オペラをもっと身近にしたい~西村悟(テノール)が届ける魅惑の歌声
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テノール・西村悟 撮影=岩間辰徳
「オペラは言葉がわからなくても、なんとなくストーリーがわかる」西村悟 “サンデー・ブランチ・クラシック” 2017.8.20. ライブレポート
毎週日曜日、渋谷のeplus LIVING ROOM CAFE & DININGでは、ミニコンサートの『サンデー・ブランチ・クラシック』が開催され、好評を得ている。8月20日には、初登場となるテノール歌手・西村悟が出演した。この日は、藤原藍子がピアノ伴奏を務める。
開演時刻の13:00、舞台に登場した西村は、早速歌声を披露してくれた。最初に演奏するのは、レオンカヴァッロ作曲「朝の歌(マッティナータ)」だ。
藤原藍子(ピアノ)、西村悟(テノール)
軽やかに踊るようなピアノの序奏に続けて、朗々とした歌が始まる。マッティナータとは敬愛する人のための歌で、明け方に歌われるのだという。そうした曲の性質から、曲調は情熱的で、かつ朝の陽光を思わせる爽やかさにあふれている。のびやかな歌声は、胸から湧き上がる喜びを率直に表現していた。
曲の頂点での高音も、音量は衰えず豊かな響きを保っていた。最後に情感をたっぷりとこめ、美しいビブラートを聞かせて曲は終わりとなる。
MC中の様子
会場全体の拍手を受けたあと、西村が舞台で挨拶する。
「今日は、クラシックが好きなお客様も、ふらっと寄っていただいたお客様も、どうか気楽にお楽しみください。皆様を私の『書斎』にお招きしまして(笑)、プライベートな音楽会を開催したいと思います。」
西村が冗談で『書斎』と表現した通り、会場は親しい友人の家のようなリラックスした場所だ。
「先ほど歌った曲は、レオンカヴァッロの『朝の歌』という曲です。今日はカンツォーネあり、歌曲あり、オペラのアリアありと、クラシックのあらゆる魅力を少しずつお楽しみ頂ければと思います。」
外国語で歌われる歌曲は、内容を知っていると何倍も楽しめる。西村は、続いての曲目についてもあらかじめ解説をしてくれた。
「続いては、ガスタルドン作曲の『禁じられた音楽』を歌います。この曲は、恋人二人のうちの女性の歌です。『いつもバルコニーで私のことを歌っている人、その歌が忘れられない』しかし、女性の母親はその歌を歌うことを禁じてしまうのです。だから『禁じられた音楽』というわけです。この曲ではまず女性が歌い始め、続いて男性が答えます。『私は君のその長い髪に、唇にキスがしたい』と情熱的に歌い上げる、その情景を一人の歌手が表現します。続けての曲も、恋の歌です。イタリアの歌曲は、大体98%くらいは情熱的な恋の歌ですね。その中から、カルディッロ作曲『つれない心(カタリ・カタリ)』を歌います。カンツォーネ(イタリアの大衆的な歌曲)独特の情熱的で甘美なメロディーが特徴の名曲です。」
西村悟 撮影=岩間辰徳
2曲目のガスタルドン作曲「禁じられた音楽」の演奏が始まる。優しく繊細なピアノの導入から、音楽が始まった。甘美だが、恋心が不安げに揺れ動くような雰囲気を演出する。やがて登場する歌声は、ロマンティックで優しげだ。恋する女性を描写したメロディーは優美さを持ちつつ、切ない表情もたたえている。
それに答えるように、男性の歌が始まる。切々と訴えるような歌声は、徐々に情熱を強めていく。盛り上がるにつれ、伴奏と息を合わせてテンポを揺らせる。そうすることで、音楽に豊かな表情が生まれていく。張りのある存在感に満ちた歌声が、曲のクライマックスを築きあげた。
続けて、3曲目のカルディッロ作曲「つれない心」の演奏に入った。
失恋の苦しさを歌った曲であり、曲調は一転して深く沈んだものとなる。静かで物憂げなピアノの序奏に導かれ、繊細な印象のテノールのパートが始まる。ゆっくりとしたテンポの中で、さらにためをつくりながら、切々と訴えるような歌声が響く。感情が昂ぶっていくように、声量も徐々に増していく。舞台上の西村は、悲しい曲調に合わせた表情や動きもつけ、生演奏ならではの迫力を出している。聴き手の心を揺さぶるような、深い情念のこもった歌声に、会場全体が引き込まれていった。
西村悟 撮影=岩間辰徳
惜しみない拍手に答えて、西村が再度マイクをとった。声楽は体力を大きく使うこともあって、少しの間クールダウンの時間をとる。
「これほどお客様に近い場所で歌う機会はあまりないのですが、変な緊張感がありますね(笑)。普段の舞台上だと客席が暗く、お客様の表情はあまり見えないのですが、この距離だとどんな表情で見られているかすぐわかるのです。」
会場の緊張をほぐすように、西村は声楽家として感じていることを話してくれた。
「先程は、歌曲にカンツォーネと続けて歌いましたが、イタリアといえばやはりオペラですね。オペラといえば、なんといっても、マイクなどを一切使わない生の声の魅力でしょうか。人間の極限の芸術と言えると思います。ただ、日本だとオペラの人気はそれほどでもないようです。おそらく、これまでの3曲もそうだったと思いますが、『歌詞が何を言っているのかわからない』というのがあるのではないでしょうか。大きなコンサートホールならば字幕があるのですが……。もし、一度もオペラを見たことがない方がいらっしゃいましたら、是非一度、劇場に足を運んでください。言葉がわからなくても、舞台装置・照明・衣裳・演技を見ると、なんとなくストーリーがわかるのです。これは私の体験でもあります。
私は、今イタリアのヴェローナというところに住んでいます。初めてヴェローナの劇場に行ったとき、全く知らないオペラを鑑賞しました。イタリア語と英語の字幕は出ますが、当時はまだイタリア語が全くわからず、英語も苦手。それでも、鑑賞していくとストーリーがどうなるのか、ちゃんと理解できました。それがオペラの魅力だと思います。『何を着ていこう』なんて考えなくてもいいので、気楽に劇場に来ていただけたらと思います。非日常的な体験ができて、おすすめです。」
西村悟 撮影=岩間辰徳
ちょっとしたブレイクタイムを終えて、再び演奏に戻る。
「次は、レハールのオペレッタ『微笑みの国』より、『君こそわが心の全て』です。これは聴いていただければわかるとおり、単純なラブソングです。その次に演奏するのは、イタリア・オペラの傑作です。プッチーニ作曲『トスカ』より『星は光りぬ』。舞台は19世紀のイタリア、画家カヴァラドッシは政治犯を匿った罪で逮捕され、恋人トスカと別れなければならなくなった。処刑される前の晩、トスカへの思いを切々と歌い上げる名曲です。」
曲目の紹介に続き、4曲目のレハール作曲『君こそわが心の全て』(オペレッタ『微笑みの国』より)の演奏に入る。輝かしいピアノ序奏のあと、明るく喜びに満ちた歌が始まる。落ち着いたテンポで、曲調は晴天の空のように底抜けに明るい。タイトルの通りに、愛の喜びを情熱的に歌い上げる。表情や手の動きも交えながら、全身で音楽を表現していた。
曲の半ばからはやや趣きを変え、甘美で夢見るようなメロディーとなる。ピアノ伴奏音型も、ロマンティックな雰囲気を醸し出す。やがて曲調は切なさをたたえるようになり、限りない情熱を込めた頂点を築いて曲は閉じられる。
西村悟 撮影=岩間辰徳
5曲目のプッチーニ作曲「星は光りぬ」(オペラ『トスカ』より)も、続けて演奏された。音楽は、暗澹としたピアノの序奏によって幕を開ける。静かな曲調の中で現れるテノールの歌声は、痛ましいほどの深い嘆きに満ちている。恋人と永久に別れなければならない運命への嘆きを、これ以上なく伝える演奏だ。
感情は少しずつ高ぶっていき、張り詰めた悲愴な歌声が会場の隅々まで響き渡る。嘆きの感情を爆発させるようなクライマックスは、聴衆の心を鷲掴みにするようは迫力に満ちていた。聴衆からの惜しみない拍手が送られた。役になりきって歌っているため、演奏が終わってもまだ感情が昂ぶっているのが、客席からもわかる。
「先ほどの曲を見ても、表情や劇的な音楽から、悲劇的な曲だとわかると思います。これがオペラの良さなのですね。ここで、少し告知の時間に入ります。今回、私が初めてコンサート全体をプロデュースすることになりました。私のテノール・リサイタルということで、贅沢にも日本フィルハーモニー交響楽団との共演で行います。テノールとオーケストラのコンサートは、日本では中々聴く機会がありません。指揮は、今やクラシック界のスーパースターである山田和樹さんです。この公演のために、ドイツより帰国してくださいます。彼と私は同世代なのですが、冗談交じりで提案した共演に、『面白いじゃん!』と言って引き受けてくれました。この企画が2年遅れていたら、彼の予定は埋まっていたでしょう。会場では、オペラと同じように、オーケストラの生の音と、私のマイクなしの声で、『これぞオペラ』という曲をお届けいたします。私も精一杯準備をいたしますので、是非応援に来て頂けますと嬉しいです。10月11日(水)、東京オペラシティにて行います。」
西村悟 撮影=岩間辰徳
そして、早くもミニコンサートは最後の曲目となってしまった。
「私たちテノール歌手にとって非常なプレッシャーではあるのですが、『テノールといえばこの曲』といえる名曲を演奏します。2006年のトリノオリンピックで、フィギュアスケートの荒川静香さんが金メダルを取った時の曲です」
6曲目は、プッチーニ作曲「誰も寝てはならぬ」(オペラ『トゥーランドット』より)。水が流れるような澄んだピアノの序奏に続けて、落ち着いた印象の歌いだしで始まる。オペラの筋は、中国の皇女トゥーランドットに、ダッタンの王子カラフが求婚するというもの。結婚するためには、王子は皇女の出す謎を解かなければならない。謎を解くことに成功したカラフは、それでも愛を拒むトゥーランドットに対して逆に謎を出す。
「誰も寝てはならぬ」は、カラフのトゥーランドットに対する思いと、勝利への希望が歌われている。始めは、夜の幻想的な雰囲気を思わせる曲調だが、やがてよく知られたメロディーが現れる。情熱的な愛と希望をこめた、輝かしい響きだ。高い技術が要求される作品だが、高音域でも声量は衰えることなく、ずっと力強さを保っている。迫力満点のクライマックスを迎え、コンサートの曲目は全て終了となった。この日一番の拍手が西村に贈られ、惜しみない拍手に、西村はカーテンコールに応じて再び舞台上に戻る。
西村悟 撮影=岩間辰徳
「鳴り止まない拍手に、思わず走って戻ってしまいました(笑)。本日はお楽しみいただけましたでしょうか? アンコールにお答えして、もう1曲お送りしたいと思います」
アンコール曲は、ディ・カプア作曲「オー・ソレ・ミオ」。ピアノによる導入は、軽やかに踊るような楽しげな音楽だ。続けて現れるテノールの歌声は、聴き手をリラックスさせるおおらかさ、伸びやかさに満ちている。曲のタイトルは「私の太陽」という意味で、繰り返される<オー・ソレ・ミオ>のくだりが印象的なカンツォーネだ。情熱を込めた歌声には張りがあり艶やかさも感じさせる。最後には、たっぷりとビブラートを響かせ、喜びを高らかに歌い上げてこの日の『サンデー・ブランチ・クラシック』は終演となった。
終演後はお客様との交流も 撮影=岩間辰徳
このあとにも公演を控えている西村。多忙の合間をぬって、終演後に西村と藤原に少しだけお話をうかがうことができた。
――今回、『サンデー・ブランチ・クラシック』に出演されてのご感想はいかがでしたか?
西村:私たちが普段ホールで歌っているときは、お客様は近いようで遠いです。こういった気楽な演奏会は貴重ですし、場所もあまりありません。こうしたカフェで演奏するのは初めてなのですが、とても面白かったです。エキサイティングな感じがして、楽しめましたね。
藤原:レストランの店内などで、たまにコンサートをすることがありますが、この会場はとてもプライベートな感じがします。お友達の家の大きなリビングでサロンコンサートをしているような、贅沢で居心地のいい空間で演奏できて、とても楽しく思いました。
西村:今回、藤原さんのお友達で、クラシックの演奏会に初めて来られる方がいらしたのですが、『何を着て行ったらいいのかな?』とおっしゃったと聞きました。やはりクラシックというと敷居が高く感じるので、そうではないと伝える機会があるのは良いものですね。
――西村さんは、10月11日(水)にテノール・リサイタルを予定しています。演奏会の注目ポイントは何でしょうか?
西村:オーケストラと共演することが、一番の注目点です。贅沢なことですし、私も一生に一回あるかないかだと思っていました。この演奏会は、東急グループ(五島記念文化財団)の奨学金の副賞で、『自分でコンサートをプロデュースできる』という条件のもと行います。実は私たちアーティストは、『自分の好きなようにやる』ことは中々なくて、大抵決められた枠の中で演奏します。今回は、ホール・曲目・共演者・広告すべて自分でプロデュースするという貴重な機会でした。『是非オーケストラと一緒にやってみたい』という思いがあったので、思い切って企画をしました。
オペラの曲は、素晴らしいピアニストの方がいらっしゃるので、音楽としては成り立ちますが、ピアノ一台だとどうしても限界があります。作曲家はオーケストラでオペラの曲を書いています。作曲家の意図を伝えるのが演奏家の使命であり、それを果たすためのオーケストラとの共演なので、そこに注目をしていただければ。
インタビュー中の様子 撮影=岩間辰徳
――演奏活動しかり、今後もいろいろな活動が続いていくと思います。今後の目標にしたいことは何でしょうか?
藤原:私は、オペラ公演での音楽指導(※)の仕事が主なので、そこをもっと極めていきたいと考えています。また、コンサート活動も充実させていきたいと思います。
※オペラ公演での音楽指導……オペラの公演では、歌手の稽古の際のピアノ伴奏指導が音楽を作る上で重要な役割を果たす。
西村:短期的な目標だと、自分の実力を高めることが第一です。その結果として、オペラ・声楽のコンサートが日本でもっとメジャーになって欲しいと考えています。クラシック音楽の良さを伝えていきたいですし、そのためには自分が実力をつけて“本物”をお届けする、より良いものを聴いていただくという責任があると思います。
それによって子供たちが、私たちのような演奏家になりたいと思うような公演をしていきたいです。クラシック界にも、子供が憧れるスターが必要だと思うのです。頑張ってもっと有名になって、野球でいうイチローのような存在になりたい――それが夢ですね。
藤原藍子(ピアノ)、西村悟(テノール) 撮影=岩間辰徳
毎週日曜日、渋谷・道玄坂のeplus LIVING ROOM CAFE & DININGで行われる『サンデー・ブランチ・クラシック』。是非一度、訪れてみてほしい。
取材・文=三城俊一 撮影=岩間辰徳
日時:2017年10月11日(水)
会場:東京オペラシティ コンサートホール
藤原功次郎/トロンボーン&原田恭子/ピアノ
13:00~13:30
MUSIC CHARGE: 500円
9月24日
高橋洋介/バリトン
13:00~13:30
MUSIC CHARGE: 500円
10月1日
千葉清加/ヴァイオリン&須藤千晴/ピアノ
13:00~13:30
MUSIC CHARGE: 500円
10月8日
福原彰美/ピアノ
13:00~13:30
MUSIC CHARGE: 500円
10月15日
鈴木舞/ヴァイオリン&實川風/ピアノ
13:00~13:30
MUSIC CHARGE: 500円
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