長塚圭史、葛河思潮社『浮標』の再々演を語る

2016.6.15
インタビュー
舞台

長塚圭史


長塚圭史による演劇プロジェクト、葛河思潮社の第五回公演『浮標』が今夏、神奈川を皮切りに全国(愛知、兵庫、三重、福岡、佐賀、東京)を巡回する。
 
『浮標』は劇作家の三好十郎が1940年に発表した戯曲。2011年、ロンドン留学中に本作を号泣しながら読んだという長塚圭史が、帰国後の新プロジェクト・葛河思潮社の旗揚げ公演として横浜、松本、東京で『浮標』を上演。上演時間4時間の超大作にもかかわらず、連日立ち見が出るほどの大きな反響を呼んだ。2012年秋には東京、大阪、兵庫、仙台、新潟での公演を実現させ評判の声は衰えず、ついに今年(2016年)、一部新たなキャストを迎え、再々演をおこなうに至った。観る者の死生観を揺るがす激しくも美しいセリフの数々が、砂を敷きつめただけのシンプルな舞台上に膨大なエネルギーと共に放出されるこの作品について、その思いのたけを演出の長塚圭史が熱く語ってくれた(このインタビューは、5月に『夢の劇-ドリーム・プレイ-』公演で長塚が兵庫県立芸術文化センターに訪れた際、2回公演の合間、束の間の休憩時間に同センターのスタッフによって行われた)。
 

葛河思潮社『浮標』再演舞台(撮影:五十嵐絢也)

3度目の上演となる『浮標』にかける熱意―

もともと『浮標』は一昔前の戯曲とも言われかねない作品ですが、それをト書きにあるような時代を帯びた具体的なセットでなく、もっとシンプルな形で上演出来ないかと考えていました。俳優さえいれば立ち上がる世界をつくりたかったのです。

2011年1月に初演しましたが、その直後に東日本大震災がありました。僕自身この『浮標』を再演したいとはその前から言っていましたし、初演だけでは終われないと思っていました。俳優たちからも“この膨大な劇も、真摯に立ち向かえばもっと先にいける”という実感が見て取れたので、「じゃあもう一度やりたいな」と。そこに残念ながら震災が起こりました。多くのものを失った中で、東北の方にも観ていただきたいという思いが後押しにもなり、異例なことですが、2年続けての上演ということになりました。そこで兵庫県立芸術文化センターでも上演し(2012年10月)、東北にも行くことができました。

田中哲司さんは、年齢的にもうそろそろ久我五郎役を演じるのは難しいのではないかと言ってます。五郎は30代の設定ですが哲司さんは50歳になります。でも僕はまだハッキリと哲司さんの久我五郎を追いかけたい。哲司さんは「じゃあこれで最後にしようか」ですって。僕はまだまだわからないと思っていますがね。さて、今回の再々演では作者・三好十郎の故郷の佐賀をはじめ、前回上演出来なかった西にも届けたいという思いから、期せずして九州にも行くことになりました。“「死」を前にして「生」を問う”ことや“日本の歴史”を感じられる深い4時間となると思います。

シンプルながらも印象的なセット―

『浮標』を初めて読んだ時から、全て砂の上で出来ないかとずっと考えていました。砂は僕にとっては記憶の象徴。さらさらと流れるけれども堆積するものであり、それは歴史や人にも当てはまるイメージです。美術家の二村周作さんや舞台監督の福澤諭志さんと延々と話し合い決めました。「舞台に砂を入れたい」なんて普通の劇場なら絶対嫌がるはずなのに、どの劇場も良いと言ってくれて本当に有難かったです。

砂、そして極端にシンプルなセットで4時間を観せ切る。それができると僕らは確信しています。

長塚圭史

継続して出演するキャストと新しい面々―

5人は前回から継続して出演します。そのことだけでも、大いに前進する可能性を秘めている。3回連続主演となる田中哲司さんは、初演時は五郎のエネルギーを掴み取ろうと必死にもがきましたが、再演の時にはもう少し腰を据えていました。今回はもう三月位から準備を始めていると思います。3度目の出演でも今から向き合わないととても間に合わない。それほどの役なんです久我五郎というのは。新たに出演するキャストも準備せざるを得ないですよね(笑) 継続出演の僕らは既に様々なアイデアを獲得している。でもそれを一度取り払い、稽古を始めます。田中さんによって更に進化するであろう久我五郎の妻・美緒役を演じるのが、これまでで一番設定年齢に近い女優、原田夏希さんです。美緒は子供を産めずに死んでいった30代前半の女性ですが、彼女の生きているエネルギーと原田さんの現在への渇望に融合が生まれたら、と思っています。新しいメンバーもみなさん丁寧に集めていったメンバーですので楽しみです。


三好十郎が紡ぐ台詞―

なによりの魅力は三好十郎の台詞の美しさ、力強さ。詩的な台詞ではありませんが、具体的なことを語っていながら、人間への期待が込められている凄みのある言葉たち。それに対する自問が身体の中でぶつかり合う。それが火花を散らして三好十郎の劇は凄くなっていく。病みつきになる台詞ですが、その分扱うのが難しく、相当稽古しなければならない。諦めずにきちんと追い続けていくと、テクニックではなく、言葉の意味が浸透して表に出せるようになる。その喜びは必ずお客様に伝わると思います。

今、『浮標』を書ける作家はいないでしょうからね。「こんなにすごい人がいた」と単に紹介するのではなく、僕らを通して燃やさなければいけないし、その先にいきたい。初演・再演を通じてまだ先にいけるという確信があるのです。

長塚圭史

女性たちの強さ―

作品に出てくる女性たちの強さ、激しさ、生命力が、五郎や男たちを照らしていくと思います。これからどうなっていくか分からない世界の中で女性たちがどう生きていこうとするか、その中で死にゆこうとする美緒がいる、ということが作品の核となっていくでしょう。

初演では久我五郎という人物に圧倒されて見つからなかったとことでもあります。再演で随分見えてきたので、今回大いに掴んでみたいところです。女性たちによって照らされる男たち。女性たちのつくり方でぐっと変わってくるでしょう、そこが楽しみですね。

2回目の上演となる芸術文化センター―

こんな大変な作品を前回に引き続き、今回も上演するなんて凄いですね!正常とは思えない(笑) 2度やっていただけて、しかも今回は2回公演していただけるなんて本当に有難いことです。

兵庫県立芸術文化センターが様々な作品を発信している姿勢を非常に信頼しています。阪急中ホールはサイズもちょうどよく、劇場として、一つの形だけでなく広く許容し多彩な形でやろうとする柔軟な姿勢を持っていることは、クリエイターにとっても魅力です。

(取材:2016年5月14日、兵庫県立芸術文化センターにて)



【長塚圭史(ながつか けいし)】
東京都出身。96年、演劇プロデュースユニット「阿佐ヶ谷スパイダース」を旗揚げ、作・演出・出演の三役を担う。08年、文化庁新進芸術家海外研修制度にて1年間ロンドンに留学。帰国後の11年、ソロプロジェクト「葛河思潮社」を始動、三好十郎作『浮標』を上演する。近年の舞台作品に、『ツインズ』、『十一ぴきのネコ』、『かがみのかなたはたなかのなかに』、『蛙昇天』など。読売演劇大賞優秀演出家賞など受賞歴多数。また、俳優としても、NHK『あさが来た』、NTV『Dr.倫太郎』、WOWOW『グーグーだって猫である』シリーズ、映画『バケモノの子』、TOKYO FM『yes!~明日への便り~』など積極的に活動。今年5月阪急中ホールでも上演した『夢の劇~ドリームプレイ~』は台本を手掛け、出演も行った。
 
【ものがたり】
軍靴の足音が次第に高まるなか、洋画家・久我五郎は、千葉の郊外にある海辺の借家で、肺を患う重病の妻・美緒の看病に明け暮れている。美緒の回復を信じながらも、その病状は悪化の一途をたどるばかり。さらに、美緒に財産の譲渡を迫る家族、五郎を組織の政治に利用しようとする画壇、経済的不安などといった逆境にさらされ、次第に追いつめられていく五郎。戦地へ赴く親友との再会に五郎の心は一時和らぐものの、その矢先に美緒の容態は急変するー。
 
公演情報
葛河思潮社 第五回公演『浮標』

■作:三好十郎
■演出:長塚圭史
■出演:田中哲司、原田夏希、佐藤直子、谷田歩、木下あかり、池谷のぶえ、山崎薫(崎のつくりは立と可)、柳下大、長塚圭史、中別府葵、菅原永二、深貝大輔(戯曲登場順)
■公式サイト:http://www.kuzukawa-shichosha.jp
 
●8/4~7◎KAAT神奈川芸術劇場 大スタジオ
〈問い合わせ〉ゴーチ・ブラザーズ 03-6809-7125 (平日10時~18時)
●8/11◎穂の国とよはし芸術劇場PLAT 主ホール
〈問い合わせ〉プラットチケセンター 0532-39-3090(休館日を除く10 時~19 時)
●8/13、14◎兵庫県立芸術文化センター 阪急 中ホール
〈問い合わせ〉芸術文化センターオフィス 0798-68 -0255
●8/20、21◎ 四日市地域総合会館 あさけプラザホール
〈問い合わせ〉『浮標』三重公演実行委員会 070-5407-3925 (担当ウエダ 10時~18時)
●8/28◎北九州芸術劇場 大ホール
〈問い合わせ〉ピクニックセンター 050-3359-8330 (平日11 時~17 時)
●8/30◎佐賀市文化会館 中ホール
〈問い合わせ〉佐賀市文化会館 0952-32-3000/ピクニックセンター 050-3359-8330 (平日11 時~17 時)
●9/2~4◎世田谷パブリックシアター
〈問い合わせ〉ゴーチ・ブラザーズ 03 -6809 -7125 (平日10時~18時)