ミュージカル『オペラ座の怪人~ケン・ヒル版~』ファントム役のジョン・オーウェン=ジョーンズ×遼河はるひが対談 長く愛される作品の魅力とは

インタビュー
舞台
2018.6.30
(右から)ジョン・オーウェン=ジョーンズ、遼河はるひ

(右から)ジョン・オーウェン=ジョーンズ、遼河はるひ

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ウエストエンドとブロードウェイで活躍するジョン・オーウェン=ジョーンズが、『オペラ座の怪人』ケン・ヒル版の舞台に立つ。アンドリュー・ロイド=ウェバー版のファントム役として約2000公演に登場するというウエストエンド史上最多出演を誇る彼のこと、物語のエッセンスを知り尽くした舞台を見せてくれそうだ。物語の大ファンで、宝塚時代にアーサー・コピット&モーリー・イェストン版『ファントム』に出演経験もある遼河はるひと、作品の魅力について語り合った。

ーーガストン・ルルーの小説『オペラ座の怪人』は、数々のミュージカル版、舞台版、映画版が作られていますが、この物語が愛され続ける理由についてどうお考えですか。

オーウェン=ジョーンズ:“拒絶される”感情について、人々が分かち合える何かがこの物語にはあるからだと思う。人はみな、愛されていると感じたいものだろう? でも、ファントムは拒絶され、疎外されて生きている。そこに観客が自分の姿を見出すんだと思う。と同時に、それが自分自身でなくてよかったという安心感もある。劇場で自分より不幸な人を見ることに安らぎを見出すというか(笑)。悲劇のドラマが効いてくるのはそういうところだと思う。

ーー拒絶され、疎外される人物を舞台上で演じる上での苦労は?

オーウェン=ジョーンズ:時と場合によるよね。例えば、その日ひどい一日を送っていたとして、怪人を演じるとなると、自分の状況は怪人よりはマシだった、と思えたり(笑)。ひどい一日にコメディを演じることの方がよっぽど難しいように思う。『オペラ座の怪人』ほど高められ、凝縮された悲劇のドラマを演じるということはやはり、楽しいことだよ。

ーーこれまで数多く出演されてきたアンドリュー・ロイド=ウェバー版と、今回出演されるケン・ヒル版との違いとは?

オーウェン=ジョーンズ:ストーリーテリングの手法の違いだと思う。アンドリュー・ロイド=ウェバー版はきわめてメロドラマに近いけれども、メロドラマではない。その点、ケン・ヒル版ははっきりとメロドラマであって、モノクロのサイレント映画のような趣をたたえているよね。1909年の小説発表当時に舞台化していたとしたら、こんな作品に仕上がっていたんじゃないか、そんな魅力をもっているのがケン・ヒル版なんだ。音楽的には、ケン・ヒル版は、オペラの名アリアを劇中歌として採用しているのが魅力だよね。僕は歌手として訓練されてきたわけじゃない。今まで歌のレッスンは一回しか受けたことがない。役者として訓練を受けてきている。だから今回、自分の声、歌について新たなチャレンジをしなくてはいけない。でもそれがとても楽しみなんだよ。

ーー遼河さんは『オペラ座の怪人』の大ファンでいらっしゃるとか。

遼河:中学生か高校生のころ、劇団四季のアンドリュー・ロイド=ウェバー版を初めて観たんです。ファントムのせつなさ、そこにひかれるクリスティーヌの母性、見守るラウルのせつなさと、おのおの共感できるところがあって。宝塚に入った後、30代になってからと、年齢によってまた自分の受け取り方も違ってくるところがあるんです。最近では、昨年の12月にロンドンで観たんですが、役者さん一人一人の歌のすばらしさにも感動しましたね。

ーー宝塚でアーサー・コピット&モーリー・イェストン版『ファントム』に出演されたときはいかがでしたか。

遼河:もともと作品のファンなので、この物語を宝塚で取り上げたらいったいどうなるんだろう……という思いもありましたが、また異なる物語として描かれているんですよね。アンドリュー・ロイド=ウェバー版だと恋愛がメインですが、『ファントム』ではファントムの幼少期からの話、お母さんとの悲しい思い出、お父さんとの関わりなど、親子関係もいろいろと描かれていて。宝塚だと出演人数も多いですし、また違った雰囲気の作品になっていて、お客様もまた違った受け止め方をしてくださっていると感じましたね。

(右から)ジョン・オーウェン=ジョーンズ、遼河はるひ

(右から)ジョン・オーウェン=ジョーンズ、遼河はるひ

オーウェン=ジョーンズ:僕としても今回、そこを強調したいところなんだよね。アンドリュー・ロイド=ウェバー版とは違う物語をぜひ楽しみに劇場に足を運んでほしいと思っているんだ。どのバージョンでも、ファントムが、愛されたい、愛したいと思っているところは共通している。けれども彼は人とどうつながっていいかわからない人間なんだ。恋愛メインか、親子関係かということでいえば、ケン・ヒル版はアンドリュー・ロイド=ウェバー版に近いと思う。というか、そもそも、ケン・ヒル版にインスピレーションを受けたことによって、アンドリュー・ロイド=ウェバー版が誕生しているわけだから。ケン・ヒル版はオペラの名アリアをピックアップし、物語に合わせた歌詞をつけて舞台を紡いでいっているから、よりオペラ座で上演されているオペラ作品に近い雰囲気なんだよね。一幕最後に、ファントムとクリスティーヌとラウルの三人で歌う『制御できない運命』(オッフェンバックの『ホフマン物語』の「ああ! 僕の心はまたも乱れる」)を歌うんですが、これは非常に複雑で。ここでは、三人の音楽的なつながりが決してほどけてはいけないんだ。毎晩、きちんと完成しているルービックキューブを一度バラバラにして、また完成させるような複雑な作業が要求されると思っているよ。

ーー以前、オーウェン=ジョーンズさんの歌声を聴かれての印象は?

遼河:鳥肌が立ちましたね。

オーウェン=ジョーンズ:クーラーが効きすぎだったとか(笑)。

遼河:いえいえ、もう、すばらしかったです! 声の迫力がすごくて。やはりファントム役を演じられる方は声がすばらしくないと、役柄上説得力がないと思うんですよね。闇の中から劇場に響き渡るような声の持ち主でないと……と思うんですが、そういう意味ではもうぴったりで。今回のケン・ヒル版が非常に楽しみなのは、さきほどジョンさんもおっしゃっていましたけれども、オペラのアリアを歌われるということで、声をどのように変えてくるのかということですよね。

オーウェン=ジョーンズ:それはもう皆さん、を買って劇場まで確かめに来ていただかないと(笑)。まあ、僕が思うに、声は単なるツールでしかないんだよね。その夜の舞台が終わったときもっとも大切なことは、どれだけよく歌えたかとか、どれだけ素敵に見えたかとかそういうことではなく、どれだけよく物語を伝えられたかだと僕は思っていて。例えば、僕はウエストエンドとブロードウェイ両方で『レ・ミゼラブル』のジャン・バルジャンを演じた経験があるけれども、彼は物語が進むにつれ年をとっていく。だから演じる上では、自分の声を舞台中に年老いたものにしていくという作業をしていて。ファントムについては始終、彼は美しい声の持ち主だという風に形容されているよね。このあたり、『オペラ座の怪人』と『レ・ミゼラブル』の対比としておもしろいんだけれども、ジャン・バルジャンは悪人から善人へと変化していくから、最初のうちは吠えるように歌っているんだけれども、次第に洗練された声で語り、歌うようになっていく。ファントムはその逆だよね。彼は自分の容貌に非常にコンプレックスをもっていて、何とかそれを隠したい、だから、できるだけ完璧な紳士としてふるまっている。それが、物語が進むにつれ、彼は外見が醜いだけでなく、内面もまた殺人を犯すような醜いものだということがわかってくる。だから演じる上では、最初の方で声に美しさを盛り込み、それを失わせていくという作業をしていた。アンドリュー・ロイド=ウェバー版でもケン・ヒル版でも、ファントムがもっとも美しく歌うのは最初の方だということは共通していると思うよ。ジャン・バルジャンの場合は、物語の最後の方でもっとも美しく歌うことになってくるんだけれどもね。

ーー演じ、歌う上でのそういったポイントは、演出家が教えてくれたものなんですか?

オーウェン=ジョーンズ:いや、自分で見つけたものだよ。役者というものはみんな、自分自身の中に演出家をも兼ね備えていなくてはいけないものだと思う。演じながら、自分の一歩外に出て、演じている自分自身を想像し、見つめる目が必要というか。自分ははたして、この物語を観客に通じるようにクリアに伝えられているだろうか――。もちろん、僕自身のその目がうまく機能していないとき、演出家が手助けしてくれるわけだけれども。だから役者はみな心の奥底では演出家だと思っている。ときどき、演出家としていまいちな人もいるけれどもね(笑)。

遼河:そのあたり、今回のケン・ヒル版で、ジョンさんがどう自分なりのファントムもまた見つけ、作り上げていくか、本当に楽しみですよね。そして舞台を観てまた、おお! と思いたい。

遼河はるひ

遼河はるひ

ーーオペラ座が舞台というシチュエーションもまた作品の大きな魅力ですよね。というのも、私自身、初めてパリのオペラ座ガルニエ宮に行ったとき……。

オーウェン=ジョーンズ:「『オペラ座の怪人』の湖はどこ?」って聞いたんでしょ?

ーーご明察の通りです!

オーウェン=ジョーンズ:(笑)僕も、ガルニエ宮の湖にも、それからファントムが現れるあの屋根にも昇ってみたし、ファントムが要求する5番ボックス席にも行ってみたし、古い楽屋も見た。ほとんどの人々が通常見ないところを見ることによって、誰かがあの劇場に住みついている……ということを信じるのがより容易になったと思う。まったくもってすばらしい建築だよね。『オペラ座の怪人』が舞台化されたころ、みんな、あんな湖は本当にはないと思っていたんだけれども、実際、舞台装置や衣裳が火事で燃えてしまうことを防ぐために存在していて。地下に降りていくとわかるんだけれども、湖は今やコンクリートで覆われていて、見えなくなってしまっている。でも、排水はしなかったそうだから、コンクリートの下にはまだ実際に湖があるんだよ。ただ、深さは1.2~1.5メートルくらいだから、そんなに深くはないんだけれども。だから、オペラ座ガルニエ宮の内部には、『オペラ座の怪人』の物語が展開されるような巨大な空間が実際にも広がっていたということなんだ。建てられた当時、世界でもっとも大きな建築物の一つだったわけだし。

ーーパリの地下空間といえば、またまた『レ・ミゼラブル』を思い出します。

オーウェン=ジョーンズ:下水道ね! あそこにも行ったよ。実際どんな空間なのか体感するために。役作りにあたってはまずもって想像力を駆使することが一番だけれども、そういったさまざまな経験が自分の中にあると、何かのときに生きてくるということはあるよね。

遼河:私もオペラ座に行って、『オペラ座の怪人』の物語を知っているので、ロビーや客席を興味深く見ていましたが、ジョンさんはそんな闇の部分まで行かれているんですね!

(右から)ジョン・オーウェン=ジョーンズ、遼河はるひ

(右から)ジョン・オーウェン=ジョーンズ、遼河はるひ

ーーこれまでコンサートなどで日本の舞台にも立たれてきましたが、日本の観客についてはいかがですか。

オーウェン=ジョーンズ:まあ合格って感じかな(笑)。嘘嘘、世界でもっとも寛大で、あたたかくて、知的で、舞台上で行なわれていることに敬意を払ってくれているなと感じるよ。世界のあちこちで舞台に立っていると、自分自身が別に客席にいたいわけでもないのになぜかいるという観客もいないではないからね。実際、オーチャードホールでやったソロ・コンサートは、25分くらいカーテンコールが続いて、これまでのキャリアの中でもっともすばらしい舞台の一つだったと思う。大阪での公演でも、関係者が、客席のこんな反応は見たことがないというくらいすごいものがあったよ。

ーーあなたが歌う言葉すべての意味が必ずしも伝わっているわけではないのに、すごいことですよね。

オーウェン=ジョーンズ:字幕も役に立たないときもあるからね。でも、自分の話で言うと、東京で『レ・ミゼラブル』の舞台を観たことがあって。演出が新しくなったバージョンは、自分は出演するばっかりで、それまで一度も客席で観たことがなかったんだ。自分が作り上げた諸々が効果を上げているということを観られたのもとてもよかった。そしてもちろん、自分は作品のことをくまなく知っている。でも、言葉はただの一つもわからない。それでも舞台のラスト、感動がこみあげてきて、泣いた。役者たちがあの物語をきちんと伝えるということをやり遂げたから、そう感じる瞬間が訪れたんだと思う。……あ、待てよ、「泣いた」なんて言ったら、男らしくないと思われるかな? いやいや、鬼の目にも涙、ジョン・オーウェン=ジョーンズも人の子っていうことで、あえて入れておいてもらおうか(笑)。

ーーでは、あなたが舞台上でもっとも醍醐味を感じる瞬間とは?

オーウェン=ジョーンズ:それは観客の反応といったことはまったく関係なく、自分の中で設定した、これだけのレベルの舞台を見せるという目標を自分としてはクリアして、今日の自分には満足できたと思う瞬間だね。ゴルフで、ときどき完璧なショットを打てた! と思うのと同じような瞬間だな。自分としてはいまいちと思っても観客の反応はよかったり、自分としてはベストだと思っても観客の反応はいまいちだったりするし。遼河さんはどう?

遼河:すべてにおいて完璧にできたと思ったのは、宝塚を退団する、その最後の日、千秋楽の公演でしたね。

オーウェン=ジョーンズ:すごくよくわかるな。千秋楽というものを何度も経験してきたけれども、これで最後と思うとめちゃめちゃ集中するから、どの瞬間も完璧に成し遂げられる。ブロードウェイで最後に『レ・ミゼラブル』をやったとき、そうだったな。

ーー今回のケン・ヒル版への期待をお聞かせいただけますか。

遼河:ケン・ヒル版ならではの音楽の美しさも楽しみですし、こうしてお話をうかがえたからこそ、ジョンさんがこのバージョンでどうファントムを作り上げ、演じ、歌って表現してみせるのか、本当に楽しみです。

オーウェン=ジョーンズ:僕自身、コンサートでの来日はあるけれども、日本の観客の前で物語を演じて見せるのが初めての経験になるから、楽しみにしているんだ。カンパニーの一員として、歌を通じて物語を届ける。そんな経験を皆さんと分かち合える機会となることを、僕自身、とても期待しているよ。

(右から)ジョン・オーウェン=ジョーンズ、遼河はるひ

(右から)ジョン・オーウェン=ジョーンズ、遼河はるひ

取材・文=藤本真由(舞台評論家) 撮影=福岡諒祠

公演情報

ミュージカル『オペラ座の怪人〜ケン・ヒル版〜』
 
原作:ガストン・ルルー
脚本・作詞:ケン・ヒル
日時:2018年8月29日(水)〜9月9日(日) 全16公演
会場:東急シアターオーブ (渋谷ヒカリエ11階)
出演者:ジョン・オーウェン=ジョーンズ
料金:S席 11,800 円、A席 8,800 円、B席 6,800 円
 
主催:キョードー東京/テレビ東京/読売新聞社 企画招聘:キョードー東京
公式HP:http://operaza2018.jp/
問い合わせ:キョードー東京 0570-550-799(平日11:00~18:00/土日祝 10:00〜18:00)
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