGLIM SPANKYはすごく良くて。ウチのせがれはさっそく亀本くんに憧れて、ギター買って練習してますから。

松尾:もう、T-REX弾いてましたよね(笑)。

FROGMAN:ヤバいです。今は一生懸命ジミ・ヘンドリックスを聴いてます(笑)。

――今のお話とも繋がってくるんですけど、続いてのテーマは‶売れる″です。FROGMANさんもGLIM SPANKYのお二人も、どちらもメインストリームの中心にいるようなことをやってはいないと思うんですけど、「別に売れなくていいや」とか、ニッチなほう、アンダーグラウンドのほうに突き進んでいるわけでもなくて。斜めから色々とアプローチしながらも、あくまでメインストリームを向いている。「メジャー観」とも言い換えられるかもしれませんが、売れるということについての意見もお聞きしたいです。

松尾:私たちはまだ売れてないのでなんとも言えないんですけど、自分たちが信じている、届くということについては、やっぱり人と違うことをやるというのが大前提で。売れるだけであれば、二番煎じみたいに、今流行ってるもののちょっと似ているような感じにすれば、ある程度は売れると思うんですよ。

亀本:いい塩梅にね。

松尾:そう、いい塩梅に売れる。だけど、自分たちの目指すところはそんなところじゃなくて、自分が時代を創るっていうデカイところなんで。それをするには、真似ではないな、っていう。やっぱり、今流行ってるものの中にはあまりないようなものを打ち出したほうがーーもちろん自分がそれをやりたいというのは大前提のうえでーー必要とされるんじゃないかと。今無いものこそ需要はあると思うんですよね。そこを信じて、少しずつこういうサウンドを練っていったし、現在もやっているっていうところで、やっぱり売れるっていう、本当の意味で届くっていうのは、唯一無二の、GLIM SPANKYにしかできないものだと思う。もし、GLIM SPANKYが時代を築けたとしたら、きっとGLIM SPANKYっぽいバンドも出てきてくれるだろうし、それはすごく光栄なことだけど、どれだけ誰かがGLIM SPANKYっぽいのにしようとして真似したとしても、時代を創った人は越えられないというか。そういう位置を目指したいな、と思ってやってます。


亀本:ぼくが普段からすごく考えてるのは、GLIM SPANKYの音楽を聴いた人に、本当に小さい頃からそういうものが自然に身体に染みついてて、ナチュラルボーンでやってるという風にとられることがあるんですけど、そう聴いてもらえるってことは良いことだと思っているし、やってることがちゃんとできているんだなって思うんです。でも実は色々考えながらやっている部分はあって。すごく周りのやつらを見て、「そこのイス空いてる。今だ!」みたいな意識はすごくあるんです。僕は『鷹の爪』にもすごくそれを感じていて、それって、ほんとにセンスが良くて、アンテナの感度が高くないと絶対に出来ないことだと思うんですよ。ほんとにあと数センチずれてたら、「なんだかよくわかんない」と思われてもおかしくないのに、面白いものにもっていけるというのはほんとに、数センチの誤差がすごく重要だし、センスが問われるところですよね。

――ラインの見極めみたいなところですね。

松尾:さっきの角度の話にも近いですよね。

FROGMAN:商業至上主義みたいになると「あいつ……!」なんて言われたりするじゃないですか。ぼくは今のアニメをやる前、島根県に移住して2~3年の間、色んなことを試行錯誤している時にすごい貧乏してたんですよ。本当に年収60万円みたいな生活で、奥さんの稼ぎで食わせてもらっていた。その時にわかったことが……毎月、月末になると奥さんがお金のことで泣いてるんですよ、「どうしよう、払えない」みたいに。そうすると、モノづくりどころじゃなくなるんですよね。

松尾:うーん……。

FROGMAN:ぼくらって、本当はモノづくりのことでいっぱい悩まなきゃいけないし、悩まないといいものは出来ないのに、お金のことを現実として突きつけられちゃうと創作活動どころじゃなくなっちゃう。だから、ぼくは若いクリエイターには「売れることを躊躇するな。ガンガン売って、ガンガン儲けて来い」と言うんです。お金でいっぱいになって、お金の不安がなくなったら、もっといいものが作れるはずだ、もっと自分と向き合える時間ができるはずだ、と。そこで傲慢になっちゃったり、おかしくなっちゃうなら、それまでの人間ですからね。クリエイターとして本物かどうかって、究極は先のことに向き合えるようになった時に試されるんだと思うんですよ。だから、売れること、儲けるってことも大事。儲けるためにはどうしたらいいのか?ってことをすごく考えるし、どういう人と組むのかっていうのもすごく大事で。ぼくらDLE(編注:FROGMANが所属する制作会社)って、アニメ業界的には上場したり色々手を出して、「適当に作って、利益デカくて儲かってんだろ?」って思われてるんですけど。でも、ぼくらは「そんなの(儲けるのは)当たり前じゃん」って言い返すんですよ。だって、ガンガン儲けて、それでもっと作品に向き合いたいんだから。CDやDVDが売れない時代になってきて、その回収エンジンというかマネタイズの方法がどんどん変わってるじゃないですか。これは音楽業界に限らず全体的に言えることなんですけど、アーティスト自身も作品をどうやってお金に変えていくのか? そういうことも貪欲に考えていくべきですし。どんなに人気者で知名度があったとしても、結局お金が入って来なかったらそれ以上続けられないという、すごく怖い時代になりつつあるなあ、と思います。

松尾:今の言葉に常に共感していて。わたしたちはこの前デビューして、それまでインディーズでもデビューしてない、アマチュアでやってたんですけど。大学生で、売れる売れないで考えてなくて、でも野望だけはなぜか持ちつつやってたけど、売れるって何だろうってこともわからずになんとなく「売れたい」みたいな感じだったんです。最近になって同世代のミュージシャンだったり、メジャーになった方と話してると、「売れるにはダサいことしないといけないんじゃないか?」って言う人がいたりとか、「自分はカッコよくありたいから、売れるための音楽は作りたくない」とか言う人がいたりとか、色々いるわけですよ。でも、わたしたちは「売れてナンボだろう」って思ってるし、「売れたやつがカッコいいだろう」って思ってるんですよ、究極は。もちろん、インディーロックが好きだったりとか、洋楽っぽいのが好きだったりとか、そういう嗜好は個人的にはあるんですけど。いくらカッコいい音楽をやってても、「カッコいい」かどうか評価するのは、周りだし。

亀本:存在を知られてるから、カッコいいもカッコ悪いもあるわけだよね。

松尾:そう。売れないと、人に知られないと、カッコいいかカッコ悪いかの判断もまずつかない状態。「カッコいいことだけやりたいから、メジャーなんてクソだぜ」って言う人もいるし、それもやり方としてはいいと思うんですけど、自分たちはまずは売れたいっていう。売れる音楽を作ろうと思っていますけど、かといって別に言われるままやってるわけでもないし、自分たちが本当にやりたいことしかやってない。それが売れてから「カッコいいバンドだよね」って言われたら本望ですよね。

亀本:それにぼくはやっぱり、正直、お金が欲しいがためにめっちゃ曲を作ってるんですけど……

FROGMAN:はっはっは(笑)。

亀本:高いマーシャル(アンプ)とか、高いギブソン(ギター)が欲しいからお金が欲しいんですけど、そのためにCDをたくさん売りたいって思うんだったら、「自分マジ健全だわ」って。

――いいサイクルですよ。

亀本:本当に。究極はスタジオ作りたいから曲を作ってるんですよ。

松尾:スタジオ欲しいもんね。心底欲しい。

亀本:わりと躊躇とかはなくて。今日も午前中に曲の作業をしてたんですけど、制作に関わってるスタッフから「これはちょっとグリム的にはやり過ぎかもしれない」って、毎日言われてて。


松尾:でも、それがやりたいことだからね。

亀本:“グリムらしい”ってなんだ?と。今までやってきたものがグリムらしいものなのか、ぼくが作りたいと思ってるものがグリムらしいのか。今はやりたくないけど、今までと同じことをやることがグリムらしいのか……っていうことをいつも考えるんです。結局、自分がこういうことをやりたいって思ってるんだから、それでいいんだ、って、最近はシンプルに考えるようにしてて。ミュージシャンって、そこの葛藤に陥りがちで「こんなことやったら、今までのファンの人たちは『自分らのグリムじゃない』って思うかな」とか。それってずっと付きまとうことだと思うし。大きくなっていけばいくほど、大きくなっていくと思う。そこで悩むなら、もっと違うことで悩んだほうがいい音楽になると思うから、ぼくはすごくシンプルに考えてるし、「お金が欲しくて何が悪いんだ」「マーシャルが欲しいんだ!」っていうシンプルな考え方でやってます(笑)。

――“やりたいことをやる”と“売れる”を分けて考えがちですよね。

亀本:そう、分けて考えちゃうバンドマンが本当に多くて。それがイイ悪いじゃないんですけど。FROGMANさんは、ぼくが音楽を作って生きていくにはこう考えるべきだな、って、正解だと思っていることに、かなり近いことを話されてるんですよね。

松尾:それで成功されてる方だからね。この前に飲んだ時に、FROGMANさんの奥さんにも島根県時代のお話を教えていただいたんですよ。とにかくお金がなかったと、「犬が一匹いたんだけど、それを食べさせるのに精いっぱいだった」って。

FROGMAN:すごい話だよね(笑)。まあ、確かにそうだけど。

松尾:まだ、動画を誰でも作れる時代じゃない時にそういうアニメを作って、それを打ち出していったことで、今のDLEの社長さんが目を付けてくれて、そこから『鷹の爪』が出来たし、『鷹の爪』の前の作品も「島根時代のわたしたちの生活をもとに作ったアニメなんだよ」っていう裏話を色々聞かせてくれたんですよ。今は色んなところから「なんでFROGMANは独立しないんだ?」とか、そういうこと言ってくる人もいる、だけどFROGMANさんは島根時代に自分を見つけてくれた社長に対しての想いがあるから、誰に言われようとDLEにいる……っていうことを、奥さまがすごく熱く語って下さって。それにわたしはとても胸を打たれて。そういう信念を持ちつつ、こうやって売れているっていう事実だけで、わたしはこの方が信頼できるなと思うので。売れる売れないのお話もそうだし、とても共感するところが多いです。

FROGMAN:それに売れるためには、売る人がやっぱり大事なんですよね。

松尾:そうですね、人ですね。

FROGMAN:島根時代にはお金に困って、100円ショップで画用紙を買ってきて、近くの村祭みたいなところで似顔絵描きなんかをやってたんですよ。

松尾:ええ⁉

FROGMAN:でも、ぼくの絵なんて誰も欲しくないんですよね。500円にしても、来てくれるのは4人とか3人。それで1,500円手に入れてタバコ代にするとか、そんなことをしてたんですけど、一日粘ってもそんなもん。いかにぼくらクリエイターが「崇高なものだ」とありがたがってるものも、世の中の人は「どうでもいい」と思ってるものなんだな、っていう事実を思い知らされて。だから、ウチの若いクリエイターにも、「きみたちはお給料を毎月固定で貰ってるけど、道端に出て自分の絵を売って、毎日1万円の売り上げをあげられるか?」と。売れるためには、売る人が必要で、ぼくの場合にはDLEという会社であり、ウチの社長だったり、そういう人たちがすごく大事。そういう人たちへの感謝の気持ちを忘れないということと、どう上手く付き合っていくかということが、モノづくりをするうえで大事だと思うんですよね。絶対に1人の力でお金を稼いでないし、売れてはいないっていうのはよくわかるので。


――では、最後のテーマは“田舎”。皆さんの原点は田舎にあると思うんですよ。FROGMANさんは、もともとは東京なんですけど、島根の存在が大きい。GLIM SPANKYのお二人は長野。環境が田舎であったことが、その後の活動やものの考え方に影響を及ぼしているのか?というのをお聞きしたいです。

FROGMAN:GLIM SPANKYの曲を聴くたびに、故郷に対する思い入れはものすごく大きいな、と感じるんですね。ぼくもそこらへんをちょっと聞きたいなと思うんです。

松尾:わたしは田舎の風景を見ながら曲を書いていたので……曲を書くときって、どうしても風景を思い浮かべながらとか、頭の中の世界に自分が実際に入って、その場で曲を書くとか、そういう感じで作っていくんです。どうしても、長野県の風景は今でも思い浮かべますし、実家に帰った時は曲が出来ますよね。慣れてるからなのか、曲にしやすい空気、星とか月があるからなのかわからないですけど。都会では自分の家で作ってるんですけど、家で作る曲と田舎に帰って作る曲ではテイストがまったく別になるんですよ。「こういう曲を書きたい」って思って書き始めるのではなく、いつも通り曲を書き始めても全然違うものが生まれる。例えば、「褒めろよ」っていう曲があるんですけど、これは都会で作った曲で、「大人になったら」は田舎で作った曲なんです。やっぱり、(長野の)家の前は田んぼで、山しかなくて、アルプスがあって、果樹園があって……ていう中で作るので、とてもセンチメンタルな、自分の心の中を洗うような、そんな楽曲がすごい出来やすいなって最近気付いて。そういう曲って、都会ではなかなか作れない。それに、わたしは昔のルーツミュージックやクラシックロックが好きなんですけど、ウッドストックとかアメリカの広大な大地を写真とか映像で見ると、なにか「ここ知ってるな」くらいの感覚を覚えるんですよ。地元はちょうど南アルプスの麓で、すごい広い丘と草原が続いていて、でも、何にもなくて。それがわたしが夢見てきた海外のロックの雑誌とかに載っていた風景ととても被るので、勝手に似たような感覚を覚えているという。ザ・バンドを聴くと自分の実家を思い出しちゃう、みたいな(笑)。

FROGMAN:それはすごいな(笑)。

松尾:自分にとっては切っても切り離せない場所ですね。

亀本:田舎にはほんとに何にもなくて。東京に出るまでは、いい空気だったり、いい雰囲気なんだな、っていうことにも気付かなくて。

FROGMAN:田舎にいるのは嫌じゃなかった?

亀本:やっぱり、都会に行きたいと思ってたよね。思ってたでしょ?

松尾:もちろん、音楽活動をするという点では東京って思ってたんですけど。文学だったり映画だったりは、田舎モチーフのものが好きだったので。そこは田舎がいいなとは思ってました。

亀本:同時に下北沢だったり、高円寺とか吉祥寺は素敵なんだろうな、ってずっと思ってたよね。

松尾:思ってたね。だから、両極端なんですよね。「褒めろよ」みたいな曲があれば、「大人になったら」みたいな曲があるのと同じ。

亀本:地元は地元で好きな場所なんですけど、ぼくは帰ると本当にやる気が出なくて(笑)。まず、田舎はお金がなくてもわりと楽しいじゃないですか。でも、都会ってお金がないと、マジで終了じゃないですか。そういう意味でも、原動力にもなっていて。渋谷の街に出て、ビジョンに知り合いのバンドが出てたり、ライヴ観に行くと「ヤベエ、頑張んないと」って気持ちになったり。モチベーションはやっぱり都会にあるな、と。競争意識みたいなものが田舎の時にはなかったんですよね。それに田舎だとコミュニティが小さいから、クラスの中で身長が一番高くて、サッカー部で、成績が上から3分の1で、みたいな人はわりと一目置かれる。でも都会に出たらそんなの関係ないし、ただのたくさんいる中の一人、何にもないただのバイトしてる兄ちゃん……ていうことをズシンと感じたんです。ぼくは18、19歳で東京に出てきたときに、そこもモチベーションになったりしたんですけど、最初から東京生まれだと、どうなるんですかね?

FROGMAN:東京って色んなものがあって、色んな文化もあり、施設もあり、人もたくさんいて。恵まれてるようなんですけど、たくさんの中の一人になっちゃうんですよね、どうやっても。島根にいて一番驚いたのは、少ない中の一人の重要性というか。島根の田舎の街に暮らしてた時には、普通に市長とかそのへんにいるんですよ。

亀本:そうなんですよね(笑)。

FROGMAN:市長にあそこの道路がどうとか直接言えたり、警察署長もそこらへんにいたり。『Dr.スランプ アラレちゃん』のペンギン村みたいに、何かあるとそのことを話せるコンパクトさ。東京にいた時には、いわゆる友達や仕事関係の人間しかいなくて、都知事と道でバッタリ出くわして話すこともない。違うレイヤーの人の動きっていうのがまずなかったんですよね。だから、自分が住んでた板橋区の区長の名前なんか当然知らなかったし、興味がなかった。コミュニティに自分が所属しているという意識がすごく希薄だったんです。田舎に行くと驚いたことに、自分が誰かに必要とされていたりとか、自分が街を良くしないといけないという想いの人たちがたくさんいて、一生懸命に活動してるのがまず楽しかったんですよね。

――なるほど。

FROGMAN:ぼくは映画屋さんだったんで「映像で町おこしやってみろよ」って声をかけられるわけですよ。そういうことがまずできたっていうことが良かったな、と。ぼくはもともとクリエイターじゃなくて、制作部といういわゆるロケ現場さがしとかをする、仕事としてはあまりクリエイティブじゃないことをやってたんですよね。だけど「映画やってたんだから、とりあえず映像は出来るだろう」とカメラ持たされて、カメラマンでもないのに撮ったりさせられる。でもそのコミュニティの中では一番映像がわかってるから、「映像は小野(編注:FROGMANの本名)ちゃんだ」っていう風になっていって、だんだん自分も自信がついていく。井の中の蛙と言われようが、ひょっとしたらやれるんじゃないかな?って。で、実際やってみたら、出来るようになっていくんですよね。ぼくがアニメをやるきっかけになったのは、それ。東京でアニメやろうと思ったら、もう上には宮崎駿さんがいたりするから……。

松尾・亀本 :あはは!(笑)

FROGMAN:とても軽い気分でアニメの世界に行けるような状況じゃないんですよ。島根なら、「アニメやろうかな」って言ったら、そいつが誰よりもアニメに近い人間になれた(笑)。

亀本:それは本当にぼくらも同じかもしれないです。井の中の蛙だったからこそ、音楽をやろうと思えたんですよね。東京にいたら、デビューするなんてバンド組んで、コンテストとかで目立って、何回もオーディションを経て、レコード会社の会議があって……田舎だとそんなこと肌で知らないから、やれんじゃねえかな?って思っちゃうよね。



松尾:思っちゃうよねぇ。

FROGMAN:東京とかだと、自分よりすごいヤツが身近にいちゃったりするから。「どうせ俺なんか無理だから」「あいつあんなに上手いのにまだデビュー出来てないし」とか思っちゃう。

亀本:ぼくらは「これ、イケんじゃね」って思っちゃったクチだよね。

FROGMAN:(田舎は)夢は見やすいよね(笑)

松尾:見やすいし、それをマジに信じちゃったバカっていう(笑)。

――少し話を戻して、さっきFROGMANさんがおっしゃっていた、田舎のコンパクトさについて。コミュニティに所属する絶対数が少ないと、一人ひとりのキャラが立っていくと思うんですね。それが『鷹の爪』にも繋がっているのかなあと。

FROGMAN:そうですね。やっぱり田舎の人は……って言ったら怒られちゃうかな? でも、マンガみたいな人が多いんですよ。さっきの井の中の蛙みたいな人も少なからずいて。本当に「この人、ネタか?」って思うような人がいるんですよね。どう見てもカッコよくないのに、「この町で俺が一番モテる」と思ってる、髪の薄いEXILEみたいな格好してる人とか(一同笑)。「これはぼくのアニメの格好のネタだな」っていうような人がいたりして。でもそれがまさしく井伏鱒二の世界。田舎にいるおかしな人たちの日常を面白おかしく、悲哀も含めて描いてる。島根に行ってみたら、そんな田舎みたいなものを同様に体験できて。ぼくが住んでたところの町内会長さんは、出雲弁がめちゃめちゃキツイんですよ。青森の津軽弁みたいに、慣れるまでは何言ってるかわからないような言葉で、それが特にキツイ地域にぼくは住んでいて。町内会長はそれにくわえて、歯が3本くらいしかない。

松尾:ええ!?

FROGMAN:いつも「×○△%凹■!」って言う人なんですよ。

――濃い(笑)。

FROGMAN:ぼくは集落の集会に毎月行っていて、会長が「×○△%凹■!じゃ!」って話してるのを「はあ。はあ」って聞いてて、周りが笑ったら「ははははっ」って笑って過ごしてたんですけど。一度、隣の人に「会長って、いま何って言ったんですか?」って訊いたら、「おれもわからん」って(一同笑)。これ、ほんと面白いなって。そういう、エキセントリックな人っているんですよね。

亀本:しかも、意識的に狙ってるわけじゃないんですよね。ナチュラルにやってる。

FROGMAN:そうそう。自然に「ネタか!」って人がいるんですよ。

――かたや田舎から都会に出てきて両方を知っていて、かたやその逆で都会から田舎に行って別の世界を知るっていう。それが創作活動に良いのかもしれないですね。では最後に、FROGMANさんから『鷹の爪GT』について見どころをいただけますか。

FROGMAN:今まではずっとNHKでの放送だったので、わりとターゲットも子ども向けに狙って……マイルドにするつもりもなかったんですけど、表現の部分では言えないこともあったりしたものが、また深夜枠のとんがってた『鷹の爪』が戻って来ますんで。そこに音楽がどうマッチするのかも、是非お楽しみに。

松尾・亀本:そうですね! ありがとうございました!


撮影・インタビュー・文=風間大洋

作品情報
『秘密結社 鷹の爪 GT』

LINE LIVE
4月7日(木)スタート 
毎週木曜日 21:00より配信 (※配信時間は変更になる可能性あり)
YouTube&ニコニコ動画
4月8日(金)スタート
毎週金曜日19:00 (※「LINE LIVE」のアーカイブ配信。ニコニコ動画はアニメシリーズ『鷹の爪GT』のみ)
GLIM SPANKY
2nd ミニ・アルバム『ワイルド・サイドを行け』


発売中
初回限定盤: CD+DVD TYCT-69097 2,500円+税
通常盤: CD TYCT-60077 1,500円+税
※CD収録内容は初回限定盤と同内容

 

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