「英国ロイヤル・オペラ・ハウス シネマシーズン」にいよいよワーグナー最高の人気作『ワルキューレ』が登場
(c) ROH 2012. Photograph by Clive Barda
2019年1月11日(金)から英国ロイヤル・オペラ・ハウス(ROH)シネマシーズン 2018/19のオペラ第1作目『ワルキューレ』の上映が始まる。リヒャルト・ワーグナーが26年をかけてつくり上げた4部作の楽劇『ニーベルングの指環』のなかでも屈指の人気を誇る、代表作中の代表作だ。とくに3幕冒頭で演奏される「ワルキューレの騎行」はコンサートでも単独で演奏される機会の多い名曲でもある。禁断の恋、夫婦の断絶や父と娘の葛藤といった心理描写などはわかりやすく、初めてワーグナー作品を目にする“入門作品”にもうってつけだ。作曲家が心血注いだ壮大なオペラの大傑作を、ぜひこの機会にご覧いただきたい。
■リアルな心情あふれる壮大なホームドラマ的神話世界
『ワルキューレ』は4部作の楽劇『ニーベルングの指環』の、序夜 『ラインの黄金』に続く2作目に当たるが、単独で見ても十分に楽しめる作品だ。
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物語の軸となるのは双子の兄妹、ジークムント(スチュアート・スケルトン)とジークリンデ(エミリー・マギー)の禁断の悲恋。この二人の父は神々の長ヴォータン(ジョン・ランドグレン)で、母はヴェルズング族の人間の女性。いわば夫が浮気をして作った子どもたちで、これが結婚を司るヴォータンの正妻フリッカ(サラ・コノリー)の怒りを買う。ヴォータンは妻の怒りに折れ兄妹に罰を与えねばならなくなり、その役目を愛娘である戦乙女(ワルキューレ)のブリュンヒルデ(ニーナ・シュテンメ)に命じる。ブリュンヒルデは父の苦悩を理解しつつ兄妹のもとへ向かうが、ジークリンデが子を宿していること、そして兄妹の血を超えた深い情愛にふれ、父の命に背き2人を救うことを決意する。怒るヴォータンはブリュンヒルデの神性を奪い、炎に囲まれた山で長い眠りにつかせるのである――。
禁断の恋とその罪に苛まれ錯乱していく心、不幸な結婚や居場所のないやるせない孤独、夫の浮気など、物語で描かれる心情は神話世界とはいえ生々しい。また人間関係を解きほぐしていくと、実は壮大なホームドラマでもあるのがこの物語のとっつきやすさと言えるかもしれない。ヴォータンと妻フリッカの対話の場面は、威厳を湛えた隻眼の猛者も恐妻の前では返す言葉もないほどにしゅんとしてしまうところが、なんともリアルだ。とにかく登場人物がそれぞれにキャラが立っているところも、この『ワルキューレ』の魅力の一つなのである。
そしてやはり、なによりも3幕冒頭を飾る音楽「ワルキューレの騎行」が圧巻だ。嵐を告げるような弦楽器にホルンの音色がワルキューレの進軍を厳かに、しかし勇ましくうたう冒頭だけで、心が鷲摑みにされ高揚する。ワルキューレたちが持って踊る馬の骸骨は、まるでジョージア・オキーフの絵画を思わせ、白と黒のシンプルな世界の中に虹彩の残像が見えるかのようなきらめきを放つ。
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そしてジークリンデの逃亡、ヴォータンとブリュンヒルデの、それぞれの愛情から発する心の葛藤と対決、さらにクライマックスの火の山の眠りへと一気に駆け抜ける展開に、気がついたら落涙しているのである。
■今秋来日するパッパーノにも注目
ROHで上演される『ワルキューレ』はキース・ウォーナー演出によるもので、2005年の初演以来、2018年が3度目となる人気のプロダクションだ。指環あるいはDNAを思わせる螺旋の造形とともに無駄をそぎ落とした舞台セットは、3幕には一層シンプルになり、だからこそ壮大な音楽ともども登場人物の心情を却ってリアルに炙り出し、それが観る者の心に迫ってくる。
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指揮はROH音楽監督アントニオ・パッパーノ。2019年の秋にROHオペラともども来日が予定されているが、その手腕と音作りを知るうえでも、今作は格好の機会といえよう。
ヴォータン役を演じるランドグレンはバイロイト音楽祭では常連の一人。ブリュンヒルデ役のシュテンメは2016年のウィーン国立歌劇場の来日公演時にも同役を歌い、現代最高のワーグナー・ソプラノの一人、とも言われている。恋に燃え上がりながらも心を病んでいくジークリンデは痛々しく、また神々の世界を拒んでもジークリンデのそばにいたいと言い放つスケルトン演じるジークムントは、愛するものを求めてやまない繊細な心がヒシヒシと伝わり、実にいとおしい。ヴォータンを屈服させる、コノリーの恐妻感あふれるフリッカも必見だ。
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ワーグナー作品はとかく長いといわれるが、音楽やドラマにぐいぐいと引き付けられ、あっという間に終わっている。ぜひこの機会に、ワーグナーの世界にふれていただきたい。
文=西原朋未