藤田俊太郎×尾上右近、対談「こんなに怖い想いをしたのは初めて」 29年目の『ラヴ・レターズ』を語る

インタビュー
舞台
2019.10.18
(左から)藤田俊太郎、尾上右近

(左から)藤田俊太郎、尾上右近

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故・青井陽治の翻訳・演出により、1990年から上演されてきた朗読劇『ラヴ・レターズ』『LOVE LETTERS 2019 Autumn Special』と銘打って、2019年10月31日(木)から11月4日(月)まで東京・新国立劇場 小劇場で上演される。互いを意識しながらも別々の道を選んだ幼なじみの男女、アンディーとメリッサがやがて再会を果たし、激しく惹かれ合うさまが手紙の交換という形で描かれる。
今回、演出の藤田俊太郎と、二度目の出演となる歌舞伎俳優・尾上右近に話を聴いた。

■「この作品は普遍的。出演された役者の数だけ、それぞれの役者のドキュメンタリーがある」(藤田)

ーー右近さんは二度目の出演ですね。前回出演された時の感想と共に今回の出演についてお気持ちを聴かせてください。

右近:約30年にも渡って長く上演されてきた作品を、歌舞伎以外の経験が浅い私が初めて挑戦させていただいた作品です。朗読劇とはいえ、とてもボリュームあるお話だったので、振り返ると手も足も出なかったなという感触でした。こんなに怖い想いをしたのも初めてで、そんな作品に今回もう一度挑戦させていただけるとは思わなかったので、とても嬉しいです。

ーー「怖い想い」という表現が気になりますね。具体的にはどんな状況だったんですか?

右近:お芝居の中で、アンディーとメリッサの50年という人生を組み立てていくんですが、それをどこまで表現すればいいのかとか、お稽古を一度しかやらないというこの作品ならではのルールもあって。歌舞伎でも4日間くらいしか稽古をする期間がないまま舞台に上がる事もありましたが、一回だけの稽古で舞台に上がるという緊張感はなかなかのものでしたから。ハードルが高かったというよりは、ハードルをくぐったという感じでしたね。

尾上右近

尾上右近

藤田:うまい(笑)!

ーー(笑)。そんな藤田さんは、青井さんから受け継いだこの『ラヴ・レターズ』という作品の魅力をどのようにとらえていらっしゃいますか?

藤田:10月7日から20日まで上演されている「黒柳徹子スペシャル『ラヴ・レターズ』」から、青井陽治さんが生前最後に翻訳を直された台本で上演しています。青井さんが最後の最後まで今のお客様にダイレクトに言葉を伝えるにはどうしたらいいのか、とずっと持ち歩いて直されていたものです。今回、原作(英語台本)と新訳版を改めて見比べて、この作品で大事な事は何なんだろうと考えました。またその作業の中で、日本語の感覚にも鋭敏になり、細かいニュアンスもより明確になっていきました。

この『ラヴ・レターズ』は、他者に想いを伝えるために手紙を書き、手紙を受け取って読んでいるシンプルな物語です。僕はそのシンプルであることが魅力だと考えています。登場人物の二人は、アメリカのWASP(ワスプ)と呼ばれる人たち、アメリカを建国した人々を祖先に持つ、富裕層の50年間のお話で、とても限定された人種の話ですが、今、自分がいちばんだという感覚に囚われがちなこの時代に、他者を思いやり、想いを伝え続けるこの戯曲には大きな価値があると思います。また、30年、480組を超える上演をしてきたこの作品の魅力は普遍的です。出演された役者の数だけ、それぞれの役者のドキュメンタリーがあると思います。

ーー二人のキャストが台本を読むという一見シンプルなステージですが、演出する側としてどのような事を心がけていますか?

藤田:まず、演じるお二人には青井さんが遺された演出ノートの内容を丸ごと伝えます。それには何歳でアンディーとメリッサがこの手紙を書いて、何歳で亡くなったのか、まで書かれています。上演時、俳優は丸裸の状態になります。舞台上に在るのは台本に書かれた言葉と相手役、そして自分だけ。むき出しの丸裸の状態で舞台上にいられるように僕は役者を導きます。僕は余計なアドバイスや余計な言葉も投げかけますが(笑)、稽古を経て役者の中で台本の言葉がご自身の言葉になるように努めています。

藤田俊太郎

藤田俊太郎

ーーその演出を受け取った右近さんはどんな心境で演じたのでしょうか?

右近:人と人との関わりの密度は時間の長さじゃないんだなと思いました。前回は一回の読み合わせを経て一幕をやって、本番の途中の休憩で二人の想いを確認しあって、二幕をやって……と本当に短く、限られた時間の中でこれだけ信頼関係を築き、すべてを分かち合ったような感覚で幕が閉じる瞬間を二人で迎える。ドラマで言ったら1クールを一緒に過ごすくらいの密度をその短時間で過ごすような初めての感覚だったんです。結果的にはこんな密な時間を過ごした事はなかったし、僕の中では大きな財産になりました。
演出家さんがいらっしゃる稽古場というのも初めてに等しい経験でした。自分では本読みの時は全く準備が出来ておらず、ご迷惑をかけるだけかけまくり、当日ちょっと読み合わせの時間があって自分なりにいろいろ作ってきたんですが、「そんなに作り込まなくていいよ。普通に読むだけでいいですよ」って言われて。自分から“提示する”事が大事なんだな、と感じました。今回はステップアップした自分をぶつけたいですね。

ーー特に演じていて、また演出をしてみて一番難しかった場面はどこですか?

右近:やはり最初と最後ですね。前置きがない状態で手紙から入る事が難しく、そして最後は竜巻のように急に物語が展開し、最後何もない状態で手紙を読む、その空気が難しかったです。あと休憩を挟む事はある意味助かることでもありますが、集中していた空気が途切れがち。そこを途切れたように思わせないようにするのが大変でした。

藤田:僕も同じです。特に一幕の入り方と二幕の入り方が難しいと思います。手紙のやり取りは激しすぎず静かすぎてもダメ。この上演が手紙のやり取りなんですよ、という空気感を作り出すのは俳優の力によるものです。このシーンは何度も稽古してます。

(左から)尾上右近、藤田俊太郎

(左から)尾上右近、藤田俊太郎

■「尾上右近は稀な役者」「藤田俊太郎は僕の中の一つの基準」

ーーさて、藤田さんから見た俳優・尾上右近の魅力はどのあたりにありますか?

藤田:1か所にとどまっていないところが素敵だなと思うんです。歌舞伎役者でありつつ、清元栄寿太夫……で合ってる?(チラッと横の右近に目線を送る)

右近:(小声で)合ってます(笑)。

藤田:(笑)! 浄瑠璃の名跡を持つ方であり、現代劇もやる俳優でもあるという、ご自分で役者としての場所を開拓し、獲得なさっている。いろいろなアウェイな場所で得たものをホームである歌舞伎に持って帰ってくることを繰り返す事で、右近さんの中ではいつしかホームとアウェイがなくなっている、とても稀な魅力を持つ役者だと思っています。

ーー逆に右近さんから見た演出家・藤田俊太郎の魅力は?

右近:僕の事をそんな風に見ている事も感じる事ができないくらい、自分の狙いとか想いとかすべてを基本的に笑顔で包み込んで、ある意味“隠している”ような気がしています。初めて自分が主軸を務めるお芝居で藤田さんと巡り合えた事が、今後その意味が大きくなってくると思うんです。褒めて役者を伸ばす、決して役者を否定せず、でもこうしてほしいとハッキリ伝えてくださる。それを完全に達成する演出家さんだなと思います。
ご本人を目の前にしてなんですが、藤田さんから演出を受ける事で、通常演出家がいない歌舞伎の力を改めて感じさせていただく事が出来るんです。藤田さんは僕の中の一つの基準みたいな存在になっていますね。

(左から)尾上右近、藤田俊太郎

(左から)尾上右近、藤田俊太郎

ーーこの舞台を演じる上で特に大変なところといったらどんなところになりますか?

藤田:自分が手紙を書くという事は、そこに描かれている時代背景を分かっているという事。手紙の内容を理解する事。膨大な世界を自分の言葉にして、一通一通言葉の責任を果たしていく事になるので、何度も何度も作品に向き合う時間が必要なんです。また、出演者はお二人ですが、手紙の中に父と母、夫に愛人、犬という家族の関係だけでなく、子ども、孫、さらに周りの人たちの描写もしていかないとならない。そうなると非常に複雑で、一人50役分くらいやっている事になるんです。まずは手紙の向こうの膨大な世界を知ることが大変です。稽古して「こんなに大変なのか!」ってお思いになる方が多いんです。

右近:『ラヴ・レターズ』という山を登っていくにあたり、前回はその山の標高も知らず登る感覚になっていました。登り方もどの道を登ればいいかも分からないのに、本番は登山しなければならない事だけは分かっている……そんなところに絶望感を抱いていました。

■「義理と仁義を通したいときは手紙を使う」(右近)

ーー昨今のコミュニケーションの取り方を踏まえて「手紙」について、どう思いますか? また、印象的な手紙のエピソードがあればお聞かせ下さい。

右近:インターネットが普及していて想いを伝える事が出来るツールがどんどん発達していけばいくほど、ここぞという時に「手紙」の価値が高まると思うんです。LINEなどでも「ありがとう」と伝える時にもどういうつもりで送っているのか、想いは伝わるし感じると思う。でも想いの密度と時間は「手紙」とは格段に違いがあるなと感じています。僕は日本人としての義理や仁義を通したい時は「手紙」というツールを使っています。逆に手紙を受け取った時にもそういう想いになりますね。

先日、大先輩の松本白鴎さんに喜寿のお誕生日を祝ってみんなで寄せ書きしたものを贈ったんです。今上演中の『ラ・マンチャの男』にちなんで「おじさんのいつまでも若々しい背中を追いかける事が自分なりの見果てぬ夢です」と書いたら、それをすごく気に入ってくれて、その後嬉しかったという直筆のお手紙をいただきました。直筆の文字にはその人の人間力が伝わるからそれがすごく嬉しかったです。

尾上右近

尾上右近

藤田:いい話ですね。僕の場合、最近印象に残ったのは先日ロンドンで演出したミュージカル『Violet』という舞台の初日。カードを送りあう習慣があると聞いたので、キャストやスタッフ、BOX OFFICE(券売)の人までカンパニー全員に、カードにメッセージを書いて送ったんです。皆大事そうにそれを読んでくださり、自分の楽屋の壁に貼ってくださるんです。BOX OFFICEの方も、「僕にもメッセージをくれてありがとう」と返してくれました。言葉の壁はありますが、手紙一つ、カードを通した友情を感じました。

ーー逆にお二人があえて手紙を書きたい、と思う方はどなたですか?

藤田:僕は亡くなった祖父に手紙を書きたいですね。僕の祖父は秋田で市会議員をやっていたんです。何故孫を選挙カーに乗せて手を振らせたのか、とか(笑)。それはもちろん子どもに優しい議員というイメージ戦略だったんでしょうが、ある種そういう祖父の表の顔と裏の顔を聴いてみたいなって。また太平洋戦争の時、シベリアに抑留された話を亡くなる前に聴いたんですが、もっとその話を聴きたいなって。どんな想いで戦中を過ごしたのか、その後市会議員になってどんな想いで政治に身を投じていたのか、手紙を書いてその返事が欲しいですね。

藤田俊太郎

藤田俊太郎

右近:僕は書きたいというより手紙をもらいたいんですが、あえて手紙を書くなら河竹黙阿弥や鶴屋南北にあてて手紙を書いて、その手紙を公開したいです。おこがましいですが二人の作品に対して自然な目線から僕はこんな風に想っているんですが、どう思いますか? 何でこんな作品を書いたんですか? 今ならどんなことを書きたいですか? ってね。今、自主公演でそういう古の作者に向けた手紙を、もう少しまとまったらパンフレットに書きたいなって思っているんです。

ーー最後に本作の上演に向けて意気込みをお願いします。

右近:老若男女問わず、幅広く皆さんの心に残る作品だと思うので是非観に来ていただきたいです。前回は作品を知らない怖さが、そして今回は知っているが故の怖さがあると思うので、大事な緊張感を抱きながら、今までに感じてきた事や、役に教えてもらいながら、すべてを描いていきたいです。

藤田:この作品は、手紙のやり取りの向こう側に大いなる愛や悲しみ、人間の営みのあらゆるものが詰まっている作品です。

右近さんは、いい意味で僕を叱咤激励してくれる方だと思うんです。「これはどうして?」と思った時はそんな表情をしてくれる。僕に対して客観的に、知的にNOを言ってくれるそういう関係性の右近さんと一緒に仕事が出来る事が凄く嬉しいし、楽しみです。

今上演している「黒柳徹子スペシャル『ラヴ・レターズ』」ですが、アンディーやメリッサと同じ時代を生きてきた黒柳さんが魅力的なお三方、高橋克典さん、筒井道隆さん、吉川晃司さんをお相手に演じているんです! 同時代を過ごしてきた方の言葉はものすごくリアリティがあって力強さがあります。そんな徹子さんスペシャルを経て上演される『LOVE LETTERS 2019 Autumn Special』では、右近さんと剛力彩芽さん、平方元基さんと昆夏美さん、三浦貴大さんと大島優子さん、岡山天音さんと黒島結菜さん、そして松本利夫(EXILE)さんと樹里咲穂さんの五組でお届けします。どのカップルの『ラヴ・レターズ』も楽しみにしていてください。

(左から)藤田俊太郎、尾上右近

(左から)藤田俊太郎、尾上右近

取材・文・撮影=こむらさき

公演情報

『LOVE LETTERS 2019 Autumn Special』
 
日時:2019年10月31日(木)~11月4日(月・休)
会場:東京都 新国立劇場 小劇場
 
作:A.R.ガーニー
訳:青井陽治
演出:藤田俊太郎
 
出演:
10月31日(木):尾上右近、剛力彩芽
11月1日(金):平方元基、昆夏美
11月2日(土):三浦貴大、大島優子
11月3日(日):岡山天音、黒島結菜
11月4日(月・振休):松本利夫(EXILE)、樹里咲穂
 

公演情報

黒柳徹子スペシャル『ラヴ・レターズ』
 
[東京公演] ※公演終了
■会場:EXシアター六本木
■料金(全席指定・税込):7,800円
■日程/出演者
2019年10月7日(月)18:30 高橋克典&黒柳徹子
2019年10月8日(火)15:00 高橋克典&黒柳徹子
2019年10月9日(水)15:00 高橋克典&黒柳徹子
★2019年10月11日(金)15:00 筒井道隆&黒柳徹子
2019年10月12日(土)15:00 筒井道隆&黒柳徹子
2019年10月14日(月・祝)15:00 吉川晃司&黒柳徹子
2019年10月15日(火)18:30 吉川晃司&黒柳徹子
2019年10月16日(水)15:00 吉川晃司&黒柳徹子
※★=10月11日(金)公演終了後、黒柳徹子トークショーあり
 
■主催:テレビ朝日
■企画・製作:株式会社パルコ
■お問合せ=パルコステージ03-3477-5858(月~土11:00~19:00/日・祝11:00~15:00)
http://www.parco-play.com/
 
[大阪公演]
■会場:森ノ宮ピロティホール
■料金(全席指定・税込):7,800円
■日程/出演者
2019年10月18日(金)15:00 高橋克典&黒柳徹子
★2019年10月19日(土)15:00 筒井道隆&黒柳徹子
2019年10月20日(日)15:00 吉川晃司&黒柳徹子
※★=10月19日(土)公演終了後、黒柳徹子トークショーあり
 
■主催:サンライズプロモーション大阪
■企画・製作:株式会社パルコ
■お問合せ=キョードーインフォメーション TEL0570-200-888(10:00~18:00)
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