開かれたロックアルバムに勇気と初期衝動をみた スピッツ『醒めない』ディスクレビュー
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スピッツ『醒めない』
スピッツは15枚目となる新しいアルバムを広く開かれたロックアルバムにした。そして稀代のソングライターである草野マサムネがその音楽マジックの大輪を咲かせるアルバムである。誰にも開かれ、誰にも優しく寄り添う音楽がそこにある。
まさにキャリア30年にして最高傑作と呼んで差し支えないだろう。草野マサムネ(VO、G)、三輪テツヤ(G)、田村明浩(Ba)、﨑山龍男(Dr)のケミストリーが研ぎ澄まされており、素晴らしい音色を紡ぎ出している。特に中域の音が安定していて、おそらく今シーンにおいて主流となる音楽体験を意識してだろう、ヘッドホンでも安心して聴きとおせる14曲・53分。彼らの特徴であった、低位を移ろうように俯きながらギターをかきむしるシューゲイザー的な印象は皆無だ。特に前2作あたりでは全体的にドリーミーだった彼らの楽曲は、今作では生き生きと開かれ、Jロックの最前線を謳歌している。それでいてちゃんとスピッツの音だ。
草野の優しいギターのストロークに、三輪のディストーションギター。そこを撫でていくファンキーなリズム隊。彼らの特徴を存分に活かしながら、その音は新鮮味に満ちている。イントロの跳ねる8ビートが心地よく、管楽器も入れてR&Bの意匠を借りた表題曲「醒めない」。彼らとしては珍しくまっすぐな歌詞をやさしく<今日も歌う錆びたみなとで>と歌う41thシングル「みなと」。「夢のかけらはもう拾わない」と宣言とも取れるような「SJ」。おそらくジャケットのモンスターにもなっている「モニャモニャ」。<お約束の上で楽しめる遊戯/でも悩みの時代を経て久しぶりの自由だ/でもときめきに溺れそうなんだ>とありきたりなラブソングを皮肉ったような「グリーン」。ユニークなリズムのディストーション・パンクロック「ガラクタ」。そして最後の曲も、パンキッシュな「こんにちは」。ほとんどの曲がコード感からしてメジャーで明るい。
「スピッツなんて可愛い小型犬の名前がパンクをやればかっこいいでしょ」と某音楽番組で言うような勇気の復活。これはスピッツ流のパンクと言っても良いかもしれない。いわば、彼らの初期衝動の復活だ。おそらく、2011年の東日本大震災後のライブで、草野マサムネが歌えなくなってしまったという状況を経て、彼らは現実を見ることを否応なしに感じたのではないか。ハッとするほど過酷で厳しくて、それでも楽しい、“醒めない”現実を見つめることを。
このアルバムはこれからもあなたに寄り添い続け、あなたの勇気を鼓舞してくれるだろう。そしてあなたには彼らがいる。その名はスピッツ。大傑作の誕生だ。
文=竹下力
スピッツ
『醒めない』
- 醒めない
- みなと
- 子グマ!子グマ!
- コメット
- ナサケモノ
- グリーン
- SJ
- ハチの針
- モニャモニャ
- ガラクタ
- ヒビスクス
- ブチ
- 雪風
- こんにちは
※取扱いに関しましては店舗・オンラインショップによって異なります。各店でご確認ください。