金子三勇士(ピアノ)が招待する“非日常の空間”「リストやショパンの時代に戻ったように」
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金子三勇士
日本とハンガリーのハーフピアニスト・金子三勇士がリストとショパンを中心にプログラム “サンデー・ブランチ・クラシック” 2016.12.11レポート
12月11日(日)は、気温は低いが気持ちの良い天気だった。この日、渋谷のeplus LIVING ROOM CAFE&DININGで行われた『サンデー・ブランチ・クラシック』には、期待の若手ピアニスト・金子三勇士が登場した。
今回レポートするのは、15:00から行われたこの日2回目の公演だ。金子が拍手とともに登場すると、早速挨拶がわりの曲を披露する。
1曲目は、バルトーク作曲「チェルゲーの踊り」だ。速いテンポの曲は、冒頭からいきなり煌びやかな音を奏でて聴衆を引き込む。20世紀の音楽らしい不思議な響きだが、明るく楽しげな曲調である。
金子は日本人とハンガリー人のハーフなので、バルトークは彼の祖国の作曲家ということになる。チェルゲーとはハンガリーの民族楽器で、それを使った踊りをイメージした曲だという。
1曲目を引き終えた金子が、穏やかな語り口で挨拶する。
「今日はクラシックの演奏会なので、『何か美しいメロディの曲が演奏されるんだろう』と思っていた方もいるかもしれません。そうしたらいきなり斬新な響きの音楽だったわけですが……このあとのプログラムは、ちゃんと美しい曲なのでご安心ください。20世紀の作曲家であるバルトークの曲は、斬新でモダンな音楽でしたが、続いての曲は少し時代をさかのぼります」
続いて演奏するのは、ドビュッシー作曲「月の光」だ。19世紀末~20世紀初頭に盛んになった印象派の音楽で、同時代の印象派絵画を思わせるおぼろげな雰囲気が特長だ。
曲の入り方は、遅めのテンポで、非常に優しく繊細。静かな夜の風景が目に浮かぶようだ。初めは静かで優美だった曲は徐々に盛り上がりを見せ、幻想的な世界へと聴衆を引き込んでいく。一つ一つの音が大切に、丁寧に紡がれているような印象だった。会場では肩肘を張らず、リラックスして聴いて良いのだが、聴衆は金子の演奏に自然と集中して聴き入っていた。
「続いての曲は、『ピアノといえばこの人』と言えるほど有名な作曲家、ショパンのものです。ここでちょっと質問なのですが、皆さんの中で、これまでわずかでもピアノを習ったことがある方はどのくらいいらっしゃいますか?」
質問に対して、会場にいる半数ほどの手が挙がった。
「そう、日本という国はピアノに触れたことのある人の割合が非常に高いです。そのおかげで、ピアノはほかの楽器に比べて馴染みがあるので、私たちピアニストにとっては嬉しいことなんです。続いての曲も、弾いたことのある方は多いと思います」
4曲目は、ショパン作曲「子犬のワルツ」である。1分程度の小品だが、子犬が自分の尻尾を追いかける様子を描いたという可愛らしい作品だ。誰もが知っている有名曲だが、テンポの揺らし方に工夫をしているため、飽きさせることがない。ピアノを習うと多くの人が弾くことになる曲だけに、「知っている曲だけれど、こういう弾き方もあるのか」という気づきを与えてくれる。流れるような華麗な早弾きが、耳に心地く響いた。
「次は、雰囲気を変えてしっとりした感じの曲となります。昼間からまた夜の曲で恐縮ですが、ショパンの「夜想曲(遺作)」という曲です。作曲家が亡くなってから出版されたためか、何かのメッセージらしいものを感じさせます。映画『戦場のピアニスト』でも使われました。」
曲の紹介を述べたあと、5曲目のショパン作曲「夜想曲(遺作)」の演奏に入った。静かで憂愁を帯びたメロディが印象的な曲だ。金子の演奏は強弱がしっかりとつけられ、過去を追憶するような切なさを醸し出している。コーダでは別れを惜しむようにテンポを落とし、遠くに消えゆくような弱音で曲は結ばれた。
「続いては、ショパンと同じ時代に活躍した作曲家、リストの曲を演奏します。2人は活動時期が同じだったばかりか、大の親友であり良きライバル関係でもありました。しかし、ショパンがロマンティックな曲を書いたのに対し、リストは超絶技巧を披露する曲で知られています。そんなリストの曲でも、柔らかい感じの曲もあります」
そうして披露されたのが、6曲目のリスト作曲「泉のほとりで」だ。リストが旅をしている途中に見た、森の中の泉の情景を表現したもの。水が盛んに湧き出てくるように、軽い音が溢れ出してくる。金子の奏でる音は澄み渡っており、水滴や光の反射を豊かにイメージさせる。曲はやがて盛り上がり、水が勢いよく流れ落ちるような激しさを見せる。曲調が再び軽快なものになった後、余韻を残しながら終わる。
「現代だと、クラシック音楽は大きなホールで、きちんした服装で行かないといけないようなイメージがあります。しかし、ショパンやリストの時代には、クラシック音楽、特にピアノの演奏は、このLIVING ROOM CAFEのように、食事をとりながら楽しく聴くものでした。今日は、そういう時代に戻ったかのように、間近で曲や楽器の魅力を知っていただけたら嬉しいです」
金子はこのあと、2017年2月11日(土・祝)に、ピアニストの中野翔太・松永貴志とともに『ピアノ・トリオ・スペクタクル』(東京オペラシティコンサートホール)に出演する。また、同4月29日(土・祝)には、東京芸術劇場において東京佼成ウィンドオーケストラとの共演も控えており、曲目は、長生淳作曲による、世界初演のピアノ協奏曲だ。
「次は最後の曲となりますが、リストといえばやはりこれ、という曲です」
プログラムの最後となる6曲目は、リスト作曲「ラ・カンパネラ」。曲の冒頭はゆっくりとしたテンポで入り、優美さと同時に緊張感も醸し出す。よく知られた超絶技巧の曲であるが、早弾きの箇所も1つ1つの音が粒だっており、濁らずはっきりと聴こえる。今年がデビュー5周年の年でもある金子の記念アルバム『ラ・カンパネラ~革命のピアニズム』も好評を得ている。
曲が盛り上がり始める中盤からは、はっきりわかるようにテンポを早める。フォルテシモの箇所と、序盤の美しい箇所との大きな対比となっているのが印象的だった。大きく体を揺らすスタイルで、視覚的にも聴衆を引き込んでいく。激しい情熱を感じさせるコーダを弾ききり、曲は閉じられた。
満場の拍手に、金子は礼をして応える。
「今日は、リストとショパンの曲を中心に取り上げました。せっかくですので、2人の友情にまつわるエピソードのある曲を弾いて、お別れとしたいと思います。」
金子はそう言って、リストとショパンの逸話を紹介した。ショパンがある曲を初演する前、親友のリスト1人だけが会場でのリハーサルを聴いた。曲を聴いたリストは、「これはいいね」と言ったあと、1回聴いただけの曲を、ピアノでそっくりそのまま再現してみせたという。
この時、2人はあるアイデアを思いついた。本番の時、ショパンは聴衆に「ロウソクの明かりを消してください」とお願いをした。ショパンは真っ暗な中で弾き始めたが、演奏が終わって明かりをつけると、ピアノの前にはリストがいた。聴衆が気づかないようにどこかで交代し、聴衆を驚かせたのだ。
「本日はショパンとリストの用意がないので、私1人で弾きます(笑)。でも、私は半分日本人、半分ハンガリー人なので、曲のどこかでバトンタッチをしようかな、と(笑)」
冗談で会場を和ませたあと、金子はアンコールを披露した。アンコールの曲は、ショパン作曲「夜想曲第2番」。非常に有名な冒頭部分だが、単調にならないよう絶妙なテンポのゆらぎを作ったり、フレーズが移るごとに微妙な間を置いたりしている。フレーズの1つ1つが大切に紡ぎ出され、包み込まれるような優しさを感じさせる演奏だった。
終演後の金子は、「カフェでの演奏は2回目ですが、前回と変わらないいい雰囲気でした。アットホームながら、日常生活よりはちょっとだけ贅沢な空間という絶妙なテイストが魅力ですね」と感想を述べた。「コンサート会場ですと、どうしてもルールやマナーなどがありますので、近い距離でカジュアルに音楽に触れてもらえる場はとてもありがたいと感じています」と話す。
リストやバルトークら“第2の祖国”といえるハンガリーの作曲家に対しては、「まず、自分のもうひとつの祖国を代表する作曲家として大きな存在です。また、私は幼少期からハンガリーに渡り、リストやバルトークの立ち上げた音楽学校などで学びました。そこでお世話になった先生方も、師弟関係をたどっていくとリストらに行き着くので、身近な存在でもあります。同時に、作曲家としても非常に尊敬しています」と語る。
「もちろん、ハンガリーの作曲家に限らず、幅広い音楽に向き合っていくつもりですが、特別な存在としての思い入れはありますね」
来年2月11日のコンサートについては、「以前、メンバーは違いますが1曲だけ3人のピアニストで演奏する機会がありました。2台ピアノの演奏会はよくありますが、これをきっかけに、違うテイストのピアニスト3人による演奏会の企画が持ち上がったんです」と、珍しいピアノ3台という編成の意図について聞かせてくれた。
「中野翔太さんとは何度もデュオでご一緒させてもらっています。中野さんと松永貴志さんも何度も共演していまして、今回は中野さんを中心に繋がった形になります。このメンバー3人の共演は初めてなので、私も楽しみにしています」
また、来年4月29日では、世界初演のピアノ協奏曲の演奏会も控えている。
「曲自体は完成していないので、どうなるかは私もわかりませんが……。注目点は、管弦楽ではなく金管主体の吹奏楽との共演であることですね。おそらく、凄い迫力の響きになるでしょう。私自身もパワフルな音を出す方だと思っているので、ともに力強いピアノと吹奏楽が合わさるとどうなるかに注目していただければ」
最後に、「今年はデビュー5周年を迎え、いろいろな人にお世話になった年でしたが、来年は新しいことに挑戦する一年にしたいと思っています。告知した2つのコンサートを初め、新たな企画も持ち上がっています。そうしたさまざまな挑戦の場で、ファンの皆さんにお会いしたいと思います」と、今後の意気込みを語ってくれた。節目の年を終えて、さらなる飛躍をはじめようとしている金子三勇士。今後の活動から目が離せない。
毎週日曜日、午後の昼下がりに渋谷のカフェでおこなわれる『サンデー・ブランチ・クラシック』。ぜひ一度訪れてみてほしい。
文=三城俊一 撮影=福岡 諒祠
1989年、日本人の父とハンガリー人の母のもとに生まれる。6歳よりハンガリーのピアノ教育第一人者チェ・ナジュ・タマーシュネーに師事、単身ハンガリーに留学し祖父母の家よりバルトーク音楽小学校に通う。11歳のときに飛び級でハンガリー国立リスト音楽院大学(特別才能育成コース)に入学し、エックハルト・ガーボル、ケヴェハージ・ジュンジ、ワグナー・リタの各氏に師事。 全課程取得とともに日本に帰国。
2014年には、ゾルタン・コチシュ指揮/ハンガリー国立フィルハーモニー管弦楽団とツアーを行い、好評を博した。2015年1月には準・メルクル指揮/読売日本交響楽団定期演奏会に出演。
これまでに小林研一郎指揮/読売日本交響楽団、新日本フィルハーモニー交響楽団、大阪センチュリー交響楽団(現日本センチュリー交響楽団)、下野竜也指揮/京都市交響楽団などと共演、また広上淳一指揮/東京音楽大学シンフォニーオーケストラのヨーロッパ公演のソリストに選ばれ、ミュンヘン、ウィーンにてリストのピアノ協奏曲第2番を演奏し好評を博した。
東京音楽大学ピアノ演奏家コースを首席で卒業し、同大学院器楽専攻鍵盤楽器研究領域を修了。日本デビュー5周年となる今年2016年3月にユニバーサルミュージックより新譜のCD『ラ・カンパネラ~革命のピアニズム』をリリース。
日程:2017年2月11日(土・祝)
会場:東京オペラシティ コンサートホール (東京都)
出演:中野翔太/松永貴志/金子三勇士(全てピアノ)
曲目・演目:
チック・コリア:スペイン
ジョン・ウィリアムズ:スターウォーズのテーマ
小町碧/ヴァイオリン&加納裕生野/ピアノ
13:00~13:30
MUSIC CHARGE: 500円
1月15日
安藤赴美子/ソプラノ
13:00~13:30
MUSIC CHARGE: 500円
公式サイト:http://eplus.jp/sys/web/s/sbc/index.html