いまだかつてない浦島ミュージカル誕生寸前! 木村 了×板垣恭一 インタビュー&稽古場レポート
-
ポスト -
シェア - 送る
(左から)板垣恭一、木村 了
日本三大 “太郎” 昔話(ちなみに、浦島太郎、桃太郎、金太郎らしい)の筆頭、浦島太郎がミュージカルになって、あの明治座でお披露目されるまで残り数日となった。今回は、開幕へのカウントダウンが始まった7月末の稽古場に潜入。竜宮城のシーンなのか、朱に塗られた豪華な竜王の玉座がある。稽古場の傍らではスタッフが小道具づくりにいそしみ、近づいてくる本番に向けて演者・スタッフ一丸でピッチを上げている様子が手に取るようにわかる。そんな稽古場がガラス越しに見える一室で、浦島太郎を演じる主演・木村 了と、演出の板垣恭一にツーショットインタビューをさせていただくことが叶った。2人は今回が初顔合わせだそうだが、「え? 昔からのお知り合いかと思いました」というような空気感を放つ。話を聞いていくとその理由が明らかになった。
――稽古が始まってどれくらいなのでしょう。
木村:……どれくらいだろう? 忘れた(笑)。
板垣:忘れたねえ! 数えてなかったな。7月11日に始まったんだっけ? 休みを外せば正味2週間ってところですね。
――変化が現れる時期?
板垣:昨日、初めて荒通しをして、やっとぜんぶをつなげてみたんです。そうしたら、意外とつながってるわ、ふぅーっ、と(汗をぬぐう仕草)。
木村:いや、僕もびっくり(笑)。
板垣:どうして“意外とつながった”と僕らが笑っているかというと、各チームを別々に稽古しているからなんです。太郎とムサシ(崎本大海)、乙姫(上原多香子)とカメ(斉藤暁)、竜宮城の竜王(坂元健児)と正室(とよた真帆)らのファミリー、深海王子(原田優一)とタカアシガニ将軍(舘形比呂一)&ダイオウグソクムシ参謀(辻本祐樹)のチーム、帝(和泉元彌)が中心の地上の貴族グループ。
それがすべて色も芸風も見事に違う味で、本当に同じ芝居なのか!?と。僕はあえてあおっているんです。ありとあらゆる演劇的文法を使い、あるチームには崩していいからどんどんやってとリクエスト、別のチームでは徹底的に真面目に芝居を作る。稽古の初めは自分たちの場面しか知らないから、通して初めて自分以外のシーンを見て、まずはみんな大爆笑。続いて顔いっぱいにクエスチョンが浮かんでました(笑)。“芝居の作り方がぜんぜん違うけどいいの!?”と。
(左から)木村 了、板垣恭一
木村:だけど、通しをやってみたらつながっているんですよ、これが。一つの作品ができているわと。すごいですよね、例えば深海王子たちのシーン。どこを見てもおもしろい……!
板垣:歌ってるだけなんだけどね(笑)。
木村:深海王子はタダでは終わらないから。自分の作っているシーンとはまったく色が違っていました。
――そんななか、木村さんは何色ですか?
木村:無色です!
板垣:あえて染まらないようにしてもらっています。了くんの太郎は巻き込まれ型のヒーローだから、周りの毒を浴び続けてくれと(笑)。
木村:完全に毒されていますよ。
板垣:混ざった色が、最終的な太郎の色になるのかな。
木村:唯一、僕(太郎)が全員とつながっているハブなので。どれだけ揉まれるのか。そこが見ていておもしろいと思います。
木村 了
――稽古でここまで共演者に揉まれてどうですか?
木村:疲れますねえ! みなさんの“圧”がすごいんですよ。受けて、受けて、受け続けて、本当に最後は老人になります。リアルに(老人に)なれる自信がある。
板垣:乱暴な言い方ですが、“おもしろければなんでもいいですよ”で僕はあおり続けているから、役者のみんなの“自分が一番おもしろくしたる”という圧がすごい。今回の役の芝居の範疇を超えて、“役者魂”が吹き荒れている感じがする。
木村:命がけですから。命を削ってます。ただ、僕だけあおられない。
板垣:太郎だけが、“圧”のすごい人たちに囲まれたらどうします?ってことだからね。
木村:だから自然体で受け止めるんです。で、だいたい大丈夫かな、と。
――お2人は初顔合わせとのことですが、すっかり馴染んでおられる印象があります。板垣さんから見て木村さんはどうですか?
板垣:ついさっきも雑談したんですが、了くんは人の稽古をすごくよく見ている。ベテランさんは別ですが、まだまだ戦っている段階の役者さんは人の稽古も見たほうがいいですよ、という僕の個人的な考えがあって。作品全体を見る意味もありますし。でも、了くんの見方は特徴的で……言ってもいい?
木村:どうぞどうぞ
板垣:多くの場合、自分がライバル視している役者さんをじぃーっと見て、くそーって顔になるものです。でも、了くんは、視野がとても広い。了くんは僕の隣でみんなの芝居を中心で見ることが多いんですが、画格が広く、真ん中で演っている人だけでなく、同時に端のほうも見ている。それって演出家の目なんですよ。演出家は、ある一定の人だけを見ているようで、実は目の端でほかを見ていたりもします。了くんも同じだから、役者さんとしてはおもしろい見方をするなと。で、無表情になると、うん、いま考えているんだなとわかる。深海王子のチームはニヤニヤ見ているから、ああ、ここはおもしろいんだなとか(笑)。
木村:僕、そんなに見られてたんですね!
板垣:役者さんが自分の出ていない時にほかのシーンをどんな見方をするのか、稽古場ではそういうところも見ています。それで内申書をつける。了くんは稽古場をすみずみまで見ているから、信頼できるなって。
木村:意識してなかったなあ。見られていて恥ずかしい(笑)。全体が気になっちゃうんです。こっちはどんな芝居してるのかな、後ろは何してるのかな、このシーンはどういう空間なのかなと想像しながら見るのが楽しいから。ただ、僕は最前列で無表情で見ているから、つまらなさそうに見えていたら申し訳ない(苦笑)。
――座長としての意識も?
木村:それもないです。太郎は巻き込まれ型ですから、“オレについて来い!” じゃなくて “オレが着いていく!” という感じですから。……ただ、気持ちは“母”なんですよ。
板垣:なるほどね!
木村:もしかしてすごく悩んでるのかもと、思う人がいたらコソッと話しに行く。そういう漏れを見逃したくないんですよね。
板垣:この間もあったよね。僕が何度もリテイクしちゃった時に了くんは自分の出番が控えているのに、「ちょっと待ってください」って周りに話しかけに行ったでしょう? ありゃ、気ィ遣ってはるわ、すんませんって思った(笑)。
――暗黙のタッグですね。
木村:板垣さんとご一緒するのは初めてだから、どんな人だろう、怖いと嫌だなって思っていましたが、実際にお会いしていい意味で“言わない”演出家さんなんだなと。もちろん言う時は言いますけど、本当に核になる部分、ポイントの部分は、板垣さんの口から絶対に出てこない。自由に役者にやらせている。結局、大事な核を考えるのは役者である自分たちの仕事なんですよ。そこに到達するまで板垣さんは黙って僕らが見つけるまで待っていてくれる。言われないことに最初は不安もありましたけど、板垣さんがボソッと言った言葉が、あるタイミングに自分の考えていたこととバチッとリンクして、ああ! そうか! と。そこに気づいてから、絶大なる信頼を抱くようになりました。結構早い段階でしたよ、稽古の初日だったかも。
板垣:お互いにこっそりみていた、と(笑)。
板垣恭一
――る・ひまわり×明治座による『祭りシリーズ』をこれまでも手掛けてきた板垣さんですが、今回“浦島太郎”という題材をどう料理してミュージカルにしようと思われたんでしょう。
板垣:ミュージカルという芝居のジャンルを、たとえば“カレー”と例えますね。韓国ミュージカル、ブロードウェイ、オフ・ブロードウェイ、オリジナルミュージカルと、種類は違えど“カレーはカレー”です。そして今回の『TARO URASHIMA』もミュージカル、つまりカレーで間違いないのですが、ありとあらゆる食材と調理法が用意されていて、僕がカレーを作ろうとしていると“ここにウナギもありますよ”と出してくるんです。わかりました、ウナギも使いましょうと、既存のカレーの外側に出ていくもう一つの新しいカレーを作ることになるんです。いま、稽古をしながら改めて感じています。『TARO URASHIMA』はカレーだし、出す店もカレー屋でいいけれど、でも、このメニューにはまだ名前がない。なんだ、この新しい食べ物は……!? というものが出現しそうなんです。僕自身、昨日の荒通しで、こんなの見たことがない! と思いましたから。
……と、ここで板垣のスマホが落ちかけ、隣の木村が身を伸ばして板垣本人より先に見事にキャッチ!
板垣:……ね! この視野の広さ! こういうところが了くんはすごい!(笑) この主演で見たことがない芝居が生まれますよ。
僕も若い頃は、ミュージカルとはなんぞや! なんて豪語しながら、ストイックに“カレーはカレー”を作ろうとしていました。いまはそうする必要のないほど、本物のミュージカルをたくさんやらせてもらってきた。ミュージカルのプロにいろいろ教わり、学び、歌詞一つも音階に合わせてそこまで考えてつけるものかと、ミュージカルの深さを体に叩き込んできた。その上での今回の“新しさ”なんです。新しい=偉い、ではないけれど、既存のメニューでくくれないものができたのなら、新しくメニューの仲間入りをさせればいい。
牛丼屋に豚丼が出た時はなんだ? と思ったけど、いまじゃすっかり人気メニューじゃないですか。既存の食材で、既存の調理法を駆使しながらも、いままでにない組み合わせで新メニューができちゃった、というのが『TARO URASHIMA』なんです。僕の胃袋を拡張していった結果での『祭りシリーズ』なんだなと、過去5年やってきてやっと言葉になりました。いま思えば、『祭りシリーズ』が“変な芝居”と言われることに一種の快感もありました。変なのに、ものすごく美味しい、なにコレ!? そういう新メニューが今回もできると思います。
(左から)木村 了、板垣恭一
――基本が徹底しているゆえに、遊べるし、新しいものができる、と。
板垣:わたくし、本物好きなので(笑)。ふざけて見えるけど、本物を作れる人が集まってふざけているんです。それは己に課していることです。ちゃんとしたミュージカルもストレートプレイも作れるから、こうして遊べる。遊ぶとは、下がっていくんじゃなく、上がっていくことなんです。すべてを高い位置に上げさせたい、だから“役者をあおる”んですよ。周りを気にせず一人ひとりの最高を目指して。全員が高みを目指せば、きっとどこかでクロスする。そのクロスしたところに、役者・スタッフの持ちうる“最高”が集まっているはずです。さっき、了くんが僕は核を言わないと言ったけれど、僕が言うより役者さんご本人が気づいたほうが到達点は高いと知っているからなんです。僕が言わなければあと5cm高かったかも……、なんて残念な思いをしたくないし、させたくない。演出家だから答えは出せます。でも、それでおもしろいものができるかは疑問です。僕は演出家として、遊び場を作って提供するだけ。さあ、遊んでください! こっちにブランコが空いているぞ! 砂場でなぜ掘らない!? と、本気で遊ばないと急に怒り出すけれど(笑)。
木村:板垣さんに最初に言われましたよね。“僕(板垣)が言ったことをやるのはOKだけど、なんの変化もなければ殺します”と。
板垣:人の口から聞くとひどいこと言ってるね(笑)。
木村:でも、そうなんです。言われたことはできるんです、プロの役者だから。できるのはできる、そこからどう捏ねていくかは自分次第だってすごく共感したんですよ。だから、板垣さんに言わせちゃいけない、演出をつけさせたら終わりだって。
板垣:戦い、ですね。僕は演出の答えのカードを持っていますから。
木村:そのカードを出させたら役者の負け。でも、この現場は、みなさん毎日違うアプローチをしてきますから。それはそれできついですけれど(笑)。板垣さんにカードを出させない抑止力にはなっているかも。
――オーソドックスなおとぎ話だからこその遊びがいもあって、外国人も含めたいろいろな人に見て楽しんでもらえそうです。
板垣:おとぎ話のリメイクのプロといえばディズニーですが、実はプロデューサーが池鉄さんに脚本を頼む時、簡単に言うと、“ディズニーとジブリに勝て”みたいなことを言いました。僕も同席していたんですが、すごいことをサラッと頼まれた池鉄さんは目を白黒させつつ、やる気が出たみたいで。だからこの作品、イケてると思いますよ。お客さんはすごく見やすいと思う。
ジェットコースターだけど、途中にお化け屋敷も観覧車もあってという感じ。僕らは“物語産業”をやっていると思っていますが、それって、お客さんの人生のモヤモヤしたものを肩代わりして引き受けるものですよね。芝居は嘘だけど、嘘だから気持ちを楽に見られるし、太郎や乙姫になって物語の中でモヤモヤを解消していける。だからこそ、僕らは真剣に嘘をつかないといけない。あまたの先達たちに負けない作り方をしていきたいですね。それと、外国人の方に見てほしいというのもまさにその通り。映画評論家の淀川長春さんの名言に“映画は音を消してわからなければダメ”というのがあるんですが、演劇にも言えると思いました。僕は常に、地球の裏側の人を仮想の観客に設定していて、彼らに見せておもしろい芝居を作るんだと、これも自分に課しています。だから、僕の作り方は最初から振り切ったものになるのかも。
木村:これが一つの芝居かい! と、一見ハチャメチャで“祭り感”が満載なんですが、よく見ると、キレイな物語が一本通っているんです。楽曲もすごくいい。見どころはありすぎて、ぜんぶ見逃さないで、と言うしかないけれど(笑)。浦島太郎の新解釈としてみなさんの頭に叩き込んでいただければうれしいですよね。
板垣:イケてない太郎と、イケてない乙姫の恋愛物語が大事で、その縦軸を見ていってもいい話なんですよ。
木村:僕、昨日は最後の最後で泣きそうになりました……。
板垣:ああ、わかる! 最後の歌、いい歌だな~と、僕も改めて思った。池鉄さんの歌詞もすごくいいよね。
木村:たくさんの人に見てほしい。ぜひ楽しんでください!
初顔合わせとは思えない意思の疎通を感じさせてくれた、主演×演出家の対談。このツー・カー感が、バラバラなピースをピタッピタッと見事にはめ込み、一枚の巨大で美しい絵を完成させるのだ。ミュージカル『TARO URASHIMA』に対して、期待以外にすることはもはやない。
稽古の様子
稽古場では、殺陣の訓練が行われていた。プロの殺陣師が芝居に出てくるアクション一つひとつを丁寧に振り付けしていく。ゲンコツも蹴りもあれば、髪の毛を引っ張り、足を引っ掛けと、容赦ないアクションに全力でぶつかる役者たち。「顔をそむけるのが早い!」とビンタのタイミングを合わせたり、「つま先じゃなくかかとで蹴って!」と痛烈な蹴りの見せ方を工夫したり、これはもう特上で極上のアクションダンスのようなもの。もちろん、刀を使った大掛かりな殺陣もある。長い刀を美しくさばくには腕力もセンスも必要だ。そして、思いきりも。人の首に偽物とはいえ刀をかざすのはお互いに怖いものだが、思いきりの良さと信頼感で恐怖心を超えねばならない。「首に刃が触れるから後ずさりしたくなるしょ? 」と、心情まで汲み取った殺陣だから、見ているほうのドキドキも上がるというわけだ。殺陣をビデオ撮影するのは、演出家の板垣。一番近くで確認している。
役者たちを見つめる板垣
合間を縫って役者と話をする木村
しばらく木村の出番はなかった。ふと木村を探すと……いた。それも最前列に。のどをいたわってかマスク掛けで、対談で話していたとおりの無表情。で、ちょっと目を離すと消えた。あれ? 稽古場のすみずみに目をやり、あ、いたいた。今度は壁際で役者と話し込んでいる。これも先ほどの話の通り、座長として漏れのないようにする行為だったかもしれないが、会話の中身は聞こえないのでわからない。主演や座長の気配を一切消し、単に役者同士で話し合う大事な時間。出番はなくとも、木村には、稽古場でやりたいことが山ほどあるのだ。
そして、木村が登場するシーンがきた。舞台に立つやいなや華を放つ。ああ、やはり主演の存在感がある! 先ほどの無表情とは打って変わった運は悪いがポジティブシンキングな“浦島太郎”の顔になり、見ているこちらの心にもパァッと開く何かを感じた。これだ。観客を物語に惹き込む力だ。浦島太郎なんて定番中の定番、子どもの昔話でしょ? と決して侮ってはならない。なにが起こるかわからない、なにが起きてもおもしろい、ミュージカル『TARO URASHIMA』は今夏のマスト舞台である。なにもかも発散して自由になりたい人! 恋愛ドラマに身を焦がしたい人! ぜひとも見てほしい。
(左から)板垣恭一、木村 了
撮影=原地達浩
脚本:池田鉄洋
木村 了、上原多香子、斉藤暁、崎本大海、滝口幸広、辻本祐樹、原田優一、舘形比呂一、坂元健児、和泉元彌(特別出演)、とよた真帆ほか