優雅でクレバーな新世代の室内楽~反田恭平プロデュース MLMダブル・カルテット演奏会レポート

レポート
クラシック
2018.4.27
反田恭平プロデュース MLMダブル・カルテット

反田恭平プロデュース MLMダブル・カルテット


ピアニスト反田恭平と8人の若手弦楽奏者たちによる「MLMダブルカルテット」の旗揚げ公演が、去る3月1日に東京オペラシティコンサートホールで行われた。2016年末にこの演奏会の構想が浮かんだという反田。彼とほぼ同年代のプレイヤーによって構成され、反田と同年(1994)生まれの岡本誠司、大江馨、小林壱成(3人ともヴァイオリン)、1992年生まれの桐原宗生(ヴァイオリン)、有田朋央(ヴィオラ)伊東裕(チェロ)、1997年生まれの島方瞭(ヴィオラ)、森田啓佑、(チェロ)という、日本のクラシック界でもプロでは最も若い世代に属する奏者たちが舞台に登場した。

一曲目のショスタコーヴィチ『弦楽八重奏のための2つの小品Op.11』から、新鮮な合奏がホールに響き渡った。悲愴なプレリュードのモティーフからモダンなアプローチで、90年代生まれの若者たちの精緻な演奏能力と、相手の音をよく聴いて合奏を構成していく耳の良さは歴然としていた。スケルツォではショスタコーヴィチらしい恐怖感を煽るような不協和音が飛び出すが、大仰ではなくあくまで上品なテクスチャーを保つ。若い聴衆の集中力は素晴らしく、反田が立ち上げたプロジェクトへの関心の高さがうかがえた。

チャイコフスキー『懐かしい土地の思い出』を演奏する前に反田とヴァイオリンの大江馨によるトークが入り、笑い声とともに客席は一気に寛ぐ。ラフマニノフ『悲しみの三重奏』の前には岡本誠司、森田啓佑と反田のトークも入る。モスクワ音楽院ではロシア音楽の神髄を学んだ反田、チャイコフスキーとラフマニノフではピアニストの情感溢れる「歌心」が弦楽器奏者をリードしていた。チャイコフスキーを弾いたヴァイオリンの大江は2013年第82回日本音楽コンクールの優勝者で、既にN響や国内の主要オーケストラとの共演を果たしている。同い年の反田とは呼吸感がぴったり寄り添い、洗練されたフレージングの中にも熱い感興が溢れた。

チャイコフスキーに続いたラフマニノフでは、バッハ国際コンクールの覇者であるヴァイオリン岡本と、メンバー最年少のチェロ森田が閃きのあるトリオを聴かせた。森田は高校在学時から国内コンクールで二冠を達成するなど、他のメンバーに劣らぬ天才タイプだが、謙虚で温かみのあるサウンドには二十歳とは思えない成熟があった。ドイツ留学中の岡本も、プロとしてさらに磨きがかかり、何より同い年の反田との相性が抜群であった。

リハーサル風景

リハーサル風景

後半はR・シュトラウス『弦楽六重奏のためのカプリッチョ』で幕を開けた。ヴァイオリンの大江、岡本、ヴィオラの島方、有田、チェロの伊東、森田が瀟洒なアンサンブルを奏で、洋酒の効いた高級菓子のようなオペラティックな美音で聴衆を酔わせた。とにかく無駄な力が全く入っておらず、聴いていると心からリラックスし、エレガントな気分になれる。華麗で艶やかで、まぶしいほどの清潔感が感じられた。

続くベートーヴェンの『弦楽四重奏曲 第16番 ヘ長調』第3楽章では、岡本、小林、有田、伊東が天上的な美音を奏で、約7分のこの楽章に込められた透明な境地を表現した。陽気なピツィカートにもエスプリがあり、和声の美しさも格別で、雲の上を歩いている心地に誘われた。既に東京シティフィルのセカンド・ヴァイオリン首席を務める桐原、有数のオケとの共演経験を積む伊東(チェロ)の存在感にもはっとさせられた。

こうした90年代生まれの演奏家を集めた反田恭平の直観の正しさにはただただ恐れ入るしかない。彼らは圧倒的に「新しい」演奏家で、旧世代には想像もつかないような感性をあらかじめ持っている。泥臭さやあざとさが皆無で、優雅でクレバーな精神を感じさせるのだ。音楽家とは楽器を担いだアスリートではなく、高次元の何かをあらわす倫理的な存在であり、夢や哲学とつながった詩人であり賢人なのである。ネガティヴな忍従やライバルを蹴落とす闘争心……といった、演奏家にまつわる古いストーリーは、過去のものになりつつある。彼らの指導者もまた、進化しているのだと思った。

リハーサル風景

リハーサル風景

反田には大きな志があり、最終的な夢は音楽学校を作ることで、オーケストラを聴いたことのない未開の土地の子供たちに音楽を聴かせること……と以前語ってくれた。最終的なゴールから逆算してステップアップを続ける反田の、新しい冒険がこのダブルカルテットであることは明白だった。8人の弦楽器奏者と反田の弾き振りによるバッハ『ピアノ協奏曲第1番』は、この「軽やかな」世代に相応しいエンディングで、聴衆はさらなる昂揚感に包まれた。アンコールには、反田によるオリジナル曲「Tender……For MLMDQ」(世界初演)もついて、新世代のエリート奏者たちによるフレンドリーなコンサートは幕を閉じた。

取材・文=小田島久恵  撮影=荒川潤

公演情報

反田恭平プロデュース MLMダブル・カルテット(公演終了)
■日時:2018年3月1日(木)19:00
■会場:東京オペラシティ コンサートホール
■出演:
[ピアノ]反田恭平 
[ヴァイオリン] 岡本誠司/大江馨/小林壱成/桐原宗生 
[ヴィオラ] 島方暸/有田朋央 
[チェロ]伊東裕/森田啓佑
■曲目:
ショスタコーヴィチ:弦楽八重奏のための2つの作品
チャイコフスキー:懐かしい土地の思い出
ラフマニノフ:ピアノ三重奏曲第1番「悲しみの三重奏曲」 
R・シュトラウス:弦楽六重奏のためのカプリッチョ
ベートーヴェン:弦楽四重奏曲第16番より第3楽章 
J.S.バッハ:ピアノ協奏曲第1番 ニ短調 BWV1052 (反田弾き振り) 
反田恭平:Tender……For MLMDQ(アンコール曲)
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