大衆演劇の入り口から[其之拾七]舞台裏のプロたち―「浅草木馬館」の裏方さんに会いたい!

2016.8.16
インタビュー
舞台

浅草木馬館

場内風景

終演後すぐに片付けが始まる。

ものの、2分。

終演後、客席の椅子に百枚近く貼られた予約席の名札が、全て撤去されるまでの時間。20:30に「浅草木馬館大衆劇場」の夜の部公演は終わる。するとお客さんと入れ替わるように、黒シャツ姿の従業員さんたちが場内へ入ってくる。名札をはがし、床を掃除する、一人一人の動作の速いこと!

「スタッフの人数は8人で、他の劇場さんと比べると多くはないんです。だから、できるだけ速くと思って。掃除が終わってから、翌日の舞台準備に入ります」

と、若き支配人・篠原由高さん。芸能の地・浅草で開場して39年、大衆演劇のひのき舞台である浅草木馬館。舞台を裏で支えるのは、プロフェッショナルな従業員さんたちだ。

「大衆演劇、やってます!12時から始まりますよ!」

浅草を行き交う観光客に向けた、炎天下の呼び込みの声のさわやかさ。

「いらっしゃいませ!お席はお決まりですか?予約されてなくても大丈夫です、空席ありますよ、こちらへどうぞ!」

劇場入り口にお客さんが立つやいなや、すぐに席まで案内してくれる迅速さ。

「木馬館の裏方さんはすごい!芝居に必要な道具やセットは、“なければ作りますよ”って何でも作ってくれる」

そして、木馬館で公演する劇団さんが、必ずといっていいほど褒め称える道具の充実。舞台裏でせわしなく動き回っている人たちがいてこそ、木馬館は全国でもトップレベルの劇場であり続けている。

え、浅草の仲見世や浅草寺には行ったことあるけど、大衆演劇の劇場ってどこにあるの?という方。浅草寺から木馬館は徒歩3分もかからないので、一緒に歩いてみましょう。

浅草寺の左横を通り抜ける。

左手に左折する道が現れる。この場所にはたいてい屋台が出ているので、目印にしてほしい。

「奥山おまいりまち」という門をくぐる。すると、ほどなくして右手に木馬館の幟がはためいているのが見えて来る。二階への階段を昇れば、あなたを待っているのはこんなきらめく世界だ。

8月公演中の「たつみ演劇BOX」。美形の兄弟座長率いる人気劇団だ。(2016/8/6)

8/6(土)、夜の部の終演後、筆者はロビーで支配人さんを待っていた。お客さんがいなくなった場内を、きびきびと掃除している従業員さんたちの背中がよく見えた。

「お待たせいたしました!」

終演後まで元気な声と向かい合い、お話を伺った。

子どもの頃から大衆演劇と触れ合って

浅草木馬館支配人・篠原由高さん

篠原由高さん(以下、篠)  自分は支配人になってからは、まだ2年目ぐらいなんです。元々は十条にある篠原演芸場のほうの舞台方をやってて。それから木馬館に来て、もう10年ですかね。

――たしか以前の支配人は、お父様である篠原淑浩会長(東京大衆演劇劇場協会)でしたよね。

篠 父はもう、社長になっちゃってますね。

――篠原会長には息子さんがたくさんいて、皆さん劇場で活躍されているとお聞きしました。由高さんは何番目になるんですか?

  自分は三人兄弟の三番目です。兄弟みんな、働いてる場所が違うんですね。次男が十条のほうにいたり。長男は若社長って呼ばれてます。

――子どもの頃から劇場で働かれるつもりだったんですか?

  自分はそうですね、わりかし。大衆演劇にずっと触れ合ってたんで。なので高校卒業して、そのまま劇場に就職しました。支配人になるときも、それまでもずっと勤務してたんで、そのままの流れかな、みたいな感じで。

――最近、テレビとかでは「大衆演劇の客層もちょっとずつ変わってきた」「若い人が増えてきた」という話がよく出ていますね。

篠 それはやっぱり思いますね。特に浅草っていうのは観光名所でもありますし。観光の流れで木馬館に入ってきた人から、口コミでまた伝わっていくこともあります。それまでまったく観たことない人や、初めて来ましたっていう方も、けっこう多いんです。

――観光客の方が入って来られるというのは、たとえばなにか、ツアーのルートとかに入ってるんでしょうか?

篠 ていうか、たとえば家族で浅草にぷらっと遊びに来てみたときに、木馬館の表の看板なんかを見て、何やってるんだろう、みたいな感じで。

――従業員さんの呼び込みも、すごく効果的だと思います。

篠 今は、だいぶもう浅草も人が少なくなったんですけど、昔の浅草は人通りがすごかったんですよ。むしろ、ほとんどが呼び込みで入ってくるっていうスタイルだったみたいで。だからそれが今も続いてるみたいな感じですね。

――木馬館の前を通ると、まず元気な呼び込みの声が聞こえて来ます!支配人さんが出てらっしゃるときもありますね。

篠 はい、とりあえず元気よくやろうかってことを心がけてます(笑)

接客から裏方まで 支配人のお仕事

――お仕事の流れを教えてください。

  大体の流れは、11:00に開場して、お客さんが入って来てるときは場内に入ったり、表に立って呼び込みしたり。で、12:00に昼の部が開演して、芝居が始まったらたいてい舞台裏の方に手伝いに行って、舞台転換をやったりします。

――由高さんも、直接道具方に加わられることもあるんですか。

  はい。舞台方のメインは棟梁なんで、自分は手伝いレベルなんですけど。それで芝居と舞踊ショーの間の休憩中は、またこっち(ロビー)のほうに戻ってくる感じです。夜の部が終わって、明日の舞台の用意は大体この時間(20:40頃)から1時間くらい…だから22:00までくらいです。でも、メインの大道具なんかになると、朝方までやったりとかもしますし。稽古があったりしても長くなりますね。

夜には翌日の芝居の準備が進められている。

――朝方まで準備されるときっていうのは、やっぱり特選狂言のときとかですか?

  そうですね。通し稽古っていって、そのまんま芝居を流して通して稽古するっていうのがあるんですけど。劇団さんの稽古と一緒に、舞台を組んで、転換の時間を測ったりだとか、流れを見てみたりだとかをするんです。そのときはもう、0時は越えてくるなぁっていう。それでも稽古でうまくいったのが本番でうまくいかないとか、仕掛けがうまくできなかったりとかは、やっぱりあります。舞台は一発勝負になっちゃうんで…。

――大衆演劇の演目はいっぱいありますけど、個人的にお好きなお芝居ってありますか?

篠 自分はやっぱり、昔ながらの股旅の芝居とかが好きですね。

――そうなんですね!でも芝居中は舞台裏にいらっしゃるとのことだったので、舞台を観るのはなかなか難しいかもしれませんね…。

篠 でもね、舞台横から観れるんです。やっぱり皆さんそれぞれ、芝居のやり方が違うんで、ああ、こういうやり方するんだ~とか、変えてるな~とかって思いながら観てることはあります。

ポリシー「極力“できない”は言わない」

昨年の「橘劇団」による浪曲とのコラボ公演。木馬館の凝った舞台セットが光った。(2015/8/18)

――今回、木馬館の支配人さんにインタビューさせていただこうと思った最大の理由があるんです。木馬館で公演される役者さんが、皆さんそろって、「木馬館の裏方さんは本当に何でも作れる」「どんな道具でも用意できる」っておっしゃるんです。

篠 あ、本当ですか…(笑) うちの劇場の場合は、他の劇場さんと比べて舞台が広くないですし、楽屋なんかも広くない。そこで、どこを売っていくかっていうのを考えたときに、舞台・大道具で売っていこうかっていう話になったんです。それで道具に力を入れてはいるんですけど。

――道具に力を入れるっていうのはいつ頃からの方針ですか?

  うちの社長の代からですね。祖父(※)の頃はまだそんなでもなかったんですけど。現在の社長の段階から、やっぱり大道具にちゃんと力を入れようって。劇場なんだからって。

※由高さんの祖父にあたる篠原孝昌さんによって、1977年(昭和52年)、浅草木馬館は大衆演劇場として開場した。

左・篠原孝昌さん(木馬館内の「木馬館思い出写真集」に貼られている写真) 右・現社長の篠原淑浩さん(2015/8/1 立川けやき座こけら落とし公演より)

  劇団さんに作ってって頼まれたら、極力“できない”っていうのは言わないっていう、うちの劇場のポリシーがあるんです。

――すごいですね…「できないって言わない」。

  “無茶”と“無理”はまた違うんで…“無茶”っていう場合は、もうできないんですけど。“無理”はある程度はきくっていうスタイルでやってるんです。

――今までに役者さんから頼まれた物の中で、うわ、これは難しいだろう…っていうのもありました?

篠 う~ん、でも、断ること自体ほとんどないんで…。

――作るのに時間がかかる物もあると思うんですけど、かなり事前から打ち合わせをしてるんですか?

篠 前もって準備しとくのは、先一週間分くらいです。番組がそこまでしか決まってない場合もあるんで。これは劇団さんによります。番組予定をかなり決めてる劇団さんもいれば、木馬館にのってから雰囲気に合わせて決めたりする劇団さんもいるんです。

――8月公演中の「たつみ演劇BOX」さんは?

篠 こちらは、大体一ヶ月は決まってるんですけど、全部発表しちゃうと変更なんかがあるじゃないですか。やっぱりゲストなんかの関係とかで。大体一週間くらいは変更にならないだろってことで、宣伝チラシに一応、先一週間の番組を載っけるようにしています。

「作った道具は大体全部、一回で壊しちゃいます」

――毎日芝居が変わるので、道具も役者さんの依頼に合わせてたくさん作られるじゃないですか。作られた道具ってどちらにしまってあるんですか?

  大体全部、壊しちゃいます、一回で。

――えっ?!壊してるんですか?

  道具の倉庫も遠かったり、そんなに広くなかったりなんで…。だから毎日のように使う物とかだけは取っておきます。で、その公演のためだけに頼まれた物とかは壊して、材料の形に戻して、また違う道具に作り変えるっていう感じなんですよ。

――じゃあ、あの芝居で使った物たちは、芝居が終わったらなくなってるんですね。

  また使うかなーと思って、1年くらいは取っておく物もあるんですけど。でも1年くらい経つと、もうこれは使わないなーって思って壊します。もう、完全な一発限りなんかもありますし。一日限りで、その一日公演で、終わったら全部塗り替えちゃうとかもあります。

――先々月、6月に木馬館に観に来たときに、「劇団炎舞」さんが『河内十人斬り』っていう芝居をやってましたね。そこでこう、滑り台みたいな、舞台の奥側が高くなってる舞台セットがあったと思うんです。

劇団炎舞『河内十人斬り』のクライマックスに登場したセット。劇団炎舞ファンクラブ画像提供(2016/6/12)

  ああ~、ありましたね。ああいう土台なんかはパーツにバラして取っておきます。また他のやり方で使えるように。もっと細かい物なんかは塗り替えたりします。

――なるほど、パーツの状態で残ってるから、組み上げるのも効率がいいんでしょうか。

  そうですね、パーツの状態で取っといた上で、絵はその都度描き直すみたいな感じで。

――去年の10月に「劇団天華」さんがいらしたときには、ショーで使う神殿のような道具がありました。あれも、木馬館の棟梁さんたちが作ってくれたっていう話を座長さんがしていたと思います。

劇団天華のラストショーに登場した神殿。DVD『澤村千夜誕生日特別公演2015』より(2015/10/22)

篠 ああそうですね、でもあれも、その日の公演が終わってすぐ壊しちゃってますね。

――本当にその日のためだけなんですね…!

篠 大体、基本、特殊的な道具っていうのはその日だけなんで。だから次回来られたときに同じやつって言われても、もう覚えてないし、残ってない…。だからまた違う形で作るっていう感じですね(笑)

棟梁は一人、道具作りはみんなで

浅草木馬館・棟梁さん

翌日の舞台準備中だった棟梁さんにも、ご挨拶させていただいた。普段は舞台裏にずっといるとのことで、初めてお会いできた。高校を卒業後、すぐ木馬館に就職して棟梁を務められているそうだ。

――先日、お電話でうかがって、びっくりしたのが…

  はい。

――木馬館の棟梁さんって、たったお一人なんですか?

篠 はい。舞台のメインは棟梁で、劇団さんとの打ち合わせは大体、棟梁一人でやるんです。あとはみんなサポートで入って、一緒に舞台を作ったりだとかはしますね。棟梁以外は、場内の仕事やったり、舞台やったりなんで。ずっと舞台につきっきりっていうのは、うちの場合、人数的にできないんで。

――棟梁さんは勤められて長いんですか?

  今の棟梁は、もう10年ぐらいですね。高校生が卒業してそのまま棟梁になったので。

――これだけの劇場ですし、舞台につきっきりの担当者を二人にしようとかって思われたことはなかったんですか?やっぱり一人の方が、効率がいいとか、やりやすいとかっていう理由があったんでしょうか?

篠 う~ん、って言うよりも、やはり人数的な問題で回んないっていうのが(笑)。どうしてもやっぱり、接客のほうやったり、表のことやったりだとかあるんで…。

――従業員さんは全部で何人いらっしゃるんですか?

篠 8人ですね。そのうち女性の方が、接客のほうをメインでやってもらって、男性は接客と裏方と両方です。裏方というのは、サポートするくらいの感じなんですけど。で、棟梁一人だけがメインで裏方っていう形です。

――棟梁さんが役者さんと打ち合わせをされて、こういうものを作るっていうことに決まったら…

  そうですそうです、棟梁のほうから指示をもらって、そしたらみんなで作っていくんです。

インタビューの最中も、舞台のほうからは道具をガタンガタンと設置する音、ギギギ、と幕を巻き上げる機械音が絶え間なく聞こえていた。

 

さて、支配人さんより、「記事と一緒に載っけて貰えると助かります」と大事なお知らせをあずかった。

【一緒に働いて頂ける劇場スタッフ募集】
・演劇に興味ある方を浅草木馬館では募集中
・詳細は浅草木馬館にお問い合わせください

舞台が好きな方、興味を持たれた方、ぜひ連絡してみてほしい(木馬館問い合わせ先は記事末尾)。

木馬館の二階入り口。

二階の劇場入り口に、“お江戸芝居処”のタペストリーがある。小さな舞台から、喜怒哀楽を送り続けて来た芝居小屋。掃除の行き届いた客席に、一人一人をすばやく案内し、芝居の入り口へ連れて行ってくれる。幕が開けば、知恵と工夫で作られた舞台セットが、芝居の世界へ観客を引き込む。毎日変わる芝居。その日限りのセットのために、何人もが手をかけた。

「今日は本当に良い芝居だった!」「観れてよかった!」

私たち客席がドッと興奮の拍手を送るとき。その音が、舞台裏にもできるだけ大きく響きますように。表に出ないプロたちにも届きますように!

浅草木馬館 公演情報
8月公演 たつみ演劇BOX
 
8月公演期間:8/1(月)~8/30(火)
公演時間:昼の部12:00~15:30 夜の部17:00~20:30
料金:1600円 
指定席予約料金: 300円 
予約専用電話: 03-3845-6421
劇場電話
03-3842-0709
※予約なしにフラッと行っても観られるのが大衆演劇の魅力の一つ。だが前方の席で観たい・友人と並んで席を取りたいという場合には予約しておくと確実だ。
 
問い合わせ先:03-3842-0709
東京都台東区浅草2-7-5
●東京メトロ地下鉄銀座線「浅草駅」下車、徒歩10分
●つくばEX「浅草駅」下車、徒歩1分
 
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