あの三部作が新国立劇場に帰ってきた!鄭義信にインタビュー
鄭義信
「棄民」の物語を「記録」しておかなければならない、という想い
劇作家であり演出家の鄭義信が新国立劇場に書き下ろした三部作「焼肉ドラゴン」「たとえば野に咲く花のように」「パーマ屋スミレ」が2016年春、再び帰ってくる。いずれも戦後の日本社会でたくましく生き抜こうとする人々を描いた名作だ。3月から6月にかけて「三つの名舞台 ー鄭義信 三部作ー」と題して3作品を連続上演し、通しでの特別割引券も用意されている。新国立劇場が力を入れる本企画について、鄭義信に話を伺ってきた。
――今回3部作を3,4,5月と1か月ずつ上演されるということですが、今のお気持ちは?
鄭:すごい意気込み、というものはないのですが(笑)2,3年前に3部作をやりましょう、という話になって、そのときは「ずいぶん先の話だな」と思っていたのですが、あっという間にその年が迫ってきたというか、もう来年なんだな、という気持ちです。初演再演とほぼ同じメンバーでやってきた「焼肉ドラゴン」は、今回はキャスト総入れ替えになりまして。だから、再々再演という気持ちよりも、もう一度最初から作り直す、という気持ちのほうが大きいです。日韓合作で、僕よりやっている彼らのほうがもっと大変なんです。なにせ日本語を覚えなければならないし、しかも関西弁だし。また格闘の日々が始まるんだなって感じで、あまり手放しで喜べない状態です(笑)
でも、新国立劇場で上演した50年代、60年代、70年代を意識して書いた作品を今、3本まとめてやってくれるのはとても光栄だし、それらをお客様がどう受け止めるんだろうと。不安とドキドキといろいろなものが混じっています。
今回、キャスティングが変わったことで彼らとともに新しく共同作業が始まります。僕自身もそこに関わっていくにあたり、どう関係性を構築していくか、ドキドキであり、楽しみでもあります。稽古に入るまでは本当に未知数ですね。(馬渕)英俚可ちゃんはこれまで何本も一緒にやっているのですが、ほとんど一緒に芝居を作ったことのない役者さんたちばかり。とくに韓国の役者さんたちは大変なんじゃないですか。それぞれ海外公演の経験はあっても、合作は初めてなので、みんなドキドキしながら韓国から来るんじゃないかな。思っていたより大変だ!ってことになりそうです。
――これら3部作の人気は非常に高く、そして反響も大きかったのですが、作者としてはどの点が反響を呼んだと思っていますか?
鄭:「焼肉」に関しては、日本ではノスタルジー、かつて自分たちが歩んできた足跡としての家族の物語、だけど、韓国では今まさに家族の崩壊が進み始めていて、現実の問題として若い人たちがとらえたんですよね。すごく小さな家族の話を書いたつもりが、「家族が崩壊・離散していく物語」として韓国では受け止めてくれたようです。いずれにしろ特殊な家族の物語としてではなく、まさに自分たちの家族の物語として受けとめてくれたんでしょうね。
「たとえば」を書いたときも「焼肉」を書いたときも「こんなことを書いていても大丈夫なんですか?」という感じでした。でも、日本では新国立劇場という場所で、韓国でも「芸術の殿堂」という公共のホールでの上演だったので、そういう場所だからこそ「棄民」…捨てられた「在日」の人たちを描いた作品をやることに意味があったんじゃないかな。僕自分も「在日」であり、「在日」として生きているからこそ、その人たちの物語を「記録」しておかなければならないな、という気持ちになりました。
――作品の根底に難しく深刻なものが流れている作品ですが、その一方、キャラクターがどの人も魅力的で憎めないなと感じています。本当の悪人は出てこないというか。キャラクターを作っていくときに何か意識していることはありますか?
鄭:僕はほかの劇作家とちがって、生まれが特殊なんですよね。僕は「在日」の屑鉄屋の息子なので、幼少期にはちょっと変わったおっちゃんたちがいっぱいいて(笑)、たとえば車の中で寝泊まりしていて「ねずみ男」と呼ばれているおっちゃんとか、リヤカー引っ張って故郷に帰ろうとしたけど坂道に手こずって戻ってきたおっちゃんとか。そういう人たちを昔はバカにしていたんですが、大人になるにつれ、そういう人たちもいろんなものを背負って生きていたんだなあ、愛すべきところがあるんだなあって気がついたんです。僕のバックボーンがちょっと変わっているので、それで変わった人たちが作品に出てくるんでしょうね。
――女性が特に魅力的ですね。強いというかたくましいというか。逆に男性は・・・
鄭:ちょっとめめしいのが多いですね(笑)
――それは書いているうちにそういう設定になってしまうんですか?(笑)
鄭:僕自身がそうだからかも。僕はおばあちゃん子で小学校にあがるまで祖母と一緒に暮らしてました。祖母は早くに夫と死に別れて女手ひとつで娘四人を育てたんです。その姿を見て育ったので、女性を必然的にたくましく描いてしまうのかもしれません。で、男性は僕自身の写し鏡かもしれません(笑)
――一つの家族の中で日本国籍を取る人、北(朝鮮)に行く人、韓国に行く人と、一家がバラバラになっていく話も出てきますね。
鄭:実際に北へ帰っていった人もいると聞いています。かつては日本国籍にしようとすると手続きがものすごく煩雑だったんです。そのために一家離散、そこまでに手続きしなければならないのか、ということもありました。
うちの兄は日本国籍を取ってます。そして僕は韓国籍で、父は朝鮮籍。日本の人はよく誤解されるんですけど、かつて北緯38度線が敷かれる前まではみんな朝鮮籍だったんです。その後大韓民国ができて、そのときに大韓民国の国籍を取ったものが韓国籍になったんです。朝鮮籍の人は、もともと北朝鮮にいた人じゃなくて、南の出身者もいるんです。うちの父ももともと朝鮮籍だったわけではなく、故郷はソウルよりもう少し南の論山という街です。15歳のときに日本に渡ってきて、北と南に別れたときに大韓民国の国籍を取らなかっただけなんです。いろいろな理由があったんです。僕の場合は学生の頃から「鄭義信(チョン・ウィシン)」を名乗っていたので、日本国籍に変える必然性もなかったし、ましてやアメリカ国籍にすることもなかっただけです(笑)
――この三部作をあえて2016年にやりたい、と思った動機を教えてください。
鄭:「過ぎ去った過去」というだけならそれでしか受け止められませんが、「たとえば野に咲く花のように」は、有事立法がまだない頃に戦争で仕掛けられたアメリカの機雷を回収する作業に日本も加担していたということが隠されている話。「パーマ屋スミレ」も労働問題の話。歴史は何度も何度も繰り返されますが、そういう物事の中で翻弄されていく庶民には全く光が当たってないんですよね、いつだって。だから、忘れ去られようとする物語を誰かが「記録」しておかないといけないかな、と思ったことが一つのきっかけです。「裏・昭和史」って言えばいいんですかね。だけど、そんなに大上段に構えた作品ではないので、楽しんでもらえたら、それでいいんです。それで観終わって、ほんのすこしでも心に何かが残ってくれたなら、うれしいなと思っています。
公演情報は以下に記載。
「時代を記録する三つの名舞台 ー鄭義信 三部作ー」
特別割引通し券「三つの名舞台 -鄭義信 三部作-」
■日時:2016年3月7日(月)~27日(日)
■作・演出:鄭義信
■出演:
馬渕英俚可、中村ゆり、高橋努、櫻井章喜、朴勝哲、山田貴之、大窪人衛、大沢健、あめくみちこ
ナム・ミジョン、ハ・ソングァン、ユウ・ヨンウク、キム・ウヌ、チョン・ヘソン
■日時:2016年4月6日(水)~24日(日)
■作:鄭義信
■演出:鈴木裕美
■出演:
ともさかりえ、山口馬木也、村川絵梨、石田卓也
大石継太、池谷のぶえ、黄川田将也、猪野学、小飯塚貴世江、吉井一肇
■公式HP:http://www.nntt.jac.go.jp/play/performance/150109_006142.html
■日時:2016年5月17日(火)~6月5日(日)
■作・演出:鄭義信
■出演:
南果歩、根岸季衣、村上淳、千葉哲也
久保酎吉、酒向芳、森下能幸、青山達三
星野園美、森田甘路、長本批呂士、朴勝哲
■公式HP:http://www.nntt.jac.go.jp/play/performance/150109_006143.html
■新国立劇場公式HP:http://www.nntt.jac.go.jp/