木ノ下流「歌舞伎ノススメ」~木ノ下歌舞伎主宰・木ノ下裕一に聞く【SPICE SPECIAL INTERVIEW】
木ノ下歌舞伎主宰・木ノ下裕一 (撮影者:東直子)
歌舞伎演目を現代演劇に仕立て直すカンパニー「木ノ下歌舞伎」の主宰・木ノ下裕一にインタビューする。サングラスやスニーカーなど若者スタイルの衣裳にラップを取り入れた上演、音楽劇に仕立てた近松門左衛門の心中もの……“今”な解釈をほどこしながら古典の可能性やパワーを拡大する作品は、毎回話題。この方なら、歌舞伎の魅力をたっぷり語ってくれる!と、木ノ下歌舞伎の秋公演『糸井版 摂州合邦辻』(2020年10月22日~26日/東京 あうるすぽっと、11月2日~3日/ロームシアター京都 サウスホール)に向けて稽古真っ只中の現場にお邪魔した。初心者に向けた歌舞伎の鑑賞方法や歌舞伎の力、教えて、木ノ下先生!
木ノ下歌舞伎『糸井版 摂州合邦辻』(2019) 撮影:東直子 提供:ロームシアター京都
――木ノ下さんは「木ノ下歌舞伎」の主宰として上演作品を選び、それを現代化できる作家や演出家を選び、補綴(ほてつ)という立場で古典のテキスト解釈や台本編集をし……と、古典の通訳のような方です。歌舞伎を一度観てみたい、けれども尻込みしちゃうという方々に、楽しみ方を御指南くださるのにはぴったり! ところで木ノ下さんご自身は、歌舞伎鑑賞の第一歩をどう踏まれたのでしょう?
初めて歌舞伎を観たのは中学2年生の時、地元和歌山に巡業で来た『義経千本桜 すし屋』(「第24回 歌舞伎鑑賞教室」)でした。片岡我當さんが主役の権太を演じ、若き日の片岡愛之助さんも女方で出ていらして。この時すでに“敷居の高さ”は感じず、スルスルと面白いと思えたのは、おそらく、これまでの経緯があったおかげだと思うんですが……特殊な事例というか、ちょっと変な中学生だったのであまり参考にならないかもしれないです(笑)。
――「特殊な事例」、むしろ気になります。
僕は小学生のころから落語を聴いていたので、自然と歌舞伎の基礎知識が頭に入っていたんですよね。落語って「芝居噺(芝居のひと場面を再現する落語)」みたいにガチで歌舞伎が入ったものもありますし、ちょっとしたフレーズに歌舞伎の台詞が引用されるじゃないですか。「お勉強」の意識なく知識の下地ができていたので、受け入れやすかったのかもしれません。落語は落語で面白いですから「歌舞伎のために落語を聞こう」みたいなのは違うでしょうけど。
――フムフム、今は歌舞伎絵本なんかもありますし、わかりやすいものから入っていくのは、一つ手のかもしれませんね。
知的好奇心って人それぞれですから、そこに忠実に生きるというのが歌舞伎を楽しむコツだと思うんですよ。
――知的好奇心に忠実に生きる、ですか?
はい。とにかく推しの俳優を探して、アイドルのライブのように楽しむのも一つだし、音楽が好きな人は、太鼓や三味線などいろんな音に囲まれる超サラウンドに身を任せてみるのもいい。「衣裳の柄」が気になるという方もいるでしょう。初回はまず自分自身の好奇心をジャッジするというか、「物語を楽しむ」ラインだけに固執しないで観るのが大事な気がします。ストーリーがわからなくなったら、そこは一回手を離して「あの俳優だけ見てみよう」など、時に切り替えも重要です。
――「自分の好奇心」の感覚を研ぎ澄ますわけですね。
アンテナをたくさん張って、登りやすい山道を見つけるということでしょうか。と言いつつやはり演劇ですから、ストーリーが理解できたほうが楽しい。なので、あらすじを頭に入れておくことは大切です。最近、ネタバレという言葉が一般化されていますけど、実は、僕、あんまりピンときてないんです(笑)。
木ノ下歌舞伎『糸井版 摂州合邦辻』(2019) 撮影:東直子 提供:ロームシアター京都
――古典作品は、物語を知って観ても十分に楽しいですからね。
古典は「ネタバレてから」が勝負ですから、現代の映画やドラマとは根本的に性質が異なりますね。基本、古典作品は誰がやってもストーリーの展開や結末は変わらないけれど、そこに行き着くまでの表現のプロセス、気持ちの持っていき方こそが見どころ。ストーリーを追っている時はまだゼロ地点なんですね。
――まだ登山前なんですね(笑)。
まだ山のふもとで地図を見ている段階です(笑)。でもこの古典鑑賞感覚には弊害があって、面白い本を読んだりすると、僕、人に説明する時につい全部喋っちゃうんですよ。「なんで言うの!」って叱られるんですけど。
――まだ見ていない映画や本の話を木ノ下さんとするときは要注意ですね(笑)。話は戻りますが、生まれて初めての歌舞伎『義経千本桜 すし屋』をご覧になった時は、どこに面白さを感じましたか。
実はあの時、完全に僕の勘違いで、狐が出てくる芝居だと思い込んでいたんですよ。『義経千本桜』という外題だけを見て入場券を買ったので……。狐が出てくる芝居だということは、すでに『猫の忠信』という落語で知っていたんですね。
――源義経をめぐる人間模様を描いた『義経千本桜』で、狐忠信が御殿の階段にパッと出たり、廊下の床に消えた直後に縁の下から真っ白な狐の姿に変化して登場したり……は別の場面ですから、残念ながら『すし屋』に狐は出てきませんね。
そうなんです。「狐が思わんところから出てくるらしいから見逃してなるものか」とずっと舞台を凝視していました。「あの鮓桶が怪しい、今すり替えたゾ……」って、思いながら観てました。
――裕一少年、ガッカリですね。
でもそのおかげで眠らず集中できたのかもしれません(笑)。ただ、最初から言葉のハードルはあまり感じなかったんですよ。「自分には古文をキャッチできる能力があったのかな」ってうぬぼれていたんですけれど、先日、この巡業公演の台本を読んだんですね。そうしたら、すごくうまい補綴がしてあった。「我當さんのおかげやったんや」と最近分かりました。
木ノ下歌舞伎『糸井版 摂州合邦辻』(2019) 撮影:東直子 提供:ロームシアター京都
――我當さんの父上である十三代目片岡仁左衛門さんは学生に向けた歌舞伎鑑賞教室を出演料なしで出演し続けたと聞きますし、我當さんも初心者が理解できるさまざまな工夫を凝らされたのでしょうね。
中高生がついていけなそうな部分はカットし、それもただのカットではなく、辻褄があうようにうまく繕われているんです。でもやっぱり一番新鮮だったのは、今まで自分が触れてきた小説、映画、アニメ、漫画なんかとは全く違う構造だったこと。『すし屋』って、いつ権太が改心したのか分からないじゃないですか。
――言われてみれば、ここでの主人公、ゴロツキの「いがみの権太」は急に改心してますね(笑)。権太の父が源氏に追われた維盛を自分の店にかくまっていて、それがバレそうになるピンチを、権太が自分を犠牲にして切り抜ける……という流れです。
現代のカルチャーでは、改心する瞬間こそが劇的で、そこがドラマチックに描かれるのが普通ですよね。でも権太はいつの間にか改心していて、最後に主人公がいきさつをぶわーっと語って観客を納得させるんです。「これは今まで見たことないロジックやぞ。なのに、すごく感動できたぞ!と、カルチャーショックを受けました。古典って現代人の想像を遥かに超えてくるんですよね。
――確かに、現代の作家が同じ物語を描こうとしたら、「改心の理由や瞬間を描かないと観客が納得しない」みたいな発想かもしれません。
そうそう。やっぱりあれは、歌舞伎の圧倒的な熱量に納得させられるんだと思います。多分 “人間の捉え方”が昔と今では違っているんですよね。現代人にとって人間は「Aという精神が、ある事象によってBに変化し、それが次の事象を生んでいく」というふうに精神は変化しながらも続いていくと捉えています。でも前近代の人たちにとっては、一人の人間が「ある時は非常にいい人間だけど、ある時はどうしようもない業を背負っている」こともありうると考えていたのかもしれません。「人間は一個の精神をずっと生きているわけではなく、複数の精神の集合体として存在する」と捉えていたのでしょう。
木ノ下歌舞伎『糸井版 摂州合邦辻』(2019) 撮影:東直子 提供:ロームシアター京都
――「この心理は理解できない、難しい」と思わず、その時代、時代の精神のありようを「昔はこうだったのか」と想像を膨らませる方向に切り替えれば、「分かる/分からない」とは違う楽しみ方ができますね。
そう考えれば、歌舞伎は昔の人たちの精神的なアーカイブとも言えるんです。フィクションの物語ではあるけれど、何を悲しいと思っていたのか、何を楽しいと思っていたのか、そこに含まれる精神性や価値観が見つけられる。そうした面白さは歌舞伎に限らず、古典全般に言えると思います。
――木ノ下さんは、2018年にコクーン歌舞伎『切られの与三』で上演台本を手掛けられ、主演の与三郎を演じたのは歌舞伎俳優・中村七之助さんでした。歌舞伎俳優とのお仕事を通して、どんな発見がありましたか。
『切られの与三』は、ワケあって木更津に預けられていた江戸の大店の若旦那・与三郎が、浜で美しいお富と出会って人生の歯車を狂わせる……といった物語です。与三郎の第一声は、「そうよなぁ」だったんですが、最初の本読みでこの台詞を七之助さんが声に出した瞬間、その響きの中に、すでに今は落ちぶれている感じ、鬱屈した感じ、でも育ちが良くおっとりしている感じ、全部の情報が入っていてハッとさせられました。最初に書いた台本では丁寧に物語の運びを描いていましたが、いちいち説明しなくても、歌舞伎俳優の所作や台詞回しで見えるものが現代劇よりずっと多いと感じた。なのでその後、説明台詞を大幅に削ったんです。もちろん七之助さんのような技術の高さが大前提ですけれど、歌舞伎はやっぱりメソッドの集積で、過去にどう演じられたか、それがいわゆる「型」になって残っている。先ほど物語は日本人の精神的なアーカイブと言いましたけれど、歌舞伎の演技は日本演劇のアーカイブなんですね。
――「木ノ下歌舞伎」では、そういう人たちが演じる歌舞伎作品を、現代演劇の俳優で演じる企てです。どこを残し、どういったところを現代と接続させるかの判断が難しいと思うのですが……。
その塩梅は本当に難しいのですが、判断基準としては、その作品の初演がどうだったかが指針になっていく気がします。この秋に再演する『糸井版 摂州合邦辻』(以下『合邦』)もそうですし。
木ノ下歌舞伎『糸井版 摂州合邦辻』(2019) 撮影:東直子 提供:ロームシアター京都
――『合邦』の主人公は玉手御前。義理の息子俊徳丸に邪恋を仕掛けたり、毒酒を飲ませて盲目にしたり、最後は「自分の血を飲ませれば俊徳丸の目も治る」と、全ては俊徳丸を暗殺計画から守るための計略だったと言い残して落命と、筋だけ追っても現代人の理解を超えた物語ですね(笑)。
展開がすさまじいですよね。古くから民間に伝わる「しんとく丸伝説」を下敷きに、能の『弱法師』や説経節の『しんとく丸』『愛護の若』など中世の伝説や神話を現代化したのが『合邦』なんです。だから初演当時の人たちにとっても古典作品の現代化で、18世紀後半でさえ、かなりぶっ飛んだ話として受け取られたはず。かなりショッキングだったと思うんです。今作では、その衝撃を再現したい。
――今作の劇作家・演出家の糸井さんは、『合邦』の何を引き出して欲しいと考えてご指名されたのでしょう。
まず、時にはロマンティック、時にはエロティック、またある時は近親相姦的なグロテスクな玉手御前の恋を、糸井さんなら間違いなく現代化できると思いました。そして昨年初めて糸井版の『合邦』を上演して気づいたことがいくつかあって、ここが先ほどお話した「初演にあった感覚の再現」に結びつくのですが……現代の『合邦』の上演からは見えなくなっているいくつかのレイヤーがあるんですよね。本来物語に編まれていたはずの、さまざまな神話の重層性、今回はもっと色濃く見せられるのではないかと考えています。再演では台本を増補し、糸井さんに、神話の曲を新たに書き加えていただきました。
――現行の『合邦』はどうしても玉手の恋が重要ポイントなので、そうした「神話の重層性」、時代を超えた物語のダイナミズムについては、あまり考えたことがありません。
そうですよね。あと神話性と同じくらい重要なのが、土地や天体とのリンクです。盲目になった俊徳丸が、沈む太陽に自分の先の短い命を投影しながら、見えない目で夕日を見て極楽浄土を願う、日想観(西に沈む太陽を観て極楽浄土を願う修行)のシーンがありますが、そこへ俊徳丸を追って玉手御前が登場します。玉手は最終的に「月のように清らかな女だった」と言われ、彼女の生涯は月江寺というお寺の縁起説話に接続されたりと、月のイメージが重ねられている。物語の前半は生駒山地の麓・高安で展開され、俊徳丸の出奔をキッカケに後半では天王寺界隈、海のすぐ近くに移ります。この2人の移動経路は、大阪の地理で考えると生駒山から太陽が昇り大阪湾に日が沈む、天体の動きとも重なります。小さな物語と大きな物語が重なり合いながら展開し、こうした要素を重ねることによって、「玉手の恋は全体のエピソードの1つ」ぐらいに感じられたら成功だと思っています。
木ノ下歌舞伎『糸井版 摂州合邦辻』(2019) 撮影:東直子 提供:ロームシアター京都
――登場人物を包み込む、宇宙的な広がりが見えてくるワケですね。
人間世界の話だけではなく、こうした小さな営みの外側に天体のような背景が見えたらいいなと思っています。元の台本自体にそうしたことが計算されてマッピングされているのですが、現代人が持っているコンテクスト自体が変化し、今では見えなくなっている。ここを復活させたいと思っています。
――面白そう……!
歌舞伎の沼にハマるっていうのは当たり前で、見れば見るほどレイヤーが見えてくるし、知れば知るほど興味が枝分かれしていくんです。『合邦』は元々文楽(人形浄瑠璃)で上演され、歌舞伎化された訳ですが、人形がやっていたものを人間でやるって、今の感覚でいえば2.5次元演劇だと思うんです。文楽を観た人が「あれをどうやって人間でやるの?」といった興味で足を運んだ。そういう見方をすると入りやすくなるし、興味も広がっていくかなと思いますね。なんだか、漠然とした鑑賞方法ばかりお話してしまってすみません。最後に、ちょっとだけ実践的な歌舞伎のハマり方をお話しますね。
――ぜひ教えてください。
僕は、歌舞伎を観ながら気になったことは、全部メモを取るんです。「あの家紋はなんだろう?」など、些細なことでも引っかかったところは全部メモる。
――メモですか?
はい。これでまず観劇後に、疑問点は調べられますよね。このメモを、次に観る時に読み返し、また更新し……を繰り返すと、自分の理解や知識の進化具合が把握できます。かつ僕は、ブロマイドも買います。1演目1枚でもいいし、お金が無ければ全興行中1枚でもよくて、自分が最も印象に残った場面の1枚を厳選して選ぶ。何枚も買うとブレるので、ここは心を鬼にして1枚に絞り込むのがコツです。更に、その裏にさっと日記のような感想を書いておく。そして、最後の仕上げは相関図。ここが重要でして、これがちゃんと書ければ、ストーリーが把握できています。
――おお、すごい。観劇後に反芻することによって理解も深まり、知識も増えればさらに楽しくなりそう。細かいところまで観たくなりますし。
だって後で相関図を書かなきゃいけないから、必死で観るしかない(笑)。このノートを保存しておけば、数年後同じ演目が掛かった時は、自分で書いた相関図はあるし、何を考えたかも細かく記してあるし、写真もあって、裏を見ればざっくり感想が書いてある。最高の資料が手に入るわけです。歌舞伎は観劇中だけではなく、観劇後も重要です!
木ノ下さんが書いている「観劇メモ」の一部
(インタビュー・文=川添史子)
公演情報
木ノ下歌舞伎『糸井版 摂州合邦辻』
【監修・補綴・上演台本】木ノ下裕一
【上演台本・演出・音楽】糸井幸之介(FUKAIPRODUCE羽衣)
【音楽監修】manzo 【振付】北尾 亘
【出演】
内田慈 土屋神葉
谷山知宏 永島敬三 永井茉梨奈 飛田大輔 石田迪子 山森大輔
伊東沙保 西田夏奈子 武谷公雄
【公演スケジュール】
日程:2020年10月22日(木)〜26日(月)(全6回公演)
場所:あうるすぽっと(豊島区立舞台芸術交流センター)
お問合せ:としまセンター TEL.0570-056-777
主催:あうるすぽっと(公益財団法人としま未来文化財団)/豊島区/東京芸術祭実行委員会
場所:ロームシアター京都サウスホール
共同製作:穂の国とよはし芸術劇場PLAT、KAAT神奈川芸術劇場
木ノ下歌舞伎公式サイト:http://kinoshita-kabuki.org/