世界最古を初体験! 国立能楽堂で『お能セミナー』レポート

2018.5.10
レポート
舞台

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お能は、現存する世界最古の舞台芸能。ユネスコ無形文化遺産にも登録されている、世界に誇る日本の文化だ。とはいえ日本に住んでいても「興味がないわけではないけれど機会がなくて」という方は、意外に多いのではないだろうか。

そんな方にお勧めしたいのが、国立能楽堂「能体験セミナー」だ。主として団体のお客様向けのお能鑑賞教室で、お能の概略を知るレクチャーと演目の解説、さらに謡(うたい)やカマエの稽古、能面体験、舞台裏見学が、約60分にぎゅっと詰め込まれている。

国立能楽堂は、千駄ヶ谷駅から徒歩5 分。大通りから一本入った閑静な住宅街にある。会場に集まった参加者は女性がやや多め、全体の半数は1人でのご参加のようだ。会社帰りと思われる方やご婦人とお嬢さん、ご友人同士など様々。あとで分かったことだが、全体の半数は「お能を観るのは今日が初めて」という方だった。

この日(2018年2月28日)の先生は、黒紋付のはかま姿が凛々しいシテ方観世流能楽師、伶以野陽子さんだ。

「名前はレイヤー・陽子と読みます。日本人です」と笑顔で挨拶。アメリカ人であるMr.Layerさんと結婚し、師匠が伶以野(れいや)と漢字をあててくださった名前なのだそう。

シテ方観世流能楽師 伶以野陽子(れいや・ようこ)

「世阿弥は才能のある美男子でした」

お能鑑賞のためのセミナーは、まず簡単に歴史のおさらいから始まった。伶以野先生によれば、お能のルーツは奈良時代にまで遡るのだそう。当時大陸から伝来した民間芸能と日本の文化が混じりあったものがお能の源流と言われている。それを体系立てたのが650年前に現れた天才能楽師・世阿弥。

世阿弥の芸を観た室町幕府三代将軍・足利義満が世阿弥を気に入り、パトロネージュを申し出たのだそう。義満による莫大な援助は、能楽界の技術向上のきっかけとなった。

「お金があると、お能をやろうという人が集まる。人が集まると技術向上が始まり、芸能文化の水準が高まっていきます。それまで役者には手の届かなかった装束を買えるようになり、心に余裕も生まれ創造力も高まる。そのようにして世阿弥の時代にお能は体系化され、それから途絶えることなく650年、親から子に子から孫に、師匠から弟子に脈々と受け継がれてきました。今ではお能は、現存する世界最古の芸能です」

解説の中で、女性参加者の笑いが起きたのは、「世阿弥は美男子」と紹介されたときのこと。

「世阿弥は才能のある美男子でした。今でいう嵐やHey!Say!Jump!、世代によっては桃太郎侍の高橋英樹さん。それぞれの世代に人をハッと惹きつける美男子がいますが、世阿弥もそんな人だったと言われています」

世阿弥の名前は知っていても、「世阿弥が美男子」と教えてくれたのは伶以野先生が初めて。知った途端、俄然興味がわいてくる。伶以野先生は、世阿弥の功績と伝えてきた先人たちの伝承する力に敬意を表してルーツの説明を締めくくった。

能は面をつかった和製ミュージカル

ビギナー向けの鑑賞セミナーなので、お能を楽しむためのイロハも教えてくれる。

「お能は面をつかった和製ミュージカルとよく言われます」

面(おもて。いわゆる能面)をつけたメインの役者(シテ方)と、そのメインの役者の会話を受ける役者(ワキ方)がいて、音楽を担当する囃子方(はやしかた。笛、小鼓、大鼓、太鼓)とコーラスを担う謡(うたい)がいる。その囃子と謡にあわせ、舞あり仮面劇ありの日本独特の音楽劇。これらの芸術形式が、お能の特徴だ。

この日に鑑賞するお能は、『玉井』(たまのい)という作品。日本の古代神話を元に作られたもので、天照大神のひ孫にあたる兄・火闌降命(ほのすそりのみこと。通称:海幸彦)と彦火火出見尊(ひこほほでみのみこと。通称:山幸彦)が登場する。神武天皇、天皇家や日本のルーツを語る上で重要な神話なのだそう。

読めない名前の登場人物に、一瞬「能、やっぱりむずかしいかも」と心がくじけかけるが、さすが初心者向けセミナー。伶以野先生は、登場人物のやりとりを「結婚したばっかりでもう子供が生まれなんて、違う相手との子どもだろ!(男性の声)」「何でそんな風に疑うの? ひどい!(女性の声)」などなど、分りやすい言葉とつい聞いてしまうテンションで見どころや前後のエピソードを解説してくれた。

本番さながらの能舞台へ!

緊張もほぐれたところで謡(うたい。節のついた台詞の部分)にチャレンジする。先生の後に復唱する。資料を手に背筋を伸ばし、先生の合図にあわせ抑揚をつける。次に研修用能舞台に移動し、いよいよカマエの稽古と面体験。

お能のメインステージとなるのが本舞台。本舞台と5色の揚幕がかかる入口をつなぐのが橋掛かり。今回、体験でおじゃました研修能舞台は、橋掛かりの長さは本物のおよそ半分(7m)だが、本舞台は実際の能舞台とほぼ同じ5mちょっとの正方形。

「お能はもともとは屋外で行われていましたが明治以降、屋内で演じられるようになりました。今でも能舞台に屋根があるのは当時の名残です」

舞台の周りに浅い堀がある。本番の能舞台ではその堀に白州がひかれており、これもかつての名残だという。石の白さにより、舞台が少しでも明るくみえるようにという、いわばレフ板の役割があるのだそう。

全員、白足袋に履き替えてカマエ(お能の立ち方)や歩き方の稽古。

「すり足で、内股でもガニ股でもなく左右の足を平行に」

「手はステーキとナイフを持つ形で」

「その状態でクラッシックバレエみたいに」

軽く稽古をしたら即実践。幕をくぐり橋掛かりから登場、本舞台まで歩くという体験。そして本舞台についたところで、希望者は能面を実際につけさせてもらう。

「10年、100年、1000年と使えるものです。能面をつけるときも、正面には手を触れないでくださいね」

基本的には先生やスタッフの方がおさえてくれるが、自分で触れる時は紐が通されているところをもつのが正解。実際に面をつけて驚いたのは、視野の狭さ!

面の中は暗く、見える風景はほぼ正面のみ。これで移動し、舞い、うたうのだ。素人感覚では一歩踏み出すにも足元を確認してたくなる、少しでもうつむくと「悲しい表情」の意味あいが出てしまう。

実際の能楽師たちは、本舞台の柱の位置を移動の目安しているのだそう。伝統的な舞台芸能の技術の高さを、垣間見る体験となった。

記念撮影もOK!少しでもうつむくと「悲しい表情になってますよ!」と声がかかる。

面体験と同時進行で、見学時間もたっぷり設けられている。橋掛かりで摺り足の練習を続ける参加者もいれば、舞台に向かって右手奥にある切戸口をくぐり、幕の内側にある鏡の間(シテの控え所。装束や面をここで身につけるため、大きな鏡がある)までの導線をぐるりと巡る参加者もいた。

舞台上手の奥にある出入口。その先の風景はぜひセミナーでたしかめて!

ビギナー向けの「能セミナー」は約60分で終了。あらためて実際の公演が行われる会場に入ると、600席を超える客席が満員。和装の方もちらほら見え、会場に華を添えていた。セミナーで頭と体で学んだあとだから、気構えることなく復活狂言『浦島』とお能の『玉井』を楽しむことができた。

他の演劇(いわゆるストレートプレイ)では味わえない荘厳な雰囲気、ゆったりとした時間の流れ、そして心地よい緊張感。ふだん伝統芸能に馴染みの少ない方であれば、最新の話題のスポットに行くよりも、ずっと新鮮な体験ができるのではないだろうか。

お一人で参加された方同士が「どきどきしますね」と声をかけあう一幕も。

取材・文・撮影=塚田史香

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