中村 中 自分の感情表現のためから誰かのための歌へ、10周年のクライマックスで魅せた天晴れなステージ
中村 中 10TH ANNIVERSARY SHOW“天晴れ!我は天の邪鬼なり”
10TH ANNIVERSARY SHOW“天晴れ!我は天の邪鬼なり”
2017.5.20(SAT)東京国際フォーラム・ホールC
シンガーソングライターの中村 中が5月20日、東京国際フォーラム・ホールCにて単独公演『10TH ANNIVERSARY SHOW“天晴れ!我は天の邪鬼なり”』を開催した。バンドを従え、中村自身もアコギにピアノ、エレキ、ベース、ドラムまで自ら演奏するというマルチプレイヤーぶりを発揮しながら歌った2時間45分。自分の感情を表現するためだけにあった歌が、たくさんの人との出会いを通して、誰かのため、さらには世の中のための歌へと広がっていった姿を楽曲で振り返った、まさに10周年のクライマックスを飾るにふさわしいショーとなった本公演をレポートする。
開演前、入り口には役者、ミュージシャンなど多数の関係者から送られたスタンド花が並び、ロビーのグッズコーナーの横には歴代の中村のポスターが年代ごとにずらり一面にディスプレイされていて、会場はアニバーサリーライブならではの華やかさに包まれていた。開演時間を少し過ぎて、場内は暗転。SEとともに4人のバンドメンバーが現れ、最後に中村が登場。SEが途切れ、静寂に包まれた場内。すその長さが不揃いの真っ赤なマキシ丈ワンピースに、10cm以はありそうな厚底サンダル。頭にツノをはやした中村がスーッっと息を吸う。その生々しいブレス音に場内の緊張がマックスに高まったところで、中村がアコギをかき鳴らし「不良少年」でショーは開幕。
中村 中 10TH ANNIVERSARY SHOW“天晴れ!我は天の邪鬼なり”
観客は着席したまま、じっと歌唱に聴き入る。J-POP風な「チューインガム」は透明感あるフェミニンな声、続いて<自分の弱さを捨てたい>と歌い上げる「世界が燃え尽きるまで」はパワフルな声など、序盤から曲ごとに声を使い分け、中村はさっそく観客たちをステージに引き込んでいく。短い挨拶に続いて「みなさん、ショーの間は素直になって日頃のすべての鬱憤を出して下さい。それを吸い上げて私が歌にします。そうやって綺麗になって帰りましょう」とライブに向かう心構えを解説。
そして、アコギを置くと歌で客席と対峙。「ちぎれ雲」、「台風警報」、「鳥の群れ」と物語性の強いディープな歌を、あの華奢な身体からは想像できないほどのエネルギッシュな熱量を爆発させ、歌い放っていく。ため息交じりの神妙な吐息、意味深な曲の間、指先をゆっくりとしならせたり、ワンピースの裾をパッとはらったり、中村は曲ごとに歌の主人公を演じるようにシアトリカルなパフォーマンスを繰り出す。聞き手の胸、脳裏、記憶、すべてに迫りくるようなパワフルな歌を粛々と歌い続ける中村と、それをものすごい集中力で受け止める観客。それぞれの内面であらゆる感情が静かに燃え上がり、たちまち場内には悲しさ、羨ましさ、怒り、妬み……といった凄まじいほどのネガティブな情念があふれかえっていく様は、他ではなかなか体験できない中村のライブならではの光景だと改めて実感。
その後は、これまでの10年を振り返るちょっと長めのトークを挟んで、場内に生まれた重たい空気を浄化していく。そこでは「この10年で私は怒りをエネルギーにするタイプだと自覚した」と話し、これからはそのエネルギーをいい方向に転換するためにも、人の痛みを汲み取れる人間になってやさしさに変えていきたいと想いを語った。しかし、そういった直後に「できるかなぁ(苦笑)」と笑顔を浮かべる中村は、さっきまで情念をパワフルに歌い放っていた人とは別人のようにとってもチャーミングだった。いじめをテーマに描いた「ここにいるよ」、切実な想いを重たくない言葉の裏に潜めた「思い出とかでいいんだ」、スライドギターが夏の匂いを呼び込み、<私なら逃げたりしないよ>と語りかける「裸電球」を続けて歌ったパートでは、パワフルな声は封印。ここでは、自分の気持ちや考えを相手に強く主張できない、世の中の弱者の立場にある者たちの心にうごめく痛み、感情を汲み取った楽曲を、やわらかな歌声を使って当事者の隣りに寄り添うような距離感でそっと、丁寧に届け、歌を通して観客一人ひとりをやさしく抱きしめていった。
中村 中 10TH ANNIVERSARY SHOW“天晴れ!我は天の邪鬼なり”
このように、この10年間様々な歌を歌ってきた中村だが、シンガー・中村 中のパブリックイメージといえば、やはりいまだに自身のセクシャリティーを公表した2ndシングル「友達の詩」にある。「あそこで悲しみの象徴みたいなイメージがついたみたいで、いまだに初めて会う人には“イメージと違って普通に明るい人なんですね”と驚かれる」というエピソードを話し、観客を笑わせた。そして「昔は自分のために歌ってましたけど、いまはむしろ誰かのため。そこに責任感も感じるようになりました」といい、このあとは自らピアノの弾き語りでサイモン&ガーファンクルのカバー「サウンド・オブ・サイレンス」をアクト。2コーラス目は中村による日本語の訳詞で披露され、続く自身の大曲「戦争を知らない僕らの戦争」と合わせ、不安定な世の中、世界に目を向けずに平然と生きている私たちの危うさを、曲を通して浮き彫りにしていった。さらに続けて、その根源に宿る「友達の詩」、「闇のまん中」をパフォーマンス。秀逸だったのは「闇のまん中」を全編打ち込みのエレクトロなサウンドにして、その中で歌い踊る中村を照明係の人が手に持ったサーチライトで照していった演出。デジタルとアナログを融合させた演出は、SNSだけで成立してしまう現代社会の人間関係に警鐘を鳴らしているようにも見えた。
中村 中 10TH ANNIVERSARY SHOW“天晴れ!我は天の邪鬼なり”
この後はショーも後半へ突入。照明が暗転し、ステージ後方からもう1台ドラムがせり出してきたと思ったら、なんとそこには衣装替えした中村が! 「いくぞー!」という掛け声でファンは狂乱。ツインドラムが響き渡る中「汚れた下着」が始まると、観客はこの日初めて総立ちになる。中村が叩くドラムに合わせて観客がハンドクラップを返すというコール&レスポンスで、場内のテンションは急激にアップ。「みんな今日はどこから来たの?」「イェ(家)ー!」(笑)というコールで盛り上げ、中村はドラムをベースにチェンジ。グルーヴィーなベースを鳴らしながら「DONE! DONE!」、さらにはベースをエレキギターに持ち替え、ソリッドなギターリフからアッパーなロックチューン「旅人だもの」を演奏しながら歌ってみせ、中村ならではのマルチな才能でファンを大いに楽しませて「東京、天晴れーー!!」と客席で盛り上がるファンを讃えた。
「10年間、こうやって喜んでくれる人、待っててくれる人がいてくれたからこそ続けてこれたんだと思うし。生まれてきた甲斐があったなと思います」。最後に10年分の感謝の想いをファンに真摯に伝えて、「中村 中と書いて、上から読んでも下から読んでも中村 中でした」といういつもの自己紹介で締めくくり、10周年のラストは名曲「さよなら十代」でショーを感動的に締めくくった。
中村 中 10TH ANNIVERSARY SHOW“天晴れ!我は天の邪鬼なり”
「残業!」「残業!」という中村のライブならではのアンコールを受け、バンドメンバーが再び舞台に登場。アンコールショーは「駆け足の生き様」からスタート。曲中みんなが手に持ったタオルではなくハンカチを一斉に振るという、こちらも中村オリジナルのフリが楽しめる「未練通り」を踊り、そうして迎えた最後。6月21日に発売する中村が舞台で歌う劇中歌を集めたニューアルバム『ベター・ハーフ』から「愛されたい」を歌い、11年目のスタートをきってショーの最後を締めくくってみせた中村 中。
アルバム発売後は、すぐに舞台『ベター・ハーフ』の再演。さらに、8月からはアルバムリリースを受けての全国ツアー『ピアノセッション 十の指2017~かたわれを求めて~』も始まる。11年目もこの勢いを止めることなく、中村は駆け足で生きていくことになりそうだ。
取材・文=東條祥恵
中村 中 10TH ANNIVERSARY SHOW“天晴れ!我は天の邪鬼なり”
2017.5.20 東京国際フォーラム・ホールC
02. チューインガム
03. 世界が燃え尽きるまで
04. 真夜中のシンデレラ
05. ちぎれ雲
06. 台風警報
07. 鳥の群れ
08. ここにいるよ
09. 思い出とかでいいんだ
10. 裸電球
11. SOUND OF SILENCE
12. 戦争を知らない僕らの戦争
13. 友達の詩
14. 闇のまん中
15. 汚れた下着
16. DONE! DONE!
17. 旅人だもの
18. さよなら十代
<ENCORE>
19. 駆け足の生き様
20. 未練通り
21. 愛されたい
2017年6月21日発売
TECI-1546 ¥1,852+税
<収録曲>
1.たとえばぼくが死んだら(森田童子)
2.誕生(中島みゆき)
3.愛されたい(中村 中)
4.愛してる(橘いずみ)
5.サン・トワ・マミー(サルヴァトール・アダモ)
8.26(土)福岡 Gate’s 7
8.27(日)大阪 umeda TRAD(前umeda Akaso)
9.2(土) 千葉 成田市文化芸術センター スカイタウンホール
9.3(日) 名古屋 ボトムライン
9.9(土) 静岡 Live House浜松 窓枠
9.10(日)福井 福井響のホール
9.16(土)長野 長野市芸術館 アクトスペース
<出演> 中村 中(ボーカル、ピアノ、ギター)、石田 純(ベース)、平里修一(ドラム)
≫東京公演 2017.06.25-07.17
≫名古屋公演 2017.07.21-07.22
≫福岡公演 2017.07.28-07.30
≫大阪公演 2017.08.05-08.06
http://betterhalf.thirdstage.com/