ローマ歌劇場日本公演 開幕記者会見 ソフィア・コッポラとキアラ・ムーティが演出するイタリア伝統の舞台を理想のキャストで
photo by Ayano Tomozawa
ソフィア・コッポラとキアラ・ムーティ。4年ぶりに来日するローマ歌劇場が選んだふたりの女性演出家だ。イタリア・オペラの伝統を刷新し続けているローマ歌劇場が、理想のキャストを得て上演するヴェルディとプッチーニの傑作には共通点がある。
東京文化会館で9月5日(水)にローマ歌劇場2018年日本公演 開幕記者会見が開かれた。すでに3日(月)から舞台の仕込みとリハーサルは始まっており、9月9日(日)には同劇場でヴェルディ『椿姫』、9月16日(日)には神奈川県民ホールでプッチーニ『マノン・レスコー』の初日があく。『マノン・レスコー』の第2回目公演以降は東京文化会館、全ての日程で開演は午後3時だ。
会見に出席したのは、主催の(公財)日本舞台芸術振興会(NBS)の専務理事 高橋典夫、ローマ歌劇場芸術監督 アレッシオ・ウラッド、『マノン・レスコー』指揮者ドナート・レンツェッティ、同演出キアラ・ムーティ、マノン役クリスティーネ・オポライス、そして『椿姫』指揮者ヤデル・ビニャミーニ、ヴィオレッタ役のフランチェスカ・ドット、アルフレード役のアントニオ・ポーリの各氏。ラトビア出身のオポライス以外は全員イタリア人だ。
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ローマ歌劇場 芸術監督 アレッシオ・ウラッド
ウラッドは、2014年に行われた前回のローマ歌劇場来日公演を「ローマ歌劇場の歴史上でも最も素晴らしい経験の一つでした」と表現。今回の演目に関しては、「イタリア・オペラの偉大なるレパートリーの中で重要な柱といえる二つのオペラ『椿姫』『マノン・レスコー』を上演します。近年、私どもの劇場で大きな成功を収めた二つのプロダクションです。これらの上演にあたっては、長い伝統を継承しつつ、つねに新たな力を獲得することに注力しています」と紹介した。
「指揮はイタリア・オペラの上演に欠かせない、マエストロ・レンツェッティとマエストロ・ビニャミーニ。演出は、イタリアの名前を持つ、それぞれとても重要であり、しかもその名前にふさわしい実力を持つキアラ・ムーティとソフィア・コッポラが手がけます」「ヴェルディとプッチーニという作曲者の意図を裏切らずに、最良の、しかも新しい形で偉大なる伝統を継承していきたい」と述べた。映画監督ソフィア・コッポラ、そして巨匠リッカルド・ムーティの娘で女優、そして演出家であるキアラ・ムーティという二人が、パリを舞台にした愛ゆえに破滅するヒロインを描いた二つのオペラをそれぞれ演出するという趣向である。
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「マノン・レスコー」指揮者 ドナート・レンツェッティ
『マノン・レスコー』を指揮するレンツェッティは「『マノン・レスコー』はプッチーニの初めての成功作。19世紀末としてはとてもモダンな未来派的なオペラ。20世紀の幕開けとしてのオペラは『トスカ』ではなくこの『マノン・レスコー』だと思う」「プッチーニはドビュッシーやワーグナーをとても愛していたが、それはオーケストラ部分に聴き取ることができる。またこの作品の中にみられるエロスの表現も、当時としてはかなり新しいものです。マノンは金や宝石に魅了される。愛と金を愛する女を描くのは今日的ということです」「最後には真の愛が勝利する。マノンは何不自由ない暮らしを捨てて愛を選び、そして悲劇的な死を迎えます」
『マノン・レスコー』演出 キアラ・ムーティ
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演出のムーティは、彼女にとってこのオペラを読み解くキーワードは〈砂漠〉だと言う。「マノンの時代には、女たちの人生は男の欲望と権力に左右されていた。でも彼女は幸せを諦めたくない。飢えたくはないけれど愛に生きたい。全てを得たいという欲望は彼女を砂漠における死に追いやります。この砂漠はメタファー(隠喩)としての砂漠でもあるのです。私は美術面も考えながら演出の構想を〈砂漠〉からスタートさせました。マノンは最後に砂漠で死にますが、彼女は“私という女が砂漠なのだ”と自分自身に叫びながら死ぬのです。こうして私の演出の中では〈砂漠〉はライトモチーフ(指導動機)になりました。プッチーニの音楽の中にもそのライトモチーフは存在しています。砂漠の上に建てられた18世紀のセットで物語は進行します」と語った。
またマノンを演じるオポライスについては、「彼女は歌手である前に女優でありたいと言っていますが、これはオペラ歌手からはなかなか聞くことができない言葉です。彼らは普通、喉のこと、声のことを何より優先しますから。素晴らしいアーティスト、最高のマノンです」
マノン・レスコー役 クリスティーネ・オポライス(ソプラノ)
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国際的なスター歌手だが来日は初めて。「私はイタリア人ではありませんが、ローマ歌劇場と一緒にプッチーニの素晴らしい作品を皆様に披露できることをとても嬉しく思っています」「ぜひ公演を観に来てください。音楽は信じられないほど素晴らしいですから。プッチーニはパッションと愛。全てか無か。それは私のモットーでもあります。マノンをはじめとするプッチーニのヒロインたち、特に『トスカ 』『蝶々夫人』などは私の最も好きな役です。マノンの過ちは私たち女性が昔から繰り返してきたもの。愛もお金も欲しい。私たちは全てが欲しいけれどそれは不可能なこと」「彼女が人生とは何かを理解するのは難しく、理解した時にはすでに遅かったのです」
ムーティ演出の舞台に関しては「ついに、美しい伝統的なプロダクションに参加できて幸せです。私はこの、若くて、才能のある女性に完璧に恋をしてしまいました。演出家が自分のやりたいことだけでなく、オペラの全てを熟知しているのは、今日のオペラ界では本当に稀なことですから。私はオープンですし、つねに自分を成長させてくれるものを求めています。そういう意味では、マエストロ・レンツェッティからもオペラの伝統を学ぶことでとても成長させてもらい感謝しています」
『椿姫』指揮者 ヤデル・ビニャミーニ
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「今年はこれが三度目の来日です。他の二回はコンサートへの出演でした。今回は、私が特別の結びつきを感じているローマ歌劇場と来日してオペラを指揮するという特別な機会です」「合唱指揮のマエストロ・ガッビアーニ率いるローマ歌劇場合唱団、そしてオペラ、特にイタリア・オペラを伴奏するのに最も柔軟性に富んだオーケストラの一つであろうローマ歌劇場のオーケストラと一緒に演奏できるのは嬉しいことです」
「2016年にローマでこの『椿姫』のプロダクションが初演された時も指揮をしたので、その演目を日本でも振れるのは嬉しいです。伝統的であると同時にとても新鮮で若々しい舞台です。それは歌手たちにも言えることで、特にここにいる二人が歌うヴィオレッタとアルフレードは若さを表現することが必須だと思いますが、彼らはとても新鮮で若々しく、それにもかかわらず熟練の技術を持ったアーティストたちです」
「『マノン・レスコー』と『椿姫』を結びつける導きの糸は、『椿姫』のヒロインもやはり富を追い求めましたが、その彼女が愛のために全てを犠牲にし、命までを捧げるということです」「音楽語法はとても違うのですが、しかし、この二つのオペラには共通点があると言えるでしょう」
『椿姫』ヴィオレッタ役 フランチェスカ・ドット
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「イタリアを代表して、イタリア語のこの作品を日本で歌い演じることをとても誇りに思っています。私も今回が初来日ですが、飛行機が着陸した時からもう全てに魅せられています。忘れないようにたくさんのことを、目に焼き付けています」
「一番大事に思っているのは、私のヴィオレッタのメッセージを皆さんにお伝えすることです。マエストロたちがすでに強調されたように、この二つの演目に共通する導きの糸は、感情の枯渇という〈砂漠〉なのです」「富や安逸を選んでしまったヴィオレッタでしたが、予測できなかった愛に出会ってしまいます」「ヴィオレッタは小さいけれど、大きな存在でもある。とても強いけれど、壊れやすい。ヴィオレッタは普遍的なのです。フランス小説から生まれ、ヴェルディの音楽に昇華され、普遍的なヒロインとなりました。観客の皆さんが彼女に共感していただけることを願っています」
『椿姫』アルフレード役 アントニオ・ポーリ
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「僕は日本には7回ほど来日しています。アルフレード役を日本で歌うのも3回目か4回目だと思います。ですからもう皆さん、僕のアルフレード像はよくご存知だと思います(笑)。このプロダクションの『椿姫』で東京に戻ってこられたのは幸せです。ローマ歌劇場芸術監督ウラッド氏がローマでこのプロダクションが新制作された時に僕にアルフレード役をくださったことには本当に感謝しています。ソフィア・コッポラ、ヴァレンティノ・ガラヴァーニとの仕事、そして素晴らしい音楽家であるマエストロ・ビニャミーニの指揮で、大好きな同僚であり友人でもあるフランチェスカ・ドットと共演できたのですから。ローマでは彼女に「君ってこの役ばかり歌っているね。どれだけたくさんヴィオレッタを歌って来たんだい?」と言ってふざけていたのに、その後で僕にアルフレード役の仕事がたくさん舞い込み、もうアルフレード役は計100回くらい歌っています」
「アルフレード役については公演を重ねるにつれ、声だけでなく、人間性の面でも役柄を発展させることができたと思っています。この役はテノールがキャリアの初期に歌ってその後はもう演じなくなってしまう、という使われ方をすることがよくあります。それは歌うところが多く舞台でも大変なのに、ヴィオレッタのような成功は得られない役だから、という理由だと思うのですが、僕はこの役をとても愛していて、できる限り長く歌っていきたいと思っています。それは声楽的にも人物描写でも多くのことを表現できる可能性がある役だと思うからです」
「僕は、日本文化と日本人にとても愛着を持っていて、もう何年も前から合気道をやっているのです。今回の来日中に武道場に行く時間が取れるかどうかは分かりませんが……」
「この『椿姫』のプロダクションはとても美しいです。すでに映画館でご覧になった方もいらっしゃるのではないでしょうか? 以前、来日していた時にちょうど上映していたので、ご覧になった方々から「観ましたよ」と言っていただきました。私自身は観に行くことはできませんでしたが。生の舞台は映画よりもっと素晴らしいと思いますので、皆さんが今回の公演に来てくださるのをお待ちしています!」
この他に、『マノン・レスコー』にはデ・グリュー役でグレゴリー・クンデ、そして『椿姫』にはジェルモン役でアンブロージョ・マエストリなどの超一流アーティストが出演する。フランス原作のイタリア・オペラの傑作、パリを舞台にした美貌のヒロインの悲劇、それを現代的なセンスを持つ女性演出家二人がどう見せるか? 注目の公演である。
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取材・文=井内美香