アメリカで活躍中の若手バリトン歌手、大西宇宙がチャイコフスキーの『イオランタ』に出演!
大西宇宙(撮影:岩間辰徳)
ニューヨーク、ジュリアード音楽院のプロ歌手養成コース(アーティスト・ディプロマ・コース)でトップの成績を収め、現在はシカゴ・リリック・オペラで活躍中の大西宇宙(たかおき)が、得意のロシア・オペラでついに日本に登場する。今年の6月、ミハイル・プレトニョフ指揮によるロシア・ナショナル管弦楽団のチャイコフスキー『イオランタ』が演奏会形式で上演され、大西はイオランタの許嫁ロベルト公爵役を歌う。一時帰国中の大西に話を聞いた。
ーーロベルト公爵の魅力はどこにありますか?
ロベルト公爵は登場してすぐに歌うアリアが一番の聴き所です。チャイコフスキーは『エフゲニー・オネーギン』のタイトルロールもそうですが、バリトンに分かりやすいヒーローではない役柄をもっていくのが上手いんです。ロベルト公爵も『スペードの女王』のエレッツキー公爵もその例ですね。まあ一般的に言っても、テノールの恋は最後にちゃんと成就しますが、バリトンにはほぼそれはありませんので……(笑)。
ー―大西さんはジュリアード音楽院のオペラ本公演で『エフゲニー・オネーギン』のオネーギン役とモーツァルト『フィガロの結婚』のアルマヴィーヴァ伯爵役を歌われています。留学先にジュリアードを選んだ理由は何だったのですか? 動画等で拝見すると大西さんは発声も発音も素晴らしいですし、舞台での立ち居振る舞いも自然で演技に魅力があります。これはジュリアードで勉強した成果が大きいのでしょうか?
もともとニューヨークに留学した理由の一つに、色々なジャンルの曲をやりたい、色々な国の言葉をやりたい、ということがありました。自分に近いハイ・バリトンの声を持つ歌手たちのレパートリーを見ていると、イタリアものに加えて、フランス、ロシア、ドイツなどワールドワイドに勉強出来るところがいいと思ったのです。最初に苦労したのはジュリアードに入るための英語の試験をクリアすることでした。ちゃんとコミュニケーションをとれるところまで勉強してから音楽院に入ったのでその勉強は役に立ちましたが。
ジュリアードの大学院ではソルフェージュや和声等もかなり勉強します。日本ですでにやったことを英語で学び直すのが大変でした。でも、ジュリアードで学んだ理論メソッドは後でとても役に立ちましたね。ソルフェージュも現代曲の読み方などをきちっと教えてくれるんです。音と音のインターバル(間隔)も、絶対音感などの感覚だけで音程をとるのではなく、関係性をきちっと計算すること。和声を音楽の歴史の変遷に沿って理解すること。ジャズの作曲も手がける有名な先生の「すべての臨時記号には理由がある」という至言も忘れられません。おかげで後になって『ヴォツェック』やその他の現代オペラに出演した時にもスムーズに歌うことが出来ました。
ーーアメリカでの教育はもっと実践ばかりなのかと思っていました。
大学院の後に通ったアーティスト・ディプロマというプロフェッショナル養成スタジオでは、実践の教育でした。ディレクターが演劇畑出身の演出家だったので、彼の演劇メソッドの指導を毎日受けました。登場人物の心情、舞台にどういう考えで立っているかなど、キャラクターを深く掘り下げるための具体的な指導は、その後の活動にも生きています。
ーー様々な国のオペラを歌うことについての指導はいかがでしたか?
ジュリアードには各国語のコーチがいて、勉強するレパートリーごとに指導を受けられるんです。MET(メトロポリタン歌劇場)も近いですから、METとジュリアードの両方で指導している先生も何人かいました。『フィガロの結婚』の練習をしていたときも、イタリア語には同じ母音でも開口音や閉口音など違いがあるんですが、毎日コーチの先生が歌詞に沿って発音をチェックして、リハーサル終りに「明日までにここを直してきてね」とメモを渡してくれるんです。
ーーその二年間を終えた後、シカゴ・リリック・オペラの研修所に入られたのですか?
そうです。ただシカゴの場合は、研修所というよりは歌劇場のアンサンブルという立場に近いんです。実際のオペラのプロダクションでカバー歌手をしたり、いくつかの役で出演したりと、一流のプロ歌手たちと一緒に舞台に立つ機会が多いです。最近ではマリウシュ・クヴィエチェンのカバー歌手としてビゼー『真珠とり』や『エフゲニー・オネーギン』に参加しました。リハーサルにすべて出席するので、どのように舞台を作っていくのか、歌手が演出家や指揮者とどのように仕事をするのか、などを間近に見ることが出来てとても勉強になります。カバー歌手は大変なこともあります。朝、電話がかかってきて「誰だれさんが具合が悪いみたいだから、今日は劇場に早めに来てウォームアップしていてくれ。」と言われたり。劇場に行ってカツラと衣裳を全部つけてスタンバイすることもあるんです。
ーードキドキして心臓に悪そうなお仕事です(笑)。ところでシカゴでは、大西さんの尊敬する、最近惜しくも亡くなられたロシア人のバリトン歌手ディミトリー・ホロストフスキーさんとの出会いもあったのですね?
はい。ホロストフスキーさんがシカゴでリサイタルを開かれた時でした。実は僕は、彼と誕生日が一緒なんです。彼に「リリック・オペラの団員なんです」と話しかけてそのことを言いました。日本で学生の頃、ロシアもののレパートリーはホロストフスキーさんの録音を聴いて覚えるところから始めていましたし、彼のラフマニノフやリムスキー=コルサコフの歌曲などもかなり聴き込んでいました。今回歌う『イオランタ』のロベルト公爵役もホロストフスキーさんが良く歌っていた役で、若いときのレコーディングがあります。『イオランタ』で6月に帰国する時に、これまでの自分の勉強してきた集大成となるリサイタルを東京の浜離宮ホールで開く予定なのですが、そこでもロシアの曲に関しては、最後に歌うオネーギンを含めすべて彼が歌ったことがある曲です。ディミトリーへのトリビュートを兼ねてと思っています。
ーーどうもありがとうございました。6月のご帰国を楽しみにしています。
取材・文=井内美香 撮影=岩間辰徳