『イン・ザ・ハイツ』韓国版を演出したイ・ジナ女史にインタビュー
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『イン・ザ・ハイツ』演出 イ・ジナ
超人気ミュージカル『ハミルトン』を生んだリン=マニュエル・ミランダ。その彼を2008年、一気にスターダムに駆け上らせた出世作こそ『イン・ザ・ハイツ』だった。ニューヨークの、ドミニカ系移民が多く暮らす地区ワシントンハイツを舞台に、移民たちがエネルギッシュに生きていく姿を、ラップ、ヒップホップ、ストリートダンス、ラテンミュージックなどを取り入れながら、パワフルに描いた画期的なミュージカル作品だ。トニー賞では作品賞はじめ4部門を受賞した。
そして2015年、韓国芸能プロダクション最大手のS.M.エンターテインメント(の関連会社)によって『イン・ザ・ハイツ』韓国版が新たに製作され話題を呼んだ。この作品が来日、2016年8月19日より東京・渋谷で上演中だ(9月3日まで)。主演はチョン・ウォンヨン、ドンウ(INFINITE)、Key(SHINee)のトリプル・キャスト。他にもルナ(f(x))をはじめ、K-POPアイドルや人気ミュージカル俳優など興味深いキャストが多数出演する。
本作品の演出を手掛けたのが韓国ミュージカル界の重鎮イ・ジナ女史である。彼女は、2000年『ロッキー・ホラー・ショー』で演出デビュー、その後『グリース』、『ヘドウィッグ』、日本にも来た『光化門恋歌』、『風の丘を越えて/西便制』、そして『ジーザス・クライスト・スーパースター』など傑作を数多く手がけた凄腕の演出家だ。9月に開幕する本国での新作公演を間近に控えつつも、今回『イン・ザ・ハイツ』の東京公演のために来日した。
稽古場では非常に厳しいと言われる鬼才演出家にインタビューを申込んだSPICE編集子は、緊張の面持ちで所定の場所に赴いた。だが、大小のドット柄ファッションに白縁眼鏡というファンシーな装いで現れたイ女史は、思いのほか気さくに我々に接してくれた。
『イン・ザ・ハイツ』演出 イ・ジナ
--『イン・ザ・ハイツ』の韓国版を作るにあたって考えたことは何ですか。
オリジナルの『イン・ザ・ハイツ』は、音楽も、漂わす情緒にしても、実は韓国人の気持ちからは非常に遠いものなんですね。だから当初は、韓国で上演する必要があるのだろうかとさえ思っていました。ですが、S.M.がこれを製作するという。S.M.には優れたスターが沢山います。彼らを活かすために原作とは少し違った形に作ることができるのであれば、という条件で、演出を引き受けました。一生懸命生きている若者たち、貧しいけれど夢は忘れない、そしてお父さんやお母さんなど家族の話、そうした部分にスポットをあてて韓国版にローカライズできれば有効だと考えたのです。
--韓国版で舞台となるのは、やはりニューヨークの移民居住地区ワシントンハイツですか。
いいえ、違います。韓国人は誰もワシントンハイツのことを知りませんから(笑)。誰も行ったことのない土地です。その土地の人のフリをして演じることは、とても恥ずかしい気がするのです。オリジナル版には黒人の暴動の話も出てきますし、停電の恐怖も描かれる。そういうことが韓国の人にはよく理解できない。韓国の人は……日本の人も同じかもしれませんが、停電になっても「あー、停電だー」くらいの感覚なんですよ。だから、『イン・ザ・ハイツ』韓国版は思い切って、韓国の人々の話として描くことにしました。『パルレ(洗濯)』という韓国のオリジナル・ミュージカルをご覧になられたことはありますか? あれは本当に韓国らしい話だと思うんです。あのように韓国の人にも理解できるようにと、『イン・ザ・ハイツ』に手を加えました。
--『イン・ザ・ハイツ』や『ハミルトン』を作ったリン=マニュエル・ミランダについてはどう思いますか。
音楽的に、既存のミュージカルとは全く違った角度からアプローチしたことは大変素晴らしいことだと思います。今の若い世代の人たちはヒップホップを聴きながら育ってきているので、ミュージカルという分野においても、その影響のもとで変化してゆくのでしょう。そうした新しいことにチャレンジする人たちは本当に素晴らしい。でも韓国や日本は、あまりチャレンジはしないほうですね(笑)。過去に幸せを感じる人々ばかりだなあと感じます(笑)。ミュージカルの分野では特にね。
『イン・ザ・ハイツ』演出 イ・ジナ
--イ・ジナさん演出の『ジーザス・クライスト・スーパースター』を2013年と2015年にソウルで観た時に、編曲・演奏・歌唱そして音響が一丸となって迫ってくる、そのサウンドの圧倒的な力に驚嘆させられました。今回『イン・ザ・ハイツ』では、音楽や音響のスタッフに対して、どのようなリクエストをしましたか。
『ジーザス・クライスト・スーパースター』はロック・ミュージカルですから、単語のひとつひとつが聞き取れなくても、歌う人の感情やシチュエーションは伝わりやすいものでした。そもそもイエス・キリストの話は誰でも知ってますしね。だから、ボリュームを思いっきり上げて、ビートをガンガンきかせて、爆音サウンドで耳を楽しませる作品に仕上げました。まあ、そのことで韓国では悪口も言われましたけどね(笑)。
一方『イン・ザ・ハイツ』は、歌詞や台詞が聴こえないと全てを逃してしまうことになります。特にラップは、言葉が大事です。韓国人がラップをやっている時に、何を言ってるのか聞き取れなかったことは私も何度か経験しています。『イン・ザ・ハイツ』のテキストには、ナレーションを含め、沢山の事柄が含まれていますから、サウンドを押し出しすぎると言葉が聞き取れなくなってしまい、全部が台無しになります。ですから、音楽は親切に、俳優の言葉に寄り添うように仕上げて欲しいと音楽監督のウォン・ミソルさんに依頼しました。ただし、ダンスシーンだけは音量を上げて、派手にやりますよ。
ダンスシーンについては、俳優たちにも厳しく言ってます。「あなたたち、ダンスをしっかりやらないとダメよー! 日本人はダンスがうまいんだから!」って口をすっぱくして言ってます。
--そうなんですか。でも、日本人はK-POPのダンスを見習いながら上達してきた部分もありますよ。
じゃあ、お互いに好きだということですね。好き合っているのに(両国間には)どうしてこんなに問題があるんでしょうね(笑)。
『イン・ザ・ハイツ』演出 イ・ジナ
--『イン・ザ・ハイツ』韓国版には、K-POPアイドルとミュージカル歌手が入り混じって出演してますね。
日本で上演する際には必ずスターを入れないといけないと言われたんです(笑)。もっとも、韓国でも事情は同じです。『イン・ザ・ハイツ』はS.M.製作ですから、最初からアイドルがキャスティングされていました。だから、原作をアイドルのキャラクターのほうに近づけてリメイクしました。そのことによって『イン・ザ・ハイツ』韓国版は、とても可愛らしいものになりました。そもそも、アイドルならでは上手くできる役がある場合にはアイドルを使って、ミュージカル俳優と共同作業させることで効果を上げることができると私は考えています。『イン・ザ・ハイツ』にもその可能性を感じたので、私は演出を引き受けたのです。
プロダクションによっては、アイドルが
--では、その若い出演者たちについて、ご紹介いただけますか。
まず、主役ウスナビを演じる3人から。チョン・ウォンヨンは、韓国の演劇でできないジャンルのない、オールマイティの俳優です。あらゆるジャンルをこなします。お父さんが有名な俳優(チョン・スンホ)ということもあり、子供の頃から俳優を目指してきたんです。だから何も足りない部分がない。舞台のエネルギーに満ち溢れた俳優です。
ドンウ(INFINITE)はどこか、かよわい感じがして、そこが個性的ないい味を出しています。
Key(SHINee)は、もともと色白でキレイだから、主役ウスナビとイメージがシンクロしないことを私が危惧して、「可愛いメイクはしないで!」と言ったんです。そうしたら彼は理解してくれて、どのようにしたら自分はちょっとダメな男に見えるかと色々工夫してくれました。髪をわざとボサボサにしたり、とか(笑)。その時、彼は俳優として目覚めたと思います。そんなこともあって、彼とは『地球を守れ』という芝居も一緒にやりました。
次にウスナビの幼馴染ベニー役の2人について。キム・ヒョンジュン(Double S 301)は今回初めて一緒に仕事をするのですが、本当にいい子で、なんでも一生懸命に取り組んでくれてます。
イ・サンイは新人です。彼には優等生的なイメージがあり、これまで大きく目立つ役に付くことはほとんどなかったので、誰も彼がダンスを上手く踊れるとは思っていなかったんです。ところが、実はダンスがすごく上手だったんですよ。そこに想定外の驚きがありました。ベニーは黒人の役なので、ダンスが上手でないといけません。もともとヒューマニズムのある演技が得意な俳優でもあるので、それがまた、妙な面白さでもありますね。
チョン・ウォニョン/ドンウ(INFINITE)/Key(SHINee)、キム・ヒョンジュン(Double S 301)/イ・サンイ
ウスナビが恋心を抱く美しい美容師ヴァネッサは、オ・ソヨンとJ-Minが演じます。『イン・ザ・ハイツ』のオリジナル版と比べた時、一番違うのがヴァネッサだと思います。アメリカのヴァネッサはセクシーで、ビヨンセのようだったそうです。町の男たちが「おおっ」と騒ぐような、ボリューム感のある大きな女の子。韓国には、特にミュージカル界にはそういう女の子がいないんです。韓国のミュージカルの世界にはご存じのように、愛のために死ぬしかないというようなキャラクターが多いですからね(笑)。だから韓国版のヴァネッサは少し可哀想な雰囲気のキャラクターになっています。
そのオ・ソヨンは、韓国ミュージカル界ではトップ級の実力派です。それでいて本当に可愛らしい女優です。
もうひとりのJ-MinはS.M.所属の歌手ですが、本当にきれいで可愛い子です。可愛すぎて自分を探せないでいるのかなと思ってましたが、昨年『イン・ザ・ハイツ』に出演したことで自分の中のロック魂に気付いたのでしょうか、今年は新しい『ヘドウィック』に出演し、長くてきれいだった髪をばっさり切って、イメージチェンジを図りましたね。本当に歌が上手で、細身ながらパワーに溢れています。
ベニーが想いを寄せる優等生ニーナを演じるチェ・スジンは、少女時代スヨンのお姉さんです。最近、韓国のミュージカル・スターとして頭角を現してきました。
ルナ(f(x))もニーナを演じます。彼女は私が教えている大学(中央大学校)の学生なんです。今は休学中ですが、復学をする予定です。ルナはいつもクラスで一番の優秀な学生なんです。純粋で可愛くて一生懸命にやってる、本当にいい子です。
オ・ソヨン/J-Min、チェ・スジン/ルナ(f(x))
--イ・ジナさんが今回のように日本に来ることはよくあるのですか。
公演としては『光化門恋歌』の時が初めてで、今回の『イン・ザ・ハイツ』が二度目になりますが、個人的に遊びに来ることはよくありますよ。色々と食べにいったり、飲みにいったり(笑)。
いつか日本で、韓国のオリジナル作品を上演したいと思っています。日本の優秀なプロダクションとコラボレーションしたいですね。ただ、今は日本の観客が韓国の演劇やミュージカルに何を求めているのかが、わからないのです。
--イ・ジナさんは、かつて日本語の歌を聴くことが禁じられていた時期にも、日本の歌を聴いていたとか。
当時、聴いていなかった人なんていませんよ(笑)。とくに文化人として、日本の歌を聴いていないとすれば、ちょっと足りない人なんじゃないかと思われるくらいです。ビデオも見てましたしね。
--好きな日本の芸能人はいましたか。
私にとって好きな歌手は、毎年どんどん変わってゆきました。顔のカッコいい人が好きでした。あと、安全地帯は韓国人がみんな好きでしたね。X JAPAN もよかったし、中森明菜もよく聴いてました。
『イン・ザ・ハイツ』演出 イ・ジナ
--やはり音楽はよく聴いていたのですね。
若い頃はロック・スターが大好きな荒っぽい少女で、ラジオをつければロックばかり聴いていました。ディープパープルとかレッド・ツェッペリン、ホワイトスネイク、そういうのを聴いて育ったんです。そんな時に『ジーザス・クライスト・スーパースター』の来韓公演を観て衝撃を受けました。本当に好きだったんです。後に演出家になった時、いつか『ジーザス・クライスト・スーパースター』を演出したいと望むようになりました。そして、その夢が叶ったんです。その時、「『ジーザス・クライスト…』ができたのだから、もう他のライセンス・ミュージカルは演出しない」と言いました。今回の『イン・ザ・ハイツ』はその前から契約してたので例外ですが……(笑)。
--ハードロックがお好きだったんですね。そういえば『ジーザス・クライスト…』のアルバムは、ディープパープルのイアン・ギランがイエスの役を歌ってましたね。
そう、イアン・ギラン大好き。ジミー・ペイジも大好き(笑)。
--それでは最後に改めてSPICE読者に向けてメッセージをいただけますか。
『イン・ザ・ハイツ』韓国版は、韓国の俳優だけができる解釈というものを持っています。心がジ~ンと沁みるシーンや、普通の人々の魅力に満ち溢れており、この暑さにも打ち勝てるでしょう。劇場からの帰り道に、「生きていてよかったなあ」「生きてることは幸せだなあ」と感じていただけたら嬉しいです。ぜひ、劇場までお越しください。
(取材・文:安藤光夫 通訳:奈良夕里枝 写真撮影:大野要介)
■会場:Bunkamura オーチャードホール
■日程:2016 年10月16日(日)〜11月6日(日)
■会場:KAAT神奈川芸術劇場
■スタッフ:
原案・作詞・作曲:リン=マニュエル・ミランダ
演出・韓国語歌詞:イ・ジナ
音楽監督:ウォン・ミソル
振付:チェ・ヒョンウォン、キム・ジェドク
■キャスト
ウスナビ役:チョン・ウォンヨン/ドンウ(INFINITE)/Key(SHINee)
ベニ―役:キム・ヒョンジュン(Double S 301)/イ・サンイ
ヴァネッサ役:オ・ソヨン/J-Min
ニーナ役:チェ・スジン/ルナ(f(x))他
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■一般発売開始:2016年8月6日(土)10:00~
■公式HP:http://musical-intheheights2016.jp/
■主催:S.M.Culture & Contents/Quaras