ボーダーレスな活躍を見せる新倉 瞳(チェロ)インタビュー~クレズマーライブで魅せる新たな一面

インタビュー
クラシック
2017.10.19
新倉瞳 (撮影:中田智章)

新倉瞳 (撮影:中田智章)


昨年12月、将来有望な音楽家に贈られる第18回ホテルオークラ音楽賞に輝いたチェリストの新倉 瞳(にいくら ひとみ)。現在、スイスと日本を拠点に演奏活動を行っており、ソロ活動のみならず、室内楽やバロック音楽、現代作品にも造詣が深く、常に新しい試みから深い作品解釈を提示してきた。実は、彼女にはもう一つの顔がある。東欧のユダヤ人コミュニティで長く演奏されてきた民族音楽、クレズマー音楽のバンドCheibe Balagan(ハイベ・バラガン)でもチェロを演奏しているのだ。Cheibe Balaganは、昨年、ファースト・アルバム「Der Nayer Mantl」をリリースし、待望の発売記念ライブが、12月26日にeplus LIVING ROOM CAFE & DININGで、12月28日にはヤマハ銀座スタジオで開催される。欧州のクレズマー音楽シーンがもつ熱気を本邦にも届けてくれることだろう。「クレズマー音楽を初めて聴いて、すぐに魅せられてしまった」と語る新倉。どこか古風で、それでいて躍動感あふれるクレズマー音楽のサウンドは、クラシック音楽とは違う楽しさを与えてくれるに違いない。今回、チェロの演奏のみならず、ヴォーカルも担当するという新倉が、どんな新しい一面を見せてくれるのかも楽しみだ。ライブを控えた彼女に、クレズマーとの出逢いから今回のCD・ライブに賭ける意気込みについて、熱く語ってもらった。

新倉瞳 (撮影:中田智章)

新倉瞳 (撮影:中田智章)

人生観を変えたクレズマーとの出逢い

――まず、バンドCheibe Balaganについて教えていただけますか。

今から10年くらい前、ヴァイオリンとコントラバスとギターの学生が先生から、「何でも良いからグループを組みなさい」と言われ、「クレズマー・バンドをやろう!」となったのが、今のバンドの原点です。以来、メンバーの出入りはありましたが、Cheibe Balaganは続いてきました。現在のメンバーは、それぞれ違う専門や本業をもっています。クラシック音楽の奏者もいれば、ジャズの奏者もいる。普段は弁護士をしているメンバーもいるんですよ。お互いにリスペクトがあり、とても刺激的。メンバーから学ぶことはとても多いですね。

――このバンドに参加するきっかけは何だったのでしょうか?

クラシック音楽を専門にしているCheibe Balaganのメンバーと一緒に室内楽で組んでいました。たまたま、「バンドをやるから、今度、聴きに来て」と誘われて、その時に聴いたクレズマー音楽に心が動かされました。哀愁を帯びた旋律なのに、聴いていて元気になる。「一緒にやりたい」という気持ちが湧いてきて、メンバーになってしまいました!

――クレズマー音楽の魅力を、どういうところに感じたのでしょうか。

それまでは、「こうでなければいけない」とか、「キャリアを積まなきゃいけない」といった鎧を着ていたんだと思います。クレズマー音楽と出会って、そういった固定観念がなくなり、とても自由になりました。私たちは、所謂、「西洋のチンドン屋」という趣で生の音で即興的に演奏したり、自由にアレンジしたりします。形にとらわれずに、表現できるところがとても楽しいですね。

クレズマー音楽の世界には、「プロフェッショナル」という言葉を使っている人がいないんじゃないでしょうか。クレズマー音楽に出会って、初めて、その人の人間味が溢れてくる音楽というのを感じました。クレズマー音楽のワークショップで出逢う方々は、とにかく好きで弾いている人ばかり。想いがたっぷり詰まった演奏には、人の心を動かす力があります。音楽は楽しむもので、幸せを共有するものという本質に目を向けさせてくれた。そういう意味で、救われた音楽ですね。

――クレズマー音楽での経験は、クラシック音楽の演奏にも大きな影響を与えているのでしょうか。

ええ、すごく。クレズマー音楽と出会ってから、弾き方や価値観が大きく変わった曲もたくさんあります。例えば、チェロの有名な曲にブルッフの「コル・ニドライ」がありますが、そのテーマは、シナゴーグ(ユダヤ教の教会)のセレモニーで歌われる聖歌です。楽譜上の音をただ弾くだけでなく、その奥にある気持ちや魂を表現するようになりました。それが大きな宝になっています。

新倉瞳 (撮影:中田智章)

新倉瞳 (撮影:中田智章)

伝統を継承しながら、新しさを表現したファースト・アルバム

――今回のライブはCD発売を記念したものですが、アルバムについて教えて下さいますか。

Cheibe Balaganが生まれてから10年という節目を迎え、初めてリリースするアルバムです。クレズマー音楽の伝統的な作品と共に、私たちのオリジナル楽曲も収録されています。アルバムのタイトル「Der Nayer Mantl」は、イディッシュ語で「新しいマント」という意味で、アルバムに収録したオリジナル作品のタイトルでもあります。クレズマー音楽のスタンダードを守りつつも、新しいものへと踏み込んでいきたいという気持ちを込めて付けました。

――曲を聴かせて頂きましたが、どこか懐かしい響きで日本人にも親しみやすい曲が多いように感じました。

クレズマー音楽は民族音楽なので、古くから伝承されてきた曲が多いですね。短調でありながらも、前向きで、聴きやすい。日本の民謡にも通じるところがあると思います。また、感情が溢れ出ているという意味では、演歌節とも共通点がありそうですね。

――この中で、特に印象に残っている曲はありますか。

一番好きな曲は「Wedding Hola」です。クレズマー音楽は、元々、ユダヤの結婚式で披露された踊りの音楽だったんですが、アメリカ大陸に伝わるとイディッシュ・シアターで使われるようになったり、ジャズと融合したりしました。「ホラ」とは、ゆっくりしたダンスでみなさん輪になって踊る音楽。そうした雰囲気がもつ温かい感じのある旋律がとても好きです。

新倉瞳 (撮影:中田智章)

新倉瞳 (撮影:中田智章)

手拍子あり、ダンスあり、自由なスタイルで楽しんでほしい

――年末には、いよいよ日本でのライブが開催されますね。

リビングルームカフェとヤマハ銀座スタジオの二か所でライブをします。演奏する作品は似ていますが、見せ方に違いがでてくると思います。

私たちのバンドは、スイスではバーやカフェでも演奏していて、そういう雰囲気を日本でも再現したいと考えました。真っ先に浮かんできたのが、リビングルームカフェ。席に座って、聴いて頂けるので、老若男女を問わず楽しめると思います。メランコリックな音楽を、居心地の良い雰囲気に溶け込むようなアレンジにしたいと思っています。

ヤマハ銀座スタジオの方はスタンディングでのライブですから、一緒に歌ったり、踊ったり、手拍子したりして、観客の皆さんにも自由に盛り上がって欲しいですね。どちらの公演でも、その場に足を運んでくださった方と、一緒に音楽を作っていきたいと思っています。

――前回の来日公演は2015年でした。その時の印象はいかがでしたか。

前回の来日は、私が全てをオーガナイズし、参加したメンバー全員がボランティアでした。公演にいらしてくださったお客様からは、「クラシック音楽とは一味違った楽しみ方ができる」とか、「クレズマー音楽って、とっても良い!」といった反応を頂くことができました。楽しみにして下さっている方もたくさんいらっしゃると聞いていますので、​それが大きな励みになっています。

――最後に、ライブを楽しみにされている皆さんに、メッセージをいただけますか。

前回のライブにお越しいただき、今回も楽しみにして下さっているお客様と再会できるのは、大きな楽しみです。また、初めてのお客様には、クレズマー音楽が、決まりにとらわれない音楽として語り継がれていることを知って頂く、そのきっかけになれば嬉しいですね。それぞれの自由なスタイルで、楽しんでいただければと思います。

新倉瞳 (撮影:中田智章)

新倉瞳 (撮影:中田智章)

取材・文=大野 はな恵  写真撮影=中田 智章

公演情報
新倉瞳 クレズマーライブ Cheibe Balagan CD発売記念
 
■出演:新倉瞳(チェロ)ほか (グループ名:Cheibe Balagan)
■日程・会場
・12/26(火) eplus LIVING ROOM CAFE & DINING
 1st set 19:30~ 2nd set 21:00~(各30分程度予定)

・12/28(木)18:30開場 / 19:00開演 ヤマハ銀座スタジオ(ヤマハ銀座ビルB2F)
■プログラム :Bay Mir BIstu Sheyn ほか

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