ジョナサン・ノット&東京交響楽団、今度は声楽作品で魅せる~リハーサルレポート

レポート
クラシック
2016.4.23
今回も彼ならではのプログラムが披露される  © K. Miura

今回も彼ならではのプログラムが披露される  © K. Miura

18日に東京オペラシティで開催された演奏会も大好評で迎えられたジョナサン・ノットと東京交響楽団、次なる定期演奏会はこの週末開催される声楽、合唱を交えたプログラムだ(会場は23日(土)がミューザ川崎シンフォニーホール、そして24日(日)がサントリーホールで両日とも14時開演)。

先日のコンサートでもリゲティの立体的な、パーセルの面的な、そしてシュトラウスの線的な、とそれぞれ性格の異なる対位法を一つの演奏会の中で披露してみせたノット&東響の演奏会だ。今回もまた、名曲を美しく提示するコンサートでは収まらない何かを、プログラムで既に示している。今回はまずアーノルト・シェーンベルクがアメリカに亡命してから作曲した「ワルシャワの生き残り」を、続いてアルバン・ベルクが生前完成できなかったオペラから自らが編んだ抜粋による「ルル」組曲を演奏し、その後にブラームスの「ドイツ・レクイエム」が演奏される。

その開催を前に、21日に東京交響楽団の本拠地ミューザ川崎シンフォニーホールで行われたリハーサル二日目の模様をレポートしよう。

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15時に開始されたこの日のリハーサルは団からの短い連絡のあと、コンサートの曲順とは違って「ベルク→シェーンベルク→ブラームスの順」に行われた。

リハーサルは休憩をはさんで四時間行われた 提供:東京交響楽団

リハーサルは休憩をはさんで四時間行われた 提供:東京交響楽団

歌劇「ルル」はヴェーデキントの戯曲「パンドラの箱」「地霊」による未完のオペラ。そのお話はヒロインの倫理なき転変の生涯の物語、しかもその幕切れにはあの切り裂きジャックも登場する、死の匂いが色濃い作品だ。

マエストロからのにこやかな挨拶のあと、リハーサルは第二楽章「オスティナート」から始められた。快速で多弁な楽章に続いて、長く複雑な第一楽章をじっくりと仕上げていく。休憩をはさんで独唱のチェン・レイスが登場、第三、第五楽章を合わせる。ここではオーケストラとの合わせ、指揮者との呼吸や場面に応じた表情付けに時間をかけた。

チェン・レイスは小柄だが、その存在感は十分だ  提供:東京交響楽団は

チェン・レイスは小柄だが、その存在感は十分だ  提供:東京交響楽団は

その後、またオーケストラのみで第四楽章をじっくりと、そして第五楽章を歌手抜きで仕上げて「ルル」組曲のリハーサルは終了した。

リハーサル開始時点でも、演奏はある程度仕上がっているように感じられたのだが、ノットが手を入れればいれるだけ響きは整理されて表情もより濃いものとなっていく。そして演奏が仕上がるほどにベルクの他作品、管弦楽のための三つの小品や「ヴォツェック」、ヴァイオリン協奏曲などに通じる響きや構成、書法に気付かされるのだから流石と言わざるをえない。

ここで休憩が入って後シェーンベルクの「ワルシャワの生き残り」のリハーサルに移行した。まずは語りのクレシミル・ストラジャナッツ(バス・バリトン)を交えてオーケストラと合わせていく。

ストラジャナッツを交えて、精緻なリハーサルは進む 提供:東京交響楽団は

ストラジャナッツを交えて、精緻なリハーサルは進む 提供:東京交響楽団は

アメリカ時代のシェーンベルクは、当地での受容のされ方や教育的性格の吹奏楽作品を手掛けたことなどもあって比較的聴きやすい作品も遺している。今回演奏されるこの曲も、十二音技法を用いてはいるがこと音響だけで言うならばそれほど晦渋な作品ではないのだが、語られ歌われる題材が強制収容所におけるある出来事の回想ときては気軽に聴ける作品とはならない。

この作品では、ストラジャナッツは普通の歌ではなくシュプレッヒシュティンメ(直訳すれば「語り-声」。楽譜にはリズムとある程度の音の高低は指示があるけれど、明確に音程が示されているわけではない)で英語、ドイツ語によるテキストを語る。この演劇的な作品の表現について、ジョナサン・ノットがソリストと呼吸を、イントネーションを合わせるため多めの時間が費やされたのは彼が英国人だからでもあろうか。かなりの細部までマエストロは指示を出して、調整を行った。

そして19時を回って、東響コーラスのメンバーが登場する。アマチュアながらオーケストラ専属の合唱団として活躍する東響コーラスのうちこの作品では男声だけが、ある出来事を再現する形で終盤に登場する。リハーサルに時間をかけた歌い始めも含めてひとつの演出だと思うので、ここでは詳述しない。来場される方はぜひ、なかなか実演で聴く機会のない衝撃的な作品の上質な演奏をお楽しみに。いや、とても内容的には楽しめるものではないのだけれど……

語り手、男声合唱と管弦楽が揃う 提供:東京交響楽団

語り手、男声合唱と管弦楽が揃う 提供:東京交響楽団

そしてリハーサルの最後は舞台の配置を大きく転換して、東響コーラスも全員が揃っての「ドイツ・レクイエム」だ。ブラームスを愛していることではよく知られたジョナサン・ノットだが、「ドイツ・レクイエム」を演奏するのは今回が初めてだという。リハーサル開始前には、なんでも「第一楽章をどう指揮するか、まだ少し迷っている」と言っていたとか。シンプルな音楽ほどその表現をどうするか、突き詰めて考えるのだ、という。

リハーサルでは、全曲を通じて合唱が活躍するこの作品を、まず第三から第六楽章までを通して演奏、その後若干の修正を行った。この日の独唱者二人は会場の響きを確かめるように歌っていたが、その美声は存在感十分、コンサートがますます楽しみになる。
そして独唱者が退場後、残る合唱とオーケストラで第七→第二→第一楽章の順でリハーサルは進められた。仕事帰りと思しきメンバーたちによる東響コーラスは、会場に馴染むほどに尻上がりに調子を上げたように思う。ドイツロマン派の作品ではあるけれど、弦楽器のヴィブラートの扱いにも相当の配慮がされた演奏はこの日の時点で既に美しく、果たしてコンサート当日はどのように響くことか、とより期待は高まった次第である。

なお、リハーサルを聴く中でこの作品におけるオルガンの存在感を再認識させられたことはお伝えしておこう。広いミューザ川崎シンフォニーホールの舞台を埋めた独唱、合唱とオーケストラとオルガンによる空間的なアンサンブルの妙は録音ではなかなか再現できるものではない。こればかりはぜひ会場で体験してみてほしい、と申し上げたい。

空間に、立体的に鳴り響く音楽は演奏会だけのものだ 提供:東京交響楽団

空間に、立体的に鳴り響く音楽は演奏会だけのものだ 提供:東京交響楽団

※ひとつ注釈を。曲順と関係なくリハーサルが進められるのは、曲によって、また楽章によって出番のない奏者がいるためだ。たとえば、この日「ドイツ・レクイエム」の第一楽章が最後になったのは、この楽章ではヴァイオリンを使用していないため。ヴァイオリニスト各位が退場した結果、リハーサル最後の十数分はコンサートマスターのいない、それどころか舞台前方の席には誰もいないオーケストラ、という珍しい絵面になった。もちろん、実際のコンサートでは演奏しない奏者が曲中に入退場することはない。

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今回のプログラムから、ノット自身が語る「和解」(舩木篤也氏との対談より)以外にキーワードを読み取るならば、それは「人間性」になるのではないだろうか。humanismではなく、humanity。シェーンベルクが示す収容所における極限の生、ベルクが描く放恣の果ての無意味な死、そして若きブラームスが歌い上げる死後の救済/生残者への慰めと、人間存在が試されるような”ドラマ”が続け様に示された後に、果たしてどのような感情が会場にもたらされることだろう。今のような厳しい時だからこそ、このプログラムは、彼らの演奏はより多くを語ってくれるように思う。

今回もけっして聴き逃せないコンサートとなることは、リハーサルを取材した私から保証させていただきたい……もっとも、現在の彼らの演奏をご存知の皆さまには、そのような後押しは無用のことと思うけれど。

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東京交響楽団は21日、この週末の演奏会会場に熊本・大分地域地震募金箱を設置する、と発表している。また、これまで東日本大震災のためのチャリティーコンサートとして開催してきた楽団員による「Concert For Smiles」を、次回以降「熊本・大分地域地震」と「東日本大震災」支援のためのものとすることも併せて発表した。

音楽家たちが被災地に音楽を届けられる日が少しでも早く来ることを、私からもお祈り申し上げたい。

公演情報
東京交響楽団 第55回川崎定期演奏会/第639回定期演奏会

・川崎定期 2016年4月23日(土) 14:00開演 会場:ミューザ川崎シンフォニーホール
・東京定期 2016年4月24日(日) 14:00開演 会場:サントリーホール 大ホール
■出演:
指揮:ジョナサン・ノット
ソプラノ:チェン・レイス
バス・バリトン&語り:クレシミル・ストラジャナッツ
混声合唱:東響コーラス
管弦楽:東京交響楽団
■曲目:
シェーンベルク:ワルシャワの生き残り Op.46 ~語り手、男声合唱と管弦楽のための
ベルク:「ルル」組曲
ブラームス:ドイツ・レクイエム Op.45
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