東京の片隅で、“花”と“庭”に出会えるアート巡り 『束芋→中川幸夫』展、『蓮沼執太 : ~ ing』展、牧野記念庭園記念館【SPICEコラム連載「アートぐらし」】vol.30 遠山昇司(映画監督)

コラム
アート
2018.5.8

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美術家やアーティスト、ライターなど、様々な視点からアートを切り取っていくSPICEコラム連載「アートぐらし」。毎回、“アートがすこし身近になる”ようなエッセイや豆知識などをお届けしていきます。
今回は、映画監督の遠山昇司さんが「東京で開催中の“花”と“庭”にまつわる展覧会」について語ってくださっています。

仕事帰りの女性が、財布をひろげて悩んでいる。花を買うか、コロッケを買うか。するとその女性がつぶやく。

「“花”を買うのをもったいないと思うようになっていた……」

とあるテレビCMでのワンシーンだ。

確かに私もコロッケを買ってしまうだろう。ただ、花は昔から好きだ。多種多様な花が咲く庭は、私にとって創造の源であり、癒しでもある。庭という区切られた場の中で生きる植物や花々は、人々の理想の反映でもあるだろう。

今回は、コロッケを買わないで、東京の花と庭を巡ってみたいと思う。

銀座で見つけた花 『束芋→中川幸夫』

まず向かったのは、銀座にある雑居ビルの9階。エレベーターの扉が開くと、ギャラリー小柳の展示空間が現れる。

手描きのアニメーション作品などで知られるアーティスト・束芋と、前衛的な花道を追求し続けたいけばな作家・中川幸夫による展覧会『束芋→中川幸夫』が開催されていた。薄暗い展示会場に入ると、束芋による壁面に描かれたドローイングとプロジェクションを掛け合わせた作品と中川幸夫の写真作品がひっそりと展示されている。

壁に描かれた花は、時折、光る。人体の一部から咲いているかの様に見える花を見ていると、生と死が繰り返し訪れているような感覚が生まれてくる。

中川幸夫の写真作品に写し出されている花は、一見すると、花には見えない。どれも艶かしく、グロテクスでもある花々。彼の花との接し方、そして彼自身の生き様が反映されている生け花を見ていると、「美しいものとは何か?」という問いが生まれ、自分自身の美意識が揺さぶられてくる。

深夜、どこかで道を間違ってしまったが、その道で暗がりに咲く花を見つけた。二人の花の作品を見ていると、誰も名前を知らない花と出会ってしまったという不思議な気持ちになった。

 

銀座の音がする庭 『蓮沼執太 : ~ ing』

ギャラリー小柳から、同じく銀座にある資生堂ギャラリーへ向かった。資生堂ギャラリーでは、音楽家、アーティストとして活動する蓮沼執太の個展『蓮沼執太: ~ ing』が開催中だ。

会場に入ると、床一面に金色の金属片のようなものが敷き詰められていて、その上を歩くことができる。実際に歩いてみると、庭園の玉砂利の上を歩くような細かな音が鳴りはじめた。さらに、金属片をよく見ると、それらは楽器の端材であると気づく。

日本庭園の玉砂利の上を歩く音は、その空間に存在する音であると同時に、そこに人がいるという“音と人の風景”でもある。音が生まれて、聞こえてくる。そして、音が重なり合って、音楽が奏でられる。

会場の奥の部屋には、大きなスピーカーと観葉植物が置かれていた。スピーカーから音が鳴ると、その前に置かれた植物の葉っぱが揺れはじめる。葉っぱの動きからは、本来であれば目に見えない音が見えてくるかのようだった。

資生堂銀座ビルの屋上には、社員が利用できる「資生の庭」という庭園がある。会場では、「資生の庭」に設置されているマイクが拾った様々な音がリアルタイムで聞こえてくる。鳥の鳴き声、車やヘリコプターの音。銀座の音が聞こえてくる。

会場全体が、音の庭のように思えた。

博士が愛した花と庭 『牧野記念庭園記念館』

銀座で花を見て、銀座の音に耳を澄ましたら、次は、実際の庭に向かうことにしよう。

銀座から電車と徒歩で移動すること1時間ほど。練馬区の大泉学園駅近くにある、牧野記念庭園記念館へ。

日本の植物分類学の父とされる植物学者・牧野富太郎は、1862年、高知県高岡郡佐川町に生まれた。晩年の90歳ごろから大泉で過ごしながら、自宅の庭に様々な花や植物を植え、採集と研究を行っていた。

冒頭に紹介したいけばな作家・中川幸夫は、「花と心中する男」の異名を持っていたが、牧野富太郎は、自分自身を「植物の精」と称していた。牧野記念庭園記念館では、植物へのあふれるばかりの愛情と、彼の生き方や人間味を様々な花や植物を通して感じることができる。

庭園内には約300種類の草木類が植栽されている

庭園内には約300種類の草木類が植栽されている

記念館の常設展では、植物採集や研究のため愛用した道具や日用品、直筆の執筆原稿などが展示されており、牧野富太郎の生涯と植物研究へ姿勢が垣間見えてくる。中でも、時代を越え、現在も読みつがれている『牧野日本植物図鑑』は必見。自ら作画した植物画は、精密な描写と共に圧倒的な美しさを誇っており、つい見入ってしまう。

1889年(明治22年)、日本で初めての命名植物となった「ヤマトグサ」をはじめ、「キンモクセイ」など、牧野富太郎によって命名された植物や花は1500種類にのぼる。

帰り際、庭園の出口付近に植えられている「スエコザサ」という名前の笹が目に入った。

これは、牧野富太郎の妻・壽衛(すえ)が54歳の若さで亡くなった際、仙台で発見した新種の笹に妻の名前の“スエ”を入れて命名したものだそう。

まだ名前が付いていない植物や花が、この世界にはたくさんあるのだろうな、と考えながら彼の庭を後にした。

花とアートは、似ているところがある。

花は生活の中になくてはならないものというわけではない。しかし、花がある生活は、私たちの風景を豊かなものへと変えてくれる。

これは、アートも同じだ。

イベント情報

束芋→中川幸夫
会期:2018年3月22日(木)〜5月12日(月)
会場:ギャラリー小柳
休廊日:日月祝祭日
ギャラリー小柳公式サイト:http://www.gallerykoyanagi.com/

蓮沼執太 : ~ ing
会期:2018年4月6(金)〜6月3日(日)
会場:資生堂ギャラリー
休館:月曜
資生堂ギャラリー公式サイト:http://www.shiseidogroup.jp/gallery/exhibition/
 
【施設情報】練馬区立牧野記念庭園記念館
公式サイト:http://www.makinoteien.jp/
 
世界に向けて日本の固有植物
会期:2018年4月28日(土)~6月24日(日)
会場:練馬区立牧野記念庭園記念館 企画展示室
休館日:毎週火曜日、年末年始
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