鈴木亮平にインタビュー ~ ジロドゥ作『トロイ戦争は起こらない』で、戦争を回避しようと悩むトロイの英雄役に挑む
鈴木亮平 (撮影=高橋定敬)
フランス近代演劇の金字塔と名高い、ジャン・ジロドゥ作の『トロイ戦争は起こらない』。これは世界的に知られる小説家、劇作家にして、一時はフランス外務省の高官として活躍し、情報局総裁にも就任していたキャリアを持つジロドゥが1935年、まさにナチスドイツが台頭する最中に、戦争に突き進む人間の愚かしさを平和への望みと共に書いた名作だ。
舞台は永年にわたる戦争が終結し、ようやく平和が訪れたトロイの国。しかし再びギリシャとの諍いが勃発しそうな状況が訪れる。その火種は、トロイの王子・エクトールの弟・パリスが絶世の美女であるギリシャ王妃・エレーヌを誘拐したことだった。これを知ったエクトールは、彼女をギリシャに帰そうと説得するが周囲の誰も耳を貸そうとしない。やがて、最後の引き渡し交渉をするためにギリシャの知将・オデュッセウスがやってくる。戦争の虚しさを身を持って感じていたエクトールは、果たして戦争を回避できるのか? それとも、やはりトロイ戦争は起こってしまうのか……?
演出を手がけるのは、その繊細で丁寧な作品づくりで大勢の俳優たちからの絶大な信頼を得ている、日本を代表する演出家・栗山民也。キャストには、エクトールに鈴木亮平、エレーヌに一路真輝、エクトールの妻・アンドロマックに鈴木杏、オデュッセウスに谷田歩が扮するほか、実力派、演技派揃いの布陣が実現する。
2016年に主演した舞台『ライ王のテラス』ではカンボジアの王を、そして今回はトロイの王子を演じることになった、品格と逞しさとを併せ持つ鈴木亮平に、今作への想いや意気込みのほどを語ってもらった。
鈴木亮平 (撮影=高橋定敬)
――本読み(台本の読み合わせ)をされたそうですね。
そうです。だから今は頭の中にはクエスチョンマークがいくつもある状態なんですよね。自分なりに調べながら読んでいるんですが、やはりまだピンと来ない表現があったりします。このセリフは誰のどのセリフにかかっているのかとか、これから稽古でひとつひとつ確認して理解していかなければ、と思っています。
――本読みの手応えはいかがでしたか。
手応えは、とてもありましたよ!(笑) みんなで声に出して読んでみると、それまでわからなかった部分が一気に腑に落ちたりするんです。あと、意外なんですけど、ものすごく笑えるんですよ。
――そうなんですか? 一読した限りでは、笑えるような台本には思えなかったんですが。
そうですよね。僕も台本を読んだ時は、クスリともしなかったんですが、本読みでは「あれ? これってコメディだっけ?」っていうくらいに面白い。共演者のみなさんが本当に芸達者だから、ちょっと面白いところがあるとそれをふくらませてくださるんですよね。もちろん、シリアスなところはよけいにハッとさせられる部分もありました。戦争について細かく語っているところ、たとえば相手を殺したシーンとか。瀕死の仲間にかけた言葉についてを語る時のセリフを口にした時には「あ、これは作者のジロドゥが第一次世界大戦の時に経験していたことだろうな」って思ったりして。実際にそうだったのか確かではありませんが、おそらくそうだったのであろうと感じられる部分がたくさんありました。本当に、よくできた本だなと思いましたね。
――演出・栗山民也さんの、その時の様子はいかがでしたか。
笑っていらっしゃいましたよ。読み終わった時には「いいねえ~。面白いねえ、これは」とか「今はこういう強い演劇が少ないんだよ」と、おっしゃっていました。
――確かに、ここまでテーマがハッキリしていて、戦争と平和のことがストレートに描かれている演劇って、今はあまりないかもしれません。
セリフで何回“戦争”って言っただろうというくらいに、戦争、戦争って言っていますからね。だけどその背景をあえてトロイ戦争の時代にすることで、生々しさをなくしているというのが絶妙ですね。設定を昔にすることで逆に、今の自分たちの状況もまったく同じじゃないか?と客観視できるようになるところが、また面白い。
――こういうタイトルだといかにも古典劇のようなお堅い感じがしますが、台本に書いてあるセリフはとても現代っぽくてわかりやすく、そこも新鮮でした。衣裳も現代的になるそうですね。でも役名は原作のままなので、不思議な世界観になりそうです。
そうですね。だけど観ている方には、よりメッセージが明確に伝わるような形になるんじゃないかとも思います。とはいえ、トロイ戦争というとわれわれ日本人にはあまり親しみがないですよね。だから最近よく言っているんですが、これを“関ケ原”にしてみたらわかりやすいんじゃないかと。
――なるほど。
『関ケ原は起こらない』という題名だと、いきなり三谷(幸喜)さんの作品みたいにならないですか(笑)。「結局、関ケ原は起こるじゃん」「だから、その関ケ原を止める話なんです」となると、カジュアルに感じられますよね。
――そう言われると、一気に伝わりやすくなる気がします(笑)。
石田三成ががんばって関が原を止める話、とかね(笑)。
――それも面白そうです(笑)。そもそも最初にこの舞台へのオファーが来た時、鈴木さんはどう思われたんですか。
栗山さんの演出する舞台に出られる、ということがまず嬉しかったです。
――栗山さんの演出を受けるのは、これが初めてなんですよね。
はい。いろいろな俳優さんから「栗山さんの演出はいいよ、絶対に経験してみたほうがいいよ」と言われていたので、本当に光栄です。それにギリシャ時代とか神話とかトロイ戦争とか、まさに僕好みの題材なので、そのことにもワクワクしました。
――現時点で、エクトールをどう演じたいと思われていますか。
エクトールは、本当に素直な男の人なんですよ。おそらく、お客さんの気持ちを代弁するような立場になるんだろうなとも思っています。そこを真っすぐそのまま演じたいのですが、でもジロドゥ自身もそうだったと書いていますけど、その一方で戦争を楽しんでしまう一面もあるというのをエクトールは自分でも認めているんですよね。過去、実際に戦場にいる時にそういう感覚があったと。つまり「戦争はもうたくさんだ」と言いながらも、人間の闘争本能もまだ持っている。ただのいい人ではない、生々しいひとりの男でもあるので、そこにもお客さんが共感できるように演じられたらと思っています。
――今回のカンパニーの顔ぶれとしては、どんな方々が揃ったと思われていますか。
それぞれにキャラが立っている方ばかりで、みなさんとても面白いです。パリス役の川久保拓司さんは、ちょっと考えの浅い美少年という雰囲気を絶妙に醸し出してきますし(笑)、オデュッセウス役の谷田さんは圧がすごくあって、声もすごく好きですね。僕は翻訳ものの経験があまりないのですが、谷田さんは逆に翻訳ものばかりやってきた方なので、勉強させていただくところが多々ありそうです。終盤のオデュッセウスとエクトールとのやりとりは、とてもいいシーンになるんじゃないでしょうか。谷田さんから稽古中に盗めるものはいっぱい盗んで、そこに僕にしかできないものを織り交ぜつつ、やっていきたいですね。
――女性陣も個性的な方が多いですね。
江口のりこさんが演じるカッサンドラも、最高ですよ。まず、カッサンドラという役の設定自体がシュールだと思うんですよね。“未来のことがすごく見えるのに、誰にも信じてもらえない呪いをかけられている”というんですから(笑)。これを江口さんが演じると、ぼそっととツッコむ感じがちょっと世捨て人みたいで笑ってしまいました。
――“W(ダブル)鈴木”だとおっしゃられていた、鈴木杏さんとは夫婦役ですが。
僕、デビューの映画『椿三十郎』でご一緒しているんですよ。ご一緒のシーンはあまりなかったんですけど。その時点で杏ちゃんは僕にとって“鈴木の先輩”で、業界としては大先輩だったので“ビッグ鈴木”とも呼んでいます(笑)。だけど鈴木同士だから、なんだか本当の夫婦みたいですよね。鈴木エクトールと、鈴木アンドロマック……、あっ、今気づいた! アンドロマックの“アン”ちゃんでもあるんだ、すごい(笑) 。杏ちゃんとはいい夫婦になれそうな気がします。それにしてもエクトールの周囲は変わった人が多くて、家族もなんだかいびつなんですよね。
――そういう意味では、エクトールは一番まともな人。変なところがまったくないですものね。
ものすごく、まっとうです。僕は今回、まっとうであることが仕事かなと思ってるくらい。もし僕が変になったら、全員変な人の話になっちゃいますからね(笑)。そこでは正論が通じない、それが戦争でしょ、正論イコール正義ではないでしょ、という。そういう描かれ方も、とても興味深いです。
―― 一路さんの演じるエレーヌも不思議な役です。
エレーヌは外見は絶世の美女なんだけれども、決してそれだけではないですからね。実は僕もまだ、エレーヌとの会話が一番わからなくて。一緒に会話を交わしていても「この人、何を言っているんだろう?」って思ってしまって(笑)。今後の稽古でエレーヌ、一路さんとじっくり話し合って「この発言はどういう意図で言っているんでしょうか」とか、確認してみたい。今の時点では85%くらいはわかってきたつもりなんですが、残りの15%を埋めないといけないですからね。
――稽古で、ディスカッションしながら。
はい。そういう時間が僕は大好きなんですよ。台本を読んでモヤモヤしていたものが、演出家さんが解釈を教えてくれることによってパッと明るくなり、進むべき方向が見える瞬間がある。あの瞬間が、すごく好きですね。
――今回も本格的な稽古が始まる前には、またいろいろと準備をされたんでしょうか。
それが、今回はまだあまりできていなくて。トロイ戦争について少し調べたくらいです。あの時代の話の登場人物って、人間と神々が混ざり合って存在している上、似たような名前も多くて。ギリシャ神話の基礎みたいなことから、改めて勉強しました。もともと僕、世界史も遺跡も大好きだから、今までふわっとゆるく理解していたものが今回いろいろとつながってきちんと理解できるようになれたこともうれしかったです。
――現時点で、稽古本番に向けてどんなことが一番楽しみですか。
自分がこの戯曲の隅から隅まで理解できるようになることが、楽しみです。……いや、やっぱりお客様にお見せすることが一番の楽しみかな。本を読むだけでは味わえないような、とても分かりやすい形で、その場で起こっているようにして見せるというのが僕らの仕事。稽古していたことがすべてうまくいったらきっとものすごいカーテンコールが起きて、お客さまに喜んでいただけるのではないかという気がしています。
――では最後に、お客様に向けて、お誘いのメッセージもいただけますか。
題名から受けるイメージとは少し違って、ポップで笑いもたくさんある内容になっています。楽しみながら観ているうちに、戦争と平和という深いテーマを感じ、そして今現在自分の身の回りにあるテーマたちがどんどん突き刺さってくる作品でもあると思います。劇場を出た時「わあ、すごいものを観てしまった!」と思っていただけるような舞台を目指します。ぜひとも、劇場にお越しください!
取材・文=田中里津子
写真撮影=高橋定敬
スタイリスト=TAKASHI USUI(THYMON Inc.)
ヘアメイク=SHUTARO(vitamins)