藍井エイル最後の武道館レポート到着 西原史顕が見た「藍井エイルのはじまりから終わりまで」
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『Eir Aoi 5th Anniversary Special Live 2016 at 日本武道館』
2016.11.04・05 日本武道館
先日、11月4日と5日の2日間にわたって藍井エイルのラストライブ『Eir Aoi 5th Anniversary Special Live 2016 at 日本武道館』が開催された。アニメ音楽界を代表するアーティストが突如発表した、本ライブをもっての無期限活動休止。彼女の“最後”となるかもしれないステージを観るために集まった観衆は、両日で1万5,000人を数えた。
2011年のデビューから丸5年。2度のミュージックステーションへの出演を契機にぐんぐんと活動の枠を広げ、楽曲制作にもさらなる多彩さと深みが増していた藍井エイルには、明るい未来が待っているはずだった。それを思うと、今回のタイミングでの活動休止には「なぜ?」と首をかしげてしまう。しかしその一方で、筆者の心の内には「ああ、やっぱりな」「このほうが本人にとっては幸せだったのかな」と納得する部分もあった。
日本武道館でのステージを観ていて強く感じたのは、そんな自分自身の戸惑いだ。「彼女の決断を、どのように受け止めたらいいのだろう?」——ライブが終わってしばらく経った今も、まだその答えは見えてこない。
べつにひけらかすわけではないが、筆者は藍井エイルに対し、“初めて”取材を行った人間のひとりだ。2011年の初春、アニメ音楽雑誌『リスアニ! Vol.05』の付録CDに彼女の音源「frozen eyez」が収録されることになり、都内某所で初顔合わせした日のことは、昨日のことのように覚えている。
何より印象的だったのは、深くかぶったフードの奥で輝く、ギラギラとした瞳だった。そしてインタビューの最後に語った、「武道館に立ちたいです」という夢。デビュー前の彼女には、強烈な“野心”が溢れていた。
その後、2011年10月の「MEMORIA」でメジャーデビューを果たした彼女は、あれよこれよという間にスターダムへの道を駆け上っていく。「INNOCENCE」「IGNITE」ではTVアニメ『ソードアート・オンライン』というヒット作との幸運な出会いもあり、アニメ音楽界の新生として確たる地位を固めていった。
「奇跡のハイトーンヴォイス」と呼ばれた彼女の歌声は、張り詰めた空気を切り裂くように響きわたる。それはまるで青白く燃える炎のように、熱さと鋭さを兼ね備えたヴォーカルワークだった。彼女を取材していると、極限まで己を追い込むそのストイックさに毎度驚かされたものだ。レコーディングでもライブでもつねに限界を攻める姿勢は、刀に命を打ち込む刀匠にも重なる。自分の声をどこまでも研ぎ澄まし、すべてを斬る刃に仕上げることに、彼女は自身のアイデンティティを見つけていたのかもしれない。
11月4日、ラストライブ初日の会場は、特殊な緊張感に包まれていた。藍井エイルが現れ拳を突き上げると、最初の曲「シリウス」が流れ出す。序盤、彼女はステージの中央に留まり、ただひたすら楽曲を熱唱し続けた。そこには祝祭感も悲壮感もなく、全身全霊の歌声を絞り出す藍井エイルの鬼気迫る姿があるだけだった。
張り詰めた空気は「GENESIS」からさらに鋭さを増していく。「Lament」までの流れはまさに「圧巻」のひと言だ。笑顔を見せることもなく、一心不乱に歌を歌い続ける藍井エイルに、神々しいスポットライトが降り注ぐ。
「MEMORIA」以降の彼女はステージ上を駆け巡り、ジャンプやコール&レスポンス、クラップにシンガロングなど、過去のライブでハイライトを飾ってきた名ナンバーの数々を披露していった。観客もこの場面になると、ライブを盛り上げようと必死に声を出す。しかしこの日の武道館は、何かがズレていた。いつものようにサイリュームの光で客席を染めても、振りが揃わない。彼女と一緒に歌を歌おうにも、悲痛な叫び声になってしまう。
結局、華美な装置も演出もない、あくまで音楽だけに特化したこのライブは、そのままMCを挟むこともなく、冒頭から本編ラストの「INNOCENCE」まで21曲が連続して披露された。このとき筆者は思ったものだ。「ああ、これが藍井エイルなのだ」と。この不器用なまでに真っ直ぐなアーティストは最後のステージで、己の音楽に懸けてきた生き様そのものを見せつけた。ファンとの別れを惜しむウェットな空間を作るのではなく、歌だけで自身を伝えようとした厳しく鋭い約2時間。
しかしこうした崇高さは、ときに共感ではなく畏怖を抱かせるものにもなってしまう。観客は「彼女をどう見送るべきか」というアティテュードを定められないまま、怒涛のパフォーマンスに飲み込まれていった。
緊迫した空気が緩んだのは、アンコールに入ってからのことだ。この日初めてのロングMCで、開口一番彼女はこう言った。
「夏から体調不良でお休みをいただいていたのですが、たくさんの心配と迷惑をかけちゃって、ほんとにごめんなさい」
すると客席からは、「問題ないよ!」という声が上がる。 筆者はここで、藍井エイルと観客の“温度”が変わるのを感じた。
観客はずっと、この「たとえ何があっても、キミのことが大好きだよ」というメッセージを伝えるチャンスを待っていたのだ。だからようやくそのタイミングが訪れると、彼女に対し「そんなに自分を責めないで」「いくら休んでもいいんだよ」という優しさを爆発させた。長い拍手が、武道館を包み込む。
すると藍井エイルの表情からも、険しさが抜けていく。ぽつぽつとこの5年間の思い出を語りだした彼女の口調は、いつもより少し幼く甘いものだった。
藍井エイルはつねに、「完璧」であろうとする人間だ。努力は尊い。しかし、ときに強すぎる使命感は、危うさの裏返しになってしまう。観客はこのラストライブからも、彼女が持つそんな空気を敏感に感じ取っていたのだと思う。だからなかなか“弱さ”を見せない彼女に、どんな声援を送ったら良いのかがわからなかったのだ。
不思議なもので、11月5日の2日目は、初日とはまるで違う空気が武道館を支配していた。藍井エイルを「いつでも帰っておいで」と温かく見送ると決めた観客の意識は、「だからこの日を楽しもう」という一点に集中していく。1曲目の「シリウス」からアンコールラストの「虹の音」まで、熱狂は留まることを知らず、会場の気温は上昇する一方だった。
現在、藍井エイルの活動休止の理由は、「度重なる体調不良のため」としか発表されていない。ラストライブの2日間においても、本人からそれ以上の説明がされることはなかった。確かに筆者はあのライブで感動したし、泣きもした。彼女も観客も、完全燃焼していたのはわかる。しかしあれから数日経って思い起こすのは、ライブのことではなく5年前に初めて会ったときに見た、あのギラギラとした瞳のことばかりだ。
批判を承知であえて言おう。なぜ、藍井エイルは活動休止してしまったのか。続けるという選択肢は本当になかったのか。彼女は最後のMCで「ありがとう」を繰り返し、静かにスポットライトの奥へと消えていった。本編での21曲連続歌唱といい、「潔すぎる」と感じたのは筆者だけではなかったはずだ。観客はみなキミを許している。キミを許していないのは、キミだけだ。もっと泣き言を言ってほしかった。我々に甘えてほしかった。そして、「武道館に立ちたいです」という夢の向こうを見せてほしかった。
おそらくこれを未練と言うのだろう。活動を続けるか否かの決定権は彼女だけが持つものであり、そもそも頑張りすぎる人にもっと頑張れと言うのも無責任な話だ。
やはりまだ、藍井エイルの活動休止をどう受け止めるべきか、答えは出てこない。「こちらこそ今までありがとう」と、あんなにもたくさんの人たちから拍手で送り出された彼女は幸せなアーティストだ。「今までお疲れさまでした」と素直に思うし、「明日からはゆっくり自分の人生を歩んでほしい」とも思う。それなのに、「もっと彼女の歌声を聴いていたかった」という思いだけが、断ち切れないのだ。
文・レポート=西原史顕(アニメ音楽ライター/元リスアニ!編集長)
01.シリウス
02.AURORA
03.コバルト・スカイ
04.アヴァロン・ブルー
05.GENESIS
06.アカツキ
07.クロイウタ
08.KASUMI
09.Lament
10.MEMORIA
11.HaNaZaKaRi
12.アクセンティア
13.レイニーデイ
14.シューゲイザー
15.シンシアの光
16.ラピスラズリ
17.IGNITE
18.Bright Future
19.サンビカ
20.翼
21.INNOCENCE
<Encore>
En01.frozen eyez
En02.ツナガルオモイ
En03.虹の音