熊本・雨傘屋の主宰者が「地震による公演延期の経緯」
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雨傘屋メンバー撮影
5月に熊本市内で『青木さん家の奥さん』(作:内藤裕敬、演出:天野天街)の上演を予定していた地元の演劇ユニット・雨傘屋に関連して、SPICEではこれまで二度、ニュースを報じてきた。最初は、公演準備のために熊本入りした直後に被災した天野天街から送られてきた“詩”を紹介した。二度目は公演が延期になったことを速報で伝えた。
そして、今回紹介するのは、その雨傘屋を主宰する阿部祐子が一連の経緯について綴った手記である。先頃SPICEは彼女に対し、そもそも雨傘屋がどのようなユニットで、なぜ名古屋の天野天街がそれに係わるようになったか、そして今回の地震によって公演延期がどのようにして決まったのか、全部まとめて教えて欲しいとお願いした。それに応えて、一部始終を、わかりやすく、率直に記してくれたのが、下記の文章である。被災地の様子を伝える貴重な写真も送って来てくれた。色々な苦労が続く中での寄稿に改めて感謝したい。そして何よりも、被災された方々に対して、心よりお見舞い申し上げます。
雨傘屋メンバー撮影
雨傘屋 『青木さん家の奥さん』 公演、延期の経緯
雨傘屋主宰 阿部祐子
熊本市で雨傘屋という演劇のユニットを主宰している。市内で年に1度のペースで定期公演を行っているが、毎回、名古屋を拠点とする劇団・少年王者舘の天野天街さんを演出家としてお招きし、熊本に一ヶ月ほど滞在してもらって作品を製作する。作品は、天野さんが演出したら面白いのではないかと思われる既成の戯曲の中から、ボリュームや予算などを考慮して選ぶ。
これまで、平田オリザ、岡田利規、柴幸男、イヨネスコ、別役実の戯曲を天野さんの演出で上演してきた。キャスト・スタッフはほぼ熊本の演劇人だ。
もともと、雨傘屋は、私が自分の戯曲を上演する団体として立ち上げた。熊本大学入学と同時に演劇部に入部。その後演劇部のOBが作った劇団に所属し、役者と制作をしていた。2009年に退団し、同年に雨傘屋を旗揚げ、自分で書いた戯曲を演出した。しかし、劇作も演出も、割とそれで気が済んでしまった。せっかく旗揚げしたけど、もう自分で作演はしたくないし…どうしよう…と悩んで、外部から演出家さんをお呼びすることを思いついた。天野さんだったら来てくれそうだし、面白いことができそうだと思った。
フリータイム』(作:岡田利規 演出:天野天街) (撮影:梶原慎一)
話は遡り、2007年、日本演出者協会が主催する『演劇大学inくまもと』という、名だたる演出家さんたちが熊本でワークショップをするというイベントが開催された。私を含み当時所属していた劇団のメンバーは、実行委員として関わっていた。天野さんは、そのときに同じ少年王者舘の女優夕沈さんと一緒に講師として来られ、ダンスのワークショップをされたのだが、その内容は私たちにとって衝撃的なものであった。こんな表現があるのかと思った。その後、天野さんの演出された舞台を実際に拝見して、ますますこの人はすごい演出家さんだ…と思うに至った。演劇大学は次の年も開催され、この年も天野さん・夕沈さんは講師として来られ、幸いおふたりともに熊本をとても気に入って頂けたようであった。
そのような経緯があり、雨傘屋に誰か演出家さんを呼ぼう、と思ったときにまっさきに思いついたのが天野さんだった。作品は平田オリザさんの『隣にいても一人』に決めた。以前、青年団プロジェクト公演の熊本公演の際に、現地制作として関わった作品で思い入れがあるし、ふだん天野さんが作られている作品とは毛色が違うので面白くなりそうだと思ったからだ。
2011年5月、天野さんの演出で『隣にいても一人』を、熊本のキャスト・スタッフを集めて上演。とても良いものができたと思った。天野さんにも熊本での滞在製作を楽しんで貰えたようで、この時期(4~5月)は空いているから来年もやろう、と言って頂けて、以降、とりあえず今のところ毎年公演を行っている、いたのだが……。
『隣にいても一人』(作:平田オリザ 演出:天野天街) (撮影:嶋生薫理)
毎年、作品を決めるのにとても苦労する。私は2011年の公演が終わってから大分県に引っ越し、以来ずっと大分に住んでいる。雨傘屋の公演が近くなったらその時期だけ熊本に滞在するが、終わればまた大分に戻り、演劇に関わるのも雨傘屋の時期だけ。あまり熱心に芝居を観たり戯曲を読んだりしていないこともあり、ちょうどいい作品がなかなか見つからない。
2014年に上演したイヨネスコ『禿の女歌手』と去年の別役実『すなあそび』は、詳しい方に薦められて決めた。今年上演する予定だった『青木さん家の奥さん』も、その方に薦められ、短期間・少予算で面白く作れそうだと判断して決めたのであった。
『禿の女歌手』(作:イヨネスコ 演出:天野天街) (撮影:梶原慎一)
さて。今年、天野さんは3月いっぱい流山児★事務所の『西遊記』ツアーで海外におり、なんだかんだで熊本入り出来るのは4月13日になるということだった。いつもよりさらに製作期間が短いので、今年は大変だぞ…と覚悟したが、またみんなでお芝居ができるのが楽しみだった。
『すなあそび』(作:別役実 演出:天野天街) (撮影:梶原慎一)
4月13日、天野さんと、ゲストで同じく少年王者舘の小林夢二さんが熊本入りされた。私はまだ大分におり、17日に熊本入りする予定だったので、稽古初日に参加できない。初日はどうだったかな、うまくいきそうかな?とそわそわする。翌14日の夕方に天野さんに電話すると、「色々懸念があるから…アイデア募集中!」ということだった。今回、実際の戯曲の登場人物よりキャストの数を増やしているので、増えたキャストをどのように作品に盛り込むかというのが一番の課題だ。まぁ、なんとかなるんじゃないかなと思った。これまでもなってきたし…。
その夜。21時半前くらいに自宅でPCに向かっていたら、携帯の緊急地震速報が鳴り、続いて大きな揺れを感じた。驚いて、twitterで検索してみると、震源地は熊本…熊本!? 大分でこれだけ揺れたのだから、熊本は大変なことになっているかも…。テレビをつけると、震度7とか言っている…これは大変だ。メンバーは今日は公演会場となるスタジオで稽古予定。制作サポートのKさんに電話してみた。
「3階だからかなり揺れたけど、みんな無事です」という。ほっとした。天野さんや小林さんのことを心配な方が全国にたくさんいるはずなので、とり急ぎtwitter雨傘屋のアカウントで両氏の無事をお知らせした。
翌15日、天野さん、小林さんに電話。お二人とも元気そうな声だったので少し安心した。「すごいタイミングだったね、ところでアイデアは募集中だよー」と天野さん。そうだ、地震は大変なことだけど、とにかく今は作品のことを考えないと…と思う。明後日には熊本に行くのだし。余震が続いているので、気を付けてくださいねと伝える。
その夜、緊急地震速報の音で目が覚めた。携帯で時間を確認すると1時25分くらい。続いて地鳴りのようなズゥン…という音とともに揺れが来たが、先日よりも大きく、長く感じた。物が落ちたりするほどではなかったが、これまでに体験した地震の中で最も大きいと感じた。
「どうか震源が熊本ではありませんように」と祈る気持ちでテレビをつけると、震源地は熊本、しかも熊本市内と…。これはやばい…と思った。Kさんに電話しようかと思ったが、情けないことに、怖くてためらってしまった…。とりあえず深夜だし、朝になってから電話しよう。と決めて横になったが、よく眠れなかった。
明け方、Kさんから安否確認のメールが届いていたので、阿部は無事ですと返信。テレビを見ていた家族に「これじゃ熊本行けんよ…公演もできんのやない?」と言われ、「そんなことないよ!」と反射的に答える。しかし、画面に映っているのは、陥落している阿蘇大橋。熊本・大分間を結ぶJRは15日の時点で運休していたのでバスで行くつもりだったが、これはバスもダメかもしれない。
雨傘屋メンバー撮影
Kさんに電話する。雨傘屋メンバー全員の無事は確認できているということで、本当に安心した。が、「ちょっと、公演をするかどうかは、考えた方が良いかもしれない」と。私には熊本の状況が全くわからないので、みんなで相談して決めましょう、熊本のメンバーの意見を尊重しますので…といったことを話す。Kさんと話をするまでは、公演を中止するなんてあり得ない、と思っていたが、現地にいる彼がそう言うのだったら、本当に上演が難しい状況になってしまったのかもしれない。が、そこに居ないので、現場の状況も、空気感もわからず、どう考えたら良いのかわからない。天野さんにも電話した。「本震のあと一晩中外にいた」と言われていて、さぞ不安だっただろうと申し訳なく思う。公演をどうするかは、やはり熊本を拠点とするメンバーの意思を尊重したい、ということだった。
このような間にも、震度3を超える余震がたびたび起こっていて、大分でも強い揺れが何度かあり、私が住んでいる地域はそこまで被害はなかったが、落ち着かない。また熊本に大きな余震があったら、特に天野さんや小林さんに何かあったら…と思うと生きた心地がしなかった。
雨傘屋メンバー撮影
テレビやネットでは、さかんに避難所に食料が足りない、断水で飲み水もない、というような報道がされていて、そんな生きるか死ぬかみたいな状況では、芝居の稽古どころじゃないだろうと思う。私が電話で話したメンバーはみんな、割と普段通りのテンションで元気そうだったが、彼らの様子と、報道で伝わる被災地の様子が結びつかずに混乱する。
小林さんも割と元気そうに『天野さんとカレーを作っている』と言われていて、とりあえず食料は大丈夫そうでほっとした。
本来なら熊本入りするはすだった17日、やはりJRもバスも動かず、行くことができなかった。車でだったら…と交通状況を調べてみるが、熊本→大分間の主要な道路はほぼ通行止めになっていた。迂回すれば通れる道はあるのだろうが、あまり道に詳しくないので自信が無い。
雨傘屋メンバー撮影
Kさんと相談して、18日の夜に集まれるメンバーで集まって、今後のことを話し合ってもらうことになった。既に県外に避難しているメンバーもいたので、参加できない場合はメールで意見を送ることになり、私も自分の気持ちをメールで送った。メールには、熊本にいるみんなの意見を尊重したいこと、ただ、雨傘屋はあまり無理をしないことが信条だし、今、日常を送れていないのだったら、まずは日常生活を取り戻すことを最優先してほしい、というようなことを書いた。
18日の夜、Kさんから電話があり、「話し合いの結果、今は延期するが、1年後なりに同じ作品、メンバーでリベンジする、という結論になりましたが、どうですか?」と聞かれ、それが良いと思う、と答えた。
以上が公演を延期するまでの経緯である。
私は、公演がどうあれ、何とかして熊本に行く、行かなければ! と考えていたので、「福岡経由で行こうと思ってるんだけど…」と言うと、電話口の向こうからみんなに「来なくていい! 何のために来るの! 」と全力で反対された。冷静に考えると至極当然のことであった。
雨傘屋メンバー撮影
電話で話した時点では、延期は仕方ないことだったな、と落ち着いていたが、その後、不在のメンバーからの意見メールや、話し合いの経緯が書かれたメールを読んでいて、如何とも言い難い気持ちになった。
私は、マスコミやネットの報道をみて、こんな状況ではきっとみんなが延期なり中止にした方がいいと考えているに違いないと思い込んでいたが、実際は、どのような形でもいいからやりたい、と言ってくれるメンバーが多かったのだった。「お芝居をすることが今の自分を支えている、中止になったら目標がなくなるようで悲しい」と書いていたメンバーもいた。
やった方が良かったのかも…やってやれないことはなかったかも…と、実は今でも思うのだが、それは何もなかったらのことで、何かあってからでは、どうにもならないのだ。中止なり延期を主張したメンバーの「今は生きることに集中してほしい、お芝居は今じゃなくてもできる。お客さまへの安全も確保できない」という意見は、やはり的を射ていると思うのだった。しかし、本当にこれでよかったのかは今もよくわからない。
今回、遠隔地で作品をプロデュースすることの限界を知った…こんなことはそうそうあることではないだろうが、主宰者なのに状況がわからず何もできない、悔しくて歯がゆい思いだった。実はまだそんなに気持ちの整理がついていないのだが、必ず、次回、メンバーがやって良かった!と思えるような、お客さまが観に来て良かった!と思えるような、素晴らしい作品を創りたいと思っている。
2016年4月27日
『隣』集合写真。前列最右端が阿部祐子、後列右から三人目が天野天街 (撮影:梶原慎一)
■演出:天野天街(少年王者舘)
■キャスト
大迫旭洋(不思議少年)、平野浩治(劇団濫觴)、桑路ススム、徳冨敬隆(DO GANG)、玉垣哲朗(劇団みちくさ)、小林夢二 (少年王者舘)、小松野希海(Komatsuno Unit/転回社)、ますながあすか(たんじぇりんね)、松崎仁美(劇団濫觴)、阿部祐子ほか
■企画・主催:雨傘屋+転回社
※高校生は受付にて学生証提示のこと
○転回社 Tel:080-5289-9734 mail:office@tenkai.org
○雨傘屋 Tel:090-1972-5164 mail:amagasaya@gmail.com
公演チラシ(宣伝美術:アマノテンガイ)
雨傘屋公演履歴
2011年 5月 『隣にいても一人』(作:平田オリザ 演出:天野天街) @ギャラリーADO
2012年 5月 『フリータイム』(作:岡田利規 演出:天野天街) @ギャラリーADO
2013年 5月 『わが星』(作:柴幸男 演出:天野天街) @ギャラリーADO
2014年 5月 『禿の女歌手』(作:イヨネスコ 演出:天野天街) @早川倉庫(熊本)、永久別府劇場(大分)
2015年 5月 『すなあそび』(作:別役実 演出:天野天街) @早川倉庫
1980年、大分県生まれ。
2001年、熊本大学演劇部に入部し演劇活動をはじめる。
2003年、同演劇部OBで立ち上げた劇団第七インターチェンジに入団、以降同劇団にて制作者・役者として活動。
2009年2月、処女戯曲『西の悪い魔女』を池田美樹(劇団きらら)の演出によりリーディング上演。
2009年3月、劇団第七インターチェンジを退団。雨傘屋を立ち上げる。
2009年10月、雨傘屋vol.1『2090年、子どもの領分』を上演。作・演出を担当。
現在に至る。