60~90代・1600余人の大群集劇にノゾエ征爾が挑む、“1万人のゴールド・シアター2016”
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ノゾエ征爾 撮影:宮川舞子
彩の国さいたま芸術劇場で『1万人のゴールド・シアター2016』の稽古をのぞいてきた。もう、なにもかもすごい。なんてったって1600人余りが出演する作品だ。大ホールのステージ上は60~90代の出演者であふれんばかり。この日は300人近いグループ稽古が行われていたが、それでも舞台には乗り切れないため、稽古は2チームに分かれ、客席には第2部の稽古に参加する人々でやはりあふれている。しかも稽古の2時間前には受付に集まって来られるのだそう。“埼玉から発信する世界最大級の大群集劇”は、やっぱり故・蜷川幸雄さんならではのアイデアだった。こんなスケール感ある企画は誰も思いつかない。
2006年、55歳以上の48名で発足した「さいたまゴールド・シアター」。稽古を見ながらそのオーディションに立ち合ったことを思い出した。かつて蜷川さんと演劇をしていた人、警視庁に辞表を出してきという人が印象に残っている。二人ともゴールド・シアターには入れなかったけれど。結成から10年が過ぎ、パリや香港など海外からも紹聘されているゴールド・シアター、人生の大先輩たちには、テレビや映画にもたくさんのオファーがあるのだと聞く。
この、さいたまゴールド・シアターがきっかけで「さらに多くのシルバー世代が演劇の力でゴールドに輝く舞台」を作ろうとスタートしたのが、『1万人のゴールド・シアター2016』だ。テーマは“老人の夢”。総合演出をする予定だった蜷川さんが残念ながら亡くなってしまったため、当初から脚本を担当するはずだったノゾエ征爾が演出を引き継いだ。
「さいたまスーパーアリーナ」サイズの高齢者施設で繰り広げられる『ロミオとジュリエット』
---- どういう経緯で、この作品に携わることになったんでしょうか。
ノゾエ 最初は脚本だけでの参加だったのですが、蜷川さんがお亡くなりになられて、演出もやらせていただくことになりました。自分の方からやらせてほしいと申し出ました。とはいえ、僕も、蜷川さんと作品のことについて打ち合わせしたわけではなくて。構想、どういった方向性にしようということを企画・構成の加藤種男さんや制作さんと話し合ってプロットを作ったりしていた時期でした。シェイクスピアをベースにすることは決めていましたが、そこで浮かんだのが『ロミオとジュリエット』。愛の物語ということもそうですが、何かを強く思う気持ちは、年齢や世代に関係ないものですし、そうであってほしいという思いがありました。僕も老人ホームを回って芝居などをしているのですが、高齢になればなるほど私念が強くなる気がしていて、そういうものをうまく乗せられると思ったんですね。
---- 脚本はどういう構造になっていますか?
ノゾエ 舞台設定は、アリーナ規模の高齢者施設です(笑)。皆さんが夢を語っているところから、ロミジュリに入っていきます。それも全部施設内での出来事で、職員たちが一緒になって、なんとかして利用者たちと『ロミジュリ』をやろうとしている。みんなが力を合わせて素晴らしい舞台にしようとする、それ自体が大きな夢なんです。
撮影:宮川舞子
「初心を忘れるな」と教えてくださったのは皆さんです
---- “1万人”のゴールドシアターとうたっているわけですが、もしオーディションに1万人が来たら受け入れようという覚悟はあったんですか?(笑)。
ノゾエ そのつもりでいました。1万人を想定して、大阪に「1万人の第九」も見にいきました。でもオーディションに応募されたのが1900人余りいらして、最終的に参加される方が約1600人ですが、その人数を見ただけでとんでもないと思いましたから、1万人はありえないです(笑)。その時点ではさいたまスーパーアリーナのアリーナ部分にどのくらいの人数が入れば空間が埋まるのかも想像ができませんでした。ただ実際には、アリーナでやるには1600人くらいが限界だったかもしれません。広さ的にもそうですし、もし誰かいなくなってもわからないじゃないですか(苦笑)。
---- 60歳から91歳までの方々を相手にするというのはどんな感じなんでしょう。
ノゾエ 大変なのは当然なんですけど、何かがすごく楽しくて、うれしいんですよ。皆さんが稽古場に集まっていらっしゃって、挨拶して稽古が始まるんですけど、自分の中に盛り上がってくるものがいつもありますね。演劇というツールによって、これだけの人が集まって、わいわい、がやがや、どうなるかもわからないものを目指しているワクワク感、エネルギーでしょうね。
ただ稽古が終わるころには僕もエネルギーは吸い取られてしまって。終わると疲れ切って家に帰っても何もできません。それに、せりふがほしいとか、一人で歌いたいとか、ちょっとした空き時間に要望が来るんです(笑)。わ!そんなこと言うのかと、むしろ面白くなってしまいます。徐々にわがままになっていかれる方には、「初心を、ただ参加することの喜びを感じていた最初のころのことを思い出してください」とはよく言っています。「初心を忘れるな」ということを教えてくださったのは皆さんですよって(笑)。
演劇的クオリティよりも、皆さんの素のエネルギーが最高に発揮される状況を作る
---- そんなこんながありつつも、イケるなという手応えはどんなときに感じていらっしゃいますか。例えば、一体感がつくれればオッケーだ!というような目標はありますか?
ノゾエ まさに一体感でしょうね、ものすごく大事です。逆に、やってはダメだと思っているのが、ただただクオリティを上げていく演劇的な作業。それよりも皆さんの素のエネルギーがどのレベルで最高に発揮されるか、それがこの作品の生命線だと思っています。例えばこのせりふを、このきっかけで、こういうふうに言ってくださいということをやったとしても、面白くならないと思うんですよ。役者として必要なものは注文しますし、集団のルールも提示しますが、かといってかっちりバッチリ一斉にせりふを言えたとしても面白くない、そうすることは何かを縮めさせてしまう。彼らのエネルギーを出せるライン、そこが醍醐味でしょうね。やったことを次の稽古のときに忘れていらっしゃる方もいるんですよ。でも忘れてしまうのも彼らだし、それも引っくるめて魅力だと思っています。
---- アリーナの空間はどんなふうに使うのですか?
ノゾエ 照明とか映像は使いますが、大きなセットで飾ったりとかはほとんどはしません。本当に出演者お一人お一人からあふれ出る何かによって空間が埋められればいいなと。人間だけで空間を豊かにしたい。
撮影:宮川舞子
「楽しみにしています」という蜷川さんの一言が、僕を突き動かした
---- 蜷川さんからは何か影響を受けたことはありますか?
ノゾエ 本当にまさに一言だけいただいたんですよ。脚本の打ち合わせをしていたら、蜷川さんが車椅子で顔を出してくださったんですけど、そのときに満面の笑みで「楽しみにしています」とおっしゃってくれたんです。それがずっと僕のモチベーションになっています。一瞬でしたけど、接点があってよかったです。あの一言がなければ「演出をやらせてください」とも言わなかった気がします。僕を突き動かした、大先輩からの大事な宝物です。