『音楽と舞踊の小品集』に出演の首藤康之にインタビュー~6人の舞踏家と4人のソリストの紡ぐ「プレゼント」を
首藤康之 Ⓒ阿部 稔哉
2018年8月30日(木)、横浜みなとみらいホールで「音楽と舞踊の小品集 水・空気・光」が上演される。横浜美術館で開催されている展覧会「モネ それからの100年」をテーマに行われるこの公演は、4人のソリストたちと6人のダンサーによる音楽と舞踊のコラボレーションが見どころだ。
出演する音楽家は福間洸太朗(ピアノ)、﨑谷直人(ヴァイオリン/神奈川フィルハーモニー管弦楽団ソロ・コンサートマスター)、門脇大樹(チェロ/神奈川フィルハーモニー管弦楽団首席チェロ奏者)、齊藤一也(ピアノ)、ダンサーは中村恩恵、首藤康之、折原美樹(マーサ・グラハム舞踊団)、米沢唯・中島瑞生・ 渡邉拓朗(新国立劇場バレエ団)。若手からベテランが揃う音楽家とダンサーが、モネに代表される印象派の世界と「それからの100年」を象徴する世界を紡ぎ出す。公演では折原によるマーサ・グラハムの「ラメンテーション」が上演される点も注目だ。今回は出演ダンサーの首藤康之に、公演についての話を伺った。(文章中敬称略)
■スクリャービンでソロ、メシアンで米沢&首藤のデュエットを
――今回の公演は第1部「水」、第2部「空気」、第3部「光」という構成で、第2部に首藤さんらダンサー達が踊ると伺っています。2部の構成を教えていただけますか。
首藤 まず僕がスクリャービン「12のピアノ練習曲 作品8より第11番」でソロを踊り、続いて中村恩恵さんと新国立劇場の男性2人――渡邊さんと中島さんの3人でラヴェルの「ツィガーヌ」を、そして僕と米沢さんでメシアン「時の終わりのための四重奏曲より第5楽章“イエスの永遠性の賛美”」でデュエットを躍ります。そして最後に折原さんがコダーイ「9つのピアノ小品 作品3より第2番」で踊るという構成です。
――振り付けは首藤さんとは何度も共演されている中村恩恵さんですね。
首藤 振付家はほとんどそうなのですが、中村さんは特にダンサーのその時の瞬間や姿、動きや人間性を見ながら振り付ける方です。中村さんは、もちろん作品によっていろいろではありますが、まるで詩を読んでいるような、美しい言葉を語っているような振り付けをされる。彼女の作品を踊ると、何かひとつ、いろいろな形の言葉を自分の身体の中から見つけたという感じがするんです。中村さんの振り付けから生まれる「言葉」は、同じ作品でもダンサーによって変わってきます。今回は6人のダンサーが揃いましたので、それぞれのダンサーの個性を楽しみながら見ていただきたいなと思います。
――米沢さんとのデュエットはどのような手応えを感じていますか。
首藤 僕と米沢さんは以前、新国立劇場バレエ団の中村さん振り付けによる「ベートーヴェン・ソナタ」で共演しました。僕自身、米沢さんはすごく好きなバレリーナです。中村さんも僕と米沢さんの身体的な感覚やプロポーションも含め、すごく合うと仰ってくださった。それで今回一緒に踊ることとなりました。
中村さんは、今回のデュエットについては「自分で動いているつもりなのに実は人に動かされている。自分で気持ちよく踊っているのに実はそれは人がやってくれている、というものにしたい」とおっしゃっていました。
――「動かされている」というその原動力は音楽なのでしょうか。
首藤 音楽であり多分2人の間で生み出される感情であったりするのだと思います。この曲は単調……と言うと語弊がありますが、クレッシェンドなどがあって盛り上がるような曲ではないので、その分ダンサー同士のコンタクトがすごく大事になってくると思います。
米沢さんは本当に太陽のように明るい、いつも光を浴びて明るく輝いているようなダンサーで、僕はどちらかと陰の方に入りがち。その辺りの陰陽のギャップも楽しんでいただければと思います。
――ソロで踊るスクリャービンの曲にはどのような印象を持たれましたか。
首藤 今回踊るスクリャービンの「ピアノ練習曲」は、僕は本当に好きな曲で、いつもスタジオでかけているんです。スクリャービンで踊ること自体は初めてなのですが。
この曲はとても強いと言うか、言い方は難しいのですが、何かすごいことがまさにここで起こっているのに、すごく遠くから聞こえてくるような感じと言うのでしょうか。ここに存在しているのに、何かが背面から押し寄せてくるような力強さがある。天から降ってくるのとも違う、後ろから押し寄せてくるような曲です。だからきっと舞踊や身体性の面でも音楽が助けてくれるんだろうなと思っています。
――踊っているといつも聞いている曲の新たな一面が見えたりするのでしょうか。
首藤 はい。どんな曲でもそうですね。例えばストラヴィンスキーの「春の祭典」は30年くらい聞いていますが、ある日突然新たな音に気付いたりします。そういった発見は日々あるので、スクリャービンの曲も、今回は齊藤一也さんの生演奏ですから、新たな旋律が自分の中で響いてくるのではないかと楽しみにしています。きっとそういったところから、また新しい発見があるんでしょうね。
■意義深いマーサ・グラハム「ラメンテーション」上演
――最後に踊られるのがマーサ・グラハム舞踊団の折原さんですね。
首藤 折原さんが踊るのはマーサ・グラハムの「ラメンテーション」で、これは本当に素晴らしい作品です。これが日本で、マーサ・グラハムの舞踊の第一任者である折原さんの舞踊で上演されるというのは、とても意義深いことだなと思います。
グラハムといえば、直接作品を踊ったことはなくてもほとんどの舞踊家・振付家が影響を受けている人物です。舞踊はクラシック――古典バレエがあって、そこから身体の使い方などメソッドが確立されていくわけですが、古典バレエには型と型を繋ぐような、ある意味コルセットにはめられたような部分もあるわけです。グラハムはそこから、例えばもうひとつ伸びる、あるいはもう一つリーチするという、型を越えたことを最初にやり、なおかつそれをメソッドにした最初の舞踊家です。その影響があって、ジョージ・バランシンなど現代の振付家らが出てきたたわけです。ですからこの第2部の最後に「ラメンテーション」が踊られるというのは非常に意義深いことだと思うのです。
――今回のテーマの印象派も「それからの100年」ということで、様々な影響を後世に与えましたね。そう考えると、舞踊の最後に舞踊の歴史に欠かせないグラハムを置くという構成は絶妙ですね。
首藤 はい。出演するダンサーも渡辺さんと中島さんの男性2人は21歳くらいで、米沢さんが中堅くらい。そして舞踊の世界ではベテランと呼ばれるような僕たちがいるわけで、そうした様々な舞踊の世代が音楽とともに何かを生み出すというのはとても面白いと思います。
今回の機会を通して、こうして若いダンサーが技術だけではなく、舞台活動を通じて佇まいを感じ、同じ空気を吸いながら先輩と同じ空間に立つというのは大事なことだと思います。僕もいろいろな先輩方からたくさんのことを学びましたが、芸術の継続という意味でも、これはすごく大切なことだと思います。でも僕から何を教えるというわけではないのですが。
首藤康之
■ジョルジュ・ドンからもらった「プレゼント」を次代へ、そして観客へ
――首藤さんも若い頃は様々なベテランのダンサー方と同じ舞台に立つということが刺激になったわけですか。
首藤 もちろんそうです。15、16歳の時、当時モーリス・ベジャールバレエ団にいたときにジョルジュ・ドンさんと2カ月ぐらい一緒に全国ツアーを回りました。ツアーでは劇場で過ごしている時間の方が長く、朝クラスをしてリハーサルをして本番、という単調な生活だったのですが、その間にすごくたくさんの「プレゼント」をもらいました。ドンさんと直接話したわけではないのですが、その時にもらった「プレゼント」をひとつずつ開けながら自分も踊っている、という感じでした。それがすごく大きな経験でした。
――そういった方々が残して行ってくれる「プレゼント」を自分の中にも一つひとつ取り入れ、大事にしながら積み重ねて、今度は首藤さんが「プレゼント」を贈っているのかもしれませんね。
首藤 僕が贈ろうと思って贈っているわけではありませんが。僕は体験や経験やってきたことなどを素直に自分で表現して、後は皆さんやほかのダンサー達がそれを見てどう感じるかは自由です。
ただドンさんはそのツアーの――長くて辛い35回くらいのツアーだったのですが、千秋楽の日に「南であろうと北であろうとどこであろうと、人のあるところ劇場のあるところに行くのが芸術家の使命だ。今回のツアーはすごく大変だったが、出会った観客や劇場、町の空気、人、そういうものすべてにパワーをもらって踊ってきた。今日は未来への新たな初日だと思って踊ります」と、そう言って舞台に立って行ったんですよ。その言葉が今でもすごく心に残っていて、素敵だなと思うんです。だから芸術家同士のふれあいや経験は大事だし、今回の4人のソリストとも共演できるというのは、すごく楽しみです。
■「あたりまえのこと」に思いを寄せる大切さ
――今回は「水・空気・光」というテーマもあります。
首藤 これは人間が生きている上で必要不可欠なものですよね。舞踊もそうで、たくさんの空気や水を吸い、劇場の中では照明という光を浴びて動いている。シンプルなことですが、意外と当たり前で気がつかない。水も空気もあって当たり前。でもこうして「水・空気・光」というテーマを考えてみると、当たり前だけれど、実は当たり前じゃない、シンプルなもの一つひとつを思い返すことは人間にとってとても大事なことだなと。
「生きている」ことだってあたりまえかもしれませんが、でも一人で立っているわけじゃないですよね。もし周りの方々の存在や思いやりといったものを、劇場芸術を通して感じていただければ、それはそれですごく嬉しいです。
――いろいろ多角的なテーマで見ることができる公演かもしれませんね。シンプルに音楽と舞踊を楽しむこともできますし、印象派とその後の芸術世界を感じることもできるでしょうし。音楽ファンのお客様は舞踊の世界を、舞踊ファンのお客さまは音楽の世界を知るという、新しい出会いもあるかもしれませんね。最後にお客様にメッセージを。
首藤 舞踊としては様々な世代が短い時間に踊り、作曲家の音楽をどう表現するかというのがひとつの見どころになると思います。特に舞台装置があるわけでもなく、みなとみらいの大きなホールの素舞台に近い状態ですから、ダンサーの身体性や人間性が前面に押し出されてくるでしょう。そこに音楽家の方々が寄り添い、生まれるものを楽しんでください。
ダンスは言葉を持たない抽象的なもので、これはこうだと言い切れない。僕たち6人のダンサー、そして4人のソリストによる感性や表現を通し、ご自身の好きなものをチョイスして自分への「プレゼント」して持って帰っていただければと思います。
取材・文=西原朋未
公演情報
■会場:横浜みなとみらいホール 大ホール
■出演:福間洸太朗(ピアノ)、﨑谷直人(ヴァイオリン/神奈川フィルハーモニー管弦楽団ソロ・コンサートマスター)、門脇大樹(チェロ/神奈川フィルハーモニー管弦楽団首席チェロ奏者)、齊藤一也(ピアノ)
中村恩恵、首藤康之、折原美樹(マーサ・グラハム舞踊団)、米沢唯・中島瑞生・渡邉拓朗(新国立劇場バレエ団)