新日本プロレスの「キャラクターで差をつける」仕事術~アスリート本から学び倒す社会人超サバイバル術【コラム】

コラム
スポーツ
2018.10.26

両国大会で新時代のプロレスを目撃

「あれの何が楽しかったの?」

4年前の正月、水道橋近辺の中華料理屋で隣の席の男がいきなりそう話しかけてきた。っていうか絡んできたのである。新日本プロレス恒例の2014年1月4日東京ドーム大会観戦直後に友人と遅い夜飯を食べながら、イッテンヨン大会の感想を話していたら、突然酔っ払いが場外乱入事件。

中邑真輔vs.棚橋弘至のダブルメインイベントの何が楽しいの? なんて嘆く男は40代中盤で、古くからの新日ファンらしかった。正直、面倒くさくて「まあ嫌ならわざわざ金払って見に来なければいいんじゃないですか?」と全く相手にしなかったが、今なら彼の気持ちも少し分かる気がする。多分、寂しく悲しかったのだろう。

昔、好きだったプロレスが過去のものとなり、リニューアルされ多くの新規ファンが駆け付けている。プロレスでもプロ野球でもロックバンドでも、個人の「好き嫌い」と「合う合わない」は別モノだ。難しいのは「対象は変わらず好きだけど、なんか最近の流れ自分の好みと合わない。でも他の観客はそれで盛り上がってる」という状態。まるで時代の流れから取り残された気分になっちまう……。恐らく、彼はそんなやりきれない感情で酒をあおっていたのではないだろうか。

先日の10月8日両国大会の帰り道、ふとそんな4年前の出来事を思い出した。その日、乱入による無効試合があり、ユニット内の造反や新メンバー発表があり、メインイベントはケニー・オメガvs飯伏幸太vsCodyによる史上3度目の3WAYのIWGPタイトルマッチだった。とにかく色々起こったのだが、肝心の試合内容はほとんど記憶にない。こんなことはこれまでのプロレス観戦で初めての経験である。

まるでリング上の戦いよりも次に繋げるストーリー重視の興行。内藤哲也が率いる人気ユニット、ロス・インゴベルナブレス・デ・ハポンのグッズTシャツやキャップは飛ぶように売れ、確かに家族連れや女性ファンも増えた。考えてみれば、凱旋帰国のオカダ・カズチカが“レインメーカー”となり、柴田勝頼が桜庭和志とともに「ケンカ、売りにきました」と両国のリングに立ったのはもう6年前の出来事である。でも、自分が熱狂したそんな時代にも一区切りつきつつある。いや、正確に言えば、会社は次の段階へと進もうとしているのである。

キャラクター王国を築いた新日本プロレス

手元に『新日本プロレスV字回復の秘密』(KADOKAWA)という、新日が監修した2015年11月13日発行の本がある。もちろん新社長にオランダ出身のメイ氏が就任する以前の約3年前に発売されたものだが、今読むとその後の新日の営業戦略も見えてきて非常に興味深い。人気回復の一因として挙げるのが「選手がキャラクターを持ち、互いに殺しあわない関係性」だ。「それぞれ個性を邪魔せず、しかも相手の得意技は使わない。自身のオリジナル技で勝負に挑む。気がつけば、新日本プロレスはキャラクター王国になり、賑わいを生んでいる」のだと。外道さんは言う。

「棚橋、中邑、オカダ。言葉は悪いけどさ、先輩レスラーが自分の生命線であるキャラクターを失っていくようなさまを若い彼らが見て、こいつらバカだなと思ったのかもしれないよね。格闘技が流行ったら格闘技に行くとか、客に受けるからって得意じゃないパワーボムを安易にやっちゃうとか。それによって自分の価値を自ら下げていることに気づいていないわけだ。つまり自分の生命線が何なのか分かってなかったんだよな」

プロレスラーもアイドルグループも会社所属の社会人も、組織でサバイバルするために重要なのは己のキャラ設定だ。長州力の言葉を借りると「プロレスは団体競技」。自分は何を武器にその中で埋もれずに戦うのか? ユルい環境にスポイルされずに、それを20代から30代前半に掴めるかが勝負を分ける。ちなみに新日でこの手のポジショニングが抜群に上手いのが、“チャラい王者”や“エース”というキャラクターを自ら発明した棚橋弘至なのは言うまでもないだろう。棚橋は伝統のストロングスタイルや現王者ケニーの過剰なプロレスに対し、自らのキャラと思想を落とし込み、新たなストーリーを作り続けている。

押し進める世界戦略に対する、蝶野のある言葉

ミッキーマウスでも孫悟空でもハルク・ホーガンでも、魅力的なキャラクターはビジュアルとムーブで言葉の壁を簡単に超えてみせる。さらに本書ではプロレスとは一種の「経験経済」だと書く。経験経済とは「長らく心に残る消費活動は、自分の情緒や感受性に訴えるような経験を手に入れる行為」という考え方だ。心の満足度を高める経験経済の延長線上にあるプロレス観戦。もはやそれがリング上の戦いだけとは限らない。

先日、両国で見た興行はまさにキャラクタープロレスをさらに押し進めたエンタメだった。レスラーがそれぞれ自分の役割を理解し叫びぶつかり合い、大技を繰り広げ、乱入や造反で客を退屈させない大河ドラマ。いったい次のシリーズはどう展開するのだろうか? この路線が動画配信サービス新日本プロレスワールドでの長期間の視聴に適した優良コンテンツであり、もちろんその先にあるのはアメリカを始めとした世界進出なのは言うまでもない。

これは恐らく時代に合わせた進化なのだ。しかし、両国メインイベントの3WAYマッチを頭では理解しようとしても、面倒くさいオールドファンとしてこうも思う。今の新日本プロレスにはなんでもある。だが、シリアスな“戦い”だけがないと。数カ月前、リングサイド解説の蝶野正洋はある大会についてこんな感想を言っていた。

「(新日本プロレスは)全部外向けにインターナショナルにはなりましたけど、メイド・イン・ジャパンの看板は絶対崩してほしくない。時代が変わったなっていうのは分かります。新しい時代なんだっていうのは感じます。ただ、そこだけは納得できない」

個人的にこの流れに一石を投じる役割は、奇しくも“レインメーカー”という斬新なキャラクターで王者にまで成り上がったにもかかわらず、最近はそのキャラを自ら壊し始めたオカダ・カズチカに期待したい。これから展開されるであろう41歳のエース棚橋からの王道継承ストーリーはあくまできっかけにすぎない。

精巧に作られたキャラクターの向こう側に、生の感情を数万人の観客に見せられた時、オカダは新旧ファンを熱狂させる世界一のプロレスラーになれるだろう。

 

 

シェア / 保存先を選択