二兎社『私たちは何も知らない』開幕~「青鞜」編集部をめぐる女性たちの生き様とは? 

レポート
舞台
2019.12.1
『私たちは何も知らない』(撮影:本間伸彦)

『私たちは何も知らない』(撮影:本間伸彦)

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2017年と2018年に東京芸術劇場で上演された二兎社『ザ・空気』『ザ・空気ver2 誰も書いてはならぬ』には、寒気がするほどの恐怖感をおぼえながら、そのユーモラスな劇の運びにうなるしかなかった。永井愛の鋭い視点をエンターテインメントに昇華した両作は、同調圧力や自主規制を痛烈に描き、二兎社ファンの語り草になっている。これら「メディアをめぐる空気」シリーズと通じる文脈をもってして描かれていたのが、現在上演中の『私たちは何も知らない』だ。過日、東京芸術劇場シアターウエストでおこなわれたゲネプロでは、舞台関係者や報道陣が集まり、誰もが固唾を飲んで作品の行く末を見守っていた。

『私たちは何も知らない』(撮影:本間伸彦)

『私たちは何も知らない』(撮影:本間伸彦)

本作は、平塚らいてうを中心に創刊された「青鞜」編集部の面々の奮闘を主軸としている。明治末から大正にかけて、日本に対し、社会に対し、正面突破で声を上げた女性たちの物語だ。

平塚らいてう(朝倉あき)と保持研(富山えり子)らが手がける青鞜編集部には、個性的な女性たちが集っている。らいてうと恋愛関係にあった画家の尾竹紅吉(夏子)、望まない結婚をさせられて青鞜編集部に飛び込んできた伊藤野枝(藤野涼子)らは、社会全体の空気感がもたらす因習や既成概念に怒りをおぼえている。彼女たちは個人として自分の意思を曲げずに生きていきたいと願っていて、そんな思いを実現できる場として、青鞜に期待を寄せ、編集や執筆活動に勤しんでいた。らいてうも同じ思いを抱いているが、“若い燕”の奥村博との恋愛関係が始まったことで紅吉と別れ、その後の生活と青鞜の経営のため、編集や執筆に専念することへの困難が生じていた。

実務全般を担当する保持は、青鞜社の台所事情に頭を悩ませている。岩野清(大西礼芳)や山田わか(枝元萌)らも加わるなか、らいてうは野枝の希望通り、青鞜社の経営を託すことに決めた。野枝は編集方針を大きく転換し、「元始、女性は太陽であった」との思いでスタートした雑誌は、当初の理念から大きく変容していくのだった……。

『私たちは何も知らない』(撮影:本間伸彦)

『私たちは何も知らない』(撮影:本間伸彦)

女性たちだけで雑誌を編集すること自体、この時代では非難の声が上がっていたという。今ですら女性の存在が男社会のカウンターのようにとらえられる窮屈な世の中だ。逆風の強い当時、彼女たちは貞操や堕胎についても積極的に発言した。しかし、吉原遊郭への見学を記事にしたことなどがセンセーショナルな意味合いでバッシングを受け、青鞜は毀誉褒貶さまざまな評価を受けている。

彼女たちは「女子の覚醒」を目指していたし、「主体的な自らの身体」を獲得するため、命がけで生きていた。もちろん、彼女たちを嫌悪する勢力があったことも確かだ。それは男社会だけでなく、一般的な女性たちのなかからも、青鞜を白眼視する声は少なくなかった。けれども、彼女たちが叫び続けたことは、アクチュアルな事実として今も残る問題だ。でなければ、財務省官僚は記者にセクハラなどしないし、女性議員の数も人口上の男女比に近づいているはずだ。つまり、彼女たちの悲痛な叫びを聞いても、この社会は何も変わっちゃいないということだ。

『私たちは何も知らない』(撮影:本間伸彦)

『私たちは何も知らない』(撮影:本間伸彦)

本作『私たちは何も知らない』は、前作の「メディアをめぐる空気」と同様、表現の自由にも少なからず言及している。また、樋口一葉を描いた『書く女』にも通じる、ガチンコで生きる女たちのリビドーが静かに、熱く、横たわっている。どんなに世間から誹りを受けても、自分を貫こうとするらいてうや野枝は、身近にいたらやっかいなヤツらだと思う。だけど、そんな彼女たちの実直なエネルギーが、飛び切り気高くも思えるのだ。

文/田中大介

公演情報

二兎社『私たちは何も知らない』
 

■日程:2019年11月29日(金)~12月22日(日)
■会場:東京芸術劇場シアターウエスト
■作・演出:永井愛
■出演:朝倉あき 藤野涼子 大西礼芳 夏子 富山えり子 須藤蓮 枝元萌
料金(全席指定・税込):一般6,000円 / 25歳以下割引3,000円 / 高校生以下1,000円
■開演時間:金曜18:30、水・土曜13:30 / 18:30、火・木・日曜13:30、月曜休演
■問合せ:二兎社 Tel.03-3991-8872(平日 10:00~18:00)
■公式サイト:http://www.nitosha.net/index.html
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