“音楽と愛に浸りきるオペラ”を存分に味わう 『MET ライブビューイング 2016-17』
-
ポスト -
シェア - 送る
《トリスタンとイゾルデ》より ©Kristian Schuller/Metropolitan Opera
オーストリアのヨーゼフ2世、フランスのルイ14世とナポレオン、ロシアの女帝エカテリーナ2世とオペラ好きの権力者は昔から多い。だから、外交の場でオペラは活用されてきた。大がかりな上演になると、合唱団やバレエも含め100名以上が舞台にひしめき合う。その華々しさは他に類を見ない。
しかし、そうした大仕掛けのイメージもあって、長年オペラは「敷居が高い」と敬遠されてきた。言葉が分からないと楽しめない? ドレスコードはある? コンサートと比べて
ところが、この状況を一変させるアイディアを一人のアメリカ人が思いつく。それがニューヨーク・メトロポリタン歌劇場(MET)の総裁ピーター・ゲルブである。彼が「舞台を映像収録し、世界中の映画館で上映」という画期的なシステムを発案した結果、オペラと音楽ファンの距離が一挙に縮まり、ゆったりとした座席で字幕付きのオペラを楽しめるようになった。これがMETライブビューイングだ。
この方式だと好きな歌手の演技を大画面で観られるし、未見の作品でも、大枚をはたかずに親しめる。肩の力を抜いて鑑賞するには最上の手段だろう。
さて、このMETライブビューイング、新シーズンのラインナップを眺めると、特に前半の6演目に「音楽と愛に浸りきるオペラ」が多いと分かる。
例えば、大編成の管弦楽と豊麗な美声に包まれるワーグナーの《トリスタンとイゾルデ》、グノーの耽美的なメロディが人気の悲劇《ロメオとジュリエット》、女性作曲家サーリアホのロマンティックな現代オペラ《遥かなる愛》、そして、人魚姫の童話を翻案したドヴォルザークの名作《ルサルカ》である(いずれも新演出)。
《トリスタン》では名指揮者ラトルの棒とイゾルデを歌うステンメに注目、《ロメオ》ではいまやテノール界のスターたるグリゴーロと世界のプリマ、ダムラウの“ドリーム・カップル”に期待大。《ルサルカ》では美女ソプラノのオポライスの演技力が客席を唸らせ、名アリア〈月に寄せる歌〉もしっとりと歌い上げるはず。また、筆者が特に好きな《遥かなる愛》では、オーケストラの穏やかな音の波が、観る人の耳も心も洗い流してくれるだろう。ルパージュによる新演出では約5万個のLEDライトで輝く海を表現するとのこと。
なお、これらの豊麗な響きの作品群とは対照的な、「鋭角的な音運び」の2作も上映が予定されている。一つは、男の色気を振りまく放蕩者の騎士を主人公に、天才モーツァルトが技を駆使した《ドン・ジョヴァンニ》。何より、演技派バリトンのキーンリーサイドが若々しさを全身から放つ姿が見ものだろう。そしてもう一つは、旧約聖書のエピソードをヴェルディが荒々しい音楽でオペラ化した《ナブッコ》。世紀の大歌手ドミンゴがタイトルロールを演じるとあって、現地でも
文:岸 純信(オペラ研究家)
(ぶらあぼ 2016年11月号から)
METライブビューイング2016-17
11月12日(土)より全国の映画館で上映開始
http://www.shochiku.co.jp/met