ふたりの「未来の巨匠」による初めてづくしの響宴が見逃せない! ~上野耕平(サクソフォン)&阪田知樹(ピアノ)デュオ・リサイタルの観どころを訊く
阪田知樹 撮影=岩間辰徳
昨今、平日昼間に開演する演奏会に注目が集まっていることをご存知だろうか? 以前であれば、短くて軽めのランチタイムコンサートやシニア層向けのコンサートなどが多かったのだが、現在ではライフスタイルの多様化が進む時勢に合わせるかのように、平日昼間にも見逃せないコンサートが目立つようになった。オペラシティコンサートホール(新宿・初台)で2018年1月11日木曜日の13時半に開演する「上野耕平&阪田知樹デュオ・リサイタル」も、そうした演奏会のひとつだ。20代なかばにして世界で通用する圧倒的なテクニックと豊かな音楽性を持つ、ふたりの「未来の巨匠」が初めて共演を果たすというだけでも胸熱なのだが、話題はそれだけではないのだから本当に目が離せない。今回の演奏会の注目ポイントについて、ピアニストの阪田知樹に詳しく話をうかがった。
阪田知樹 撮影=岩間辰徳
――サクソフォンの上野さんとは今回が初共演になるそうですが、初共演とは思えないほどプログラミングが凝っていて驚きました!まず最初はそれぞれのソロで、バッハが演奏されますね。阪田さんはブゾーニが編曲したシャコンヌを取り上げられます。
上野さんと電話やメールでやり取りして、まず最初のソロをバッハでスタートしようよという話はスムーズに決まりました。ブゾーニ編曲のシャコンヌは昔から弾いていた曲なんですけれど、実は公開の場で演奏するのは今回が初めてなんです。
――それはとても意外でした!
ドイツに行ってから、チェンバロだとかフォルテピアノ(といった作曲当時に使われていた楽器)に触れる機会が増えました。チェンバロで弾くバッハと、現代のモダンピアノで弾くバッハって本当に天と地ほどの差があって。別にどちらが良い悪いではなくて、ただ違うんですよ。
今回演奏するシャコンヌは「ブゾーニが手を入れたから、これはバッハとしては……」みたいなことをおっしゃる方がいることも重々承知しているんです。けれども、こういう捉え方があっていいんじゃないかと、チェンバロを演奏したからこそ私は良い意味で確信しました。
阪田知樹 撮影=岩間辰徳
――チェンバロなどの古楽器に触れると、ブゾーニ編曲のようなバッハ像を受け入れられなくなるという演奏家の方もいらっしゃるなか、阪田さんは反対に、チェンバロを経験したからこそブゾーニ編曲の良さが見えてくるとおっしゃられるのが大変興味深いです。
バッハってピアノだけで弾いていると、音楽がすごくシステマティックだとか、そういう風に捉えられがちなんですが、いざバッハにチェンバロで対峙したときには見えてくる世界が全然違います。感情の起伏があってロマンティックで、非常に歌心に溢れる作曲家だってことがよく分かるんです。そしてブゾーニの編曲はそれをピアノに柔軟にトランスレイト(翻案)した、私はもはや編曲というか、ひとつの作品だと思っていますね。
――プログラミングのお話に戻りまして、バッハの次に演奏することが決まったのは、どの曲なのでしょう。
次は、僕が作曲中のものがあることを提案したら、凄く興味をもってくださって。それで私の新作「アルト・サクソフォンとピアノのためのソナチネ」を入れることに決まりました。
――この新作は、どのような作品になるのでしょうか。
私が書いている曲の中では、ジャズの要素を含んだ作品というのは、あまり今まで取り組んでこなかったんです。だけどサックスの歴史のなかで、ジャズというシーンは落とせないワードだと思うので、今回初めてそういった要素も含めています。
ジャズピアニストでは、ビル・エヴァンスとかオスカー・ピーターソン、あとはアート・テイタムがとても好きなんです。彼らを聴いてイミテイト(模倣)するわけではないんですけれど、何らかのインスピレーションは受けつつ、自分なりに咀嚼したジャズテイストっていうものを取り組んでいます。
全体は3楽章形式で書いた作品になっておりまして、古典への回帰というか、古典を踏襲して、1楽章はフランス的な要素や、ラテン的な明るさを持っていて、2楽章はちょっと暗いジャズのテイストを含んだもの。3楽章は、ある種のバロック回帰みたいなところを見せつつの、軽やかで明るい曲……というのが、大体の構造ですね。
阪田知樹 撮影=岩間辰徳
――ジャズといえば、ジャズの影響を強く受けたシュルホフの「ホット・ソナタ」もプログラミングされていますね。
私からサックスの方と共演するなら「是非この曲をやりたい!」と提案したのがシュルホフの「ホット・ソナタ」だったのです。上野さんも「すごく好きな曲だから、嬉しい」「こんな曲知ってるんだ~、ピアノなのに」って驚かれてました。
――阪田さんからの提案だったとは! 全く知られていないわけではないですが、決して有名というほどでもない作曲家ですよね。いつ頃、出会われたのでしょうか?
多分、3~4年前ぐらいには知っていたんじゃないかな。一時期、シュルホフにはまった時期があって、ピアノソナタ3曲を全部聴いてみたりとか、結構マニアックなことをしていたんです(笑)。
――そうした過去に作曲家と作品を発掘された経験が、今回のように何年か越しで活かされたりするんですね。
そうなんです。常に調べていまして、記憶力は良い方なので見たものは結構覚えちゃう方なんです。頭の中がデータベースみたいになっているので、あれはどうかな、これはどうかなって考えますね。
例えば来年(2018年)が没後100年のドビュッシーも取り上げますが、シュルホフはドビュッシーの門戸を叩きにいったこともあるんです。そしてドビュッシーはショパンを尊敬していましたよね。オリジナルと編曲作品が混在してはいるんですけども、ある種の連鎖的な意味。こういう繋がりも面白いんじゃないかなと思いながら選んでいます。
――なるほど、作曲家同士の関係性まで考慮しながらプログラミングをされているのですね。そう考えると、ショパンがバッハを尊敬していて……という繋がりもありますね。
そうなんですよ! このコンサートはトークも入るので、そういったことも予備知識的な感じでお話を交えられたらな……と、上野さんともお話ししております。
阪田知樹 撮影=岩間辰徳
――そうした関係性で見ていった時に、シフラが編曲したブラームスのハンガリー舞曲第5番は、どのような意図があるのでしょうか?
上野さんと私がそれぞれ弾く、ヴィルトゥオーゾ作品的なものを入れようと思いまして、彼はリムスキー=コルサコフの「熊ん蜂の飛行」を網守さんが編曲されたものや、山中さんが編まれた「カルメンファンタジー」といった、原曲が有名な楽曲を演奏したいとおっしゃったんですね。
じゃあ、私も何かエンターテイナー性を出せる作品がないかなと同じ視点で考えて、「ハンガリー舞曲第5番」だったら聴いたら「ああ、この曲か」って分かりますよね。シフラというピアニストは世界一だったといわれるリスト弾きですし、(リスト国際ピアノコンクールで優勝した)自分との関連性というのもあります。そして何より、彼の持つ超絶技巧を存分に発揮した楽しさもあり、それでいてアンニュイな要素も持っていたりとか、ただの超絶技巧曲ではない、ニュアンスや空気感を持った編曲で、私は前から推していたんです。
――こちらも、まだ弾かれたことがなかったんですか!?
今回が初めてですし、他にも初めてが多いと思います。実は、演奏会でサックスと共演するのも初めてなんです。
――初めてづくしで、楽しみがより一層増えました!では、最後にコンサートにお越しくださるお客様へメッセージをお願い致します。
今回はアフタヌーンコンサートという題名で、東京・初台のオペラシティ・コンサートホールで開催されるわけですけれども、演奏の合間にアーティストが選ぶお菓子が出ます。そして何よりプログラムが定番のショパンやバッハもありつつ、耳馴染みある作品が新たな姿をもって出てきたりとか、刺激的な昼間のお時間になると思います。是非とも遊びにいらしてください!
阪田知樹 撮影=岩間辰徳
20代半ばとは思えぬほどの膨大な知識と、分け隔てない音楽への深い愛情からも、阪田が「未来の巨匠」となるのは間違いないと確信するばかりである。21世紀の日本のサクソフォン界を背負って立つ上野耕平との共演で、どんな化学反応が起きるのか。この初コラボレーションを見逃す手はないはずだ。
インタビュー・文=小室敬幸 撮影=岩間辰徳