“フロアジャグリング”頭と口、新作『WHITEST』を最後に拠点をフランスへ

2016.10.30
動画
インタビュー
舞台


床を起点にしたジャグリングの新たな概念と技術で、世界を切り拓こうとしている「頭と口」。2015年12月のお披露目公演『MONOLITH』では、小さな会場ではあったが、これから始まる驚きの胎動を感じようとする観客の緊張感があった。約1年ぶりの新作『WHITEST』は、神奈川芸術劇場の「KAAT Dance Series」の一環。注目度急上昇の中、なんと彼らはフランスに拠点を移すという。だから『WHITEST』を最後に、ひとまず国内公演は打ち止めになってしまう。

■はじまりはジャグリングへの違和感

まず、改めて頭と口について紹介しなければいけないだろう。頭と口は、山村佑理と渡邉尚のユニット。

山村は、小学生時代からジャグリングを始め、高校時代には日本のジャグリング界で実力ナンバーワンの存在として注目を集めた。その後、世界を見たくなったことがきっかけで今夏に帰国するまでフランスのサーカス学校に通っていた。

渡邉は、大学1年の終わりにジャグリングと出会う。京都を拠点とするコンテンポラリーダンスカンパニー、モノクロームサーカスに参加する傍ら(現在は退団)、ジャグリングのほか軟体芸、倒立芸、アクロバットなどを独学で習得し踊ってきた。

渡邉尚

山村佑理

2014年の夏ごろに運命的な出会いを果たした二人は、既存のジャグリングに対して同じように疑問を感じていることを知り、刺激を受けあった。前回の記事からの引用で恐縮だが、彼らはこんなふうに語っている。

渡邉 何個投げる、きれいに投げるは競技であってパフォーマンスではない。パフォーマンスはお客さんや空間との交感から生まれるもの。それらに対峙した時に自分特有のものをぶつけていかないと意味がない。

山村 ジャグリングの技術は前の時代に確立されていたものだけど、今でもそのコピー、そしてコピーのコラージュしかできていない。ジャグラーが自分ならではの絵を描いていないんですよ。

渡邉 ヨーロッパのジャグリングは投げ上げるスタイルだけど、日本人に適したジャグリングとは何かを考えてたどりついたのは、床を使用することじゃないかと。僕らはそれをフロアジャグリングと呼んでいます。床から立ち上げる、つまり拾うこと、落とすことさえジャグリングだと定義してしまえば新たな体系が生まれる。

山村 そこに落ちているだけのものと一緒にいる。触ろうが無視しようが、投げる前からものとの関係が存在していて、それに影響されて体がどう反応するか、それが僕らのジャグリング。

■KAAT公演『WHITEST』など、頭と口が転がり始めた

『MONOLITH』では、渡邉が『逆さの樹』、山村が『ネタオーレンに捧ぐ』とソロを披露した。客席はざわめきで独自の表現を歓迎した。彼らの周囲は「KAATから話があったのもそうですけど、公演前には期待しなかったようなことがどんどん起きるのでそれについていくのに必死でしたね。1カ月前のことを思い出すのも大変。『MONOLITH』をやるまでは期待と恐怖の両方を背負っていたけど、終わっても、次のステップへの期待と恐怖がある」(山村)というくらい激変する。

すぐにでも渡邉とのクリエーションに入りたくて仕方がなかったという山村は、サーカス学校を卒業するためのモチベーションとして、修行と割り切ってジャグリングの仕事をしたり、フランスに拠点を移すための準備を整えたりしていた。一方の渡邉は、ダンサーとして韓国、シンガポール、ミャンマー、台湾などをツアー。さらには京都で渡邉尚 × Juggling Unit ピントクル『持ち手』で女性ダンサーとデュオ作品を作り、またトヨタ コレオグラフィーアワード 2016には『逆さの樹』で参加していた。


 

 

そして、9月、二人はfifoo.programの支援もあり韓国で『WHITEST』のための1カ月間のクリエーションを行った。

■何ものにも邪魔されず、二人のクリエーションを楽しみたい

--作品について教えていただけますか?

渡邉 タイトルは、最も白いということです。そのまんまです(笑)。日本は非常に窮屈です。空港を降りると空気でわかってしまう。僕が一番よかった国はミャンマーで、人びとがいる感じが、野良猫、野良犬と同じなんですよ。規制されていない背骨、社会の常識にさらされていない身体が美しい。彼らの生活を見ていると、いろんなことがどうでもよくなるんです。それに対して日本には見えない規制がいっぱいある。

山村 僕もジャグリング始めてたった10年です。そんなんで勝手な期待を受けて、日本一うまいジャグラーにされてしまうんですね。そういう環境に居心地の悪さを感じていて。

渡邉 そういういろんな条件がないところで僕らはジャグリングしたい。それで、もっとも白い世界ってどんな感じだろうと思って名付けました。僕と佑理君のデュオを誰にも邪魔されたくなかったんです。僕はクリエーションやろうと口約束してから佑理君を2年間待っていたわけですから。どうせやるんだったら最高にいい状態で、普通に関わろう、それがコンセプトです。

--どんな作り方をしているんですか?

渡邉 すべてはインプロ、即興です。

山村 インプロを繰り返して、これは面白いというものをピックアップ、頭に入れつつ、もう一回インプロをしていく。それを繰り返すうちにだんだん芯ができていくんです。

渡邉 作ろう作ろうとすると絶対いいものができないから、作りたくないんです。関係性からにじみ出てくるものだけを抽出したい。佑理君といるからこそ思いつくこと、一緒だからこそ出るボールの動き、そういうもので作りたいんです。

--今はどのくらいできている?

渡邉 韓国のクリエーションで1時間ほど作ったんですけど、京都に帰ってきてガラッと変わって、まったく新しい『WHITEST』になっています。

山村 もちろん引き続き残っているシーンもあるんですけど、新しいアイデアがどんどん追加されて、色もリズム感も変わっています。

渡邉 稽古する場所が変わると変わってしまうんですよ。空気や食べ物によっても変わる。韓国と京都も違うし、KAAT公演の前には横浜にも1週間ほど滞在するので、また変わってしまうかもしれません。

山村 渡邉さんの中での流行り廃りはあるけれど、天気が晴れなのか雨なのか、土地の空気、稽古場に誰がいるとか、僕の状態で本当に繊細に変化するんですよ。世界そのままの人だから、基本その場その場で楽しんでいる感じですね。それに「今のいいね」と言って映像を見直してメモするんですけど、ほぼ採用しないですからね。あらゆることについて、決めないで、起こることを待つという姿勢ですね。

渡邉 いいんじゃないの、なんでも。だからフロアジャグリングも僕らには一個の要素に過ぎなくなって、『WHITEST』ではそれこそ高さとか、立体的な空間の遊びに発展している。

山村 床はものすごく大事な要素ですけど、フロアジャグリングも、僕らが捉える大きな意味でのジャグリングの一分野でしかないんです。もっともっと掘っていくところはたくさんある。

渡邉 ただ床のことを理解しないと、次に進めない。空中を使うにしても、僕らは床に立っているから。ボールをどんなに高く投げても床に帰ってくるし、落ちても床が受け止めてくれて、床より下に落ちることはない。床は重要な要素で、すべては床から発生する。

『MONOLITH』では、人間とは違う得体の知れない生き物のように床とボールと戯れる渡邉に対し、かつてのジャグリングの天才はどこかでまだ迷いを抱えているように見えた。それを山村にぶつけてみたが、「僕も渡邉さんと自分を比べた時に、実力不足だということに気づいたんです。これから一緒に歩んでいくんだと思っていたのでショックでした。でも『WHITEST』を作る中で、スペックから何からすべて違うので、それを受け入れることで解消されました。今は積極的に関われているので期待してください」と力強い笑顔が返ってきた。

それから数日、渡邉からは「京都で見ていただいた時ともまったく違う作品になりそうです」と、連絡があった。

■フランスでは才能ある面白い人と出会って、作品を作っていきたい

--拠点を移すということは世界と戦っていきたい?

渡邉 そんなことも思っていなくて、日本にいるのが窮屈だから。仮にKAAT後に大劇場からオファーがあっても、しばらくはやりたくない。日本で一緒にやりたい人がいないんですよ。

山村 フランスにひとり、ドイツにひとり、

渡邉 カナダにひとり。それこそワールドワイドなカンパニーになっていくと思います。僕らが面白いと思う、才能がある人たちと出会っていきたいですね。そうすれば、自然にいい作品ができていくと思う。そこも窮屈になったらまた次の場所へ出ていけばいい。とにかく何も決めたくないんです。

山村 僕は勝手に行き詰るタイプなんですけど、渡邉さんはそれを平気で越えてきてくれるんで、もやもやから抜けられるんです。『MONOLITH』以降、僕らの関係性がだいぶ変わりました。

渡邉 それだけじゃなく、ボールとの関係性も深くなったし、ジャグリングも変わってきた。はるかに軽くなったし、楽しめるようになったし、技術的もぐーんとあがったし、ワザも格段に増えた。でもそんなことはどうでもいいこと。全部大事だけど、それほど大事でもないんですよ。一緒にやるのは、これをしなくてはいけないと思うことがない人がいいです。フランスに行ったら、今はスーパーマーケットの廃棄野菜とかもらって生活したいなあって思っているんです。

山村 どれくらいお金を使わずに生活できるか、いろんな楽しみ方ができるんじゃないかなと思っているんです。

(取材・文・撮影:いまいこういち)

公演情報
KAAT神奈川芸術劇場プロデュース KAAT Dance Series 2016
頭と口『WHITEST』

■日時:2016年11月5日(土)18:00、11月6日(日)15:00
■会場:神奈川芸術劇場 大スタジオ
■振付・出演・演出:ジャグリングカンパニー 頭と口(渡邉尚、山村佑理)
■料金:全席自由(整理番号付き):一般3,000円、U24(24歳以下)1,500円/高校生以下1,000円
※U24、高校生以下のかながわ(Tel.0570-015-415、窓口のみ。前売りのみ。限定枚数)
■問合せ:かながわ Tel.0570-015-415
■「頭と口」公式サイト http://atamatokuchi.com/