イギリスの名手、ポール・ルイス(ピアノ)が新たなソロ・シリーズと盟友パドモアとの演奏会を語る
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ポール・ルイス
これまでに全5回のシューベルト・チクルス、マーク・マドモアとのシューベルト三大歌曲集演奏会、そしてベートーヴェンの後期三大ソナタ演奏会を成功させてきたイギリスの名手、ポール・ルイス。この秋には盟友パドモアとの2夜にわたる演奏会と、新たなソロ・シリーズ『HBB PROJECT』の第1回公演を行う。8月中旬、アメリカの音楽祭からロンドンに戻り、半日後にはコンチェルトの演奏のためにエジンバラへ向かうという彼に話を訊いた。
――まずはソロリサイタルのプログラムについて伺います。この『HBB PROJECT』ではハイドン、ベートーヴェン、ブラームスの作品に集中的に取り組むそうですね。時代や地域を考えるとモーツァルトやシューベルトが入ってもおかしくはないように思えるのですが、なぜこの3人を選んだのですか?
実はもう何年も前からハイドンのピアノ・ソナタを演奏したかったんです。ハイドンの音楽は十分に演奏されているとは思えない。だからできればハイドンに集中して取り組むシリーズをやりたかった。とはいえオール・ハイドンの演奏会をやるよりは、他の作曲家と組み合わせたほうが面白いだろうという意識もありました。
ハイドン作品はコンサートプログラムの『定番』とはいえないけれど、素晴らしく豊かなものばかりです。特筆すべきはそのユーモアで、ハイドンはオーディエンスを笑わせることができる数少ない作曲家のひとりといえます。作品のいたるところにサプライズが仕込まれていて、突拍子もない展開をみせるんですね。そうしたハイドンの資質と対極にあるものとして、後期のブラームスの作品を置いてみたらどうだろう、と考えました。非常に深く、シリアスな表現。内に向かう感情。ブラームスのそうした部分に触れて笑う人はいないでしょう。ブラームス自身も冗談を言っているつもりは毛頭ないはずです。
ではこの両極端なふたりの橋渡しをできる存在はあるだろうか、と考えてみると、ベートーヴェンの「6つのバガテル」や「ディアベッリ変奏曲」などはまさにそれではないかと思えます。たとえばバガテルも、一部はとてもハイドン的な性格があって、予想を裏切るおかしさがある。その一方で非常にブラームス的な、ロマン派の時代を先取りしているともいえる部分もある。「ディアベッリ変奏曲」をはじめとする後期の作品ではそれが顕著になります。ということで、ベートーヴェンは一種の『つなぎ』として、ハイドンとブラームスの橋渡しをしてくれるのです。今回のプロジェクトを考えたときは、こうした狙いがありました。
――第1回はハイドン、ベートーヴェン、ブラームス、そしてハイドンという曲順ですが、4回のコンサートはすべてハイドンに始まりハイドンに終わる形式なのですか?
いいえ、順番は必ずしも同じではありません。各プログラムでそれぞれ効果的な組み合わせにしたいと考えています。共通点や相違点を感じ取りやすくしたい。第2回のプログラムではブラームスの「4つの小品 Op.119」を最後に置いています。非常に身振りの大きい、高揚感のあるフィナーレとなるでしょう。この秋のVol.1ではちょっと思い切った構成にしました。ブラームスの「6つの小品 Op.118」はとても重々しく絶望的なトーンで終わる。その直後にハイドンの陽気でユーモラスなト長調のソナタを演奏するというのは、冷たいタオルを顔面に投げつけるようなものかもしれません(笑)。
――ユーモアがこのプログラムの大きな柱となっているのですね。
第1回のプログラムでは特にそうですね。最初と最後に置かれたハイドン作品がユーモラスなのはもちろん、全体の構成もちょっとしたジョークと思ってもらえればいいのですが(笑)。
――ハイドンのソナタをレコーディングする予定はあるのですか?
すでに2曲録音をすませていて、今月(8月)下旬にもう2曲レコーディングする予定です。CDは来年の春にリリースされると思います。その後もハイドン作品集の第2弾を予定しているので、ハイドンのソナタは2枚リリースされます。ベートーヴェンのバガテルも録音しているのですが、これは2020年に計画している『ベートーヴェン・イヤー』の一環としてリリースされる見通しです。
――ハイドン作品を録音するにあたって、フォルテピアノでの演奏を検討したことは?
実は何度もフォルテピアノでの演奏を考えたことはあるんですよ。古楽器での演奏を試みるのは大事なことだと思います。作曲家の『語り口』というか、その書法を知る手掛かりになるからです。どうしてそのような書き方になったのか。作曲家が使っていた楽器に近いものに触れることで、多くのことがクリアになるような気がします。とはいえ実演で使うとなると別の話で、まだコンサートでフォルテピアノを弾きこなせるという自信はありません。ですから現時点ではフォルテピアノを通じていろいろな発見をし、それをモダンピアノでの実演に還元するにとどめています。将来的に、もしかしたらフォルテピアノで演奏する日がくるかもしれませんが。
ポール・ルイス、 マーク・パドモア
――次にマーク・パドモアとのプログラムについてお訊ねします。前回は2014年、シューベルトの三大歌曲集を演奏しましたが、今回は様々な作曲家を採り上げますね。このプログラムはどうやって組んだのですか?
2人で考えたものです。2日目のシューマン、ブラームス、シューベルト、ヴォルフのプログラムは、ゲーテとハイネという2人の詩人の作品を中心にしています。なかでもヴォルフの作品は私が昔から演奏したかったものなのです。ピアニストの我が儘だと言われるかもしれませんが、とにかくピアノパートが素晴らしいんです。そしてとても技巧的に書かれています。ある意味、超絶技巧歌曲です。ヴォルフの作品はオリジナリティにあふれていて、ショッキングに感じるところすらある。弾き甲斐があるし、一緒に演奏するのがとても楽しい作品です。今回演奏する一連のヴォルフ作品は『酒』をテーマにしたもので、曲そのものが酔いどれ調なんですね。とても楽しいですよ。
――でもルイスさんご自身はお酒を召し上がりませんよね?
ええ、私自身は飲みません。ですから現実世界ではなくて音楽の中で存分に酔うようにします(笑)。
――ヴォルフは録音も実演機会も決して多い作曲家ではありませんが、各地での演奏を通じて関心が高まるといいですね。
そう願います。過去にもこのプログラムを演奏したことがあるのですが、オーディエンスから特に多くのコメントが寄せられるのがヴォルフ作品なんです。それだけ人にインパクトを与える音楽なのです。だからぜひ実際に会場で聴いていただきたいですね。「ヴォルフの曲なんて知らないよ」という人は多いかもしれませんが、聴いたら感激すると思いますよ。
――ヴォルフ以外の作曲家についてもコメントをお願いします。
ハイドンの歌曲は自分がやろうとしているハイドンのソナタのシリーズと共鳴するところがあるので、どういう感触になるのか楽しみです。シューマンの「詩人の恋」は、つい先日、アメリカのマルボロ音楽祭でヴァシル・ガルヴァンリエフというマケドニアの歌手と集中的に練習しました。マーク・パドモアはこの作品を「本質的にはピアノ曲だ」と言っていますね。そのくらいピアノの存在が重要なのです。もちろんピアノパートにとどまらず、様々な魅力がある曲です。もうひとつのシューマン作品、ハイネの詩による「リーダークライス」も、表現の深さといい多彩さといい、まさに天才のなせる業といえるでしょう。
――以前シューベルトの歌曲集の演奏会に先立ってお話を伺ったときに、「ピアノで一番出したくない音は『ピアノの音』です」とおっしゃっていましたが、それはすべての作品に共通することですか?
ピアノというのは実に見事な楽器です。ハンマーが弦に当たり、そこから音が生まれるので、ある意味では打楽器ともいえる。しかしその一方で管弦楽的な音色の豊かさを出すこともできます。さまざまな幻影を生み出せる楽器であり、その可能性は無限大とすらいえます。シューベルトの場合は、『声楽的表現』が重要になります。歌曲のリサイタルは自分にとって、歌手の模倣をする――ピアノで『声』を再現するよい訓練になります。ピアノの声を人間の声と溶け合わせ、ピアノを通してその音を届けるという作業は、自分にとってとても大きな意味を持つのです。もちろん人間の声に触れられるという点にとどまらず、歌曲のレパートリーは素晴らしいものですからね。私はマーク以外にあまり多くの歌手とは共演しません。お互いに気が合うこと、一緒に音楽をやって楽しいと思えることが大事ですね。
「王子ホールマガジン Vol.57より」(文・構成=柴田泰正 写真=藤本史昭 協力=ユーラシック)
2017年11月29日(水) 19:00開演 (18:00開場)
全席指定 6,500円
特設ページ:http://www.eurassic.jp/hbb-project/