世界の舞台の面白さ(2)ブロードウェイ後編
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前回、世界一の劇場街であるブロードウェイで舞台を観る面白さのひとつとして、「ミュージカルのレベルの高さ」を挙げた。後編の今回は作品の中身を離れて、場所としての魅力、そして観劇旅行そのものの面白さについて綴ってみたい。
1ブロックに最多7つの劇場が並ぶ夢の街
ブロードウェイを初めて訪れたら、劇場のあまりの密集ぶりに、恐らく誰もが「聞いてはいたけどそこまでか」と驚くことと思う。碁盤の目のように規則正しく道が交差するマンハッタン中心部で、唯一やや斜めに南北を貫いている“広い通り(=ブロードウェイ)”を南からずっと上って行くと、タイムズスクエアが見えてきたあたりから、右の道を見ても左の道を見ても劇場があるエリアに差し掛かる。それぞれのブロックは10分もあれば余裕で歩き切れるもので、その短い間に多いところで7つもの劇場が並ぶ光景が、道にして14本分も続くのである。演劇好きにとって、こんなワンダーランドがほかにあるだろうか。
つまりブロードウェイは、例えるならディズニーランドのようにひとつの空間として味わうもので、作品自体は来日公演でも観ることができようが、それはディズニーランドからひとつのアトラクションが分離されて現れたに過ぎない。ディズニー好きにとってはアトラクション単体でもきっと十分楽しいのと同様、来日公演はもちろん大変ありがたいものだが、「ブロードウェイが日本にやってくる」ことは永遠にあり得ないのだ。
そしてそれだけ密集しているだけに、劇場の多くは信じられないほど狭い。日本の大劇場のように、入るとまずロビーがあって、音漏れや明かり漏れを防ぐ二重扉のむこうに舞台と客席、ということはあまりなく、入ったらもう客席であることが少なくない。その場合、客席から見える扉たちは外に直通で、開演前はさすがに1箇所しか開かないようになっているが、終演後には全ての扉が開放されるため、客席を出たら逆にもうそこはニューヨークの街である。楽しい。海外旅行の醍醐味が、1分少々の電車の遅れを気にする日本にいては味わえないであろう体験にあるとするならば、劇場に潜む体験も例外ではない。この「入るともう客席」のような面白い法則が、ワンダーランドを訪れるごとに見えてくるのだ。
劇場体験から垣間見える国民性
例えば、「アメリカ人は並ぶのが苦手」の法則。前売り券が向こう何か月分も完売しているような人気公演でも、ロングランである以上、当日キャンセルというチャンスは必ず存在する。何時頃に何枚出るか、もっと言えば確実に出るかどうかも保証はされていないため、並ぶのはなかなかにリスキーだ。しかし覚悟を決めて並んでいると、根気のないアメリカ人たちは徐々に諦めて(飽きて)列を離れていったり、決まった時間に発売される当日抽選券や立ち見券の列に流れていったりして、気づけば行列慣れした日本人の独断場になっていたりする。あてもなく何時間も待った末に、ボックスオフィスのおじさんからクイクイっと指で呼ばれるあの瞬間は、おたく冥利に尽きる体験だ。
また例えば、「アメリカ人は運に寛容」の法則。料金は見やすさに比例するべき、という概念が日本ほど明確ではないようで、舞台の半分くらい見切れるのにS席に相当する料金の席があったりする。また、最も見やすい席として公式にプレミアム価格で売られている(人気公演だとS席の3倍くらいする)が、開演直前まで売れ残っているとそっと通常のS席料金に下げられたり、下手するとtktsで半額で放出されたりすることも。さらには筆者最大の珍体験として、密集エリアからは少し離れたリンカーン・センターでオペラを観た際、ケチって5階席を買ったはずが手違いで1階のしかも最前列のが出てきてしまい、モギリのお姉さんに正直に申し出たにもかかわらず、「座っちゃいなさいよ、あなたラッキーね!」みたいな軽いノリで通されたことなんてこともあった。
こうしたアメリカ人の大雑把さはもちろん両刃の何とやらで、日本では考えられない理不尽な目に遭って、日本人の繊細さを改めて尊びたくなることもある。だが、それも含めて旅の醍醐味。とりあえずは郷に入っては郷に従え精神で、何事も楽しむつもりで訪れることをお勧めしたい。