佐藤直樹インタビュー 初の個展『秘境の東京、そこで生えている』が魅せる、未だかつてない試みとは?

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佐藤直樹

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アートディレクター・デザイナーとして長く活動を続けてきた佐藤直樹。そんな彼が2013年頃から木炭を使って身近な植物を描くシリーズを紹介する初の大型個展『秘境の東京、そこで生えている』が、アーツ千代田3331のメインギャラリーで4月30日(日)〜6月11日(日)の期間、開催されている。本展は横86メートルに達したパノラマ作品をはじめ、30メートルを超える新作を展示しているもので、そのダイナミックな描写力と迫力で話題を呼んでいる。そこで今回、アートディレクターから近年はその活動の重心を画家へと移している佐藤直樹本人に、今回の展覧会を開催するに至った経緯と画家としての創造の原点についてインタビュー取材を行った。

 

――今回メインで展示されているパノラマ作品ですが、こちらの制作はいつ頃からスタートされたのでしょうか?

今からちょうど3年前、2014年頃からですね。当時僕はここ(アーツ千代田3331)のスペースの一角を借りて絵を描いていたんですが、ある時この建物の前に生えていた桜の木がふと目に留まって、何となく描き始めてみようと思ったところからスタートしました。でも当初何か大きな決意のもとに始めたわけではなかったので、あれ以来手探りの状態がずっと続いているんです。ただその一方で、無心でひたすら板に向かっているうちにどんどんのめり込んで止まらなくなっている自分もいて。ふと気づいたら植物たちはこんなにも伸びて、ギャラリーを横一面に埋めるくらいにまで増殖していたんです。

――当初はこういったかたちになることは、想定していなかったと。
 
そうですね。最初は高さ1.8m、横0.9mのあくまで一枚の板に木炭を使って絵を描くところから始まっているので、まさかこんな風になるなんて、全く想像もしていなかったです。そもそも当の本人が、どこに向かって描いているのかも見えていなかったくらいですから。でも制作を続けて一枚一枚作品が出来上がるにつれて、おぼろげながらも形らしきものが見えてきたんです。そんなタイミングで、このプロジェクトを応援してくれている中村政人さんが「これ、つなぎ合わせて展示したら絶対おもしろいことになるよ」と言ってくださって、こうして展覧会を開くことになったんです。

――そうだったのですね。それではまずは、佐藤さんが絵を描くきっかけとなった出来事についてお聞かせいただけますか? もともとアートディレクターとしてご活躍されていた佐藤さんが、画家として活動をスタートされた経緯は、読者のみなさん非常に興味深い部分でもあると思うのですが。

今回初個展をすることになって、同じことをいろいろな方に聞かれるんですけれども、なかなかしっくりくる言葉が見つからなくて(笑)。ただ、さかのぼってみれば子どもの頃から絵はずっと好きでしたし、まだアートディレクターになる前には美学校に通って絵を学んでいたこともあったんです。そういう意味では単に自覚がないだけで、そうやって昔植えた種のようなものが、潜在的にふと芽吹いた感じはあるかも知れないですよね。でも残念ながら当時は全く描ける気もしなかったですし、絵が職業に結びつくわけではないことも冷静に悟ってしまったので……。だから20代のわりと早い段階で、僕のなかで一旦絵というものは終わっているんです。

――ではそれから後になって、何か象徴的な転機が訪れたということでしょうか?

いえ、それほど劇的なことがあったわけでもなくて。ただ2009年にデザイナーとしてのキャリアを生かして『絵と美と画と術』という講座を美学校で始めることになったんですけど、これが下地になっていることは間違いないですね。この講座自体もともと2007年頃に仲間と立ち上げた絵画部での活動がもとになっているんですが、おそらくその頃からでしょうね。徐々に絵に引き戻される現象というか、自分が講座をする以上はいよいよ絵のことを考えざるをえない、向かわざるをえないような状況が発生してしまったんだと思います。

それからその後2010年には、アーツ千代田の立ち上げの際にデザインディレクターとして就任することになりまして。この時はオープニング記念としてグラフィックデザイナーの大原大次郎くんと一緒に『文字と即興』という展覧会をすることになったんですが、それを見た荻窪のブックカフェ・6次元のナカムラクニオさんが「うちでも何かやれない?」って声をかけてくれて。今思えば、これも一つの大きな転機でしたね。その時僕は「別の場所でやるのであれば、同じことをしてもしょうがない。だったら別のことをしよう」と思ってぼんやり考えていたんですけれど、そのなかで僕は再び、荻窪を歩き始めるようになったんです。

――「荻窪を再び歩くように」。それはどういうことでしょうか?

実は荻窪は僕が中学校の頃に、当時住んでいた大阪から東京へ越してきて、たった一人で降り立った地なんです。当時は非常に多感な時期でもあったので僕なりにいろんなことを感じ取っていたと思うんだけれども、そういう昔の記憶をたどっていったら何か見えてくるかもしれないと思って、昔自分の住んでいた家に向かって、もう一度歩いてみることにしたんです。そうやってあてどなく歩き続けて、古い家屋や何気なく生えている草花をスケッチしていくうちに、ある時ふと思ったんです。「ああ、これだったら自分にも絵が描けるかも知れない」と。

――その時にかすかな、でも確かな手応えのようなものがあったんですね。

はい。記憶がおぼろげになっている部分もあったので、僕の描き留めていたものが果たして過去の記憶からきているものなのか、それとも今現実に目の前にあらわれているものなのか、非常に混沌とした状態ではあったんですけれども。でもあの時たしかに、ずっと眠っていた記憶の底から何か大切なものが不意に飛び出してきたような感覚がありました。だから過去の記憶や目を閉じて浮かんでくる心象風景をたどりながらも、同時に今目の前に広がっている現実を記録していくことができれば、潜在的に僕がずっと求め続けてきた、自分にとっての絵のスタイルのようなものが見えてくるかも知れない、と思ったんです。

会場では、佐藤による制作の様子を撮影した動画も公開されている。

会場では、佐藤による制作の様子を撮影した動画も公開されている。

――記憶とも現実ともつかない、その狭間で揺れ動いてる原初的な何かがあるからこそ、こうしたスタイルにつながっているのでしょうね。妙にリアリティがあるのに、同時に夢の世界にふと迷い込んでしまった不思議な感覚を覚えるのは、佐藤さんご自身にそうした背景があったからなのだと、腑に落ちた気がします。

ありがとうございます。でも正直なところ、リアリティを追求していったら現実の方がずっと情報量も多いわけで、その美しさにはどうしたってかなわないんですよ。仮にそれを絵で表現しようと思ったら、ものすごい描写力が必要とされるわけですし。逆に一本の美しい線をすっと引いてミニマムを極めていったり対象をデフォルメしたりする表現はどうかというと、それだって僕のなかにあるとは到底思えない。とはいえ、少なくとも見てくださる方が、目の前の絵が何を表現しているのかわかる、ギリギリのところまでは引き込んでいると思うんですよね。たとえばこのドクダミだって本当はもっと葉っぱがたくさんあって、花だってもっと多いわけだけれども「あっこれ、どこかで見たことがある!」とか「ここはもっとこういう感じで、こうだったよね」っていうふうに、参加してもらえるようになっていると思うんです。だから絵を見てくださる方は、見ることによって僕の絵に足りない部分を埋め合わせてくれているんじゃないか、あるいは、この絵はそうやって見られることによってはじめて完成するんじゃないか、と。最近ではそんな風に思えるようになってきたんです。

――たしかに。なぜかどうしようもなく引き込まれてしまうのは、見る人に委ねている部分がある、何かしらの余地が残されているからなのかも知れないですね。

はい、もちろんそれは意図してやっているわけではないんですけれども。でもこの絵をじかに体験していただくことで、その人の過去の記憶がふと呼び覚まされたり、想像力を喚起するものであったとしたら嬉しいですよね。この作品は制作を始めてから3年経ちますけど、まだまだ変化していくと思うし、今後何が飛び出すかわからないという期待感もある。だからその衝動は自分で勝手に止めてはいけないと思うし、まだまだ続けていこうと思っています。

――今後がますます楽しみですね! それでは最後に読者の皆さんにメッセージをお願いいたします。

この作品ははじめから完成形が見えているわけではないのに、今もこうして横にずっと伸び続けている。会期中には150mの壁を埋め尽くす予定ですが、そういった意味でも展覧会の成り立ちもプロセスも普通じゃないんです(笑)。だからこそはじめは少し勇気がいるかも知れないけれど、ぜひ一人でも多くの方にこの場に足を運んで見ていただきたいと思いますね。それから会期中にここで行うイベントも必見です! こちらもジャンルを超えたコラボレーションで、まさにここでしか体験できないことだと思うので、ぜひあわせてチェックしてみてください。

イベント情報
佐藤直樹個展『秘境の東京、そこで生えている』​

日時:2017年4月30日(日)〜6月11日(日)
会場:アーツ千代田3331(1階メインギャラリー)
時間:12:00〜19:00 火曜休
※ 5月27日(土)、6月3日(土)はイベントのため18:00閉場
詳細はこちらからご確認ください。http://ithasgrown.com/
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