『ロマン・チェシレヴィチ 鏡像への狂気』にみる、ポスター王国ポーランドの突出したグラフィックデザイン

レポート
アート
2017.5.22

画像を全て表示(19件)
ギンザ・グラフィック・ギャラリー(ggg)にて、『ロマン・チェシレヴィチ 鏡像への狂気』(会期: 2017年05月15日~6月24日)が開幕した。

会場風景

会場風景


会場風景

会場風景

ロマン・チェシレヴィチ(1930~1996)は、極めて水準の高いポスターやコラージュ作品を数多く制作した、ポーランドを代表するグラフィックデザイナーである。50年代後半はポーランド・ポスター芸術派として、60年代後半にはファッション雑誌『ELLE』や『VOGUE』で斬新なエディトリアルデザインを提案するなど、グラフィックデザインやアート領域に多大な影響を及ぼした。

会場風景

会場風景


会場風景

会場風景

日本初となる本展では、ポズナン国立美術館の貴重な収蔵作品から、ポスター122点、コラージュ29点、雑誌・その他グラフィック作品38点を一挙公開。前衛的なグラフィックデザインの世界を切り開き、21世紀への引き金になった実験精神あふれる作品を通して、チェシレヴィチの本質に迫る。

会場風景

会場風景

「狂気のバキューム〔真空〕」と評される手法

左から 〈Poster〉1971 目の汚染に対してズームせよ〔髭のある顔〕、〈Poster〉1971 目の汚染に対してズームせよ

左から 〈Poster〉1971 目の汚染に対してズームせよ〔髭のある顔〕、〈Poster〉1971 目の汚染に対してズームせよ


シンメトリカル・シリーズ:ZOOM1/1971年 部分

シンメトリカル・シリーズ:ZOOM1/1971年 部分

チェシレヴィチは、全体を左右両側から押し込み、シンメトリーを維持しながら中央部を消失させていく鏡像を駆使した手法を開拓した。そうして作られた作品には、徹底したシンメトリーの美しさと、あるべきはずの部位の消失がもたらす不安が共存する。本展を監修した矢萩喜從郎が「目には見えない奥行きが隠されている」と記したこの新境地の手法は、観る者を揺さぶる圧倒的な力強さを作品に与えているといえよう。

消失ギリギリの絶妙な臨界点で魅せるチェシレヴィチの傑出したバランス感覚は、究極の引き算のようにも見える。抑制された画面構成とモノクロームの静謐さが相まって、これ以上ない緊張感がもたらされるのだ。矢萩はチェシレヴィチのスタイルを「狂気のバキューム〔真空〕」とも評している。

〈Exhibition Poster〉1974 男とその足跡/パリ市立近代美術館

〈Exhibition Poster〉1974 男とその足跡/パリ市立近代美術館

「顔」が表現するもの

本展のメインビジュアルはもとより、展示作品全体を見渡しても「顔」のビジュアルがひときわ目立つ。チェシレヴィチ作品に限らず、ポーランド・ポスターには「顔」が描かれることが多いといわれており、その傾向は不思議とどの時代においても共通しているようだ。

「顔」は、人々が共有する不満や欲望、そして生きる喜びのアレゴリーやメタファーとして描かれている。それこそ鏡像のような、いかにも不可解な「顔」と対峙したときには、しばらくその絵に引き込まれ、作品との対話を余儀なくされる。そして「顔」に込められた、決して表には出せない社会批判や政治批判といった隠れたメッセージを深読みせずにはいられなくなるのだ。

ポスター芸術を牽引する、ポーランド

ヒッチコックの『めまい』においても、カフカの『審判』においても、一見それが何のポスターなのかがわからない。だが、そこがまた面白くもある。元の映画や演劇の内容から想起されるであろうイメージの臨界点を遥かに飛び越えて、独立したアートとして洗練され、完成されているのだ。

その独特な面白さはポーランドの映画ポスター全般にもみてとれる。スチール写真を一切使うことなく作られるポーランド版ポスターは、厳選されたデザイナーにより制作されており、コレクターからも熱烈な支持を受けているのだとか。

ポーランド抜きにポスターデザインを語ることはできない。そういっても過言ではないことは、世界的に名誉のあるアートコンペ『ワルシャワ国際ポスタービエンナーレ』の存在がものがたっている。同ビエンナーレで、チェシレヴィチは1972年にグランプリを受賞しており、日本からも亀倉雄策、福田繁雄、横尾忠則といったデザイン史に欠かせない面々が受賞している。

『ワルシャワ国際ポスタービエンナーレ』は、設立から50年経ったいまでもデザイナーの登竜門として確固たる地位を築いている。そこには、ポーランドが世界のポスター芸術を牽引してきたという紛れもない事実がある。

共産主義があったからこそ

ではなぜポーランドでは独自色の強いポスターデザインが発展を遂げてきたのか? その答えを知るのには、この国の複雑な歴史背景を知る必要がある。

100年以上続いた分割統治、第二次世界大戦でドイツ軍侵攻による甚大な被害と迫害、そして終戦後ソ連の影響下で共産主義へと突入――。厳しい時代の波が押し寄せる中、画家は独自の表現方法を追い求めた。そのひとつがポスターだったのである。

ポスターは他の芸術分野に比べ政府の検閲が緩やかだったため、多くの画家が前途を見出し、ポスターの絵画的要素が強まっていった。市場競争のない共産主義体制が、商業性よりも芸術性を重視したデザインの量産を可能にした側面もあった。

ポーランド・ポスターにみられる、異彩を放つ隠喩に満ちた絵画的な表現。この隠喩表現は、政府の規制をかいくぐる何よりも有効な手段だったのである。1950~60年代にかけて制作されたこれらのポスターは海外からも高く評価され、世界的な注目を浴びるようになった。「ポーランド派」の誕生であり、ポーランド・ポスターの黄金期であった。

1989年の民主化以降、社会の仕組みは大きく変化するが、それでもなおポスター芸術の系譜は現代にいたるまで脈々と受け継がれている。本展は、その一端を担う20世紀の激動を体感できるまたとない機会である。

イベント情報
ロマン・チェシレヴィチ 鏡像への狂気

会期:2017年05月15日~6月24日
会場:東京都中央区銀座7-7-2 DNP銀座ビル1F / B1F
ギンザ・グラフィック・ギャラリー(ggg)
TEL:03-3571-5206/FAX:03-3289-1389
11:00am-7:00pm
日曜・祝日休館/入場料無料
http://www.dnp.co.jp/CGI/gallery/schedule/detail.cgi?l=1&t=1&seq=00000701
シェア / 保存先を選択