大衆演劇の入り口から[其之二十] 川崎・大島劇場を愛する人々「いつまでも失くさないで」
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大島劇場外観
大島劇場内観
「“昔ながらの大衆演劇の小屋”という雰囲気が大好きなんです」
小柄な従業員さんは、ニッコリと語ってくれた。大島劇場 (神奈川県川崎市) ――昭和の時代から抜け出てきたようなレトロな芝居小屋は、1950年(昭和25年)から時を刻み続けている。
大衆演劇場の中でも、比較的大きな浅草木馬館(東京都台東区)や篠原演芸場(東京都北区)は行ったことがあるけど…という方。よりディープな芝居小屋を、一度訪れてみるのはいかがだろうか? 今からご案内するのは、筆者が訪れた、12月の土曜夜の部の大島劇場だ。
JR川崎駅から臨港バス「川23大師行き」に乗り、バス停「追分」で降りて徒歩約3分(※行き方の詳細は記事末尾)。17:00過ぎに大島劇場に着いた。夜の部の開演は18:00だ。
入ってきたお客さんは畳に上がり、好きな場所に座布団を置く。
入場料1600円を払って入ると、すでに数名のお客さんが座布団・座椅子を敷いて自分の席を確保していた。靴をビニール袋に入れて、畳に上がる。100円で座布団を借りて、後ろのほうに席を取る。上記の写真、一見普通の畳に見えるが…実は大島劇場の畳には工夫がしてある。何か丸いものを、畳に置いてみるとわかりやすい。
左→右の順。舞台側(右)に転がっていく。
手持ちのリップクリームで試してみた様子。舞台側に向けてコロコロ…と転がっていく。そう、畳に勾配がついていて、舞台に近いほうがわずかに低くなっているのだ!おかげで、後ろのほうの席でも人の頭が邪魔になりにくく、舞台が観やすい。
「今月は今日が初めてよ、ようやく来れた」
「ご飯食べた? おにぎり持ってきたから、みんな一つずつ食べて」
ゆったりと開演を待つ客席では、顔見知りのお客さん同士のお喋りが聞こえてくる。ここに集まる人々は、どんなところに惹かれているのだろうか。
「ここは私にとって劇場というより居場所ですね」
大島劇場をこよなく愛する常連の男性に、劇場の魅力を尋ねると、そう答えが返ってきた。
「行く途中でお弁当を買っていって、帰りは駅まで散歩して帰るところまで日常生活として染み付いています。それから、客席と舞台の近さもこの劇場の特徴です。舞台に役者が登場すると、ふわっと客席に香水の香りが広がるんです。ナマの舞台の魅力を楽しめます」
客席が50名ほど埋まったところで、18:00、幕が開いた。一部:顔見せミニショー、続いて二部:芝居。芝居中、仇討ちを決意するシーンでは、「そうだ、そうだ」「頑張れよ!」と客席から声援が飛んだ。舞台と客席がぎゅうっと一体になっている感が、身体を包む。
三部:舞踊ショーが始まったところで、筆者はそっと畳を降り、後ろの売店へ向かった。売店の中から公演の様子を静かに観ていた、劇場を取り仕切るおかみさんに声をかける。
「事前に、おかみさんにインタビューをさせていただきたいとお願いしていた者です」
「ええ、お電話下さった方ね、中へどうぞ。私の話が役立つかわからないけど…」
売店の中に入れてもらう。舞踊ショーがにぎやかに響いてくる中、おかみさんに話を伺った (※名前や顔写真は、今回は本人のご希望で掲載ナシとさせていただいています) 。
劇場内売店。お菓子や飲み物、大衆演劇雑誌、役者さんへのレイを売っている。
壁に貼られている案内
祖母から母へ、母から娘へ
――ここに来る前に本などで資料を読んだんですが、大島劇場は望岡よしおさんという女性が1950年(昭和25年)に始められたんですね。おかみさんとどのような関係になるんですか?
私のおばあちゃんだけど、見たことないの。私が生まれたときにはもう亡くなってたから。
――よしおさんから、おかみさんのお母様の代になって、おかみさんへ。代々、女の人が続けていると聞いたのですが…。
そう、劇場経営だけでは難しいから…。男の人はサラリーマンで稼いでくれて、母や私が劇場をやるっていう。私も結婚するまでは会社で働いてたの。今は夫が会社勤めで、私が劇場をやってて、娘も正社員で外に勤めてるんだけど、休みの日には劇場を手伝うとか、そんな感じ。
――ご家族みんな劇場を手伝いつつ、それぞれのところで働かれているんですね。
うん、だから、普通の商店とおんなじような感じよ。
――子どものときから、ずっとここにお住まいなんですね。
そうそう。小さいときから、母が劇場をやってるのを手伝ってて。でも、早くに母が亡くなっちゃったの。そのあとしばらく父名義でやってたんだけど、私の代になってからはまだ12年ぐらいかな。
売店内には、二代目劇場主に当たるおかみさんのお母さんの写真が飾られている。
――子どものときとか、学校から帰ってくるとここで公演してたりしたんですか。
学校から帰ってきた時刻には公演してなかった。ていうのは、今は土日は昼公演があるけど、20年ぐらい前までは全部、夜公演だけだったの。古い劇団がいっぱい来てた。でも、もう劇団さんも無くなってきちゃったり、劇団さんの名前も変わっちゃったり…。それから、みんな子どもが継いでるでしょう。おじいちゃんたちがやってて、息子さんたちがやってて、で、今子どもたちがやってるでしょう。
――昔公演してた劇団さんが、子どもの代になってここに戻ってきたりしてるんでしょうか。
そういう人もたくさんいますよ。三代続けて来てるとか。ほら、今飛ぶ鳥落とす勢いの松川小祐司(「新喜楽座」)。あの人はお父さんがやってて、おじいちゃんもやってたの。昔は「劇団松」って名前だった。あと旗丈司さんの前の劇団、なんて名前だったかな…
――「新演美座」ですか?
あ、そうそう。そこから「劇団喜楽」に変わったの。で、その後また「新喜楽座」に変わったの。
大島劇場とは代々縁深い新喜楽座・松川小祐司座長
♪私はいつもあなたに言った 別れ話はみっともないわ♪…インタビュー中も、舞台では役者さんの歌う『カサブランカ・グッバイ』が響いている。ふと高齢のお客さんが一人立ち上がり、売店のほうへやってきた。おかみさんと筆者の背後で、従業員さんが接客に立つ。
「レイをあげたいんだけど、どの色がいいかね、あの座長さんにあげるの」とお客さんはしばし考え、「うん、赤、赤がいいかな」と赤のレイを一本購入していった。
「手抜きすると、お客さんみんなにわかる」
――ここのお客さんは、地元の常連さんが多いんですか?
そうでもないかな。劇団さんによって、遠くからもお客さんが来るの。北海道とか、静岡とか、大阪とか…。
――そうなんですか!てっきり地元の常連さんで構成されてるイメージだったので…
もちろん、劇場についてるお客さんもいます。この近くからだと幸区とか、横浜とか、蒲田とか…まあ近くって言えば近くかな。うちは(平日は)夜しかやってないから…。
――帰りが遅くなっちゃいますもんね。初乗り(初めてその劇場で公演する)の劇団さんだと、なかなかお客さんに根付かないかなーと思ったりもするんですけど…
新しく来ても、どんどん色んなことやって、すごい人気になる劇団さんもありますよ。
――おかみさんから見て、人気が出る劇団さんっていうのは、どういった特長があるんでしょうか。
手抜きしないこと。うちはほら、決して大きい劇場じゃないけど、手抜きすると途端にお客さんみんなにわかるから。
――客席には、本当にそういうことってよくわかりますよね…。
たとえば公演先が健康センターの場合は、お風呂入ったりご飯食べたりして観るところだけど…。劇場はそういうとこじゃないのよ。劇場は、お芝居しかやらないんだから。だからセンターのほうが楽な面もあるけど、劇場に乗ってお芝居を一生懸命やるっていう劇団は伸びる。お客さんも入る。
――たとえば、月の初旬はお客さんがぽつぽつしかいなくても、一生懸命やる劇団もありますもんね。
そう、一生懸命やる人はたくさんいますよ。そういう劇団は、次来たときが、もうすごい人気。おひねりもよく付くしね。
――舞台でちゃんとやったら、返ってくるんですね。
もちろん!そこがわかってるのは大事なことよ。
「お芝居がメインじゃないと」
――大島劇場って、畳なのに勾配がつけてありますよね。
それは、母がそういう風にしたの。一度劇場を直すときに、瀬川伸太郎さん(「不二浪劇団」座長。現在は「章劇」で活躍中)のお父さんが、畳が斜めになるとお客さんが観やすいよって母に言ったらしいの。
――そのアドバイスを元にされたんですね。珍しいし、すごい貴重だと思うんです。
有名みたいね(笑) 前に転げていっちゃうとか。畳を椅子に変える予定はないの。他の劇場はみんな椅子にしたりとかしてるんだけど、うちは、私がやっている間は畳と思ってる。私がすごい小さい頃はね…豆炭て知らないよね?
――聞いたことはあります。
豆炭とか火鉢をお客さんに貸してたの。映画館でも何でも、冷暖房なんかないのが当たり前の時代だったのよ。
――おかみさんが子どもの時代と比べて、大衆演劇ってだいぶ変わりました?
もう変わった、変わった。昔はもっとお芝居がメインだったの。
――舞踊ショーがどんどん重要になってきたんでしょうか…
そういうところもあるし…変わってきてる。でもやっぱり、お芝居がメインじゃないとって思う。
――逆に、今公演してらっしゃる劇団さんで、昔と同じくらいお芝居大事にされてるっていうところもありますよね。
たくさんある。たとえば「章劇」とか…
章劇・澤村蓮座長 AKOさん撮影
――「章劇」さんも大島劇場に乗りますよね。
来ますよ、組合(東京大衆演劇劇場協会)の劇団だから。それからそうね、一見さん(「一見劇団」)とか、新(「劇団新」)とか、美鳳(「劇団美鳳」)とか…みんな組合なんで、うちの劇場にも来ます。
一見劇団・一見好太郎座長
劇団新・龍新座長
劇団美鳳・紫鳳友也座長 hugmeさん撮影
――なるほど…お芝居に力を入れる劇団さんは、やっぱり人気も出てくるんでしょうね。
うん。全然いい加減なことしないから。かっこいい踊りもいいけど、そういうのばっかりでは劇場は無理なの。お芝居をやらないと。ねぇこれ、よかったらどうぞ。
――甘酒ですか! お言葉に甘えて、いただきます。お話、ありがとうございました。
舞踊ショーの途中で、前売り券販売(※)が始まった。
「2枚ですね。ありがとうございます!」
役者さんが舞台を降りて、客席を回りながら券を売る。常連とおぼしき男性客が財布を取り出すと、「お父さんすいませんね、いつもありがとうございます」と役者さんが笑顔を浮かべた。
※前売り券…買っておくと、正規の入場料よりお得な価格で入場することができる。当月のみ使用可能。販売形態は劇団による。
売店内に視線を戻すと、土曜日担当の女性従業員さんがいた。従業員さんは、どんな思いで働かれているのだろう? お話を聞かせてくれるよう、お願いしたところ、快諾してくれた。
従業員さんの話「アットホームな憩いの場」
――このお仕事はいつからされてるんでしょうか?
2年半くらいですね。その前はお客として観に来ていたので。
――働こうと思ったきっかけって何でしょうか?
休みの日に、ストレス発散というか、楽しみで。ちょうど募集中っていうのをおかみさんから聞いて、週一回でも二回でもどうかな?って声かけていただいて。好きな観劇なんで、良いなと思って。
――やってみて、お客さんとして観てるときとのギャップってありますか?
お客さんとして来ていると、良いところ、華やかな場面しか見えないじゃないですか。でも練習しているところとか、始まる前に準備したりとか、終わってから着物畳んだりとかっていうのも見て…。それから雨の日とか雪の日とか、お客さんの入りは日によります。役者さんも大変だし、劇場側が場を保っていく大変さもあるっていうのをすごく感じますね。両方とも大変なんだなって。だから一か月間、お互いに協力します。
―― 一か月間一緒にやると、信頼関係ができたりします?
そうですね。最初は挨拶から始まって、一緒にやっていきます。主におかみさんが先頭になってくれて。あと、毎年乗ってる劇団さんはおかみさんとすでに信頼関係もありますから。「章劇」とか、駒三郎さん(「劇団駒三郎」)とか…。
――大衆演劇は、どれぐらい観てらっしゃるんでしょうか?
初めて来たのは、母の友達が好きで、一緒に連れて来てもらったんです。毎月劇団が変わるっていうのを知らなかったので、すごいな、変わるんだーと思って。色んな劇団があるのがまた魅力的だったり。
――大衆演劇の魅力ってどんなところだと思われますか?
昔の日本文化を大切にしてますよね、お着物とか。それからお芝居。どちらかというとお芝居が大好きで…。ここ(売店内)から観たり、そこ(売店外側)で観たりしてます。
――じゃあ、大島劇場の魅力って何でしょうか?
大島劇場の『昔ながらの大衆演劇の小屋』という、昭和の雰囲気が大好きです。舞台と客席の距離が本当に近くて、役者さんとの親近感がありますよね。持ち込みもOKなので、食べたり飲んだりしながら観れるのは嬉しいですね。子どもからお祖父ちゃんお祖母ちゃんまで、老若男女問わず楽しめるのが大衆演劇の魅力だと思います。あと初めて観に来る方や、一人で観に来る方も多くて、お客さん同士、劇場内で会話も弾んでいます。
――常連さんとかだと、本当に毎日なんでしょうか、ここに来るたびにお見かけする方もいますね。
家でテレビ観てるよりは、ここで少しでも笑ったり泣いたり、知り合う人たちがいたり。
――そういう触れ合い…客席のぬくもりがあるんですね。
そうですね、ぬくもりがあります。こういう劇場を大切に、広めていきたいですよね。いつまでも小屋を失くさないで。他のセンターさんとかで、閉館になったりしてるところもあるので。
――関東は特に、相次いで閉館してますよね。
いくら良い劇団でも、場所がないと披露できないですから…。地元のお客さんは月の半分や毎日観に来る方もいらっしゃいまして、アットホームな憩いの場でもあります。ぜひ一度観に来て下さい!
温かな雰囲気の中、舞踊ショーでは一人一人の演者に拍手が贈られる。
21:30、夜の部終演。おかみさんが売店の前に立ち、「ありがとうございました」と、お客さん一人一人に挨拶する。従業員さんは、座布団・座椅子をテキパキと片付けている。お客さんたちは「また今度ね」と声をかけて帰っていく。
寒空の下、「追分」のバス停まで歩くと、さっきまで劇場にいたお客さんたちも川崎駅に向かうバスを待っていた。
「次に来れるのは火曜かな」
「私は来週は厳しい~…でも一回は来たいな。今日の座長の青い着物の女形、きれいだったね、ほらこれ」
デジカメの写真を見せ合いながら、話が弾んでいるようだ。
ここまで読んでいただき、一度大島劇場を訪れてみたいと思われた方へ。JR川崎駅からの行き方は以下の通り。
駅の東口を出て、バス乗り場へ。
7番乗り場から臨港バス「川23大師行き」あるいは、8番乗り場から臨港バス「川22三井埠頭行き」に乗る(画像は川23大師行き)。どちらも約10分に1本の頻度で来る。
川崎駅から6つ目のバス停「追分」で降りる。乗ってきたバスの進行方向と同じ方向に、3分ほど歩く。
「渡邊外科・内科」の看板を目印に左折する。曲がると右手に劇場が見えてくる。
「元日からもう公演が始まるから…なかなか休みのない商売ね」
と、おかみさんは笑って話していた。小さな劇場を代々守ってきた人々がいる。明けたばかりの2017年は、劇場にとって68年目だ。
冒頭に登場した常連の男性が、劇場の一番好きなエピソードを教えてくれた。ある役者さんいわく、劇団員の食事を楽屋裏で作ることがある。まな板の上で包丁を使うときは、まず舞台に耳を澄ませる。芝居の静かな場面では手を止め、音が出ている場面でトントンと包丁を使うそうだ。
「旅役者の生活とお客さんの生活が交わるところ、それが大島劇場です」
ひっそり日々を積み重ね、芝居小屋は続いていく。
期間:1/1(日)~1/29(日)夜の部まで
会場:大島劇場 公式サイト
日程:土・日・祝祭日は昼夜2回公演 平日は夜の部のみ
休演日:未定、要問合せ
時間:昼の部13:00~16:00 夜の部:18:00~21:30
料金:大人1600円 小人900円
座布団1枚100円 座椅子1台100円
問い合わせ先:044-222-8809
神奈川県川崎市川崎区大島町2-16-1
●JR東海道線「川崎駅」よりタクシー5分
●横羽線「川崎大師IC」より産業道路を直進10分
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