小池修一郎、『レディ・ベス』再演の見どころとキャストの変化を語る

インタビュー
舞台
2017.10.4
小池修一郎

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『エリザベート』『モーツァルト!』のミヒャエル・クンツェ(脚本・歌詞)×シルヴェスター・リーヴァイ(音楽)×小池修一郎(演出)トリオによる新作として2014年に初演され、大きな話題を呼んだ歴史ロマン大作ミュージカル『レディ・ベス』。ほぼ同キャストが顔をそろえた待望の再演が間もなく初日を迎えるが、その内容はといえば、単なる再演とはいえないほどブラッシュアップされているという。どう変わるのか? 3年半の時を経た俳優たちの印象は? そしてクンツェ&リーヴァイ作品の魅力とは? 稽古も佳境に入った9月下旬、小池が取材会で語った主な談話内容をお届けする。

小池修一郎

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キャリアウーマンとしてのベスを浮き彫りに

■メインディッシュを分かりやすく

初演は上演時間が長めになりましたので、ドイツのクンツェさんとリーヴァイさんに短くしていただくようお願いしたところ、まず彼らが短縮版をつくってくださいました。それを元にこちらからも意見を出し、残したほうが良いと思ったところは戻していただいたりもしましたが、基本的には圧縮されています。初演を鮮明に記憶していらっしゃる方がご覧になったら、マイナーチェンジは嵐のようにあるでしょうね。

今“圧縮”という言葉を使いましたが、短くしたけれども中身を充実させたという意味では、“濃縮”のほうが近いかもしれません。野菜ジュースのように(笑)、パックは小さくてもこれで栄養は足りてるんですよ、というイメージで捉えていただければ。フルコースに例えるなら、初演の舞台は色々な料理が次々と出てきてどれも美味しいけれども、食べ終わった時に「メインディッシュは何だったかな?」となるような印象が、食べた人の好みによってはあったかもしれません。今回はそうした曖昧さがなくなってスッキリとして、どんなコース料理だったのかが、皆さんにお分かりいただけるのではないかと思っています。

■新曲はベスのソロとデュエットの2

私のほうからクンツェさんとリーヴァイさんにお願いしたのは、ベスとロビンが別れるに至るシーンを、より切々たるものとして描いてほしいということでした。具体的には最後のデュエット曲を、別れを既に受け入れている歌ではなく、別れを決める歌にしてほしいと。新しいデュエット曲によって、このシーンが起承転結の“転”であることが強調できているのではないかと思います。

また、お二人のほうから書いてきてくださった新曲もあり、それはベスのソロ曲でした。この作品にはベスが苦難に立ち向かう歌がいくつかありますが、それとはまた違う、覚悟を決める歌。とてもドラマチックで、作品のテーマ曲にもなると思いましたので、ベスが即位を受け入れる時に歌おうというふうに、私のほうで入れる場所を決めさせていただきました。

■笑いを抑え、テーマ性をクリアに

濃縮されたものを見ていますと、結果的に、ユーモラスな部分が影を潜めているのを感じます。チューダー朝のイギリスの物語ということで、登場人物たちの価値観には現代の感覚からすると滑稽なところがあり、初演ではそれがコミカルに描かれていました。今回はそうした要素が抜けている分、シリアスかつシャープな印象が強くなり、テーマ性が非常にクリアになっているのではないかと思います。

そのテーマと申しますのは、新しい時代の担い手であるエリザベス1世が、どのようにして自分というものを形成し、定められた女王職に就くのかという物語。キャリアウーマンの先駆けとしてのエリザベス1世像が感じられるようになっていますので、働く若い女性なんかがご覧になると、ご自身との接点が見つかるのではないでしょうか。

小池修一郎

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メインキャスト13人の3年半前、そして今

■レディ・ベス役:花總まり&平野綾

花總まりさんは、それまでもヒロインは何度も演じていましたが、相手役ではなく“主役”となるとこの作品の初演が初めてでした。座頭という初めてのポジションに本人が向かっていくことと、ベスが未知の人生に向かうことが、見えないところで見事にオーバーラップしていたのが初演の舞台。ですが今の彼女は、主演でいることに慣れ、貫禄も出てきています。そんな中で初めて経験することへの恐れや興奮、高まりのようなものを再現するわけですから、今回は演じなくてはならず、別の意味での勝負になるでしょうね。

平野綾さんの場合も、帝劇の舞台に主演するのは初めてでしたから、初演ではやはり重圧と向き合っていたと思います。こちらには落ち着いて淡々とこなしているように見えていましたが、本人的にはドキドキの連続だったのではないでしょうか。それがやはりベスとオーバーラップしていましたが、今回はそういう“看板”はありません。ニューヨークに行って勉強していらしたということで、歌には大変磨きもかかっていますから、女優として充実したところを見せてくれるのではないかと思います。

■ロビン・ブレイク役:山崎育三郎&加藤和樹

山崎育三郎君はメディアでのブレイクがすごいですが(笑)、自分のベースはミュージカルだということを、本人も改めて確認しながら取り組んでいると思います。ロビンというのは、青春そのものを体現するというか、体現させられる役。今の若者と違って、「世の中は自分たちの力で変えることができる」という認識の中で生きていた人なわけですが、山崎君からはまだそういう青春の匂いがプンプンします(笑)。また、色々なことを成し遂げて達成感を持ったことが演技にもつながり、舞台に立体感を加えてくれるのではないでしょうか。

加藤和樹君は、初演の時にはまだ、舞台で動いていくことに慣れていなかったように思います。旅するフォークシンガーのような雰囲気は元々持っていましたが、ロビンのようにおっちょこちょいなタイプではないので(笑)、そこは苦労したでしょうね。でもこの3年間で、ミュージカルでもストレートプレイでも主演を経験し、ほかにも色々な仕事をしています。演技に深みが出ましたので、今回はより心にしみるところまでロビンを持っていってくれるのではないかと期待しています。

■メアリー・チューダー役:未来優希&吉沢梨絵

ベスの姉のメアリーは、初演ではややコミカルに描かれていましたが、今回は悲劇を背負った人であることが、よりしっかり伝わるようになっていると思います。未来優希さんも吉沢梨絵さんも、それを見事な演技で示してくれていますね。お二人とも、女優としても人間としても非常に大人になられて、演技にもやはり深みが増しています。

今回は、ベスとメアリーの子ども時代が、非常に短いシーンではありますが描かれます。物語への導入をスムーズにし、観終わって振り返られた時に「ああなるほどな」と思っていただくために加えたのですが、これによってお客様のメアリーに対する印象が相当変わるのではないかと思います。このあたりはぜひ、ご覧になってお確かめいただきたいですね。

■フェリペ役:平方元基&古川雄大

平方君は、本当に歌が上手くなりました。大変な努力家ですから、積み重ねてきたことが実を結んできたのでしょう。そして、彼は自分からミュージカルというジャンルに入ってきたわけではないので、初演の時は及び腰なところがあったと思うんですね。でもそれを見事に乗り切って、今では「これは自分のやるべきことである」という自覚を非常に持っていると感じます。彼はこの先も、長きにわたって活躍するだろうという印象が今はありますね。本当に、プロフェッショナルな存在になりました。

古川君もすごく歌唱力が進歩したことと、それから歴史上の人物を演ずることに、憶することがなくなったのを感じます。どんな役でもそうではありますが、歴史に名を残した人たち、殊に王様というのは、演じる本人からはかけ離れています。初演の古川君はまだ、実感を持って演じられていないところがあったかもしれませんが、今回は違う。今すごく人気が出てきて勢いがありますが、これからもミュージカルというジャンルを支える一人として活躍していくだろうと思います。

■アン・ブーリン役:和音美桜

彼女がある意味、この3年間で一番成熟したかもしれません。まろやかさが出て、芸風の色合いが熟成されてきたといいますか、ミュージカル女優として見事に自分を確立したなと思いますね。元々達者な人ですが、いわゆる優等生的なところよりも練れたものが前面に出てきたことで、アン・ブーリンの情愛のようなものが滲むようになりました。彼女という存在が、コース料理の味付けに統一感をもたらし、つないでくれているのを感じています。

■シモン・ルナール役:吉野圭吾&ガーディナー役:石川禅

この二役もメアリー同様、初演ではナンセンスな面白さを狙っているところがありましたが、今回は割合とシリアスな存在様式になっています。ただもうお二人ともキャリアが違いますから、それぞれの持つ個性や色をより強烈に出していただくことで、最初に申し上げたような“濃縮”された面白さが出てくるのではないかと思います。

■キャット・アシュリー役:涼風真世&ロジャー・アスカム役:山口祐一郎

ベテランのお二人は、後輩たちが長い時間舞台で活躍するのをしっかりと支え、それでいて自分を光らせるべきところはきちっと光って浮いてきますから、これはもう宝物のようなものですね。これだけ長い芸歴を重ねて、もちろん光り方は変わっているかもしれないけれども、輝きを失わないというのは本当にすごいことだなと痛感いたします。出ていらっしゃる時間が長くなくても輝けるのはやはり、培ってきたものが違うから。お二人が参加してくださっていることで、この作品が厚みのあるものになっていますね、本当に。

小池修一郎

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改めて思う、クンツェ&リーヴァイ作品の魅力

■名コンビとの創作の思い出

初演の時は、お二人ご自身が稽古場にいらっしゃって、私やスタッフの意見を取り入れながら作品を仕上げてくださいました。目の前で加筆訂正の作業をバンバンやっていらっしゃるお二人を見るのは大変エキサイティングで、私はその姿に大変驚き、そして圧倒されたのを覚えています。リーヴァイさんは初日の前日にも、まだ新たなマテリアルを加えたいとおっしゃっていました。日本にはあまりない、トライアウトやプレビューのシステムに慣れていらっしゃるからでもあるとは思いますが、それにしてもものすごい創作意欲でしたね。

■クンツェならではの主役の語り方

クンツェさんというのは、物事を色々な角度から、分析的に見る方なんですね。『エリザベート』にはトート(死)、『モーツァルト!』にはアマデという、主役の意識の中の存在が実際に登場し、「今こう思っているんだろう」「本当はこうしたいんじゃないのか」と本人に問いかけながら分析しています。『レディ・ベス』においては、トートやアマデほど強烈な関与を常にしているわけではなく、どちらかというと隠し味的であると私は思っていますが、母の霊であるアン・ブーリンがそうした存在。死の側から、才能の側から、あるいは殺された母親の側から主役を語るアプローチというのが、本当に独特だなと思います。アン・ブーリンがいなければ、この作品はただの伝記ミュージカルになっていたかもしれません。

■リーヴァイ音楽の暗い陶酔感

リーヴァイさんの音楽には、観る者の本能や神経を刺激するというか、マッサージチェアのように(笑)、ブルルルルと揺さぶってくるところがあると思います。魅力はやはり、発散型ではない、どちらかというと暗めの陶酔感。クンツェさんの語らんとすることを、最初は「そんな話あるわけないじゃん」と思いながら観ていた人も(笑)、リーヴァイさんの酔わせる音楽によって引きずり込まれていくんです。普通に考えたら辻褄が合わないことにも、音楽がもたらす幻惑によって、別の形で納得できてしまうんですね。

『レディ・ベス』は分かりやすいといえば分かりやすい物語ですが、例えばアメリカのミュージカルであればそれを方程式にのっとって明確に見せていくであろうところ、お二人はそうはしていません。観客が方程式を見失っても、結論はちゃんと分かるように伝えているところがお二人の作品の特徴であり、魅力ではないかと思っています。

小池修一郎

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インタビュー・文=町田麻子 撮影=荒川 潤

公演情報
ミュージカル『レディ・ベス』
 
■脚本・歌詞:ミヒャエル・クンツェ
■音楽・編曲:シルヴェスター・リーヴァイ
■演出・訳詞・修辞:小池修一郎
■出演:花總まり/平野綾(Wキャスト)、山崎育三郎/加藤和樹(Wキャスト)、未来優希/吉沢梨絵(Wキャスト)、平方元基/古川雄大(Wキャスト)、和音美桜、吉野圭吾、石川禅、涼風真世、山口祐一郎 ほか
 
<東京公演>
2017年10月8日(日)~11月18日(土)
■会場:帝国劇場
 
<大阪公演>
2017年11月28日(火)~12月10日(日)
■会場:梅田芸術劇場メインホール

■公式サイト:http://www.tohostage.com/ladybess/

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