平田オリザ氏に聞く——第5回を迎えた『平田オリザ演劇展』

2015.10.9
インタビュー
舞台

『この生は受け入れがたし』(青年団) 左から、山内健司、緑川史絵、森内美由紀、佐藤誠、川隅奈保子 撮影/青木司

短篇戯曲の楽しみ

——『平田オリザ演劇展』は今年で5回目になりますが、毎年続けてこられていかがですか。
 ふだん1時間半から2時間のふつうのお芝居以外に、だいたい1年から2年に1回ぐらい、外部からの依頼とか、いろんな事情があって、短篇をずっと書いてきたものですから、それがたまっていて。ただ、短篇は、単独では興行的にも上演がしにくいので、組み合わせていっぺんにやってみようと始めたのが、この演劇展です。
 好評なので、昨年からは地方公演も始めたんですけど、地方のかたにとっては、いっぺんに何本も見られる機会はあまりない。今回の関西ツアーも大入り満員で、最後の松山公演では立ち見が出るぐらい満員で、ありがたいなと思ってます。
——土曜、日曜合わせて、2日で6本見ることもできますね。
 もうひとつは、日本の劇作家にはあまり短篇を書く習慣がないんですけれども、テネシー・ウィリアムズとか、ソーントン・ワイルダーも、けっこう短篇を書いてたりして……
——ユジーン・オニールやウイリアム・サローヤンも一幕劇を書いてます。
 そうですね。アメリカはとりわけそうみたいなんですけど、そういう短篇の面白さもある。最近は「劇王」(主催の愛知県長久手市とプロデュースを担当した日本劇作家協会東海支部が育てあげた短篇演劇コンテスト)のようなコンテスト形式も出てきましたけど、もうちょっと短篇戯曲の面白さみたいなものが知れわたっていくと、演劇を気軽に楽しめたり、ハードルが少し低くなったりするんじゃないかと。そういう意味でも、続けてきてよかったかなと思います。
——劇団員が総出で上演する本公演をオーケストラだとしますと、演技のうまい個性的な役者さんたちによる三重奏曲、あるいは二重奏曲のような……
 そうですね。室内楽みたいなイメージですね。

東日本大震災の影響と「日本人とは何か」

——この『平田オリザ演劇展』は、第1回を開催する直前に東日本大震災が起きたこともあり、第2回からは、どうしても東日本大震災に対する平田さんの思いが込められた演劇展になっている気がするんですが……
 過去に書いた作品でも、そういう新しい意味づけがたまたまできてしまったものもありますし、『この生は受け入れがたし』の場合は、東日本大震災を前提にして改変したので、組み合わせ的にもそういうことはあると思うんですが……
 基本的に、短篇は海外へ持っていく機会もあまりないので「日本人とは何か」といった日本人論的なものになる部分が多くて。
 東日本大震災は、もう一度、わたしたちが「日本人とは何か」ということを考えさせられた出来事なので、どうしてもリンクしてしまうことはあると思います。強く意識してるわけではないんですけど、結果として、やっぱりそうなってる。
——東日本大震災といえば、どうしても連想してしまうのが、1923年に起きた関東大震災です。『走りながら眠れ』は、関東大震災が起きる直前の2カ月の暮らしを描いている。しかも無政府主義者の大杉栄と伊藤野枝がとても幸せに過ごしていた、束の間の時間を切り取って具体化された作品です。
 去年の東北ツアーが、ちょうど『この生は受け入れがたし』と『走りながら眠れ』の2本立てで、東北を強く意識した座組でまわって、被災地のかたにも好評だったので、それで第5回の演劇展にもこのふたつは入れようと。とくに『走りながら眠れ』は、いまから22年前の若いときに書いた作品なんですが、いまやってみると、新しいキャストということもあって味わい深い。東日本大震災のこともありますし、安保法制とかの問題もあって、いまになって同時代的な感じが強くなってきた印象はあります。

『走りながら眠れ』(青年団) 左から、古屋隆太、能島瑞穂 撮影/河村竜也

 ただ、とくに短篇とかを書くときは、あんまり時事ネタというよりも、薄く長くというと変ですけど、何年かおきにちょっとずつやれる作品を書きたいなといつも思っているので、たとえば、今回の演劇展には入っていませんが、『隣にいても一人』は小さな作品ですが、全国のいろんな劇団でやってくださっている。そういうことをいつも考えて書いているので、長くやれたらありがたいと思います。

時代とともに受け取りかたが変化する

——いま安保法制の話が出ましたが、たとえば『忠臣蔵』の場合、戯曲執筆時、平田さんはまったく想定しないでお書きになられたと思うんですが、舞台を拝見していると、上演前に、すでに取り返しのつかない出来事が起きてしまっていて、これからどんなことが自分たちに及ぶかわからないということで右往左往している登場人物たちが、これは安保法制成立後の日本人のようにも見えてきてしまう。時代が変わることによって、観客が勝手に内容を読み替えてしまう。
 そうですね。とくに今年は地方公演でも、アフタートークでそういうご意見を相当いただきました。この夏の国会でおこなわれていた、ちぐはぐな議論というか、論理性を欠いたようなものに対して、ここが難しいところなんですけど、日本の議論の本質みたいなところを書きたいと思って作った作品なので、けっしてそれを一方的に断罪したり、批判するのではない。

 ですから、たとえば、伊丹の公演でのアフタートークのときに「同調圧力が強すぎるんじゃないか」という意見もあったんですけど、ぼくからすると逆で、同調圧力と言った瞬間に、思考停止になると思うんですね。つまり、わたしたちには、ああいう面がある。で、それがいいときもあると思うんです。それが全部ダメだといったら、じゃあ、みんなヨーロッパ的な論理の思考がいいのかという話になってしまうんですけど、そういうわけでもない。

平田オリザ氏 撮影/青木司


 ぼくはダメな人間を愛情を持って描くとよく言うんですけど、そちらのほうが普遍性が出ると思うんです。だから、書いた作品が本質を突いていると、何年後とか、何十年後とかに、それが別の意味で上演される。それが演劇の面白いところじゃないかと思う。わたしたちは実際、2500年前に書かれたギリシア悲劇を読んでも、現在のわたしたちを書いてるんじゃないかと思うことがある。そこが演劇の魅力だと思っているので、できるだけ時事的な問題は、自分のなかで一回どころか何度も反芻して、それから書きたいといつも思っているんです。

結末がわかっていても、見たいと思わせるのが演劇

——『走りながら眠れ』では、関東大震災が起きたあとに大杉栄と伊藤野枝がどうなるかを、観客は知っています。チャーチルとルーズベルトとレーニンといった連合国側の三首脳が、当時はソ連領だったヤルタに集まり、戦後処理について事前協議をする『ヤルタ会談』も、観客はすでに歴史的な結末を知っています。
 大学とか専門学校とかで戯曲の講座をたくさん持っていて、そこで必ず言うのが、「演劇というのは、結末がわかっていてもお客さんが見に来てくれるようなものでないとダメなんだ」と。そこが翌週どうなるかを期待させなきゃいけないテレビドラマとはちがう。

 『ロミオとジュリエット』は、最後にふたりは死ぬんだし、『忠臣蔵』は討ち入るんだし。それをわかっていても、300年も400年も見続けるのが演劇の魅力であって、新人戯曲賞の審査をやってると、本当にオチを考えることが作家の仕事みたいに思ってる劇作家が多いんです。たぶんミステリの読み過ぎだと思うんですけど、そうではないんだと。

 あることに出来事に対して、ある運命に直面したときに、どう人間が右往左往するか、右往左往させるかということが、演劇・舞台を作るということなんだという話をよくするんですけど。『ヤルタ会談』にしても『忠臣蔵』にしても『走れながら眠れ』にしても、最後にどうなるかは、もうお客さんはわかっている。
——これから何が起きるかは、すでにわかっていますね。
 それを見ていただく。そこにいたる過程を丁寧に見せるということが共通しています。そうはいっても、『ヤルタ会談』の場合は、お客さんによって歴史の知識に相当差があるものですから、高校生に団体で見てもらった後にディスカッションをするとか、上演前に解説をしてから見てもらうとか、そういうこともやってるんです。そうすると、より楽しんでいただける。やっぱりちょっとリテラシーが必要かなという感じがします。
——長年、通っていたものにとって、こまばアゴラ劇場といえば『大世紀末演劇展』を連想するんですが、そのときの「演劇展」という名称が『平田オリザ演劇展』として残っていることに、ある懐かしさを感じます。
 もともと『大世紀末演劇展』もそうなんですけど、要するに、展覧会とか美術館では、見にきた人は、何枚もの絵のなかから自分の好きな作品を選んでるんだと思うんですね。

 ところが、日本の演劇というのは、少なくとも有名な俳優が出てるとか、有名な演出家がやってるから見に行くんで、もう最初から、ある期待のなかでしか見にいかない。本来は、年間の演目のなかで、これ面白かったねとか、これどうだったかな、自分の好みじゃないなというところで見ていただくのが演劇文化だと思うんです。「演劇展」というのは、そういう主旨の公演でした。ですから、今回の「演劇展」もそういうふうに見ていただけるといいかなと思っています。

イベント情報
『平田オリザ演劇展 vol.5』
 この生は受け入れがたし/走りながら眠れ/忠臣蔵・武士編/忠臣蔵・OL編/ヤルタ会談

■日時:2015年10月9日〜12日、16日〜18日、21日、22日、11月5日〜18日
■会場:伊丹・AI・HALL(伊丹市立演劇ホール)、善通寺・四国学院大学ノトススタジオ、松山・シアターねこ、東京・こまばアゴラ劇場
■出演:山内健司、川隅奈保子、佐藤誠、森内美由紀、緑川史絵/能島瑞穂、古屋隆太/島田曜蔵、大塚洋、大竹直、山本雅幸、佐藤誠、海津忠、前原瑞樹/木崎友紀子、申瑞季、鈴木智香子、立蔵葉子、長野海、村田牧子/松田弘子、島田曜蔵、緑川史絵