小菅 優(ピアノ) 新たに始まるベートーヴェン探索の旅

2016.5.23
インタビュー
クラシック

小菅 優(ピアノ) ©Marco Borggreve

 若き実力派ピアニスト・小菅優が、新プロジェクト「ベートーヴェン詣」を開始した。第1弾はピアノ三重奏曲。5月の全国ツアーを通して、クラリネット絡みの第4番を除く6曲を披露する。
「昨年ピアノ・ソナタ全曲の公演と録音を終えて、得るものがものすごく大きかったのです。それはベートーヴェンに共感する“旅”となり、彼の偉大さを改めて感じました。そこで室内楽にも取り組みたいと思い、中でも重要なピアノ三重奏曲から始めることにしました」

 共演者は、樫本大進(ヴァイオリン)、クラウディオ・ボルケス(チェロ)という豪華な顔ぶれだ。
「すぐに思いついたのがこの2人でした。たびたび共演し、ベートーヴェンの三重奏曲も第1番や第7番『大公』を演奏していますが、彼らは音楽の対話が自然にできて、自分の音楽にもこだわりがあるので、曲作りがすごく楽しい。大進さんの演奏は昔から大好きで、気さくで大らかな人間性が表れていますし、クラウディオも温かみや包容力があり、リハーサルから変化するその場の自発性が素晴らしい。それに皆ドイツ育ちでもあり、ベートーヴェンは身近に感じることができる作曲家でもあります」

絶対に通らないといけない分野

 ベートーヴェンのピアノ三重奏曲は、「深い世界」であり、「絶対に通らないといけない分野」だと語る。
「『大公』op.97は、op.90(ピアノ・ソナタ第27番)とop.101(同第28番)の間にあって、後期直前の変化が現れており、祈りのような第3楽章は『ミサ・ソレムニス』にも繋がります。ハ短調のop.1-3(第3番)は、op.1とは思えない深みがあり、『幽霊』はシェイクスピアの影響―特に第2楽章は『ハムレット』の冒頭シーン ― を感じさせます。またピアノ三重奏は、全員が均等に活躍し対話しますが、ベートーヴェンの場合は特に楽器の扱い方が平等で、ハーモニーの使い方が絶妙です。それに曲ごとに成長の度合いがわかり、古典的なものから晩年に近いものまで、様々なベートーヴェンを味わえます」

 東京オペラシティの公演は、第3番・第6番・第7番「大公」の組み合わせ。
「第3番は他のハ短調作品との違い、第6番はベートーヴェンの抒情的な面や同じ変ホ長調の第1番との違いが興味深い。第7番『大公』はまとめるのが難しい曲。第1楽章は平和に始まりながら途中で迷路のようになり、第3楽章は祈りの部分から変奏曲に変わります。しかも指示はすごく細かいのに、全体像をきちんと見せないといけない。でも聴くと感動する曲です」

 他の3曲もそれぞれ特徴的だ。
「第1番は、12歳のときドイツで組んでいたトリオで何度も演奏しましたが、ピアノ協奏曲のような面もあって、若々しく楽しい曲です。第2番にも初期の生き生きとしたユーモアがあり、第5番『幽霊』は不思議な曲。第2楽章の不気味な部分には、哲学的な世界や死者との対話など、愛称通りの気配を感じます」

生誕250年 2020年を目指して

 『ベートーヴェン詣』では、楽聖生誕250年の2020年を目指して、弦楽器とのソナタから歌曲や合唱曲まで、ピアノを用いた全ジャンルを網羅するという。
「ベートーヴェンは一番ピッタリくる作曲家。弾くたびに新しい面が見えてきますし、頑固なだけでなくユーモアもあり、苦しみがあっても最終的には肯定的な姿勢を保つ強さをもっています。メッセージ性も強いので、彼が世に訴えたかったことをお客様と共に考えていけたらと思います」

 実に楽しみなこのシリーズ。まずはピアノ三重奏曲の多彩な世界から、共に旅をしていきたい。

取材・文:柴田克彦
(ぶらあぼ + Danza inside 2016年4月号から)


小菅 優「ベートーヴェン詣」

樫本大進(ヴァイオリン)&小菅 優(ピアノ)&クラウディオ・ボルケス(チェロ)トリオ
5/30(月)19:00 東京オペラシティ コンサートホール
問合せ:カジモト・イープラス0570-06-9960/ジャパン・アーツ03-5774-3040


ベートーヴェン詣 公式ウェブサイト
http://www.beethoven-mo-de.com
※全国公演の日程については上記ウェブサイトでご確認ください。