シアター風姿花伝オーナーの女優・那須佐代子×演出家・上村聡史が、二組の夫婦が繰り広げる約4時間!の会話劇『終夜』を語る

インタビュー
舞台
2019.10.6
那須佐代子、上村聡史

那須佐代子、上村聡史

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山手線目白駅から徒歩18分のところにある客席数100程度の小劇場、シアター風姿花伝。劇場がプロデュースする新作公演『終夜』が約1カ月にわたる公演の幕を開けた。『終夜』は、劇場初のプロデュース公演『ボビー・フィッシャーはパサデナに住んでいる』も書いたラーシュ・ノレーン、スウェーデンの劇作家の戯曲だ。演出も、『ボビー』を手がけた上村聡史が務める。母の葬儀を終えた兄弟とその妻たちが、すれ違う夫婦のあれこれを夜更けから明け方にかけて話し続けるという作品で、なんと原作の上演時間は7時間にもなる。それをおよそ半分の時間にして上演するというのが、今回の公演だ。

シアター風姿花伝オーナーで女優の那須佐代子は、父が建てた劇場の経営に初めて乗り出し、レジデント・アーティストやプロミシングカンパニーなどのアイデアをさまざまスタートさせた。そんな中で、劇場プロデュースとして上演した『ボビー・フィッシャーはパサデナに住んでいる』(2014年)の高評価とともに「本当に良質な作品であればお客様は足を運んでくれる」と演劇の原点を実感。そして風姿花伝プロデュースは『終夜』で6作目を迎えた。

那須 せっかく自分でやるなら、お願いしますじゃなくて、一緒につくっていける方がいいなと思って演出をお願いしたのが上村さんでした。

上村 劇団を退団したときに、新しい出会いをしたくてワークショップをやりたいと相談したら、すぐに対応してくださった。作品をつくるときもフットワークがいいんですよ。劇場スタッフも、集まってくれるスタッフも、出演者も風通しが良い。シンプルに物づくりに集中できて、楽しい現場です。

■北欧ミステリーブームを巻き起こした「ミレニアム」シリーズの訳者と出会う

上村はシアター風姿花伝のレジデント・アーティストとして、『ボビー・フィッシャーはパサデナに住んでいる』『悲しみを聴く石』を演出しており、今回は4年ぶり3作目になる。もともとシリーズのプロデュースを買って出ていた故・中嶋しゅうが岡本健一の出演と大ベテランの照明家・沢田祐二に声をかけていたが、作品はまだ確定していなかった。彼らが引き続き作品への参加を快諾してくれたこと、上村が再びノレーン作品をやってみたいという思いがあったことで今年の企画が動き出した。ノレーンは日本では知られていないが、スウェーデンではひと時代築いた存在。今でもフランスのコメディ・フランセーズなどに書き下ろしている。

上村 『ボビー』の評判がとてもよかったので、再びノレーンの作品と出会いたいねと話していたんです。ただ、日本語に訳されたものがないので、片っ端からスウェーデン語の資料を英語に翻訳してリサーチしたりと。また、スウェーデン語をそのまま日本語に翻訳できる戯曲翻訳家はそうはいらっしゃらないので、最初、岩切正一郎さんにフランス語で上演されたものを日本語に粗訳していただきました。それで『終夜』に決めたんですけど、ノレーンから「スウェーデン語の戯曲から翻訳してほしい」という要望が来たんです。それで岩切先生の教え子でいらっしゃるヘレンハルメ美穂さんを御紹介いただいたんです。美穂さんは世界的な北欧ミステリーブームを巻き起こした「ミレニアム」シリーズを訳している方で驚きました。

那須 スウェーデン語からじゃなきゃダメって言われたときは目の前が真っ暗になったんですけど、いい感じで転がっていきました。

上村 僕らはノレーン節と言っているんですけど、「おはよう」と言ったら「おはよう、今日は元気?」みたいな会話があるとしたら、ノレーンは「おはよう」「お腹が空いた。おはよう」みたいに人の話をズラして聞くニュアンスが多くて。でもフランス語版はそれらをすっ飛ばしているんです。だから原文から訳してほしいという劇作家の気持ちはよくわかる。

上村聡史

上村聡史

■ラーシュ・ノレーンの天才性

『ボビー・フィッシャーはパサデナに住んでいる』は久々に劇場で待ち合わせた家族4人の物語。芝居の感想を話し合ううちに、それぞれの積年の思いが噴き出してくる。

『終夜』は、こんな話だ。

母の火葬を終え帰宅した、精神科医のヨンとその妻シャーロット。前妻との娘から電話がかかってくるが取り合おうとしないヨンをシャーロットが諌める。そこにヨンの弟アランと妻モニカが訪れる。ヨンの家に泊まることになった不仲の兄弟。母の遺灰が見つめる中で男女4人の会話は家族の確執、喪失した青春、性的倒錯を浮き彫りにしながら朝を迎えるーー。

上村 母の遺灰を真ん中に置いて繰り広げられる終夜の会話ですが、モニカにしてもシャーロットにしても母性が根っこにある。モニカは家庭を大切にしつつもそれが一つの壁になっている、シャーロットは実質的に家庭は壊れているけど根本にある母性ゆえに暴走する。面白いバランスです。

那須 1983年ごろに書かれた本なので、男尊女卑のニュアンスが少し残っている。女性はこうあるべきというものがあってかわいそう。男性たちは大人になりきれていない。構造としてはモニカとヨンがお互いのパートナーから距離を取ろうとしているんです。

那須佐代子

那須佐代子

上村 『ボビー』は、元女優で周りからの見え方をわきまえている母親、常識的な生活を送ることができない破綻した娘の確執の話。娘が母の女優然とした嘘を嫌うところが根底にある。人は言葉を紡いでいく以上は嘘と真実が常に隣り合わせだということを感じた。『終夜』は人が人として生きていくために嘘をつくということを見据えた作品だと思います。自分のイメージ通りの人生を送るため他者を言葉で抑圧すること、社会の前でこうであるべき母親を演じなくてはいけないことと、体裁を気にして本心をごまかすために言葉を紡ぐことが結果的に嘘になっている。壮大に言うと、言葉を紡ぐ理性的な側面と、生きることや愛することといった本能的な側面の関係性を描いているように思います。

那須 夫婦喧嘩だし、一晩中話しているし、煮詰まっていくんだけれど、不思議な抜け感があるのが面白い。誰が正しいとか、夫婦ってこうだよっていう簡単な書かれ方ではなくて、すごくいろんな要素が放り込んであって、人によって受け止め方や感想が全然違うものになると思います。そこにノレーンの天才を感じますね。結末やカタルシスを想定して書いていない。それに上村さんの演出ひとつで、まるで見え方が変わる。可能性が広くて包容力がすごくある作品です。

上村 那須さんと立ち稽古の初日に話したんですけど、二人での会話でも誰かがその場にいるかいなかで見え方が変わってくるんです。作家がどこまで計算しているのか。立ってみたときに本読みのときには想定していなかったことが起きるから、次のシーンの積み重ねなど想定していたことと変わるんです。そう考えると、短くするためにカットした部分にも面白い伏線がいろいろあるかもしれませんね。

――シーンによって会話をしている顔合わせが変わり、話すことによってパワーバランスが変わっていく様が面白いですよね。

那須 そうなんです、なんか見たことがないタイプのお芝居ですよ。

上村 私たちはテーマ性に慣れてしまっているけれど、物語をどう見るかをもっと大事にすべきだと思いました。そして『ボビー』でも感じたことですが、うまい役者がやらなければ面白くないんですよ。シーンが積み重なっていくことによる想いみたいなものをどう形にしていくかを見せながら演じないといけない。またノレーンがパフォーマンス性を計算しているのか、いきなりエキセントリックになったり、狂言回しとして嘘をつくシーンだったり、俳優にとっての見せ場の連続。そういう意味でも今回のメンバーでできたのはよかったと思います。

上村聡史

上村聡史

――随所にセクシャルな会話があるじゃないですか。物語のスパイスになっている感じがします。

上村 なぜセクシャルな会話が多いのか理屈で分析してみると、その人に触れたい、愛されたいというのは根源的なことですよね。ただ演出者は書かれているのと反対を想像するんです。つまり男性は一人になりたいとか、死にたいという悲観的な願望があるような気がします。女性の方が子供の存在もあって、生きるということに地に足がついているので愛し愛されること意思確認かと。この芝居で男たちはどこかフワフワしているところがあって、特に岡本さん演じる精神科医のヨンは死に取り憑かれた部分がある。セクシャルな会話の多くでも大きな溝を感じます。

那須 お母さんの死がそこにあるのも関係があるかもしれませんね。また死は性愛と対になっていると思う。男たちがフワフワしているのも母の死が関係あるかもしれません。家族など人が亡くなると欲求がくっきりはっきりしてきて、遺された人びとの間でいろんなことが起きますもんね。

那須佐代子

那須佐代子

――怖いもの見たさもありますが、できれば7時間バージョンも見てみたい気がします。

上村 7時間というのは夫婦が話しながら朝を迎えるのを現実にお客さんも体験できるように書かれているのだと思います。

那須 岡本さんは本当に7時間でやったらいいのにって言ってましたけど。やっぱりセリフを入れるとなると大変だから今は思ってないと思うけど。でもスウェーデンでは本当に7時間でやったのかな? 

上村 きっと毎日毎日は上演できないでしょうね。それでも4人で4時間の芝居だってなかなかないですから、風姿花伝も攻めてますよね。

――お客さんも体調を整えないといけません。

那須 そうですね。でもお客さんはきっと楽しみに来てくださると思うんです。風姿花伝プロデュース、狭い空間での濃密な会話劇を楽しみにしてくださる方も増えているので、4時間も楽しんでいただけるんじゃないでしょうか。どうなんでしょう(笑)。

栗田桃子

栗田桃子

斉藤直樹

斉藤直樹

取材・文=いまいこういち

公演情報

風姿花伝プロデュースvol.6「終夜」

■日程:9月29日(日)〜10月27日(日)
■会場:シアター風姿花伝
■作:ラーシュ・ノレーン
■翻訳:岩切正一郎 ヘレンハルメ美穂
■演出:上村聡史
■出演:岡本健一 栗田桃子 斉藤直樹 那須佐代子
料金(全席指定、一般):
 序(9/29〜10/2) 5,900円
 破(10/4〜15) 6,400円
 急(10/17〜27)  6,900円 
※当日料金は各500円増
シニア(65歳以上)5,500円 / 学生2,000円 / 高校生以下1,000円 
※シアター風姿花伝のみ扱い、当日料金は各500円増
■開演時間:17:00(9/29、10/5、9、10、12〜14、17、22、26)、18:00(9/30、10/8、11、15、21、25)、14:00(10/1、2、4、6、7、18〜20、23、24、27)、10/3、16休演
■問合せ:風姿花伝プロデュース Tel.03-3954-3355(11:00〜18:00)
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