ダイアナ妃も魅了した「絵の鬼」に迫る 『生誕140年 吉田博展』をレポート

2017.7.12
レポート
アート

左から《帆船 夕日 渡邊版》、《帆船 日中 渡邊版》、《帆船 朝日 渡邊版》すべて大正10年 東京国立近代美術館/個人

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明治から昭和にかけて風景画の第一人者として世界を舞台に活躍した画家、吉田博。「ダイアナ妃に愛された版画家」としてその名を知っている人もいるだろう。「絵の鬼」と呼ばれ、写実的な技法をもとに水彩、油彩、木版画と媒体を変えながら「日本人の洋画」を極めた。精緻で自然美溢れる吉田の作品は、ダイアナ妃だけでなく、夏目漱石、精神医学者・フロイトなど、多くの著名人を魅了した。

そんな吉田博の大回顧展『生誕140年 吉田博展 山と水の風景』が、昨年の4月から全国を巡回中だ。最終地となる東京では、東郷青児記念 損保ジャパン日本興亜美術館にて7月8日から開催。展覧会は前期、後期に分けられ、66点の展示替えが行われる。(前期展示:7月8日〜7月30日、後期展示:8月1日〜8月27日)。開催に先駆けて行われた内覧会から、見どころを紹介していこう。

『生誕140年 吉田博展』入口

吉田博(1876〜1950)の初期から晩年までを網羅する水彩、油彩、木版画作品200余点が公開される本展。繊細で叙情豊かな風景画などの代表作品と共に、彼の情熱に満ちた画家人生を辿っていく。

「絵の鬼」となった修業時代

福岡県久留米市に生まれた吉田博は、10代半ばで画才を見込まれると、18才で上京し、洋画家・小山正太郎の画塾・不同舎に入門する。兄弟弟子たちから「絵の鬼」と呼ばれるほど、吉田は懸命に画家修業に励み、精巧な写実力、詩的な情調の基礎を築いた。

本展では不同舎時代の作品も見ることができる。不同舎の特徴である、細長い紙に描かれた鉛筆画や、日本の情緒豊かな景色を描いた水彩画などが並ぶ。

左から《小丹波》明治27年 個人蔵、《上野、東照宮》明治27年 郡山市立美術館


右から《花のある風景》明治27年以前か 郡山市立美術館、《つるべ井戸》明治27-32年 個人蔵

絵を抱えて片道切符でアメリカへ

1899年、吉田は画家の中川八郎と共に1ヶ月分の生活費と、描きためた絵を持って、片道切符でアメリカへと向かう。横浜にあった外国人相手の美術店で作品が売れた実績と自信があったとはいえ、当時の若い画家の行動としては、相当の勇気と気概が必要だっただろう。アメリカに到着後、成り行きで訪れたデトロイト美術館で館長に作品を気に入られ、展覧会を開くこととなる。その後もボストンなどのアメリカの主要都市で仲間と共に展覧会を開き、大成功を収める。当時欧米ではジャポニスムが人気を博していた点も大きいが、詩的で繊細な表現、技術の高さが賞賛された。

左から《湖の眺め》明治35年 個人蔵、《宮島》制作年不詳(明治後期) 個人蔵

近年日本に里帰りした作品も本展では数多く公開される。日本ののどかな田園風景や、人々の日常の暮らしの様子を、優しい眼差しで描いている。当時の欧米人たちが好んだ日本らしさも感じ取ることができて、とても興味深い。

左から《菖蒲園》明治36年頃 福岡市美術館、《鳥居の下の人々、花咲く日本の村》制作年不詳(明治後期) 個人蔵

最初の外遊以降も、吉田は生涯を通して欧米を中心にエジプト、東南アジアなど度々海外へと出掛けた。外遊先を描いた作品も数多く残している。吉田は常に欧米人の評価を意識し、国外での作品販売を積極的に行った。

左から《チューリンガムの黄昏》明治38年 福岡市美術館、《グロスター》明治37年 個人蔵

登山家らしい視点で描く高山

吉田には画家として様々な一面があるが、「山の画家」としても有名で、評価が高い。吉田は幼少期から山に親しんできたが、第一次世界大戦時、海外に行くことが難しくなった頃から、本格的な登山に熱中するようになる。後に「日本アルプスは全部登った」と豪語するほど、夏になると山に籠もるのが年中行事となっていく。登山家だからこそ描けた、山上から近くの山々を見下ろす雄大な景色や、静寂に包まれた山の姿など、傑作の数々が生まれた。

左から《穂高山》大正期 個人蔵、《穂高の春》大正4年 福岡県立美術館


左から《劔山》昭和7年 福岡市美術館、《三千米》昭和13年 個人蔵

本展で目を引く作品のひとつに山を描いた壁画連作がある。山頂からの眺めがパノラミックに展開し、見ていると引き込まれるような壮大さを感じる。吉田の東京の自宅の応接間に夏の間飾られ、来客を楽しませたそうだ。本展では、冬期に衣替えして飾られていたバラのシリーズも並んで公開される。

左から《槍ヶ岳と東鎌尾根(1)》《槍ヶ岳と東鎌尾根(2)》大正9年 個人蔵、《野営(1)》《野営(3)》《野営(2)》大正8年 個人蔵


《バラ》シリーズ 大正9年頃 個人蔵

木版画で新境地へと辿り着く

吉田博の画家としての歩みは、後半生に更に飛躍する。49歳の時に本格的に始めた木版画が、吉田を画人として新境地へと導いたのだ。水彩、油彩画で培った写実的表現を木版画でも実現しようと鍛錬を重ね、代表作といわれる傑作を木版画で多数生み出した。

左から《モレーン湖 米国シリーズ》大正14年 千葉市美術館/個人、《エル キャピタン 米国シリーズ》大正14年 千葉市美術館/個人


左から《鳥帽子岳の旭 日本アルプス十二題》、《劔山の朝 日本アルプス十二題》、《白馬山頂より 日本アルプス十二題》大正15年 千葉市美術館/個人


左上:《アゼンスの古跡 欧州シリーズ》左下:《アゼンスの古跡 夜 欧州シリーズ》すべて大正14年 千葉市美術館/個人、右上:《スフィンクス 欧州シリーズ》右下:《スフィンクス 夜 欧州シリーズ》大正14年 千葉市美術館/個人

吉田の木版画の特徴として摺りの数の多さが挙げられる。繊細な色分けを可能にし、微妙な陰影や光のグラデーションを出すために、従来の木版画は10数度摺るのに対し、吉田の場合は平均30数度摺りを重ねた。《陽明門》は建築物の複雑な構造や古びを表すため、90数度摺られた。

左から《陽明門》昭和12年 千葉市美術館/個人、《東照宮》昭和12年 千葉市美術館/個人

画家が工程のすべてをコントロールすべきだと考えた吉田は、いつも彫師や摺師のそばを離れず監督を怠らなかった。自ら彫りや摺りを手掛けることもあった。特大版の《渓流》では水の流れは吉田自身が彫り、1週間、根をつめて彫ったため、食いしばった歯がガタガタになったという。

手前《渓流》昭和3年 千葉市美術館

ダイアナ妃も魅了、吉田が描く海の輝き

水や海をモチーフにした吉田の版画には傑作が多い。あのダイアナ妃が自ら求め、ケンジントン宮殿の執務室に飾っていた《光る海 瀬戸内海集》も、吉田の代表作のひとつだ。陽が傾く頃の水面の白いきらめきを巧みに表している。

左から《光る海 瀬戸内海集》大正15年 千葉市美術館/個人、《帆船 朝 瀬戸内海集》大正15年 千葉市美術館/個人

《光る海 瀬戸内海集》と並んで展示されている《帆船 瀬戸内海集》シリーズも評価の高い作品で、同じ版を使って、色を変えることで時刻や大気の状態を表現している。それぞれの時刻の空気感が伝わってくるような繊細で美しい作品だ。

左:《帆船 朝 瀬戸内海集》左上:《帆船 午前 瀬戸内海集》左下:《帆船 午後 瀬戸内海集》右上:《帆船 霧 瀬戸内海集》右下:《帆船 夕 瀬戸内海集》右:《帆船 夜 瀬戸内海集》大正15年 千葉市美術館/個人

本展覧会を通して感じるのは、吉田の自然に対する誠実な眼差しだ。西洋から来た洋画の世界に魅せられ、欧米の美術を学び身につけながらも、日本人らしい自然を敬う精神が彼の作品上では貫かれていたのではないだろうか。そこに、西洋美術や日本美術の枠を超えた吉田独自の芸術世界が生まれたヒントがあるのかもしれない。

現代では埋もれていた感もある、知られざる近代風景画の巨匠の作品は、その精緻な美しさ、ダイナミックな自然美で見る者を魅了する。驚きともいえるその感動を会場で是非、味わってほしい。

イベント情報
生誕140年 吉田博展 山と水の風景

日時:2017年7月8日(土)~8月27日(日)
※会期中に一部展示替えあり
(前期展示:7月8日〜7月30日、後期展示:8月1日〜8月27日)
会場:東郷青児記念 損保ジャパン日本興亜美術館
開館時間:10:00~18:00
※入館は閉館の30分前まで
休館日:月曜日(但し、7月17日は開館、翌18日も開館)
入館料:一般1,200円 大学・高校生800円 65歳以上1,000円 中学生以下無料
2回目以降は有料半券提示で、一般800円、大学・高校生500円、65歳以上800円

http://www.sjnk-museum.org/program/4778.html