世界興収1,000億円『戦狼/ウルフ・オブ・ウォー』は中国の国策プロパガンダ映画か?ルッソ兄弟の参画とウー・ジンの執念が生んだもの
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日本でも公開中の映画『戦狼/ウルフ・オブ・ウォー』は、2017年7月28日に本国中国で封切られると、わずか7日でチャウ・シンチー監督『人魚姫』の記録を超えてアジアの歴代興行収入を塗り替えた。同年8月18日には観客動員数が1億4,000万人に達し、映画史上における“単一市場の観客動員数”の世界新記録を樹立。その後もヒットを続け、『スター・ウォーズエピソード3/シスの復讐』などを抑えて世界歴代54位となる約1,000億円の興行収入を記録し、『千と千尋の神隠し』の3倍にあたる数字を上げるに至っている。この記録は中国国内メディアだけでなく、世界各国のエンタメ誌や経済紙もとりあげ、大きな話題となった。しかし、本作はその数字のみによって注目されたわけではない。劇中では、中国人民解放軍の特殊部隊“戦狼”の元隊員レンが、アフリカ某国での反乱に巻き込まれた人々(主に中国人)を救うため、傭兵軍団と死闘を繰り広げる姿が描かれているが、その設定から、「中国人民解放軍のための国策映画なのではないか?」といった議論が巻き起こっているのである。
果たして本作は国策プロパガンダなのだろうか?監督や製作者のインタビュー、中国の映画市場、そして劇中の描写など様々な要素を鑑みた結果、筆者はその疑問に「NO」と言いたい。なぜなら、国家主導による宣伝ではなく主演・監督ウー・ジンの個人的な愛国心にもとづく作品だと思うからである。ここでは、本作を中国での驚異的な成功に至らしめた要因に触れつつ、作品の本当の目的を考えたい。
家を抵当に入れて資金を集めたウー・ジンの執念
『戦狼/ウルフ・オブ・ウォー』監督・主演のウー・ジン (c) Beijing Dengfeng International Culture Communication Co., Ltd. All Rights Reserved.
まず最初に、『戦狼/ウルフ・オブ・ウォー』は中国政府が主導で製作したわけではなく、俳優ウー・ジンと民間の製作会社が作り上げた立派な営利目的のミリタリーアクションであることを伝えておきたい。監督・主演のウー・ジンは、中国の大手WEBメディアYaiCaiGLOBALのインタビューにおいて、2008年に三部作として『戦狼』シリーズの脚本を書き始めたことを明かしつつ、「社会の空気が落ち込んでいるのを感じた」「世界に中国人がタフであることを示したかった」と当時の心境を語り、アーノルド・シュワルツェネッガーやシルベスタ・スタローン、ブルース・ウィリス、トム・クルーズが演じたような“アメリカ映画的なアクションヒーロー”を中国人に置き換えることで、鼓舞することが目的だったことを明かしている。つまり、極めて個人的な愛国心から企画をスタートさせているのである。ただし、この時点で“中国人の愛国心を刺激するヒーローアクション”として成功した映画はほぼ存在しなかった。ウケていたのは、コメディ、ラブロマンス、スター映画、そしてハリウッドのブロックバスター映画である。ウー・ジンは、『ローグ・ワン/スター・ウォーズ・ストーリー』『イップマン』シリーズのドニー・イェンや、『エクスペンダブルズ』シリーズのジェット・リーと同じ北京武術隊出身。二人に劣らない身体能力と表現力を備えた、知る人ぞ知る俳優ではあったが、当時は彼らほどのスターではなかった。だからこそ、自身が新たなヒーローになりうる企画が必要だったのである。これらの要素を考え尽くし、幾度となく脚本を書き直してたどり着いたのが、“外敵の侵略を受けて反撃する兵士”という設定だったのである。もしウー・ジンの得意分野がアクションでなかったら、『戦狼/ウルフ・オブ・ウォー』は心理戦を繰り広げるエージェントやハッカーが主人公のような、全く異なるジャンルの作品になっていたかもしれない。
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『戦狼』シリーズが始動しても、第一作が完成するまでに紆余曲折があったようだ。ウー・ジンはプロジェクトを実現させるまで、7年間で4つの仕事を断り、家を抵当にまで入れ、10億円を超える予算を集めて製作にこぎつけている。こうして完成したシリーズ第一作『ウルフ・オブ・ウォー ネイビー・シールズ傭兵部隊 vs PLA特殊部隊』(15)は、演習中の人民解放軍を麻薬王に雇われた傭兵部隊が急襲し、これを戦狼部隊が撃退するというもの。大規模な国産ミリタリーアクションが作られてこなかったこと、そして中国国民の愛国心を刺激する内容から、約94億円のヒットを記録した。ただし、興行的な成功とは裏腹に、批評家からは「プロパガンダ的である」と批判を受けてしまう。それもそのはず、主人公は人民解放軍の現役兵士であるし、敵対する傭兵は元ネイビーシールズ(米海軍特殊部隊)ということもあり、容易に「中国軍がアメリカ軍より優れている」というメッセージを連想出来てしまう物語だったのである。
『ウルフ・オブ・ウォー ネイビー・シールズ傭兵部隊 vs PLA特殊部隊』予告(海外版)
ちなみに、いわゆる“ガチ国策”と思しき作品として、中国では『建国大業』『赤い星の生まれ/建党偉業』『建軍大業』という三部作の映画が製作されている。中華人民共和国の60周年や、中国共産党・人民解放軍の90周年を記念したこれら三作は、国営の中国電影集団公司が中心となって製作され、『建軍大業』に至っては人民解放軍の制作プロダクション・中国人民解放军八一电影制片厂も参画。それぞれの作品には、ジャッキー・チェン、ドニー・イェン、チョウ・ユンファ、アンディ・ラウといった中国のスーパースター100名以上が参加し、多くがギャラなしで協力したという。しかし、最大のヒットとなった製作費約11億円の『建軍大業』でも興収69億円にとどまり、『ウルフ・オブ・ウォー ネイビー・シールズ傭兵部隊 vs PLA特殊部隊』の興収94億円にも水をあけられている。
『建国大業』予告(海外版)
『赤い星の生まれ/建党偉業』予告(海外版)
『建軍大業』予告(海外版)
ルッソ兄弟の参画で誕生した”アメリカ的な中国人ヒーローアクション”
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多少のケチは付いたものの、シリーズ第一作で得た資金と実績を元に作られたのが、第二作『戦狼/ウルフ・オブ・ウォー』である。製作に参画する企業も増えたわけだが、その結果プロジェクトには予算の増加以上の変化が起きている。『キャプテン・アメリカ/ウィンター・ソルジャー』以降、マーベル作品を多数手がけてきたルッソ兄弟が、コンサルタントとして参加することになったのである。『戦狼/ウルフ・オブ・ウォー』メインの製作会社である北京文化は、かねてからルッソ兄弟のようなハリウッドの人材を招き、彼らの技術・人脈を使って国産映画を製作する方針を打ち出していた。中国市場では、国産映画を保護する目的で、外国映画の上映本数に制限が設けられているが、それでも年間の興行成績上位には軒並みハリウッドのブロックバスター映画がラインナップされている。ここ数年で中国の製作会社がハリウッド大作に投資し、共同製作することも増えてきたが、これは中国人キャストを配役し、自国民が親しみやすい”ローカライズ”を行う意図も含まれている。しかし、話の筋に合わない無理やりな配役が国内外で反感を買うケースもあり、必ずしも成功していないのが現状だ。北京文化はこの発想を転換し、「中国のキャストとハリウッドのスタッフで、国産ブロックバスター映画を作ってしまえばいい」と考えたのである。ルッソ兄弟の尽力により、『戦狼/ウルフ・オブ・ウォー』には『シビル・ウォー/キャプテン・アメリカ』や『スーサイド・スクワッド』のアクションコーディネーター=サム・ハーグレイブと彼のチームが参加。中国で大ヒットした、『ワイルド・スピード』ばりの壮大なアクションを実現するに至っている。
参考:5 Questions With China's Hottest Film Studio of 2017 | Hollywood Reporter
『戦狼/ウルフ・オブ・ウォー』予告
冒頭ではウー・ジンが水中で海賊相手に奮戦する、ワンカット6分間の肉弾バトルが登場するが、このシーンの撮影は『パイレーツ・オブ・カリビアン』シリーズのスタッフによるものだという。ほかにも、ジープの間をスタントマンが飛び交うカースタントや、戦車同士がドリフトしながら砲撃しあう戦闘シーン、ウー・ジンが生身で戦車に挑み、縦回転させて撃破!といったバトルも展開する。ウー・ジン自身の弁によれば、劇中では59式戦車10台を使用し、うち2台を本当に爆破しているとのこと。前作、『ウルフ・オブ・ウォー ネイビー・シールズ傭兵部隊 vs PLA特殊部隊』でも、人民解放軍の協力で多数の軍備を使用することが出来たが、戦車やヘリが“登場するだけ”の地味な画で終わっていたから、これは大きな進歩である。アクションだけでなく、音楽監督にも『グレイテスト・ショーマン』『ストレイト・アウタ・コンプトン』『オブリビオン』のジョセフ・トラパニーズを迎え、雰囲気までもハリウッドのブロックバスターに寄せている。クライマックスでは東洋的な音楽ではなく、アメリカ映画を象徴する「アメイジング・グレイス」が流れる演出には、正直ツッコミたくなるほどだ。“アメリカ的なヒーロー映画”を中国人でやりたい、というウー・ジンの願望をそのまま具現化したわかりやすいシーンだろう。
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『戦狼/ウルフ・オブ・ウォー』が公開されるまで、中国歴代興行収入記録で首位に君臨していたチャウ・シンチーの国産ブロックバスター『美人魚』の製作費60億円超で、最終的な興収は約612億円。しかし、半額程度の33億円で製作された『戦狼/ウルフ・オブ・ウォー』は、1,000億円をあげている。むやみに金をかけただけではなく、ハリウッドの人材を上手く活用していることがわかるはずだ。なお、北京文化はルッソ兄弟以外にも、『ロード・オブ・ザ・リング』シリーズのバリー・M・オズボーンをコンサルタントに迎え、ファンタジー映画『封神』三部作の製作を進行中。また、ルッソ兄弟も新たに民間の華誼兄弟と業務提携し、本格的に中国での映画製作に乗り出している。今後、ハリウッドの技術と人材をつかった国産ブロックバスターはさらに増えていくはず。例えば、『戦狼3』にヴィン・ディーゼルが出演、なんてこともありえないとは言い切れないのである。
他国に気を遣いつつ、中国人が感情移入しやすい愛国表現とは
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第一作に比べて大きく変化したのは、アクションシーンだけではない。以外の演出面では、作品の要所要所でプロパガンダを感じさせるようなあからさまな表現が抑えられているのも特徴だ。例えば、オープニングで主人公・レンは戦死した同僚の実家を見舞うが、そこで遺族たちが地上げにあう場面に遭遇。頭に血が上ったレンは、取り立てに来たヤクザを病院送りにしてしまい、軍を放逐されてしまうのである。その後、流れ着いたアフリカで内乱に巻き込まれるが、作品を通して彼の行動はすべて“中国の一般人”としての戦いなのである。また、喧伝されているあらすじでは、「現地の中国人たちを救うため、主人公は一人で反乱軍に挑む」とされているが、実際には「可愛がっている現地の子どもの母親を助けるついでに中国人を救う」というのが正確な描写だろう。『ダイ・ハード』のブルース・ウィリス演じるマクレーン刑事のような、個人的な動機で戦うヒーローとして描かれている。
また、現地に駐留する人民解放軍が「国連の批准なしには行動できない」と安易に内政干渉しないなど、かなり理性的に描かれていることにも注目したいところ。ただ、とってつけたように、レンに「一般人(お前)が助けに行くなら別だ!」とけしかけるのにはさすがに笑ってしまったが。そのほかにも、舞台となった国名が明かされず、反乱の中心となるビッグ・ダディ(フランク・グリロ)率いる敵兵たちも「ヨーロッパ最強の傭兵軍団」と国籍を濁した状態で登場している。いくつかの場面で、レンはアメリカに対する皮肉めいた言葉を吐くこともあるが、概ねは実在の国家を敵とせず、フィクションとして描いているのである。『ウルフ・オブ・ウォー ネイビー・シールズ傭兵部隊 vs PLA特殊部隊』の撮影時に、すでに『戦狼/ウルフ・オブ・ウォー』の脚本は完成していたそうだが、おそらくプロパガンダ批判を受けて改稿したのではないだろうか。
フランク・グリロ (c) Beijing Dengfeng International Culture Communication Co., Ltd. All Rights Reserved.
一方で、“アフリカの某国”が舞台になっているのは、中国企業が様々な分野でアフリカに経済進出し、多数の中国人が現地に出稼ぎに出ている現状を反映してのこと。また、“内乱に巻き込まれた中国人を救出する”という設定は、2011年のリビア内戦時に224人の中国人を救出するため、同政府が空軍輸送機と護衛艦を派遣した出来事そのままだ。こういった現実の状況も数多く取り入れ、中国人が感情移入しやすいように作られているのである。
ウー・ジンは、『戦狼/ウルフ・オブ・ウォー』の上映・プロモーションでアメリカを訪れた際、記者からプロパガンダ批判について質問され(やや切れ気味で)こう返している。「アメリカ映画のヒーローが星条旗を掲げるのに、なぜ中国人が同じことをしてはいけないのか?(意訳)」と。各国で、「中国版ランボー」と呼ばれる同作だが、ベトナムを敵として描いた『ランボー/怒りの脱出』や、ソ連とアフガニスタンを敵として描いた『ランボー/怒りのアフガン』に比べれば、優しい愛国表現なのではないだろうか? 他国の人間からすれば自意識の強さが気になるかもしれないが、「中国人はタフなんだ」と訴えているだけなのだから。イタリア系アメリカ人であり、傭兵のリーダービッグ・ダディを演じたフランク・グリロも、「『戦狼/ウルフ・オブ・ウォー』は、愛国映画かもしれないが、プロパガンダではない。プロパガンダとは、『ランボー』のような作品だ(意訳)」と話している。
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それでも、本作を「プロパガンダではないのか?」と批判することは、ある意味健全なことである。『戦狼』シリーズが2作目において大きく軌道修正したのも、そういった批判を鑑みてのことだろうし、『戦狼3』では意見を取り入れ、もっと政治色の薄いエンタテインメントに舵を切るかもしれないから。また、本作は現地アフリカの人々をかなりステレオタイプに描いていたり、国連に気を遣っていたはずの人民解放軍が最終的にとんでもない決着方法を選んだりする場面など、単純な脚本の穴も多い。そういった映画として未熟な部分は批判されるべきだろう。しかしながら、「国策映画だからとるに足らない」とか、「中国人はこの程度のプロパガンダに騙されて喜んでいる」とレッテルを貼って侮るのはいただけない態度だ。ウー・ジンは国に従って娯楽映画を作るほど盲目な製作者ではないし、そんな映画をもろ手を挙げて歓迎するほど中国人もバカではない。それこそ、劇中で中国人を侮ってしっぺ返しを食う傭兵たちと同じ考え方なのではないか。ここまで記してきたように、『戦狼/ウルフ・オブ・ウォー』は、ウー・ジンの愛国心と執念、製作会社によるハリウッドの人材の活用、そして中国市場の大作志向という要素が絶妙にかみ合ったからこそ、ヒットしたのである。
最後に、米エンタテインメント・ウィークリー誌のインタビューで、ウー・ジンが自身の映画製作のビジョンについて語った言葉を紹介しよう。彼はアメリカの映画技術や俳優・スタッフを“一流”と表現し、今後も学んでいくことを明かしつつ、「ぼくには芸術映画を撮ることは出来ない。でも、中国と西洋の文化を表現し、違いや類似点について相互理解を促せるような、誰にでもわかるアクション映画を作ることはできる。そして、そういう映画を観客に楽しんでもらうのが、ぼくの使命なんだ」と語っている。政治的な視点だけで判断すればいくらでもケチをつけることはできるが、フラットな娯楽作品として捉えれば、本当にウー・ジンが表現したかったものが見えてくるのではないだろうか。
※記事内で引用した数字はBoxoffice MOJOより。
映画『戦狼/ウルフ・オブ・ウォー』は公開中。
文=藤本洋輔
映画『戦狼/ウルフ・オブ・ウォー』
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(中国/123分/シネマスコープ/5.1ch)
出演:ウー・ジン「ドラゴン×マッハ!」
撮影:ピーター・ニョール「太極(TAICHI)-ゼロ-」
配給:KADOKAWA
宣伝:フリーマン・オフィス
提供:AMGエンタテインメント/ポリゴンマジック
公式サイト:http://senrou-movie.jp
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