Bluems・大塚真太朗が語る音楽の原点ーーどんなに悲しいことがあっても楽しいことに向かってると思える歌を歌いたい
大塚真太朗(Bluems) 撮影=西槇太一
元・恋する円盤の大塚真太朗を中心に結成されたBluems。USインディロックを背骨にしながら、歌謡曲から連なるJ-POPへの偏愛をメロディと歌声に宿らせるバンドである。大塚のメロディメイカーとしての才覚は恋する円盤時代から強烈に輝いていたが、彼が新たな仲間とスタートしたこのバンドでは、より一層楽曲とメロディの陰影がくっきりとしている。跳ねたリズムで恋の終わりを歌い、失った恋こそ美しいメロディで彩る。昨年12月にリリースされた初の全国流通盤『恋について』で歌われるのは決して幸福な瞬間ではなく、愛すべき想い出と悲しみに引き裂かれた心を昇華するための歌達だ。装飾を削いだシンプルなバンドサウンドだからこそ、大塚の歌も彼の内面を率直に吐露するものへと変化したのだろう。何しろメロディの力で一気に聴かせ切るのが素晴らしい。この歌の真ん中にあるものとは何か。恋する円盤時代にも遡り、大塚に訊いた。
ーー大塚さんご自身は、Bluemsというバンドの音楽をどういうものだと捉えられてるんですか。
バンドで作ってるという意識はもちろんあるんですけど、自分が部屋でギターを弾きながら、日々思っていることや普段考えていることが自然と音楽になっていく感じですかね。みんなで何かを持ち寄ってバンドとしての理想形にしていくというよりは、僕の個人的な想いから始まっていくのがBluemsなのかなという気がしてます。
ーー日々思っていることが自然と音楽になっていくというのは、Bluemsに限らずご自身の音楽にとって大事なことなんだと。
そうですね。僕が好きだった音楽も、それを鳴らしている人の生活や性格が滲み出ているものだったんです。だから、自分もそうなりたいなと思ってきたところはありますね。僕は、自分を表現する音楽をやりたい気持ちが先にありつつ、だけどひとりじゃできないというのも凄くあるんですよ。だからバンドを選んでいると思うし、バンドだから、自分が思うもの以上のところに辿り着けることも往々にしてある。ひとりの技術に限界があるのもそうですけど、音楽をやるならバンドしか考えられないっていうのはありましたね。
大塚真太朗(Bluems) 撮影=西槇太一
ーーその音楽の原風景になったものって思い出せます?
両親が車でかけていたサザンオールスターズが好きで。それが小学生くらいかな。なんとなくそれを聴いていて「音楽っていい」と思ったのが最初ですかね。それで、中学生の時に先輩が文化祭でやっていたバンドを観て、むちゃくちゃカッコいいと思ったんです。中学生くらいって、自分の中で「これが好きだ」というものを探したりするじゃないですか。そこで、「見つかった!」という気がしたんです。その時の先輩はsyrup16gとか、BUMP OF CHICKENとかをやってて。自分の好きなものを真っ直ぐやるんだ!っていう先輩のスタイルも印象に残っていて。で、その次の年には自分もバンドで文化祭のステージに立ったんですけどね。小学校の頃とかは、いわゆるJ-POPを僕も周りも聴いてたんです。だけど、なんとなく大きいというか遠いというか、掴めない感じがしてたんですよね。それとは違う、自分の生活に凄く近い範囲のことを真っ直ぐに歌っているロックバンドというものに出会って、それが自分の中でしっくりときてしまったんです。なんというか……「大それたことじゃなくても、自分に近い些細なことでも歌にしていいんだ」というのが衝撃だったんですよ。
ーーそうしてロックバンドの音楽に触れるまで、もともと歌うのは好きだったんですか。
歌うのは好きな子供だったみたいですね。小学校の学芸会とか、音楽の授業とかで先生が「大塚くんは一番歌が上手いね」と言ってくれたのも覚えていて。音楽も歌うのももともと好きだった、というのは下地にあったみたいですね。
大塚真太朗(Bluems) 撮影=西槇太一
ーー小学生頃に「一番○○が上手いね」と言われたことって、一生持っていきたいと思うくらいの勲章になったりしますよね。
まさにそういう感じでしたね(笑)。確かに音楽の授業は張り切ってましたし、これならてっぺんに立てるぞ! みたいな感覚はあったと思います。で、バンドに出会った頃って、BUMP OF CHICKENもそうですけど、ASIANKUNG-FUGENERATIONも自分の世代で流行ってたんですよ。なおかつ、ちょっと人と違うものを聴いていることにも救われてたし。ロックバンドの音楽そのものも好きだったけど、それを好きだと思えている自分がいいなと思えるのもし。それで先輩と同じステージに立ちたいと思って、すぐにギターの初心者セットを買って、文化祭でASIANKUNG-FUGENERATION、ザ・クロマニヨンズ、the pillowsをやって。音楽との距離がいろんな意味で近くなっていったのが中学生頃だったと思います。
ーー初めてコピーしたバンドを挙げていただきましたけど、Bluemsの音楽性とは結構距離があるように感じるんですね。ご自身では、ロックバンドに衝撃を受けた入り口のバンド達は今のBluemsにどう繋がっていると感じます?
ASIANKUNG-FUGENERATIONは特に、自分の根っこにあると思ってて。最初は、ギターがうるさいのにポップなところに惹かれたと思うんですよ。だけど今で言うと、後藤さんの音楽に対する考え方や思想に影響を受けているんですよね。アジカンって、日本語で歌ってはいるけど根本にはOASISやBeck、Teenage Fanclubといった洋楽のバンドからの影響がある。そこで日本語で自分の気持ちを歌いながら、ドメスティックな要素と海外の音楽をひとつの作品に昇華させていく部分に一番影響を受けている気がします。
ーー音楽的な構造の考え方と、アティテュードそのものに影響を受けていると。
そうですね。後藤さんのスタイルもそうですし、音楽に関してあれだけ発信していこうとする姿勢も尊敬してるんですよ。その上で、「俺はただの音楽好きなんだよね」と言えるところがいいと思うんです。リスナーでいることの大事さ、音楽を好きでいることの大事さ。そこに一番影響を受けてるんだと思いますね。それに、一番最初にアジカンをコピーして歌った瞬間に、根拠はなくとも「やっぱりこれで間違いない!」と思えたんですよ。その気持ちよさは今でも忘れてないし、原動力になってますね。やっていて得意になることはこれだと見つけられた嬉しさがすごかったんですよ。
大塚真太朗(Bluems) 撮影=西槇太一
ーーそれ以降も音楽を続けていって、大学生の頃に恋する円盤というバンドでデビューされましたよね。元々、どういうバンドをやりたいとイメージされていたんですか。
それこそ後藤さんみたいに、好きな洋楽の要素を散りばめながらも日本語で歌って、なおかつ僕の両親の世代が聴いても僕の世代が聴いても好きだと思える曲を書きたいなって漠然と思ってました。僕の家族って仲が良くて、音楽の話もよくするんですね。一緒にテレビの音楽番組もよく観てたし、そこでお互いに「いいね」って言えることも多かったんです。そこで、音楽を通じて感覚が通じ合うことの素晴らしさも知ってきて。だからこそ、世代を超えて届くものを書けたらいいなって思ってました。
ーー恋する円盤は、USのインディロックを下地にしながら、男女混声でJ-POP的なメロディを聴かせるバンドだったと思うんですね。男女混声によって青春感を増幅させていたところもあったと思うし、キラキラとしたものを聴かせる執念が強烈だったと感じるんです。
実は、そんなにコンセプトがなかったんですよ(笑)。曲を作るためにレコーディングのメンバーを集めていて。鉄琴があったらいいな、とか、コーラスは女性がいいなあ、とか。だから、頭の中では曲の完成形がずっと鳴ってて。それを元にメンバーを集めていってあのバンドになったんですよね(笑)。
ーー当時のソングライティングの面で言うと、どの辺を参照点にしていたとか、何を消化していたとか、どう思います?
当時でいうと、Cloud Nothingsとかが好きだったんです。ギターのリフが激しい感じのUSインディとか、パンキッシュなバンドが好きだったんですよ。その鋭利な感じを、女性コーラスが入るようなワイワイ感でやれたら面白いんじゃないかな?というコンセプトはあったのかもしれない。そうすれば楽しいものにできるんじゃないかなって。
ーー鋭利なものをシュガーコーティングしてポップに変換するように楽曲を作ってたと。じゃあ、それを何故楽しいものにしたいと思ったんですか。
なんでですかね……。USインディのバンドって、下を向いてガーッと自分の内面に潜るようにしてやるじゃないですか。だけど、それは単純に自分達に似合わないなと思ったんです。だったら、楽しい方にアレンジしたらいいのかなという気持ちはあったかも。僕個人で言ったら、いろんな曲を書いていくうちに変化していくのかなっていう気持ちはありましたけど。
ーー当時は恋する円盤というバンド名でしたし、Bluemsとして初めての音源も、デビューミニアルバム『恋について』です。歌の軸にも、“恋”がありますよね。恋というテーマがご自身から出てくるのは、どうしてなんだと思います
昔から、“恋”という字が好きなんですよ。字面もそうだし、そこから想起されるイメージーー悲しさも楽しさも一緒に思い浮かぶというか。
ーー自分に近い範囲で、喜怒哀楽が一番ごちゃ混ぜのまま詰まっているのが恋だということですか。
ああ、そうかもしれない。恋がテーマになってきちゃうのは……もちろんいろんなテーマについて書きたいとは思ってるんですよ。だけど現状、自分にとって一番インパクトがある事件的なものって恋しかないんです。それは恋する円盤の時から自分の歌に入ってくる部分かもしれないですね。だけど、恋する円盤は6人もいましたし自分が統率するのも難しくて。大学を卒業するタイミングでそれぞれにやりたいことが出てきたこともあって、恋する円盤は解散したんですけど。
大塚真太朗(Bluems) 撮影=西槇太一
ーーそこからBluemsという新しいバンドを動かし始めたのは結構早かったですよね。
そうですね。まず最初は、恋する円盤が持っていた楽しいイメージから早く抜けたいという気持ちが強かったんですよ。恋する円盤とは違う新しいフェーズなんだよということを提示したかったんです。だけど、もっとクールな感じで!みたいなことにばかり囚われていたし、頭でっかちだった気がします。むしろ自由に曲が書けてなかったなあと。
ーー今はどうなんですか。
今はもう、楽しい曲もクールな曲も自由に書けばいいと思えてるし、今回の『恋について』という作品も、何にも囚われず作った曲が入ってるんですよ。恋する円盤の頃は、かなり意識的に「このバンドのフォーマットに乗せるなら」ということを考えて曲を書いてた気がするんです。で、それが僕個人の肌に合っていたかどうかと今改めて考えたらちょっとわからないなあと。もっと自然に悲しいことだって歌にしたいし、もっと自然に楽しいことも歌にしたいし。それができるのがBluemsだと思うんですよ。それは、確かに自分の中にある気持ちだから。
ーー実際に『恋について』を聴かせていただいて、USのインディロックやオルタナをベースにしている点は以前から引き続きなんですが、メロディがより一層歌謡的だったりフォーク的だったり、湿った質感に変化しているように思うんですね。ご自身では『恋について』をどういう作品だと捉えられてますか。
やっぱりデビュー盤だし、曲のテーマが統率されていた方がいいなと思ったんです。それで抽出していった結果、やっぱり自分は恋を歌ってきたんだなと思ったんですよ。だから、結果的に湿ったものが多くなったのかもしれないんですけど。ただ、自分の中で恋を歌うことに決着をつけられた作品のような気もするんですね。自分がもっと自由に曲を書いていくためのスタートとしての意味もある作品だなと思ってます。でも確かに、根っこは一切変わらないと思うんですよ。洋楽だってJ-POPだってどっちも好きなので、だったら一緒にしてもいいじゃないかって。それは作る時に常に考えてることですね。それは自給自足で満足できるものを作りたい気持ちもありますけど、やっぱり聴く人に音楽の新しい可能性を感じて欲しいなっていうのもあって。歌を入り口にして洋楽のインディロックを好きになってくれたらいいなって思うし、そこから広がっていくのが素敵だなと思うんですよ。一番最初に「こんな音楽があるんだ」とか、「歌うことは本当に気持ちいい」という衝撃を忘れてないし、だからこそ自分の近くで実感できるものだけを歌いたいんです。
大塚真太朗(Bluems) 撮影=西槇太一
ーーご自身の近くのものを歌うと、自分の中には何が生まれていくんですか。
何なんだろう。でも、何を歌っていいのか、何を歌わないべきなのか、悩むことは多いですね(笑)。いろんなことを歌いたいとは思うけど、たとえば自分の母親のことを歌ってていいのかな?とか、あまりに自分に近いこと過ぎて、人に対して違和感がないのかな?とか思うことはあるし。……一時は、想像して歌を作ったり、自分が実感してきたこととは違うことを書こうとしたり、トライしたこともあったんですよ。だけど、歌っていてグッとくる感覚がそんなになかったんですね。だから、実感してきたことを歌うのが大事なんです。
ーーお母さんの歌を歌うかを考えたとおっしゃいましたけど、それこそ恋に関しても、自分が生きる中で大事にしている存在を歌うのが大事だってことですよね。
そうですね。自分が聴いて好きになってきた歌って、パーソナルなことを歌っているから共感されにくいはずなのに、結果的には、なんかわかるなという感覚が広く伝わっていってたんですよ。この人が抱えてる悲しみって全然違うもののはずなのに、なんか似てるなあ、とか。自分の中に潜れば潜るほど、深いところで誰かと繋がれるんだって信じてるところがあって。
ーーそれって、ポップミュージックの核心的な部分ですよね。
そうそう。Mr.Childrenとかだって、実は本当にパーソナルなことを歌っていたりするしーーやっぱり人間って、根っこの部分では同じようなものを抱えてるんじゃないかって思うので。
ーー「恋人たち」という象徴的な曲に、<くすぐられた春はあっという間もなく過ぎ/心にされた涙の予約にだけ知らぬふりをしていた>という一節があります。楽しい歌も書いていきたいとおっしゃいましたけど、どれだけ楽しくて幸せな恋だとしても、最終的には涙のエンディングを思いながら今を大事にする歌を歌われるじゃないですか。これはご自身の何を表しているんだと思いますか。
それはまさに自分の根底にある気持ちだと思いますね。自分にとってのリアリティを大事にしようと思うと、ハッピーなまま終わる恋はないし、「恋人たち」で言えば、まさに別れを思いながら今を楽しんでいる風景を曲にしたいと思って書いたんです。楽しい時間って、その裏には必ず終わる瞬間が存在すると思ってるんです。たとえば僕はお笑いの番組が好きなんですけど、それが終わった後の時間ってもの凄い空洞を感じてしまうんです。これが何なのかはわからないんですけど、そういう自分の癖が曲を書く時に出てしまうんでしょうね。
ーー自分の大事な人のことや恋のこと、近くのことを歌いたいとおっしゃいましたけど、人と関わり合うことが自分の存在を証明するっていう感覚もあるんですか。
今言われて、そうなのかもしれないって思いました。だからメロディも人を選ばないものにしたいと思うのかもしれないし、人懐っこいところが欲しくなるというか。
大塚真太朗(Bluems) 撮影=西槇太一
ーーどんなに終わりを思っている歌でも、リズムは跳ねてるし、メロディも陽性ですよね。
ああ、確かにそうですね(笑)。人間ってすごいなあと思うのは、楽しいことをしながらも悲しいことを考えられるじゃないですか。ライヴを観て盛り上がりながらも、もうすぐ終わっちゃうんだな……とか。楽しいことの中には、きっと悲しいことが含まれてると思っちゃうんですよ。だから、悲しみとか切なさのスペースを曲に空けてしまうところはあるのかも。
ーー恋って、人間のダサさや欲望が一番モロに出てしまう部分だったりするじゃないですか。そういうピュアな本性の部分で理解し合いたいっていう気持ちがBluemsのメロディから聴こえてきます。
話していて、そういう願いを込めてるのかもなと思いましたね。ただ、これまでの自分は、メロディへの信仰が強すぎたところがあって。自分の感動できるメロディを作ろうということと同時に、言葉を強く実感のあるものにしていきたいなというフェーズが今なんですね。歌詞も大事なのはわかっているけど、だけど言葉がなくたって泣けてしまうメロディってあるじゃないですか。その瞬間のあの感じーー言葉で上手く言えないけど、あれを作りたいとずっと思ってきて。あの瞬間って、生きててよかったって思えるくらい幸せなんですよ。
ーー「恋について」という曲で、<迷子の想い出が出口をさがす どっちみち見つからないなら消えないで/閉じ込めて この際苦しめて>と歌われてますが、終わった恋の想い出で自分をズタズタにしながらも、それを閉じ込めて美しいメロディで歌い上げてるじゃないですか。どんなに悲しいことも美しい歌にすればいつか赦せるんじゃないかっていう願いがある人なんですか。
今そう言われてみて、「恋について」という曲が僕の中で完成した気がしました(笑)。これは特に悲しい曲だと思うんですけど、それを自分がいいと思えるメロディに乗せるのは、前に進むための方法を掴まなきゃいけないっていう意志なんだろうなって。悲しいことを書いてるけど、僕らはどうしたって前に進まなきゃいけないし。僕だって聴いている人だって、ちょっとで良いからいいことを思い浮かべて眠りにつきたいっていうのが最後に行き着く願いだと思うんですよ。どんなに悲しいことがあっても、きっと次には楽しいことがある。その繰り返しじゃないですか。そうやって、どんなに悲しいことがあっても楽しいことに向かっていると思える歌を歌いたいなと改めて思いましたね。
大塚真太朗(Bluems) 撮影=西槇太一
取材・文=矢島大地 撮影=西槇太一
リリース情報
品番:LACD-0296
1. それは涙じゃなくて
2. ペーパータウン
3. 恋人たち
4. 週末のフール
5. 恋について