トニー賞2016予想 兵藤あおみ×町田麻子 vol.1

2016.6.1
特集
舞台

映画界のアカデミー賞、テレビ界のエミー賞、音楽界のグラミー賞と並び、四大アワードの一つといわれるトニー賞。アメリカ演劇界最大の名誉とされているその賞の行方が、日本時間の6月13日(月)午前に開催される授賞式にて明らかになる。一体今年は、誰に、どの作品に演劇の女神が微笑むのか? ブロードウェイに詳しいライター二人(兵藤あおみ・町田麻子)が賞の行方を予想する!(全3回)

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『ハミルトン』はモンスター級

兵藤:  町田さんは今シーズン、何をご覧になったの?

町田: 私は1月に1度行ったきりで。まだ 『ハミルトン』 『スクール・オブ・ロック』 『春のめざめ』 くらいしか観ていないんです。

兵藤:(町田の手元のプレイビルを見ながら) 『オン・ユア・フィート!』 も観てるじゃん!

町田: 唯一、振付賞にノミネートされただけですよね。主演女優賞ぐらい入るかなと思ったんですけど。あと、『アレジアンス(忠誠)』 がね……見事に何の候補にも挙がらなかったという。

兵藤: そうだったね。興業的にうまくいかず、すぐに閉まっちゃったけれど、私は意義のある作品だったと思う。ハッピーな作品が多く目立つ最近のブロードウェイで、よくオープンしたなと。

町田: 兵藤さんは 『アレジアンス(忠誠)』 のほかに、何をご覧になったんですか?

兵藤: ミュージカルの新作では 『スクール・オブ・ロック』 『アメリカン・サイコ』 『ディザスター!』 『タック・エヴァーラスティング』 『シャッフル・アロング』 『ウェイトレス』、リバイバルが『春のめざめ』 『カラーパープル』 『屋根の上のヴァイオリン弾き』 『シー・ラヴズ・ミー』 。あと 『父』 と 『ヒューマンズ』 という新作プレイを観ました。

町田:いいなぁ! 『ディザスター!』 をご覧になれたなんて、貴重ですよ。

兵藤: 今季最大のフロップだったからね。閉まる前に観られて良かった(笑)。ということで、まずはミュージカル部門作品賞から話していこうと思います。もうこれは、どのショーに行くか決まっている感じだし、それを観たのは町田さんだけだから。存分に語ってちょうだい(笑)!

町田:  (笑)。確かに、候補5作品のうち、2本しか観られていない私ですが、やっぱり 『ハミルトン』 だろうなって言えちゃうところはあって。それくらい本当に、すごい作品でした。過去20年くらいさかのぼっても、これだけの作品はないだろうなっていうくらいに。

『ハミルトン』PHOTO=JOAN MARCUS

兵藤: どうすごかったか詳しく教えてくれる?

町田: バカみたいで恐縮なんですけど、やっぱり“かっこいいこと”がすべてだと思っていて。 『ハミルトン』 って、アメリカ合衆国建国の様子を描いた時代劇ですよね? それにラップ音楽を使って、こんなにかっこよくハマるなんて……誰が予想できただろうと。もちろん、脚本・作詞作曲・主演のリン-マニュエル・ミランダをはじめ、キャストやスタッフみんなの才能の賜物ではあるんですが、最終的には神がかり的な何かが降りてきたんだねっていう感じが、すごくして。奇跡的にすべてのピースがはまっているんです。どうしたら伝わるんだろう……悪い作品の例を挙げて、こうじゃないってところを言えばいいのか……(苦笑)。

兵藤: なるほど、観に行った者にしか味わえない特別な何かがあるってことね。

町田: を取るだけでも大変なショーなので、客席の温度も高いんです。みんな「ようやく来たぜ!」って感じで(笑)。ほとんどの人がCDを聴き込んで来ているようで、開演と同時に鼻歌も始まっちゃうみたいな。とにかくすごい盛り上がり。その熱さに多少影響されて、よりよく見えている部分もあるかもしれませんが。

兵藤: 建国の父の一人、アレクサンダー・ハミルトンを主人公にした作品だけど、日本でいうところの誰かな? 坂本龍馬とか?

町田: 確かに、日本の幕末とリンクしますね。

兵藤: 10ドル札の顔にもなっていて、ニューヨークにゆかりのある偉人。そんなハミルトンの物語に、アメリカ人の大好きな“アメリカン・ドリーム”と“愛国心”といったテーマを詰め込んで、ラップで届ける。そうした作品の新しさやクオリティーと、作り手たち、演者の想い、そしてお客さんたちの熱狂と、みんなで生み出したモンスター級のブームが、今シーズンを一気に飲み込んだって感じがする。観ていなくても、すごいんだろうなって容易に想像できるもの。

兵藤あおみ

町田: 私、わりと判官贔屓っていうか、みんなが「いい」って言う作品が、ダメだったりするんですよ。周りの盛り上がりに逆に冷めてしまうというか……。だから、 『ハミルトン』 を観る前、ちょっと心配していて。でも、蓋を開けてみたら、全然大丈夫でした(笑)。すべてがほんとに良くって。ほかの作品を観ていないくせに、「やっぱり 『ハミルトン 』が一番でしょ」って思えちゃうんですよ。

兵藤: 同じ候補作である 『スクール・オブ・ロック』 については?

町田: 悪い作品じゃないんですけど、……新しくないですよねぇ。もとの映画の通りだし。そうなるだろうねっていう予想がついちゃう。

兵藤: うん。普通に楽しいんだけど、サプライズがなかったね。それは、ほかの3作品にも言えるかも。 『ウェイトレス』 は同じく映画をミュージカル化したものだから、ストーリーが読めちゃう。あと、楽曲はどれもいいメロディーなんだけど、帰る時に口ずさめるようなキャッチーさがない。あと、主演女優が 『ビューティフル』 でトニー賞を獲ったジェシー・ミューラーなんだけど、女性の自立っていう作品テーマが 『ビューティフル』 とかぶるんだよね。そのせいか、既視感をぬぐえない。すごくチャーミングな作品なんだけど、惜しいな!って感じだった。

町田: なるほど。 『シャッフル・アロング』 はどうでした? すごく観たい作品なんですが。

兵藤: 1921年に初演された 『シャッフル・アロング』 という作品にかかわった人たちの姿を描いた群像劇なんだけど、クリエーターもキャストも豪華で、彼らが持っているものを惜しみなく披露しているって感じ。ただ、ちょっと長くて、途中間延びして見える部分があったかな。良かったけど、 『ハミルトン』 をしのぐほどの作品ではないかも。

『シャッフル・アロング』PHOTO=JULIETA CERVANTES

町田: でも、分からないですよ。番狂わせがある可能性も……。

兵藤: 確かに、何があるか分からないのがトニー賞!

町田: そう、 『アベニューQ』 が 『ウィキッド』 を抑えて受賞するみたいな、驚きの展開が過去にもあったので。もしかしたら 『ブライト・スター』 が?

兵藤: 大穴だよね。正直、観ていないからなんとも言えないんだけど、この一枠には 『アメリカン・サイコ 』や 『アレジアンス(忠誠)』 といった、チャレンジングな作品が欲しかった印象。

町田:  『ブライト・スター』 ってブルーグラスのやつでしたっけ?

兵藤: そう、俳優のスティーヴ・マーティン作曲のね。ある女性の過去がだんだん明らかになるっていう、実際に起こった出来事にインスパイアされた感動ドラマで、主演女優が頑張っているし、音楽もキレイだって評判は聞いていたんだけど……枠が足りないからスルーしちゃったんですよ。で、今「観ておけばよかった!」と後悔しているところ(苦笑)。

町田: その気持ち、よく分かります。

兵藤: ということで、作品賞の受賞予想はお互いに 『ハミルトン』 って感じだね。ほかにも、脚本賞、楽曲賞、編曲賞も持っていく気がするんだけど(笑)?

町田: 少数意見なのは承知の上で言いますけど…… 『ハミルトン』 で何が一番良かったかっていうと、編曲ではないかという気が私はしていて。みんな、楽曲がかっこいいのはリン-マニュエルのおかげだと思っているかもしれませんが、実はアレックス・ラカモアによるところも大きいと思うんですよ。リン-マニュエルの前作 『イン・ザ・ハイツ』 でも編曲を手掛けていて、私が観た 『ハミルトン』 では指揮も彼でした。私、彼が大好きなので、ぜひトニーを獲ってほしい!

町田麻子

大激戦のリバイバル賞

兵藤: 続いて、ミュージカル部門リバイバル賞だけど、今年はどれが獲ってもおかしくないという、強豪ぞろい。まず、『春のめざめ』 について話しましょうか?

町田: 全体的なトーンや、手話を使って表現する以外の演出は、わりと初演のままでしたね。が、歌と踊りだけで表現していた作品に、手話を取り入れることで、幅が広がったというか。初演を踏襲しつつ、見事に魅力を倍増させていました。聾者の人に声を出させたり、逆に字幕を用いて沈黙のシーンを届けたり……緩急の付け方もうまくて。美しいステージでした。

兵藤:  確かに、ポエティックな作風と手話の動きがすごく合ってたね。あと、カンパニーのアンサンブル力。若手キャストの多くがブロードウェイ・デビューという、フレッシュなカンパニーで、作品のメッセージを伝えようとする気持ちの大きさがハンパなかった。パワフルで美しく、すっかり打ちのめされましたよ(笑)。

町田: それだけ素晴らしい 『春のめざめ』 と、ほかの3作品が拮抗していると?

兵藤: ものすごく拮抗してる! それだけ今季はリバイバル作品が充実していたってことね。

『春のめざめ』PHOTO=JOAN MARCUS

町田: 兵藤さんから見て、ほかの3作品はいかがでした?

兵藤:  『シー・ラヴズ・ミー』 は、ほんとコテコテで。初演を観ていないから比べられないけれど、そのままやりましたって感じだと思う。セットをきちっと立てて、お衣裳もすごくかわいくてと、具象にこだわった作りで。ザッツ・古き良き時代のロマンチック・コメディーに仕上がってた。キャストも良かったし。

町田: まさに王道ですね。

兵藤:  うん、王道ミュージカルが観たい人には 『シー・ラヴズ・ミー』 がおすすめ。あと 『カラーパープル』 は、のど自慢大会みたいだった。キャストのみんな、歌がうまい!

町田: それ、いい意味ですよね(笑)?

兵藤:  もちろん。これまた初演を観ていないから比べられないんだけど。今回のジョン・ドイル演出版は、もともとロンドンの人気小劇場メニエール・チョコレート・ファクトリーのプロダクションで。だから、ミニマムな作りなんですよね、少し段差のある板張りのステージに、イスと布くらいしか出てこなくて。そうして削ぎ落としたぶん、お芝居や歌が際立つみたいな。

町田: 私は初演を観ているんですけど、重い作品ですよね。

兵藤:  うん、とことん薄幸なヒロインに泣いた。最後の最後で爽快な気分になれたけど。あと、『カラーパープル』 を観た時に、音響の力のすごさってものを思い知って……。

町田: 音響の力! それ、私に語らせたら長いですよ(笑)。

兵藤:  本当? 私、あの日の公演ほど、完璧な音響を聴いたことがなくて。クライマックスにアカペラのシーンがあったんだけど、静寂の中、響く歌声が地声とも思えるようなクリアさで、一気に鳥肌が立ったの。音響のおかげで感動が倍増したともいえる。劇場を出る前、音響ブースの後ろを通った時、スタッフさんに「グッジョブ!」って言いたかったくらい。音響って大事よね?

町田: めちゃくちゃ大事です! うまくやればやるほどまぎれちゃう……それが成功でもあるんですが、明らかにすごい音響っていえる作品はあるので、正当に評価される場があっても良いと思います。

NY2016(PHOTO=町田麻子)

兵藤: 近い将来、音響デザイン賞が復活するといいね。で、ごめん、リバイバル賞に話を戻すね。私の一押し 『屋根の上のヴァイオリン弾き』 は、本当に本当に素晴らしかった。なんと、劇中劇テイストで届けてくれたの。

町田: へぇ、あの 『屋根ヴァイ』 を?

兵藤: 主人公テヴィエに扮するダニー・バースティンが、冒頭と最後に現代人として登場し、テヴィエら虐げられながらもたくましく生きたユダヤ人たちの足跡をたどるといった形で描かれる。これは知るべき、語られるべきストーリーなんだって演出になっているの。ブロードウェイで何度も上演されている名作だけど、まだ別の解釈ができるのかと、あらためてリバイバルの面白さを教えられた感じ。

町田: 逆に教訓的すぎて、冷めるみたいなことはないんですか?

兵藤: なかったなー。エンターテインメントとしても成立していたし。演出のバート(レット・シャー)は、MET(メトロポリタン歌劇場)でオペラも手掛けているじゃない? だからか、大劇場の使い方はもちろん、ミニマムでいかにきれいに見せるかって能力に長けている気がする。昨シーズン、渡辺謙さんが主演した 『王様と私』 を観た時にも思ったけど、とにかく美的センスが抜群。隙のない、美しいステージに仕上げていた。

町田: そうか……リバイバル賞候補は四者四様の良さがあるのですね。

兵藤: あとは好みの問題か、政治的な問題か。

町田: 政治的な問題(笑)。

兵藤: 獲るべきは 『屋根ヴァイ』 って、私は思っているんだけど。

町田: 私は 『春のめざめ』 で。これ、予想じゃなくて、希望っていうか。リバイバル賞候補は1作品しか観ていないので(笑)。

兵藤あおみ&町田麻子のトニー賞2016予想 (・・・時には希望も含めて)

vol.2に続く
 
(構成:兵藤あおみ)

●兵藤あおみ : 演劇ライター。シアターガイド編集部出身。年に2~3度NYを訪れ、ブロードウェイの新作をチェックするのをライフワークとしている。生粋のレントヘッド。

●町田麻子 : フリーライター(演劇、ダンス、美術)。早稲田大学第一文学部演劇映像専修卒。10代からブロードウェイ観劇旅行を毎年続けるミュージカルおたく。でもやっぱり日本語で観たいので趣味は翻訳版の妄想キャスティングです。好きな作品『レ・ミゼラブル』etc.

 

放送情報
生中継!第70回トニー賞授賞式
WOWOWプライム

6月13日(月)午前8時   (同時通訳)
案内役:宮本亜門、八嶋智人/スペシャル・サポーター:井上芳雄

6月18日(土)夜7時 第70回トニー賞授賞式 (字幕版)
公式サイト:http://www.wowow.co.jp/stage/tony/