魔都・上海へようこそ!~音楽劇『魔都夜曲』にハマるためのビギナーズガイド

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来たる2017年7月7日(金)から、Bunkamuraシアターコクーンにて音楽劇『魔都夜曲』の幕があがる。

舞台は1939年の上海。“魔都”とも称されたこの都市に一人の男が降り立つ。男の名は白河清隆(藤木直人)。公家の血を引き、父は政府の要人という清隆の前に、ある二人の兄妹が現れる。中国人の父と日本人の母を持つ、周志強(チョウ・チーチャン/小西遼生)、周紅花(チョウ・ホンファ/マイコ)。清隆と二人の間には次第に友情が生まれ、清楚な外見の一方で自由奔放な紅花にいつしか惹かれる清隆。だが、二人の恋には、それぞれの宿命が待っており……。ときは第二次世界大戦前夜。清隆も、彼の存在自体が持つ宿命により、いやがおうにも歴史の大きな波に巻きこまれていく――。

――という本作のあらすじですが、この時代をリアルタイムで体感した方でも今や70代以上。記憶や体験の引継ぎはもはや難しい状況かと思います。そこで、音楽劇『魔都夜曲』をより楽しむために、時代背景や本作と切り離せない実在の人物、キーワードから、当時の「上海」はどのような街だったのかを駆け足で紹介します。

■魔都・上海ができるまで

現在の中国・モンゴルという巨大な領土をおさめていた清王朝が、1840年に勃発したイギリスとのアヘン戦争、そして1894年に勃発した日清戦争にも敗北すると、諸外国が次々と中国本土に押し寄せ、国土の沿岸の要所を租借、半植民地化します。また国内でも清王朝の弱体化と共に、民族の独立運動、革命運動が激化。南京に孫文(そんぶん)を臨時大総統とした中華民国が樹立すると、清王朝は1912年、最後の皇帝(愛新覚羅 溥儀/あいしんかくら ふぎ)の退位をもって300年近い歴史に幕を下ろします。中華民国は共和制をもってスタートしましたが、清王朝崩壊後に強大な力を得た袁世凱(えんせいがい)が権力を拡大し、ついに袁がこれまでの王朝のように皇帝の座につくと、孫文は日本に亡命。ほどなく袁が病死し、孫文も亡くなると、精神的支柱を亡くした中華民国は国内外共に混沌とした状態となっていきます。

■魔都・上海を知るためのキーワード

租界:前述の半植民地化の流れで、上海では、フランス、イギリス、ドイツ帝国、アメリカが清国から土地を租借し、それぞれのエリアで自分たちの居住区を作り、その中では中国とは異なる警察組織を持って植民地のように暮らしていました。これが「租界」。そのうち「フランス租界」は他国による共同租界とは異なり一国で作られていました。

「フランス租界」の特徴の一つに麻薬の法規制の緩さがあります。この結果「フランス租界」内での麻薬売買が多発、中国の秘密結社……チャイニーズマフィアとも呼ばれる「青幇(ちんぱん)」に至っては警察にわいろを渡して麻薬取引を堂々と行っていたりしたのです。

阿片(アヘン):ケシの実から取れるモルヒネを多量に含んだ代表的麻薬。鎮痛・催眠効果があり、病気やケガの痛み止めで使われていました。また、夢の中にいるような気分を味わえることから、現実逃避を目的として吸引を始めた人も多いようです。ただ、中毒・依存性が非常に高く、常用すると廃人同様に。上海には阿片を吸引・売買する「阿片窟」(アヘンクツ)と呼ばれる場所がいくつもありました。

スパイ(工作員):列強各国の政治・経済の情報が上海に集結していたことから、各国要人を渡り歩き、情報を得るために諜報活動をしていた人物がいました。表面上、裏稼業がまったくわからない職業についていることが多く、時には自分がしていることの真の目的も知らずに動いている場合も。その謎めいた存在は今もなお、映画やTVドラマ、小説などの題材になっています。

ジャズ:上海に入ってきたのは、西洋の政治・経済だけではなく、世界各国の文化も上陸。上海を流れる黄浦江(こうほこう)の西側に広がる外灘(わいたん、バンド)には、ここが中国であることを忘れるくらい美しい西洋式高層建築がずらりと並び、中華人民共和国となった今も文化遺産として保護されています。この時代、ジャズ音楽が特に好まれ、連日連夜、街のあちこちからジャズバンドの生演奏が人々を楽しませていました。ジャズ音楽を学びたくて日本から上海に渡る人も少なくなかったそうです。西洋諸国に半植民地化され、闇の部分が多い上海の中で、唯一輝くまばゆい光ともいえるでしょう。

抗日:日清戦争、日露戦争、韓国併合、第一次世界大戦などを経て、日本は軍の力にものを言わせて大陸に進出し、台湾・朝鮮・関東州(満州)などを支配、領土を増やしていました。この動きに抵抗する思想や実際の活動を「抗日」といい、満州事変・日中戦争の頃にその勢いはピークとなりました。先に触れたスパイ・工作員活動の目的が「抗日」という場合も少なくなかったようです。

■知ってほしい、1930~40年代の上海に関わる人物

国内外の世情が不安定な中、諸外国から多くの人々がやってきた中国・上海。この時代の上海、そして中国・日本で、いずれも数奇な人生を送った実在の人物を『魔都夜曲』に関わる方を中心にご紹介します。誰かと誰かがどこかでつながっているかもしれない……そんな運命の赤い糸を感じながらご覧ください。

近衛文隆:第34、38、39代内閣総理大臣・近衛文麿の息子。若年期はアメリカに留学、アマチュアゴルファーとして活躍。帰国後、父親の秘書官を経て、上海にある日本の私学の講師となり、上海に渡る。そこで鄭蘋茹(テン・ピンルー)と出会い、恋に落ちる。音楽劇『魔都夜曲』の白河清隆のモデルとなった人物。

川島芳子:本名・愛新覺羅 顯㺭(あいしんかくら けんし)。清朝の皇族の一人であり、日本人・川島浪速の養女として育つ。その後日本軍の工作員として活躍、「男装の麗人」「東洋のマタ・ハリ」と呼ばれるようになる。

李香蘭:本名・山口淑子。中華民国・奉天で生まれ育つ。生まれもった美貌、日本語も中国語も堪能、さらにすばらしい歌声を持つ淑子は長じて歌手となり、満州映画協会を代表するスター「李香蘭」となり二つの祖国の狭間で翻弄される。

甘粕正彦:日本の陸軍軍人。国内で甘粕事件を起こし短期の服役の後、満州に渡り、関東軍の特務、満州国建設に携わる。また満州映画協会の理事長を務めており、李香蘭とも関わる。

愛新覚羅 溥儀:清朝最後の皇帝であり、満州国の皇帝。だが、満州国は関東軍が作り上げた国であったため、皇帝という称号を持ってはいるが、実際は関東軍の認証がなければ何も決められない、「傀儡」(かいらい)の皇帝だった。

田中隆吉:日本の陸軍軍人。日本の数々の謀略活動に直接携わり、上海赴任時代には川島芳子と男女の仲になり、川島をスパイの道に引き込んだ。

服部良一:日本の作曲家、作詞家。1944年、ジャスなどの洋楽を「敵性音楽」とし、規制が強くなってきた日本を飛び出し、上海に渡って音楽活動をつづけた。『上海バンスキング』(後述)の作者・斎藤憐は服部に取材してこの作品を書いたと言われている。李香蘭、上海交響楽団と共に『夜来香』をシンフォニック・ジャズにアレンジした『夜来香幻想曲』を発表している。

鄭蘋茹(テン・ピンルー):中国人の父と日本人の母を持つ。その美貌は中国のグラビア雑誌の表紙を飾るほど。抗日運動に身を投じ、悲劇の末路を辿る。上海に渡っていた近衛文隆と出会い恋に落ちる。

■魔都・上海の「沼」にもっとハマりたい!~時代を描いた作品の紹介

こんなにドラマティックで魅力的な「魔都・上海」に心奪われたら最後、創作意欲に火がついてしまうのも無理のない話。最後にごく一部ですが、この街から生まれた作品を紹介します。気になる方は書店やレンタルDVDショップで検索を。

【舞台】

『上海バンスキング』
斎藤憐の戯曲。戦争の影がしのび寄る1936年の上海で、ジャズに情熱を燃やした男女を描く。後に映画化も。

ミュージカル『李香蘭』(劇団四季)
タイトルロール、李香蘭(山口淑子)の半生を描いた作品。山口淑子と藤原作弥の共著『李香蘭 私の半生』を原作に、浅利慶太が企画・構成・演出・台本を手掛けた。

ミュージカル『異国の丘』(劇団四季)
『夢顔さんによろしく』(西木正明。後述)をモチーフに、ときの総理大臣、近衛文麿の息子、近衛文隆が携わった和平工作と上海で出会った日中ハーフの美女、鄭蘋茹(テン・ピンルー)との恋を扱う。

『シャンハイムーン』(こまつ座)
井上ひさし作。蒋介石の国民党政府の弾圧を逃れ、ペンの力で中国人の意識を変えようとした作家・魯迅と彼を取り巻く人との交流を描く評伝劇。

【映画】

『ラストエンペラー』
ジョン・ローン主演。清朝最後の皇帝であり、満州国皇帝となった愛新覚羅溥儀の生涯を彼の自伝を原作に映画化。甘粕正彦役を坂本龍一が演じたことでも話題に。

『上海ルージュ』
コン・リー主演。1930年代、上海でアヘンと売春組織を牛耳っている男の愛人であり、上海いちの歌姫・金宝(チンパオ)の満たされない心の内を描く。

『ラスト、コーション』
トニー・レオン主演。日中戦争が激化する中、香港と上海を舞台に、抗日組織の弾圧を目論む特務機関員を暗殺しようとする女(鄭蘋茹がモデルと言われている)が、ターゲットとなる特務機関員に想いを寄せてしまう。

『支那の夜』
東宝の看板スター長谷川一夫と、満洲映画協会(満映)の看板女優・李香蘭が出演した「大陸三部作」の一つ。李香蘭は、本作を含め、中国人の芸名で出演したことを、後日裁判で問題視され、謝罪している。

『ジャスミンの花開く』
1930~1980年代の上海・香港で時代の波に巻き込まれながら懸命に生きる、3世代の女性をチャン・ツィイーが一人で演じる。

『さらば、わが愛/覇王別姫』
京劇役者の目を通して、日中戦争や文化大革命など大きく変化する近代中国を描く。後に日本で舞台化も。

【マンガ】

『南京路に花吹雪』森川久美
日本人の父と中国人の母を持つ黄子満と、彼を取り巻く人々が昭和初期の上海で時代の光と影を感じながら時代の渦に巻き込まれていく姿を描く。

『虹色のトロツキー』安彦良和
日本人と蒙古人の間に生まれ、何者かに両親を殺され、自身の記憶をもなくしたウムボルトが運命に翻弄されながら懸命に生きようとする物語。実在の人物、レフ・トロツキーやノモンハン事件などがベースになっている。

『虹のナターシャ』大和和紀
昭和初期。上海で生き、日露ハーフの娘であり歌姫・ナターシャが愛と運命に翻弄されるドラマティックストーリー。宝塚歌劇団によって舞台化もされている。

【小説】

『上海リリー』(胡桃沢耕史)
二人の日本人は上海リリーという謎の女に出会う。スパイ、暗殺団、国と国のダイナミックな駆け引き…加速する冒険活劇の先に見えてくる人間模様とは?

『男装の麗人』(村松梢風)
「東洋のマタ・ハリ」こと川島芳子を取材し、その内容を小説化。後日この内容が漢奸裁判の証拠として扱われることになり、川島を死刑に追い込んだ、と非難される。ちなみに村松梢風は1923年に、上海に渡航し、その魅力にとりつかれ滞在。エッセイ「魔都」で初めて上海を「魔都」と表現した作家。なお、作家村松友視は彼の孫にあたる。

『夢顔さんによろしく 最後の貴公子・近衛文隆の生涯』(西木正明)
ミュージカル『異国の丘』の原作であり、また『魔都夜曲』の主人公のモデルでもある、近衛文隆の生涯を追ったノンフィクション小説。前半ではアメリカ留学、そして上海で出会った鄭蘋茹との激愛が、後半はシベリアでの抑留について書かれている。

『ジョーカーゲーム』(柳広司)
昭和12年、日本にスパイ養成学校「D機関」が設立され、そこから輩出されたスパイが、国内外問わず様々な場所で諜報活動を行う……という短編ミステリー小説。「魔都」とタイトルが付いた短編が上海を舞台としている。後に映画化、さらにはテレビアニメ化もされている。

公演情報
cube 20th presents 音楽劇『魔都夜曲』(まとやきょく)」
■作:マキノノゾミ
■演出:河原雅彦
■出演:
藤木直人 マイコ 小西遼生 壮 一帆 松下洸平 秋 夢乃
高嶋菜七(東京パフォーマンスドール) 浜崎香帆(東京パフォーマンスドール)
中谷優心 キッド咲麗花
(TPD DASH!!) 村上貴亮 吉岡麻由子 前田悟 板倉チヒロ
田鍋謙一郎 奥田達士 コング桑田 春風ひとみ 山西惇 村井國夫 橋本さとし

<東京公演>
■日時:2017年7月7日(金)~29日(土)
■会場:Bunkamura シアターコクーン
■チケット料金:プレミアムシート 15,000円 S席 11,000円 A席 8,500円 コクーンシート 5,000円(全席指定、税込)

 
<愛知公演>
■日時:2017年8月5日(土)・6日(日)
■会場:刈谷市総合文化センター
アイリス
■チケット料金:プレミアムシート 15,000円 S席 11,000円 A席 8,500円(全席指定、税込)
 
<大阪公演>
■日時:2017年8月9日(水)~13日(日)
■会場:サンケイホールブリーゼ
■チケット料金:プレミアムシート 15,000円 S席 11,000円 A席 8,500円 ブリーゼシート 5,000円(全席指定、税込)

 
※プレミアムシートは前方限定、オリジナルお土産(当日お渡し予定)をお付けいたします
■企画・製作 株式会社キューブ
■キューブ公式サイト https://cube-s.wixsite.com/matoyakyoku

 
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