土田英生(MONO)、初監督映画『それぞれ、たまゆら』を語る~「コロナを経たことで、より琴線に触れる作品になったのでは」

2020.7.24
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土田英生初監督作品『それぞれ、たまゆら』より。 © 2019「それぞれ、たまゆら」製作委員会

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2019年に劇団創立30周年を迎えたばかりの、京都の劇団「MONO」。今年の頭には、アニバーサリーイヤーを締めくくる『その鉄塔に男たちはいるという+』を、新型コロナウイルスの蔓延で数々の舞台が中止・延期となる中、予定していた全ステージの上演を成し遂げた(そして言うまでもなく、一人の感染者も出していない)。昨年は公演活動と並行して、劇団初の映像作品『それぞれ、たまゆら』も制作。今春公開予定だったが、緊急事態宣言の影響で延期され、7月18日からようやく、地元京都で先行上映が始まったところだ。

この映画で初めてメガホンを取ったのが、劇団主宰にして劇作家・演出家で、ドラマ『半沢直樹』(TBS)にレギュラー出演中の俳優でもある土田英生。2017年に発表した処女小説『プログラム』を原作に、人々が次々と眠るように死んでいく中、小学校の避難所に集まった生存者たちの姿を描く群像劇を作り上げた。「MONOの世界を、そのまま映像にしたかった」という土田に、作品の狙いや撮影秘話などを聞いてきた。

土田英生。 [撮影]吉永美和子(人物すべて)


 

■「監督」と呼ばれるようになるのが、一番心配。

──この映画の話を聞いたのは『その鉄塔に……』の公演後で、それまでまったく「映画を撮る」とか「撮りたい」という話を、土田さんから聞いたことがなかったので驚きました。

もともと映画を撮るという野望は、全然なかったんです。ただ今回のプロデューサーの方から「自分で映像を撮る気はないんですか?」と聞かれた時に、「MONOでやってるようなことが、そのまま映像になればいいなあと思うことはあります」と答えたことから始まりました。

今まで脚本という形で、たくさんのドラマや映画に関わらせてもらってますけど、自分がイメージしたような形になることはないんです。決して、それが不満ということはないんですよ。僕は画(え)作りとかは全然わからないですし。ただ、演技については「こういう形でやって欲しい」という気持ちは持っていたし、自分の演出になじんだ役者に出てもらいたいという希望はあったんです。

──それで思い通りの映像が作れたら、どうなるかという好奇心が。

そうですね。だから条件として、MONOのメンバーを全員出して、しかも脇だけでなくメインにしたいとお願いしたら「いいですよ」と言ってくださったので、乗っかることにしました。けど、金替(康博)に「主役をお願いしたいんだけど」ってメールしたら「他にいないんですか?」という返信が来ました(笑)。

『それぞれ、たまゆら』で、主演の避難所職員を演じた金替康博(右)。 © 2019「それぞれ、たまゆら」製作委員会

──今回のプロジェクトが、割と内密に進んでいたのは、何か理由があったんですか?

秘密にしてたつもりはないんですけど……あのね、恥ずかしかったんです(笑)。僕は業界的なノリが嫌いで、演劇人がやたらと「お疲れ様」と言い合うのすら、昔は禁止にしてたぐらい。映画の世界では、1本撮っただけで「○○監督」と呼んだりするでしょ? だから自分も「土田監督」って呼ばれるのが本当に嫌だったんです。今回は撮影現場でも「監督と呼ばないでください」と、スタッフにお願いしてました。だから今後、取材や舞台挨拶が増えていく時に「土田監督」と呼ばれてしまうんじゃないかというのが、今一番心配です。

──じゃあこの場で「土田監督という呼び方は避けてください」と、特筆しておきます。今回の原作となった『プログラム』は、もともと1999年にMONOで上演した『燕のいる駅』がベースですよね。

『燕のいる駅』は、まず「C.T.T.」(注:若手育成を目的とした京都の演劇プロジェクト)に書き下ろしたのが最初です。戦争前夜の設定で、出演者も10人以上だったんですが、MONOでやる時に人数を7人に絞って、世界が終わる話に変えました。2005年に相葉(雅紀)君主演でグローブ座で上演した際に、更に改訂して、その後自分で演出した時にまたまた書き直して。

それをベースに小説にしたんですが、いろんなエピソードを加えたので「これはもう『燕のいる駅』ではなくなった」と思って、タイトルを『プログラム』に変えました。で、この小説をそのまま映画化しようとしたんですけど、予算的に無理で……自衛隊の戦闘機とか出てきてますから(笑)。じゃあ原点に戻って『燕のいる駅』を撮ろうと思ったら、今度は都合のいい駅がなかなかないわけですよ。それで『プログラム』を映画用に書き直して、今回の作品になったというわけです。

『それぞれ、たまゆら』撮影中の土田英生(左・後ろ姿)、鳥谷宏之(中央)、金替康博。 © 2019「それぞれ、たまゆら」製作委員会


 

■台詞を一言一句間違わずに言わないと、リズムが狂う。

──この両作に共通する「世界が静かに終わる」という設定には、すごく惹かれてるようですけど、人間の本質が出てくるからとか、そういうものがあるんでしょうか?

それはありますね。人間の本能とか、愚かしさみたいな所を描きやすい。人間同士のもめごとでも「どうせ死ぬのに」っていう前提があればあるほど、間抜けに見えるじゃないですか? 今回でいうと、避難所の境界線をめぐるケンカとか。一生のテーマというほど大げさなものじゃないですけど、すごく好きな題材ではあります。

でも一方で……これは今回のコロナの件で確信したんですが、人間って急に世界が終わる時には、そんなに「キャー!」とはならないだろうと。やっぱり天気が良くて、普通に平和な風景の中だったら、危機感をそんなに持たないまんま、意外と静かに終わっていくんじゃないかって。自粛で静かになった街を見ながら、本当にそう思いました。

──同じように突然世界が終わる様を描いて、やはり映画化もされた、前田司郎さんの『生きてるものはいないのか』が、割とパニックになっていたのとは対照的ですよね。

だと思います。でも、あの作品の元になった『ノーバディ』よりも『燕のいる駅』の方が、上演はだいぶ早いんですよ(注:『ノーバディ』上演は2006年)。パクッたと思われないよう、今のうちに主張しておきます(笑)。

──今回の映画で一番描きたかったという「MONOらしい演技」は、具体的にはどんなことを役者に求めていたんですか?

© 2019「それぞれ、たまゆら」製作委員会

やっぱりね、圧倒的にリズム。僕が書く台詞は、一定のリズムとテンポでしゃべらないと面白さが伝わらないと、どっかで思ってる所があるんです。TVで書く時は、それでよく失敗してました。TVだと、MONOの舞台のようなスピードでしゃべることはないから、(時間が)長くなってしまうと。だから最近は、舞台の半分以下ぐらいの台詞量を意識して書いてます。それでいうと今回の映画は、MONOの舞台より台詞は2・3割少ないぐらい。舞台でやってることに、かなり近い形でやれたと思います。

──特に夫からDVを受ける女性3人組の会話は、劇団員の石丸(奈菜美)さんと高橋(明日香)さんがいたこともあり、まさにMONOの舞台そのものでした。

(共演の)若松(俐歩)さんは、最初「こんなにテンポが早いんですか? 間はないんですか?」と驚いてましたね。でも「台詞は一言一句正確に行かないと、リズムが狂ってくるから」と言って、3人で練習してくれてました。

──一言だけでもリズムが狂うとは、かなり繊細な世界ですね。

実はそうなんです。他の方々は、ワークショップみたいなことをしたんですけど、今回MONOの古株メンバーは、一切稽古をせずに現場入りしたんですよ。それでも撮影を始めたら、全員いきなりいつものリズムで演じて、しかも本当に一言一句(脚本と)一緒だったんです。現場の人たちは「え?」「あのー」まで、脚本に書かれた通りにしゃべっていることにビックリしていたし、僕もビックリしました(笑)。映像の場合、監督によりますけど、割と変わってしまうことが多いので。

──そうやってMONOのメンバーが、演技を通して見本とコツを見せてくれていたと。

やっぱり最初はみんな「こんなに早くしゃべって大丈夫ですか?」と言ってましたけど、実際に通して見てもらうと「あ、なるほど。これを映像化したいんですね」という風に、役者にもスタッフにも、すぐに理解してもらえました。座組全体が同じ方向を向けたのは、MONOメンバーの役割が大きかったです。

『それぞれ、たまゆら』撮影中の土田英生。 © 2019「それぞれ、たまゆら」製作委員会


 

■コロナを経たからこそ、リアリティを持って観られるのでは。

──映像の見せ方でいうと、結構カメラが動いたりインサートが多かったりと、舞台ではできない手法を楽しんでるなあという印象がありました。

それはね、撮影と編集の好みが入ってます。やっぱり「餅は餅屋」だと思うので、僕は演技の演出に集中して、画作りは映像の人にお任せしようと。中でも撮影のショーン(・ネオ)は、ちょっと変わってるけど、すごく心のある子でした。シンガポールではカメラで賞を取ったりしてるんですけど、この話が決まってから舞台を何回か観に来て「土田さんならこんな画角で、こういう色味だ」と決めてくれて。撮影も「三脚は使いたくない。手持ちでやりたい」というので、それで結果的にあっちこっちから撮るような画になったわけです。

──あのナチュラルでソフトな色味は、確かにMONOにピッタリでしたね。

そうなんです。彼には彼なりの信念があったようで「土田さんは違います。土田さんはこうです」と……僕、何も言ってないのに(笑)。でも確かに、感覚的には僕とかなり合ってたので、最後は信頼して「好きにやっていいよ」と言ってました。ショーンとは、機会があればまたやりたいですね。

──ストーリーに話を移しますが、マキノノゾミさんが公式サイトに寄せた「ツッチー(土田)は、優しいけど甘くない」というコメント通りの物語だと思いました。

© 2019「それぞれ、たまゆら」製作委員会

あれ、映画のコメントなのか僕へのコメントなのかって感じでしたね(笑)。本当はそんなに優しくないし、むしろ割と冷たい人間なんですけど。でもいつも思っているのは、死ぬ時だけはいい人で死にたいんです。真っ先に逃げようとして、人を押しのけた結果死ぬのが一番嫌。偽善だろうが何だろうが、理性を保ったまま死にたいし、ギリギリまで人に優しくしたい。その気持ちがMONOの舞台にも、今回の映画にも出てるんじゃないかと思います。

──そして今、コロナという目に見えない恐怖に世界中がおびえている、その状況と通じるものがある内容です。

先日取材してくださった記者の方が「MONOを普段から観ている人は、この世界観をスッと受け入れると思うけど、一般の人たちは“静かに急に死ぬなんてある?”と、荒唐無稽に思ったかもしれない。でもコロナを経験したことで、誰もがリアリティを持って見られるのでは」という風におっしゃてたんですけど、本当にその通りだなと思います。

偶然ではありますけど、コロナを経たことで、より多くの人の琴線に触れられる作品になったんじゃないかと。さっき言った「危機感を持てないまま、静かに終わっていく」という世界観が、リアルに映ってくれたらいいなあと思います。でも逆に「コロナがあったから、この映画を撮ったのか?」と思われるのでは……というのが心配で(笑)。去年作った映画だということを、ちゃんとアピールしなきゃいけないですね。

『それぞれ、たまゆら』撮影中の土田英生(手前左)と鳥谷宏之(手前右)。 © 2019「それぞれ、たまゆら」製作委員会


 

■一番見せたかったのは「会話の途中で飽きたりしない」こと。

──改めて、初めて映画を作った感想はいかがですか?

いつもより恋愛話が多くて、笑いが少ないMONOという感じになりましたね。ちゃんと「MONOの映画」と言えるものになったと思いますし、もっと撮りたいという欲が出てきちゃいました(笑)。あの学校を撮影で使えるのが4日間しかなくて、朝から晩まで大変でしたけど、みんなから「またやりたくなるよ」と言われてたんです。で、やりたいですもんね、今。

本当は『裸に勾玉』(2016年上演)を映画化したいんです。弥生時代が舞台なので、どこかの遺跡とタイアップする形でやれたりしないかなあ、と。ただそうするとやっぱり、MONOのメンバーを舞台と同じ役で出したいので、そのためにはお金を貯めないとなあと思っています。

──京都を皮切りに、これから全国で上映されていくことになりますが、何かオススメポイントなどがあれば。

1時間ぐらいの中編映画ですので、そんなに時間も取られないし、気合を入れなくても観られると思います。そしてMONOの舞台を観たことがない人って、全国にたくさんいると思うので、これを入口にして、舞台にも興味を持ってもらいたいです。普段映画を見慣れた人は、果たしてどう思うのか……意外と普通に見えるかもしれないし、「変わった映画だなあ」と思われるかもしれない。ただ「こういう世界がある」というのを、知っていただけたら嬉しいです。

© 2019「それぞれ、たまゆら」製作委員会

──そして同じく京都を拠点とする「ヨーロッパ企画」が、やはり劇団員総出で作った『ドロステのはてで僕ら』も現在上映中です。同じ地域の劇団が、同時期に劇団色を全面に出した映像作品を公開するとは、非常に面白い偶然ですね。

あれねえ、先に言ってくれたら、スケジュールがかぶらないようにしたのに(笑)。向こうも撮ってるって知らなかったから「劇団員総出演の映画を公開する」というのを、先に言われてしまったー! と思いました。でもせっかくだから、一緒に盛り上げたいですよね。

──(ヨーロッパ企画の)上田(誠)さんにインタビューした時、『ドロステ……』を「今までの邦画にない文脈の映画」という言い方をされていたのですが、この『それぞれ、たまゆら』も同じことが言えると思います。

それで言うと、僕は映画(の文脈)を意識すらせず作りました。単純に、MONOの舞台でやってるような演技と対話を、映像にしたらどうなるか? ということなんで。具体的には、映像だと台詞が長いと「(視聴者が)飽きるから、ここで何か入れましょうか?」と言われるんです。「なしでも良くないですか?」「いや、無理です」というやり取りを、ずっとやってきたんで、「無理なことないじゃないですか」ということを試したかった。

土田英生。

もし「監督としての野心は何ですか?」と聞かれたら、本当にそれだけですね。その辺りは観た人の感想になるし、僕が言えることではないんですが、会話の途中で飽きたりはしないんじゃないかと思うんです、この作品は。それを「斬新だ」と思ってもらえたらいいですけど、逆に「こんなのは映画じゃない」と言われるかもしれないですね(笑)。

取材・文=吉永美和子

上映情報

映画『それぞれ、たまゆら』
 
[出町座](京都市上京区)で上映中(~7/30)。その後、随時全国で上映予定。
※上映後、イベントやトークショーを開催する回あり。詳細は劇場公式サイトでご確認を。https://demachiza.com/
 
■出演:金替康博、鳥谷宏之、板垣雄亮、中越典子
立川茜、尾方宣久、松永渚、鎌倉梓、長谷川葉生、高橋明日香、石丸奈菜美、若松俐歩、浅野令子、渡辺啓太、水沼健、奥村泰彦、多田昌史、金沢沙耶、清田美桜
七味まゆ味、伊藤ももこ、辻香音、土田英生、丸山奈緒、長谷川直紀、大政凜、落合弘治(声)、神田史緒(声)
 
■原案:土田英生『プログラム』(河出書房新書)
■監督・脚本:土田英生
■製作:キューカンバー、with MYU
■公式サイト:https://www.tamayura-film.com/

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