「女優」ではなく「役者」と呼ばれたい。初主演舞台『人形の家』に見る、北乃きい 27歳の挑戦
北乃きい
北乃きいが舞台で魅せる――ドラマ『ライフ』や映画『ラブファイト』『ハルフウェイ』『武士道シックスティーン』など映像の世界で眩しいヒロイン像を体現してきた女優・北乃きいが約6年ぶりに舞台に帰ってくる。2度目の舞台はイプセンの『人形の家』。北乃は主人公・ノラを演じる。初めての主演舞台。初めての古典戯曲。等身大の印象の強い北乃が、そのイメージをどのように更新するか。本作に期す想いを聞いた。
20代半ばは、女優の転機。だからこそ、やったことがないことに挑戦したかった
――舞台は2012年のロック☆オペラ『サイケデリック・ペイン』以来、2度目。そして、初めての主演舞台です。久々の舞台にトライしようと思った決め手は何ですか。
一番は、「この作品で変わりたい」と思ったからです。ストレートプレイの舞台は初めてだし、ノラという役も、今までの私がやったことのないような役。今までの北乃きいとは違う一面を見せられるんじゃないかって気がしました。
――変わりたい、と思ったのはなぜでしょう。
以前、『ZIP!』をやっていたときに、メリル・ストリープさんに取材をさせていただいたことあったんですね。そのとき、「ハリウッドでは40代の女優はすごく使いにくい」というお話をされていて。日本で言うと、ちょうどそれって20代半ばぐらいが当てはまるような気がしたんです。もう制服を着て学園ドラマができるような年齢ではないし、かと言ってお母さん役をやるには若すぎる。自分自身もちょうど20代半ばを迎えて、そういう難しさを実感するところがあって。キャリアの転換期と言える年齢だからこそ、今までやったことがないことをやってみたいと思ったんです。
――だからこそ、経験のないストレートプレイを選んだ。
どうせやるなら、ただの経験で終わらせるんじゃなく、自分を変えるきっかけにしたいなって。私、実は「女優」って呼ばれるのがあまり好きじゃないんです。それよりも「役者」って呼ばれたい。この作品は、女優・北乃きいじゃなく、役者・北乃きいに一歩近づくチャンス。ノラを通して、新しい私を見つけたいと思っています。
ノラは、自由で男前。そういうところは私によく似ています(笑)
――初舞台だった『サイケデリック・ペイン』の思い出を聞かせてください。
実は私、本番中にひどく足を痛めてしまって。
――え。そうなんですか。
そうなんです(笑)。だからもう片方の足を使って何とか動いていていたんですけど。そしたら今度はそっちの足に痛みが来ちゃって、もう全身がボロボロでした(笑)。でも、不思議なくらい楽しかったという記憶しかないんです。そこまで自分を追い込んでお芝居をしたことがなかったから、逆に自分がどこまでいけるんだろうって面白くなっちゃって(笑)。作品としても叫んだり歌ったりするシーンが多かったから、すごくエネルギーが必要で、もう無我夢中。喉をケアするために、毎回、袖に引っ込むたびに蜂蜜をひとさじ舐めていたのをよく覚えています(笑)。
――今回の『人形の家』は『サイケデリック・ペイン』とは対照的なストレートプレイです。
100年以上前の戯曲だし、最初は自分にわかるのかなって、ちょっと不安だったんです。でも読んでみたら、すごくわかりやすかったです。ノラはすごく自由でぶっ飛んだ女性。今でこそこういう女性は増えているかもしれませんが、きっと当時からすればかなりセンセーショナルだったんだろうなって思いました。
――北乃さん自身は、ノラの生き方についてどう思いますか。
私も考えたんです、一体どういう生き方がいいんだろうって。確かに自分が働かなくても旦那さんが大切に面倒を見てくれるなんて最高じゃないですか(笑)。しかもノラの場合はお手伝いさんがいて、家のことは何でもしてくれる。ただ美しくい続ければいいだけで、それってひとりの女性として考えると、すごく羨ましい生活。
ただ一方で、私自身は13歳の頃からこの仕事を始めて、外で働くのが当たり前という人生を送ってきたから、実際にずっと家の中にいたらどうなるんだろうっていうのはよくわからない。旦那さんの言いなりになって、自分のオピニオンが尊重されないというのも、相当ストレスがたまるだろうし。どういう生き方が女性にとって幸せなんだろうって考えてはみたんですけど、なかなか答えが出なかったですね。
――ノラが、夫に対等な人間として扱われていないことを知って失望し、家を出るという選択をすること自体は理解・共感できますか。
私自身が経験したことのないことなので、今の時点で100%わかるかと言えばわかりません。でもきっと稽古をしていく中で、少しずつノラの気持ちがわかっていくんだろうなと思います。それに、ノラ自身はとても自由な女性だと思うんですよね。
――自由、ですか。
一般的にノラと言うと旦那さんに「飼われている」女性というイメージがあると思うんですけど、読めば読むほどノラ自身は自分の好きに生きていたんじゃないかなって気がしてきて。そういうところは自分によく似ているなって思いました。私も何か選択に迷うということがないんです。何かを決めるときは、0.0001秒で即決。迷うということは、それほどほしかったり、やりたいわけじゃないんじゃないかって考えるタイプで。ノラ自身もそういう潔くて男前な性格の持ち主。すごく親しみを感じます。
初主演舞台は人生で一度きり。たくさんの人に挑戦を見届けてほしい
――初めての主演舞台ですが、プレッシャーは感じますか。
緊張はありますね。何が一番怖いかと言うと、今の時点ではまだ稽古に入っていないから、どんな作品になるか、私自身もよくわかっていないわけじゃないですか。なのに、周りの友達が「絶対行くから!」ってたくさんを買ってくれて。すごくありがたいんですけど、まだどうなるかわからないのに、それだけの人たちが楽しみにしてくれているということがもうプレッシャーで……(笑)。映像の場合、こうして宣伝をするときは、ある程度完成したものがあるから、胸を張ってお話しできるんですけど、今はまだ私自身が手探りの状態なので、本当に怖いです。ちゃんとみなさんの期待に応えられるものをつくらなくちゃっていうプレッシャーと、毎日戦っています(笑)。
――北乃さんが思う舞台の魅力とは。
やっぱり同じ場所にいること。役者さんが同じ場所にいて、同じ空気を吸っているのって、それだけで楽しくないですか。私、普段はミーハー心って全然ないんですけど、舞台に行くとついテンションが上がっちゃいます、「あ、役者さんがいる」って(笑)。客席に役者さんが降りてきたら、どんな匂いするんだろうってつい嗅いじゃったり(笑)。みんな、言わないけど、絶対やっていると思います! 舞台って言うと難しく捉えてしまう人もいるかもしれませんが、全然そんなことはない。私みたいなミーハーな感じで楽しんでもらうのもアリだと思います!
――きっとファンのみなさんも生の北乃さんに会えるのを楽しみにしていると思います。観劇を迷っている方にぜひ背中を押す一言をいただけたら。
今まで演じたことがない役ですし、ストレートプレイの舞台なんですけど、ちょっと踊ったり歌ったりするところもあって、やったことがない挑戦がたくさんつまった舞台です。何よりも初主演舞台は人生で一度きり。これからどれだけ舞台にご縁があっても、初めての主演舞台はこの『人形の家』だけです。だからぜひ見に来てほしい。「役者・北乃きい」の挑戦をみなさんに見届けてほしいです。
取材・文:横川良明