英国ロイヤルバレエ団の映画『ロミオとジュリエット』~単なる「バレエの映画化」ではない、言葉のない物語
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(C)Bradley Waller
英国ロイヤルバレエ団が誇る世界的名作バレエ、ケネス・マクミラン振付『ロミオとジュリエット』の映画が、いよいよ2020年3月6日(金)から公開される。「ドラマティックバレエ」「物語バレエ」の金字塔と言われるこの名作が、映像化によって「物語」として新たな命を吹き込まれて登場するのだ。ジュリエット役のプリンシパルダンサー、フランチェスカ・ヘイワードや、ロミオ役に抜擢されたファーストソリストのウィリアム・ブレイスウェル、さらにマシュー・ボーン版『白鳥の湖』で主演した人気沸騰中のプリンシパル、マシュー・ボール演じるティボルトなど、英国ロイヤルバレエ団の今と未来を担う若手ダンサーらの熱のこもった演技は、シェイクスピアの原作を彷彿とさせる疾走感もあふれ目が離せない。舞台ではまず見られない視点からの映像など、バレエファンは作品の新しい魅力を発見し、バレエになじみのない人は「無言劇」の迫力をひしひしと感じるであろう。必見の映画である。
【動画】『ロミオとジュリエット』予告編
改めて痛感する、マクミランの振付の雄弁さ。「ドラマティックバレエ」の新たな見せ方も
映画『ロミオとジュリエット』は、1965年、英国ロイヤルバレエ団で初演されたケネス・マクミランの名作バレエを、屋外に設えた“16世紀のヴェローナの町”で撮影したものだ。セットとはいえ、舞台で見る『ロミオとジュリエット』とはまったく違ったリアリティと臨場感で物語世界が迫ってくる。
映画はバレエファンにとってはおなじみのあのプロコフィエフの序曲とともにタイトルが映し出され、(舞台では幕が開くタイミングで)カメラはヴェローナの町をゆくロザライン(金子扶生)をとらえる。そこにアプローチをかけ、振られるロミオ。マキューシオ(マルセリーノ・サンベ)やベンヴォーリオ(ジェームズ・ヘイ)が登場し、カメラは主要人物を追い、一般的な映画ならモブシーンになるところで町の人々や娼婦たちが踊り、あるいは掛け合いを繰り広げる……というように、映画は舞台と同じように進行する。
しかし、改めて驚くのはマクミラン作品の振付の雄弁さだ。基本的にセリフがあって当たり前の「映画」というメディアを通しても、このバレエ映画は「セリフがない無言劇」として物語が無理なく通じている。もちろんこれには監督のマイケル・ナンと撮影監督のウィリアム・トレヴィットらが元英国ロイヤルバレエ団のダンサーであるという、「バレエをよく知る」スタッフが携わっていることも挙げられよう。
またこれまでも古典作品をスタジオで収録した「バレエ映画」はつくられているが、どちらかといえばダンサーの踊りを楽しむためという趣向寄り。それを思うと、ナン&トレヴィットらが世に送り出したこの映画は、ドラマティックバレエの新たな見せ方や可能性をも示しているし、ドラマティックバレエだからこそ、こうした映像表現が可能なのだともいえよう。マクミラン作品の『マノン』なども、もしかしたら映画を通すとまた新たな魅力が見えてくるのではなかろうか……そう思わせられるものがあるのだ。
(C)Bradley Waller
■英国ロイヤルバレエ団の今と未来を担う若手たちが熱演!
もちろん英国ロイヤルバレエ団が誇る「踊る役者」たるダンサーたちも注目だ。とくにこの映画ではなるべくシェイクスピアの原作世界に近づけようと、キャスティングは若手が中心となっている。主演のヘイワードはバレエ団では『くるみ割り人形』のクララや『不思議の国のアリス』のアリス、近年は映画『キャッツ』にも主人公ヴィクトリア役で出演した、今まさに上り調子にあるダンサーの一人。小柄ながらも溌溂とした踊りで、弾けるようなジュリエットが実に魅力的だ。
(C)Bradley Waller
ロミオ役のブレイスウェルは17歳の若者らしい情熱や一途な思いとともに繊細さ、そして品のよさが感じられ、「未来の王子」を見る感も。マキューシオとベンヴォーリオとの絡みもほほえましい。
(C)Bradley Waller
さらにやはり、主演の2人とともに視線を引き付けるのがマシュー・ボール演じるティボルトだ。いわゆる敵役としてロミオ、マキューシオ、ベンヴォーリオの三人組を一人で相手にし、ジュリエットの従兄として、キャピュレット家の跡取りとして、さらにはキャピュレット夫人との関係性も匂わせるなど、それこそ一人で何役もの存在感を放たねばならないこの濃厚なキャラクターを、ボールは持ち前のオーラ全開で演じる。ネタバレは控えるが、ロミオとのソードファイトのシーンはまさに体当たり。スピード感も迫力も満点なので、ぜひ刮目していただきたい。
(C)Bradley Waller
もちろんキャピュレット卿役のクリストファー・サウンダース、ローレンス神父役のベネット・ガートサイドなど、英国ロイヤルバレエ団が誇るいぶし銀のダンサーたちもしっかりと脇を固める。「舞台上に無駄な人物など一人もいない」というマクミランの世界は、スクリーンでもしっかりと貫かれている。
(C)Bradley Waller
■舞台視点ではまず見られない、臨場感あふれるカメラワークに新たな発見も
映画ならではの、普段劇場の正面から舞台を見る視点では絶対に目にすることのできない角度からの映像もまた、実に興味深いものがある。
たとえば『ロミオとジュリエット』の代名詞ともいえるバルコニーのシーンは、ジュリエット視点から見下ろすロミオの姿が映し出される。ベタと言えばベタかもしれないが、一方で「ダンサーにはこんな風に見えているのか!?」とも思え新鮮だし、3幕で仮死の薬を飲んだジュリエットの位置から見る友人たちの踊りや表情の虚しさも味わい深い。
(C)Bradley Waller
屋外ならではの空気感もいい。バルコニーのシーンは、ヨーロッパならではの「明るい夜時間」に撮影されている。ヨーロッパの夏季を経験された方はご存知の通り、西欧の夏は夜の9~10時頃まで明るい。シェイクスピアの原作の季節設定は「春の浅い頃」なので、夏ほど明るくはないとはいえ、夜を感じさせ、しかしライトなど人工の照明は極力抑えたなかで恋人たちが愛を語らうシーンはムード満点だ。屋外ならではの風の薫り、舞い上がる土煙に重厚な屋敷、迷路のように入り組んだ路地など、町の風景一つひとつが、この物語バレエを一層趣深く演出している。
「映像作品」としても多様な視点から楽しめるこの映画『ロミオとジュリエット』。バレエファンはもとより、ぜひバレエになじみのない方々もぜひご覧いただきたい作品である。
(C)Bradley Waller
文=西原朋未
上映情報
■公開・上映館:2020年3月6日(金)~ TOHOシネマズシャンテ 他 全国ロードショー
■監督:マイケル・ナン
■撮影監督:ウィリアム・トレヴィット
■振付:ケネス・マクミラン
■音楽:セルゲイ・プロコフィエフ
■美術:ニコラス・ジョージアディス
■出演:
ロミオ:ウィリアム・ブレイスウェル
ジュリエット:フランチェスカ・ヘイワード
ティボルト:マシュー・ボール
マキューシオ:マルセリーノ・サンベ
ベンヴォーリオ:ジェームズ・ヘイ
パリス:トーマス・モック
キャピュレット卿:クリストファー・サウンダース
キャピュレット夫人:クリステン・マクナリー
乳母:ロマニー・パイダク
ローレンス神父:ベネット・ガートサイド
ロザライン:金子扶生 ほか
■公式サイト: https://romeo-juliet.jp/